走火入魔(1)
鬼神の憑依は思ったよりも簡単に終わった。
体の調子を確かめてみたけど、鬼神が憑依する前と後で特に変わりはなかった。
となると、精神に変調があるかと思ったけど、特に気が狂ったようには感じられない。一応、娘娘にも聞いてみたけど、相性が良かったんじゃない? と軽く返された。
特に副作用が無かったのはラッキーだったと思うこととして、問題は鬼神のお陰でどれくらい強くなったかだ。これで弱くなってたら洒落にならない。
慣らし運転ということで、娘娘が見つけてきた怪異を倒すことにした。動く死体の群れが郊外を彷徨っていたらしい。その数50。
この前の平家の亡霊よりも多いけど、1匹の強さはそこまでじゃない。ざっと斬り込んで、問題なく殲滅できた。
戦ってみた結果としては、確かに動きのキレが良くなってる。勘が鋭くなったのもあるし、何より縁切りの鬼神由来の技が使えるようになったのがデカい。
これなら、あの首無し巨人を祓える。二重の再生術式をブチ抜いて、息の根を止められる。そうすれば兄貴の顔に泥を塗れるし、楓も俺を見直して帰ってきてくれる。検非違使のメンツも立つし、他の退魔師連中も俺にビビって逃げ帰るだろう。コイツで全部丸く収まる。
早速、娘娘に連絡だ。今は羅城門で首無し巨人を見張っているはず。
スマホを取り出すと、通知が来ていた。娘娘からだ。メッセージかと思ったら、不在着信だった。あいつから電話が来るのは初めてだ。嫌な予感がする。
不在着信の後には、LINEが何件か届いていた。
『羅城門にお兄さんが来てる』
『私を探してる』
『攻撃された』
切羽詰まったメッセージ。そんなはずがない、と思って、それから最近何度もこう思っているな、と現実逃避めいた考えが浮かんだ。
チェーンソーを背負って走り出す。向かう先は羅城門。娘娘が首無し巨人を見張っている場所だ。
そこに兄貴が来たのは間違いないだろう。だが、娘娘を探している、攻撃したっていうのはどういうことだ。会ったことも無いはずだろ。
まさか、首無し巨人の近くにいる怪しい奴、ってだけで殺そうとしてるのか? ……ありえる。あの兄貴なら。
止めるしかない。走る。走る。不思議と足は軽かった。あっという間に羅城門に辿り着く。
狭い階段を這うように駆け上がり、2階へ。松明の赤い光に照らされて、兄貴がいた。その横には楓が。それと、女の怪異が2人。
囲んでいるのは、死体が1つ。道士服を着た黒髪の女。
チェーンソーで真っ二つにされた、娘娘だった。
「……何してんだ、テメエらあああっ!!」
――
武者修行を宣言した人虎は本当に京都を出ていった。弟子入りさせられていた『霊中隊』の隊員も、ややマッシブになった事を除けば元通り一般人となって帰ってきた。
マジでプロレスに振り回されただけだった。いや、ジャイアントスイングとかじゃなくて。
とにかく事件は解決したので、約束通り原木が探してる首無し巨人の死体の情報を集めることになった。
そしたら1日で見つかった。まあ、身長4m超えの首無し鬼の死体なんてもの、探して見つからない方がどうかしてる。
早速捕まえてくれ、と頼んだけど、すぐには動けないと断られた。検非違使の人手が足りないってのが理由だった。
しょうがないから俺たちだけで様子を見に行くことにした。原木は首無し鬼の詳しい説明があるから、検非違使にもう少し残るそうだ。早く来いよ、って伝えて俺たちは先に出た。
向かう先は、京都大異界の南端、
「羅生門じゃないの?」
道すがら、アケミが楓に聞いた。俺も思ってたんだよな。国語の教科書に載ってた、下人と婆さんが出てくる話だと『羅生門』ってタイトルだったはずだ。
「それは当て字だねえ。意味を考えると、正確には羅城門だ」
「意味?」
かっこいいからじゃないのか。
「『羅城』というのは、中国の都市の周りを囲む城壁のことだよ。その羅城を通るための門だから、『羅城門』。『羅生門』は後世の人々がつけた当て字さ。
もっとも、芥川龍之介のおかげで、当て字の方が有名になってしまったがねえ」
「城壁? そんなもの、あった?」
メリーさんが言う通り、京都の周りに壁は無かったはずだ。
「無いんだよ、それが」
「じゃあ羅城じゃなくない?」
「うむ。格好つけるために建てたとか、門だけ作って予算が尽きたとか言われている。
実際、死体置き場になるほど荒廃しても、現世で建物が崩れても修理されなかったからねえ。誰も気にしてなかったと思うよ」
歴史的な予算の無駄遣いだ。
「ただ、格好つけただけあって、見た目だけは立派なんだ。
……そおら、見えてきたぞう」
行く先に、何だかクソデカい建物が見えてきた。お寺みたいだけど、スケールが違う。4,5階建てのビルくらいの高さがある。あれが『羅城門』らしい。
屋根は緑、柱は赤でカラフルだ。地獄の役所に似てるな。平安時代ってああいうのが流行りだったのか。
「さて。検非違使調べだと、このあたりに首無しの鬼がいるらしいが……」
辺りを見回してみる。それらしい姿はない。人っ子ひとり、怪異一匹いない。
「誰もいないってのも変な話だな。異界だろ、ここ」
「うむ。鬼が怖くて逃げ出したのかな?」
路地に入って別の通りも探してみる。何本か通りを横切ったところで、メリーさんが叫んだ。
「いた!」
「どこだ!?」
「あっちのコンビニの向こう!」
メリーさんが指差す方を見ると、無人の廃コンビニよりデカい首無し巨人がいた。4mって聞いてたけど、見上げる視点のせいか、もっと大きく見える。後ろに羅城門があるから、余計に遠近感が狂う。
「あれを……どうすりゃいいんだっけ?」
「持って帰って供養しないと、だけど……」
いや、あれをどうにかしようったって……ええ……?
