5番線 カシマさん
階段を降りると、幅10mはある地下通路に出た。雁金は油断なく辺りを見回す。不審なものはない。『クソデカきさらぎ駅』ではあるが、構造そのものは新宿駅とあまり変わらないらしい。
少し進むと、雁金は『丸ノ内線きさらぎ駅』の改札に辿り着いた。大鋸は地下鉄のきさらぎ駅にいると言っていた。恐らくここだろう。
改札横の自動券売機の上には路線図と運賃表が貼られている。丸の内線のものと同じだが、載っている駅は『かたす駅』や『やみ駅』、『すたか駅』、『新麻布駅』、『新長崎駅』などで、本物の丸ノ内線とは違う。
「異界駅ですねえ」
路線図に並ぶ名前を見て、雁金は気付いた。いずれも『きさらぎ駅』と似たような、怪談に出てくる駅の名前だ。似たような怪談同士、繋がりがあるのだろうか。
雁金は改札を潜ろうとしたが、警告音と共にゲートが閉まった。少し考えてから、ポケットからSuicaを取り出す。タッチするとゲートが開いた。どうやら、きさらぎ駅は交通系ICカードにも対応したらしい。随分近代化したものだ。
階段を降りると、ごく普通の地下鉄のホームだった。端まで見渡せるが人影は見当たらない。
先輩はどこだろう、と思った雁金は、電話をかけてみることにした。
「もしもし?」
《もしもし、大鋸か?》
「はい。地下鉄のきさらぎ駅に着きましたけど、どこですか?」
《階段の側のベンチに座ってる》
ベンチを覗き込む。いない。
「いませんけど……」
《そんな訳ないだろ。地下鉄だぞ? 上じゃないぞ?》
妙に自信満々な大鋸の答えに、雁金は嫌な予感がした。
「あの、先輩」
《何だ?》
「地下鉄って、丸ノ内線ですか?」
――
《うん……だからさ、『地下鉄のきさらぎ駅』って言った俺が確かに悪かった。お前がいるのは『丸ノ内線きさらぎ駅』で、俺がいるのは『都営地下鉄きさらぎ駅』なんだな》
「はい。新宿駅と同じなら、私たちは東西逆方向の駅にいますね」
新宿駅には丸ノ内線・大江戸線・都営地下鉄の3つの地下鉄ホームがある。雁金と大鋸はそれぞれ別の駅に来てしまったらしい。
《案内板はあるか?》
「無いです」
《無い? そうか……しょうがないな。俺の方には案内板があるから、今からそっち行く》
「わかりました。気をつけてくださいね?」
《おう。それじゃ》
電話を切る。新宿駅ならこちらから迎えに行くところだが、ここはきさらぎ駅だ。下手に記憶を頼りに動くと、痛い目を見かねない。
雁金はベンチに座って待つことにした。静かだ。人もいないし電車も来ない。ここまで大きい駅で誰もいないと、山の中の廃墟とは別の異様さがある。
しばらくぼんやりしていると、コツ、コツ、と階段を降りる足音が聞こえてきた。
雁金はショットガンを手にとった。階段へ向けて構える。近付いてきているのはヒールの音だ。先輩がそんなものを履いているわけがない。
案の定、下りてきたのは見知らぬ女性だった。
銀髪碧眼、薄笑いを浮かべた吊り目の女性。顔立ちは整っていて、胸もお尻も大きく、腰はきゅっと引き締まっている。男受けしそうな体型だ。
着ているのは黄色いニットセーターと紺色のスカート、その上にクリーム色のコートを羽織っている。頭には紺色のベレー帽。足にはストッキング、そして黒いヒール。両手には紙袋を提げている。
一見すれば買い物帰りの客にしか見えない。だが、ここはきさらぎ駅だ。
女性が階段を降りきった所で、雁金はショットガンを向けた。人間だろうと怪異だろうと、近寄ってほしくない。
「それ以上近付かないでいただけますか?」
女性は足を止めた。しかし、銃を向けられているのに、ニコニコと笑っている。
「すみません、お願いがあるんですけど」
訝しむ雁金に対して、女性が話しかけてきた。
「……なんですか」
「その手、いただけませんか?」
その質問で、雁金は女性の正体を察した。『カシマさん』だ。
1970年代から語られる王道の怪談。何らかの原因で死亡した女性の霊が夢に現れ、質問に答えないと呪い殺されるというものだ。
その質問というのが、「手をくれないか」「足をくれないか」「この話を誰から聞いたか」。上手く答えられなければ、手足をもぎ取られて殺されるという。
「今、使っているから駄目です!」
雁金は即座に返答する。
「それじゃあ、その足、いただけませんか?」
「今、必要だから駄目です!」
最初の2つは毅然として断ることが大事だ。そして最後の質問が、この怪談のキモ。
「じゃあ……この話を誰から聞きましたか?」
「カシマさん、カシマさん、カシマさん!」
名前を聞かれたら『カシマさん』と唱えること。元ネタ通りならそれで助かるが。
「はい。カシマです。うふふっ」
当然、元ネタのようにはいかない。カシマさんは軽く微笑むと、雁金に向かって走り出した。
轟音。ショットガンが火を噴いた。カシマさんの右足に穴が開く。
「近付かないでって言いましたからね」
バランスを崩したカシマさんは、頭から床に突っ込んで倒れた。転んだ拍子に袋の中身が散らばった。それを見た雁金は、驚いて一歩下がった。
袋の中に入っていたのは、人間の手足だった。作り物ではない。生の質感がある。カシマさんの犠牲者の手足だろうか?
