走火入魔(2)

「翡翠とおとーと、どっちが強いの?」


 京都の銀行強盗騒ぎから帰ってきた後、メリーさんにそう聞かれたことがある。同じチェーンソーのプロで、同じ村で育って、しかも兄弟と来た。どっちが強い、ってのは子供なら絶対気になることだろう。

 俺は少し考えてから、こう答えたのを覚えてる。


「チェーンソーで一対一の一本勝負をしたら、輝だな」


 輝はとにかく器用だし、素早いし、頭がいい。俺が身につけるのに3ヶ月掛かったチェーンソー柳生の技を、3日で覚えるくらい要領がいい。

 しかも型通りの動きだけじゃなくて、アドリブもできるくらい頭で理解して、身に染み込ませている。マトモに斬りかかったらカウンターで倒されるのがオチだ。


「ふーん……でも、翡翠が負けるなんて、想像できないんだけど」

「戦ってみたらわかるぞ。……まあ、負けるつもりが無いのは確かだけどな」

「やっぱり勝てるんじゃない」

「車で轢けば大体の人間は死ぬからな」

「え」


 ルール無用の殺し合いなら車が一番強い。というか、それくらいしないと勝てる気がしない。


 なのに今、そんな相手とチェーンソーで一対一の真剣勝負をする羽目になっていた。



――



「輝! どうした!? 俺だぞ!」

「クソ兄貴がぁっ!」


 いきなり突っ込んできた輝は、俺に向かって更に斬りかかってくる。俺はチェーンソーで輝の刃を受け止める。鍔迫り合い。そこからチェーンソーを押し込まれ、後ろに突き飛ばされた。

 追撃される前に素早くチェーンソーを構え直す。誰かと勘違いしてるわけじゃない。輝は、俺が俺だってわかってて殺しにきてる。


「待ってくれ、輝! どうした!? 何があった!?」


 楓が呼びかけた。すると輝は楓を睨みつけた。抉るような視線に、楓は身を竦ませる。輝は急旋回し、楓へ突進する。マズい!


「逃げろ楓!」


 叫ぶが、完全に不意を突かれた楓は動けない。

 振り下ろされた輝のチェーンソーを、割って入ったアケミが両手のチェーンソーで受け止めた。間一髪だ。


義弟おとうとくん、どうしちゃったの!?」


 輝は答えず、受け止められたチェーンソーを引き戻した。そこから最小最速の動きで、アケミの脇腹へ斬撃を放った。両腕はまだ上がったまま。防御は間に合わない。


「私、メリーさん」


 輝の斬撃が止まった。


「今、あなたの……!?」


 真後ろに瞬間移動したメリーさんの胸ぐらを、輝の左手が掴んだ。そのまま躊躇なくアケミに投げつける。


「みやっ!?」

「きゃあっ!?」

「うわーっ!?」


 ぶつかったアケミ、更にその後ろの楓まで、ボウリングみたいにまとめて倒れた。

 俺が輝に追いついたのはそのタイミングだ。メリーさんを投げ捨てて動きが止まった輝の肩口に、エンジンを掛けたチェーンソーを振り下ろす。

 輝は素早く対応し、斬撃を受け止めたが。


「オラアッ!」

「ッ!?」


 力任せに強引に突き飛ばした。さっきのお返しだ。輝が羅城門の床をゴロゴロ転がっていく。


「無事か!?」


 メリーさんたちを確認する。


「私は大丈夫、だが……」


 楓がメリーさんとアケミに目を向けた。メリーさんは頭を、楓は腹を抑えている。輝に投げつけられた時、良くない所にぶつかったらしい。

 頭の奥が冷え切るのを感じた。


「全員下がってろ。アイツは俺が止める」

「いや、私たちも手伝ったほうが……」

「足手まといだ」


 ひと睨みで楓は黙った。

 ……足手まといは嘘じゃない。輝は強い。メリーさんやアケミじゃ手も足も出ないし、楓は情で手元が狂うかもしれない。

 ただ、それ以上に。


「俺の身内に手を出しやがったな。弟でも容赦しねえぞ」


 立ち上がった輝は、チェーンソーのエンジンを吹かすと、雄叫びとともに斬りかかってきた。


「アアアァァッ!」


 左肩から袈裟掛け。身を引いて避ける。返す刀で右胴。回り込んで避け……変化して足への突き! 足を引いたが、姿勢が崩れた。そこへ、顎めがけてチェーンソーが跳ね上がる!