「……御義兄様。我々が見つけるべきは、この死体を動かしている元凶だと思う」
「なるほど」
楓がいいこと言った。確かに、この巨人を直接相手するよりも、動かしてる奴を殺した方が楽そうだ。
「そしたら、どこから探すかな」
「あのおっきい門から探しましょうよ。いかにも、って感じじゃない」
メリーさんがそう言うので、まずは羅城門に行ってみることにした。
真下まで来たら余計にデカさがわかる。もはやクソデカ羅城門だ。軒下には死体がずらりと並んでいる。
「死体置き場か、ここ?」
「国語の教科書みたい」
楓は首を傾げている。
「いや……死体は定期的に片付けているし、それに現代の死体もあるぞ……?」
言われてみれば、ジーパンの青年やベストを着たおばあさんの死体なんかもある。死体の時代がバラバラだ。
それで、ふと気付いた。
「ひょっとしてこいつら、墓から出ていった死体か!?」
化野を始めとする京都の墓場から死体が墓から這い出した事件。多分、首無し鬼を操っている奴と同じ犯人だって考えてたけど、そいつはここに死体を集めてたらしい。
しかし思ってた以上に多い。化野から消えた死体は100くらいだけど、ここに並んでるのは300を超えている。これだけの死体を集めて、首無し鬼の死体まで操って……。
「戦争でもするつもりなのか?」
「……検非違使に警戒するよう、連絡しておく」
まあ、襲うとしたら検非違使がいる二条城だよなあ。この前、月人が攻め込んで来た時はなんとか持ちこたえたけど、この死人の群れが押し寄せたら、それはそれでヤバいと思う。
楓が真剣な表情でスマホを操作する。それを待っている間、ふと羅城門の2階に目がいった。
「どうしたの?」
「……何かいないか?」
メリーさんとアケミが2階を見上げたけど、首をひねるだけだった。なんだろうな。気になったんだよな。誰かいるなら2階だ、って思っただけかもしれないけど。
「待たせたねえ。検非違使には最優先で対処するように連絡したよ。原木さんの事情聴取も終わって、今、土井さんと橋本さんと一緒にこちらへ向かっている」
「どうするかな……2階も見ていくか? それとも、原木たちと合流して、首無し鬼を何とかするか?」
正直迷う。2階にいそうな気がするんだけど、勘でしかない。それに、俺たちだけじゃ手に負えない相手がいると、突っ込むのはかえって危ないだろう。
原木と合流すれば、あの首無し鬼をどうにかする手段が見つかるかもしれない。でも、黒幕を何とかしないとダメなパターンかもしれない。
どっちを選んでもあんまり良いことは起きない気がする。
「登ってみたい」
「一応、見るだけ見たらいいんじゃない?」
「この死体の間を通っていくのはゾッとしないねえ」
メリーさんとアケミが2階を見る派、楓は反対だった。俺もどっちかっていうと2階を見たい派だから、ちょっとだけ登ってみることになった。まあ、楓は『隙間女』の力でワープできるし、大丈夫だろう。
そういう訳で、階段を上って2階へ。ハリボテとはいえ門だから、見張りの兵士が詰めるこの場所は広々としている。しかし、何もない。誰が点けたか知らない松明が何本か燃えているだけで、誰もいない。
「下人も老婆もいないみたい」
アケミが言った。うん、国語の教科書の通りにはいかないみたいだ。
ただ、アケミが言う通り、犯人はもちろん、家具も、死体も見当たらない。だだっ広い空間があるだけだ。1階にはあれだけ死体が並んでたのに。階段を登れなかったのか?
もう少し何かあるだろう、と目を凝らしてみると、離れた床に何か転がっているのが見えた。薄暗い場所だから見えにくい。近付いてみる。
「……うん?」
すぐ側まで来たけど、何だこれ。えーと……緑色の筒。結構長い。最近見た覚えがある。
これは、竹だ。バンブーだ。昨日のプロレス会場で嫌になるくらい見た。
「何でだよ」
思わず声が出た。いやだって、何が出るかと緊張して2階に上がったら、置いてあったのが竹だけなんだぞ。なんでこんなものがここに。
「なあに?」
「どうしたの?」
「バンブーだねえ」
メリーさんたちも一緒に竹を見下ろすけど、どうコメントしたらいいかわからない。だって……バンブーだぞ?
途方に暮れていると、1階からバタバタと足音がした。誰かが階段を上ってくる。いよいよ犯人のお出ましか? それとも下の死体が目を覚ましたか?
と思ったら、階段を上って姿を現したのは、チェーンソーを持った青いジャケットの男だった。俺の弟の輝だ。どうしてこんなところに?
輝は俺たちを見て、キョトンとした表情で固まっていたが、みるみるうちにその顔が怒りの形相に変わっていった。
「……何してんだ、テメエらあああっ!!」
叫ぶと同時に駆け出した。速い。チェーンソーを振り被って、一直線に突っ込んでくる。
……攻撃してきてる!? 輝が!? 俺を狙って!?
「くそっ!」
とっさにチェーンソーを掲げ、振り下ろされた回転刃を防ぐ。突進の勢いに輝の腕力が加わって、俺の体は後ろに吹っ飛ばされた。
……冗談じゃない。この一撃、本気だ。殺すつもりだ。
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