一方、撃たれたカシマさんは顔を上げ、ぶつけた鼻を押さえながら言った。
「いったーい」
まるで痛くなさそうな言い方だった。
立ち上がろうとしたカシマさんが転んだ。きょとんとした表情で、撃たれた右足を見つめている。
「あーあ、ダメになっちゃった」
そう言うと、カシマさんは自分の右足を根本から千切り取った。
「ッ!?」
雁金は息を呑んだ。
カシマさんは袋の中から散らばった足のうちの1本を手に取ると、それを自分の足の断面に押し付けた。すると、断面が泡立ち、溶解して、癒着した。更に足がメキメキと音を立てて変質し、元通りの右足と同じ形になった。なぜかストッキングとヒールも再生した。
「お気に入りの足だったのに……代わりに、あなたの足をいただきますからね?」
カシマさんが再び走り出した。雁金はポンプを動かし排莢、2発目をカシマさんの顔に叩き込む。
だが、顔に命中した散弾は弾かれてしまった。
「何ッ!?」
「散弾ではねぇ!」
カシマさんが雁金の顔へ手を伸ばす。雁金は身を屈めて避ける。空振ったカシマさんの手は、駅の柱を食パンのように抉り取った。雁金が掴まれば、一撃で体を千切られてしまうだろう。
雁金はカシマさんの太ももに銃口を押し付け、引き金を引いた。左足が吹き飛ぶ。
「きゃっ!?」
状況に不釣り合いな可愛らしい声を上げて、カシマさんが仰向けに倒れた。
雁金は更にショットガンを撃ち、カシマさんの両肩と右足を破損させる。そして、カシマさんから離れつつ、ショットガンに銃弾を込めた。カシマさんは両手両足が使えないが、その程度で半世紀も語られる怪異が止まるとは思えない。案の定、床に転がっていた手足が独りでに動き、カシマさんのところへ向かっていく。
胴体を狙ってショットガンを撃つ。だが、散弾は弾かれてしまう。両手両足は人並みだが、本体である頭と胴体は相当頑丈らしい。
四肢の換装を終えて立ち上がったカシマさんは、余裕の笑みを浮かべて言った。
「どうです? 自慢の武器が通用しない絶望感は」
雁金は何も言わず、銃を構えて後退する。カシマさんは同じぐらいのスピードで歩いてくる。一定の距離を保ちながら、2人はホームを移動する。
雁金の後ろの階段からドタドタと足音が下りてくる。続いて、唸りを上げるエンジン音。
「雁金ェ!」
下りてきたのは大鋸だった。
「先輩、気をつけてください!」
カシマさんに目を戻し、雁金は叫ぶ。
「何だ、ヤバい奴か!?」
「はい! カシマさんです!」
「……人?」
「怪異です! 手足が再生するし、頭と体に銃弾が効きません!」
「そいつはヤバいな!」
雁金の隣に並んだ大鋸がチェーンソーを構える。
「よし、一旦俺に任せろ」
「いえ、大丈夫です、私が倒します!」
すると、大鋸は雁金の肩に手を乗せた。
「無茶言うな。ビビってんだろ?」
その声を聞いて、雁金はぽかんと口を開けた。
ビビっている? 怖がっている? 私が?
雁金は口を閉じて、大鋸の前に出た。
「おい?」
「怖がってません!」
ショットガンのポンプを動かし、排莢する。
「怖くなんてありません! あんな派生ばっかり増えてるつまらないロートル怪談なんて、怖くありません!」
「いやでも、銃が効かないんだろ?」
「大丈夫です! ブッ飛ばします!」
「本当か……?」
「彼氏さん、止めたほうが良いですよ?」
カシマさんのからかうような発言に対して、雁金は叫んだ。
「彼氏じゃないです、先輩です!」
そしてショットガンを撃った。散弾がカシマさんの髪をかすめる。叫んだ勢いで狙いが逸れた。
カシマさんが走ってくる。気を取り直して、もう一射。カシマさんの足に命中。地面に転がる。
雁金は前進しながら更に引き金を引き、先程と同じようにカシマさんの四肢を破壊する。仰向けに転がったカシマさんの胴体に、散弾を撃ち込むが、やはり傷一つつかない。
やがて雁金はカシマさんのすぐ側に辿り着いた。カシマさんは四肢をもがれながらも、余裕の笑みを浮かべて雁金を見上げている。
「それで、ここからどうします?」
カシマさんの手足は這ってきている。だが、すぐにはカシマさんの所にたどり着けない。さっきの場所からだいぶ離れている。
雁金は肩から掛けたベルトからショットガンの弾を引き抜いた。その弾を込め、ポンプを引く。ガシャリと装填音が響く。雁金は無表情で腹に狙いを定めると、引き金を引いた。
大砲のような重低音が、地下鉄構内に鳴り響いた。
「……え?」
ごぼ、とカシマさんが血を吐いた。散弾を受け付けなかったはずの、鋼鉄の腹部が千切れていた。
驚くカシマさんに対し、雁金は吐き捨てる。
「
小型の弾を散らす散弾ではない。直径1cm近い鉄の塊をそのまま吐き出す、対大型動物用の大質量弾。人体は元より、鉄板すら打ち破る破壊力であった。
「カッ……シマー……が……?」
驚くカシマさんの顔がそのまま固まり、動かなくなった。
雁金は振り返り、大鋸に向かって親指を立てた。
「ほら、カシマさんなんて怖くないでしょう?」
「お前の方が怖いわ!」
一部始終を見ていた大鋸は、心の底からの叫びを吐き出した。
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