6番線 新宿駅

「なんなのよ、あいつらッ!」


 メリーさんは走る。『きさらぎ西口駅』の階段を駆け上り、改札を飛び越える。更に走って、曲がり角に来たところで振り返った。

 今し方上ってきた階段から、白い影がうぞうぞと這い登ってきている。がりがりに痩せ細った人間のような形。異様に白い肌。髪の毛が一本もない頭。そして顔には目が無い。鼻の穴のような小さい穴がついてるだけだ。代わりに口は裂けたように大きかった。

 そんな奴らが何十体もいる。そして一律にチェーンソーを手にしている。無害なものであるはずがない。メリーさんはすぐさまその場から逃げ出した。


 しばらく走った後で振り返ると、白い連中の姿が見えなくなっていたので、メリーさんはようやく一息ついた。

 ノリカちゃんといい、『きさらぎ駅』とは関係のない怪異が乱入してきている。大鋸も何かに襲われたようなことを言っていた。メリーさんたちにやりたい放題された『きさらぎ駅』が、知り合いの怪異に泣きついて徒党を組んで襲ってきたのだろうか。

 それにしても、さっきの白い人型たち。思い出しただけで身震いする。仲間にするとしても、きさらぎ駅はもう少し相手を考えたほうがいいと思う。

 息を整えたメリーさんはスマホを取り出し、大鋸に電話をかけた。


《もしもし?》

「もしもし、私メリーさん」

《メリーさんか。今どこだ?》


 辺りを見回す。地上だ。大きなデパートがずらりと並んでいる。メリーさんの目の前には、巨大なロータリーがある。車は1台も停まっていない。


「今、外にいるの」

《あー……動くなって言ったじゃん》

「敵に襲われたの。大軍よ」

《……新手か。どんな奴らだ》

「白くて、目がなくて、口が大きくて、チェーンソー持ってる奴ら」


 電話口の向こうで、うぇ、と小さな声が聞こえた。


「知ってるの?」

《見たことはある……何匹ぐらいいた?》

「……いっぱい。50匹ぐらい。もっといたかも?」

《よし。さっさと逃げるぞ。何か目印になるものはあるか?》


 その時、遠くから音が聞こえてきた。太鼓を鳴らし、笛を吹く、祭囃子のような音。聞き覚えがある。『きさらぎ駅』の怪異が来る時の音だ。後ろの道路からこちらに近付いてきている。


「……ごめん。『きさらぎ駅』が来るみたい」

《マジか》

「一旦切るわ。落ち着いたら電話するね?」

《ああ。気をつけろよ》


 スマホをしまうと、メリーさんはチェーンソーを構えて歩き出した。音は遠いが、数が多そうだ。こんな広いところにいたら、囲まれてあっという間にやられてしまう。

 足早に歩道を進むと、デパートの入口に『京王きさらぎ駅・京王新線きさらぎ駅』と書かれた看板が目に入った。メリーさんはそこに飛び込んだ。

 途中、通路が二手に分かれていたので、細い方に入った。小さなショップ群と、ガラス張りの壁に挟まれた通路だ。ガラスの向こうは一段低くなっていて、改札が並ぶ広場になっていた。

 ここなら軍勢を迎え撃つのに丁度いい。メリーさんは振り返ってチェーンソーを構えた。


 待ち構える。


 来ない。


 しばらくすると、窓の向こうの広場に『きさらぎ駅』の怪異が現れた。どうやら、さっきの分かれ道で別の通路を選んでしまったらしい。

 現れた怪異はゾンビの群れだ。OLや、片足のおじいさん、若い男、サラリーマンなどが揃って行進している。前に出会った時よりも種類が多い。『きさらぎ駅』の今までの犠牲者たちが全員ゾンビにされたのだろうか。

 ゾンビのうち1体が、上にいるメリーさんに気付いた。何人かがこちらを指差し、それから全員、広場の奥へと走っていった。反対側から上って来るつもりか。メリーさんはチェーンソーを構えて待ち構える。


 待ち構える。


 音が遠ざかっている。


「何やってんのよあいつら……」


 痺れを切らしたメリーさんは、打って出ることにした。窓ガラスをチェーンソーで破壊し、広場へと飛び降りる。それから、怪異たちが走っていった方向へ追いかけていった。

 途中、通路が工事中になって塞がれていた。近くの階段を上って上から回り込もうとする。ところが下り階段が見つからない。あちこち探し回ってウロウロしていると、コンビニの影にドアがあり、その先に非常階段を見つけた。これ幸いと、メリーさんは小走りで階段を駆け下りた。


 『京王きさらぎ駅』と書かれた看板が目に入った。


「あれ?」


 最初に来た入り口だ。どうしたのかしら、と首を傾げながら、さっきの広場に戻る。すると、下の広場で『きさらぎ駅』の怪異たちがおろおろしているのが見えた。


「あれ?」


 またしてもすれ違いだ。まさか、『きさらぎ駅』たちは迷っているのか。自分の異空間で。

 メリーさんは今度は飛び降りずに、通路を奥に進んだ。さっき、怪異たちはこちら側から来ようとしていたから、このまま進めば下の広場に出られるはずだ。売店が立ち並ぶ通路を進むと、行き止まりだった。


「……あれー?」


 首を傾げながら元来た通路を戻る。ところが、さっきの細い通路に戻れない。一本道のはずだったのに、全然知らない部屋に出た。


「何なのよっ!?」


 思い通りの場所に行けない苛立ちに、メリーさんは声を荒げた。吹き抜けから見下ろすと、『きさらぎ駅』の怪異たちが下で右往左往していた。

 この異常な状況に、ようやくメリーさんは危機感を覚えた。


「まさか……この建物、"生きている"ッ!?」


 メリーさんは自覚していない。瞬間移動能力を持っているが故に、それを封じられるととんでもない方向音痴になってしまうということを。

 混乱しながら吹き抜けから離れたメリーさんはエレベーターを見つけた。これで下に降りようと乗り込む。ところがエレベーターはボタンを押す前に勝手に上昇し始めた。


「え、え、え?」


 8階。レストラン街。自動運転の直通エレベーターだ。

 何が待ち構えているのかと、恐る恐る歩いてみるが、特に何も出てこない。結構下の方から、『きさらぎ駅』の怪異たちが立てる祭囃子の音が聞こえてくるが、向こうも迷っているようでもうどうしたらいいかわからない。


「何これぇ……」


 途方に暮れていると携帯が鳴った。


「もしもし!?」

《もしもし、メリーさんか!? 今どこにいる?》


 大鋸の声。メリーさんは泣きそうな声で答える。


「わかんない……」

《どうした!? 何か目印になるものはないか!?》


 メリーさんは周りを見る。カフェの看板を見つけたので、その名前を読み上げた。


「ハバロフスク……」

《ハァ!?》

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