 なんとか自分のチェーンソーで防いだ。そのままチェーンソーを抑え込もうと、腕に力を込める。不意に抵抗が消えた。俺は前につんのめった。輝が一瞬でチェーンソーを引いていた。とっさに後ろへ飛ぶ。首元に風が当たった。

 両足で地面を踏みしめ、チェーンソーを構え直す。輝も同じ姿勢だ。首元を確かめる。大丈夫だ。斬られてない。


 輝は俺を睨みつけて唸っている。離れた楓たちには見向きもしない。俺に集中してるか。そいつはいい。後ろのことを気にしなくていいから、やりやすい。

 やりにくいのは、キレてるのに輝の技が正確だって事だ。はっきりいって、チェーンソーの腕前だけなら輝の方が強い。カッとなって楓たちに手を出すなとか言ったのは失敗だった。


 再び、輝が動く。立て続けに斬り結ぶ。避ければ次の一撃が飛んできて、受け止めてもすぐにチェーンソーを引かれて、鍔迫り合いに持ち込めない。なんとか反撃してみると、簡単に受け流されて反撃される。

 こっちは防御に努め、反撃のチャンスを待つ。技量は輝の方が上だが、俺だってチェーンソーのプロだ。守りを固めれば、そうそう致命傷は貰わない。そして攻めるのには体力を使う。疲れて動きが鈍るまで、とことん付き合ってやればいい。

 何度目かの斬撃の後、輝がチェーンソーを引いた。突きの構えだ。狙いは首か。上体を傾けて避ける。


 右側から音が消えた。


「ッ!?」


 何が起こったかわからないまま、次の斬撃が飛んでくる。あえて受け止め、チェーンソー発勁で輝を吹き飛ばす。一旦、距離を取りたかった。


 羅城門に風が吹く。その源に目を向ければ、壁に抉り取ったような穴が空いていた。

 今の輝の突きで空いたのか? だけど、ここから壁まで20mはある。チェーンソーが届くわけがない。

 それに、あの突き。突きって言うには物騒過ぎる。空気、っていうか空間そのものが吹き飛んだ感じがしたぞ。


「おい、何だ今のは!?」

「奪わせねえぞ……検非違使も、楓も。俺は村に帰らない。ここが俺の居場所だ!」

「ちょっと待て、何が、何で、えっと……?」


 待ってくれ、待ってくれ。なんだかむずかしいことになってる。輝はよくわからない事を言ってるし、物理的におかしい技が飛んできたし、輝の体から湯気みたいなものが立ち上ってるし、日本人なのに目が緑色だ。

 それ以上にとんでもないことになってるのは、輝が持ってるチェーンソーだ。なんだかガチャガチャと変形して、っていうか巨大化している。チェーンソー部分は変わらないけど、刃の半分を覆うようにゴツい機械が展開していく。

 最終的に輝の持つ武器は、剥き出しの金属杭と、回転する金属刃が組み合わさったものになった。杭打機パイルバンカー搭載付き駆動刃チェーンソーだ。

 ……かっこいい、じゃなくて、変形前より明らかに大きくなってる。物理的におかしい。こいつはまさか。


「お前、怪異に何かされたのか!?」

「怪異を連れてるのはテメェだろうがァッ!」


 輝が叫んで飛びかかってきた。下段から放たれた脇腹狙いの斬り上げを、チェーンソーで受け止める。重い。手が痺れる。

 輝はすぐにチェーンソーを引き戻し、水平に構えた。突きつけられたチェーンソーの刃先と、パイルバンカーの先端に怖気を覚えた。体勢が崩れるのも構わず、真横に身を投げ出す。

 鋼をブン殴る音と共に、パイルバンカーが突き出された。延長線上にあった壁に穴が開く。さっきまで喉があった場所が、鋼鉄の杭によって空間ごと抉り取られた。

 こんな技、チェーンソー柳生にはない。間違いなく怪異の力だ。


 体勢を立て直したところに、輝が追撃を仕掛けてくる。こっちは必死に防戦するしかない。ただでさえ輝の技量は俺より上だっていうのに、あのパイルバンカーが厄介極まりない。

 普通、突きを放つには得物を引き、突き出す2つの動作が必要だ。だけどパイルバンカーにはそれがない。一瞬でも射線上に入れば、引き金ひとつで致命傷を打ち込んでくる。

 そのせいで、いつも以上に気を使って攻撃を捌かなくちゃいけない。だから反撃なんて考えていられない。


「俺が、こんなに、我慢してるのに! テメェは、俺に押し付けて、奪って! 返せッ! 返せッ! 返せッ!」


 鍔迫り合いのチェーンソー越しに、緑色に輝く瞳に睨まれる。輝の目はこんなんじゃなかったはずだ。普通の日本人の黒い目だ。こんな目に見覚えは……いや、ある。

 思い出した。この輝き。前にも見たことがある。この京都で。


「お前……まさか、『橋姫』に取り憑かれてるのか!?」


 そう言った瞬間、輝の体から立ち上っていた湯気が形をとった。揺らめく陽炎が人型に集まり、更に細かい図像を作る。

 それは、作業服を着た黒髪の女だ。輝と同じように、瞳が緑色に輝いている。

 間違いない。前に京都に来た時に戦った、ハンマーとネイルガンで襲いかかってくる女の怪異。怪異の銀行強盗の一人、『橋姫』だった。

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