7番線 巨大ヒヨケムシ

 小田急きさらぎ駅西口。新宿駅なら小田急線に乗れるホームだ。これは地下鉄じゃないけど、ホームだけ地下にある。メリーさんが地下鉄と勘違いして西口で待っている可能性はあった。

 ところがどっこい、ここにもメリーさんはいなかった。念の為改札を越えてホームまで降りてみたけど、やはり誰も居なかった。


「マジでどこに行ったんだよ」

「ひょっとして」


 雁金が言った。


「新宿西口駅……じゃなくて、きさらぎ西口駅にいるんじゃないですか?」

「……あー」


 新宿駅西口とは別に、新宿西口駅というものが存在する。東京メトロ大江戸線の駅で、新宿駅の地下と繋がっている。さっき案内板を見た時、きさらぎ西口駅もあった気がする。

 そっちに行こうか、と考えていると電話が鳴った。メリーさんからだ。


「もしもし?」

《もしもし、私メリーさん》

「メリーさんか。今どこだ?」

《今、外にいるの》


 全然違うじゃん。


「あー……動くなって言ったじゃん」

《敵に襲われたの。大軍よ》

「……新手か。どんな奴らだ」

《白くて、目がなくて、口が大きくて、チェーンソー持ってる奴ら》


 うぇ、と声が出た。覚えがある。昔、バイトで地下の井戸にマグロを捨てに行った時に出くわした怪物だ。何であいつらが。地下だからか?


《知ってるの?》

「見たことはある。何匹ぐらいいた?」

《いっぱい。50匹ぐらい。もっといたかも?》

「よし。さっさと逃げるぞ。何か目印になるものはあるか?」


 だが、メリーさんは声を潜めて言った。


《……ごめん。敵が来るみたい》

「マジか」

《一旦切るわ。落ち着いたら電話するね?》

「ああ。気をつけろよ」


 電話を切る。雁金が聞いてくる。


「どうでした?」

「移動してる。ヤバい奴らが来た。地下の白い化け物だ」

「地下の?」

「前に話しただろう? 井戸に……あの、マグロを投げ込んだら出てきた奴ら」

「アレですか……」

「ここにも来るかもな。一旦上がろう」


 俺たちは踵を返しエスカレーターに向かう。だが、その途中の床の上に何かを見つけて立ち止まった。


「うわっ」

「ひいいっ……」


 俺も雁金も顔を引きつらせた。何しろ――気持ち悪い。

 いたのはクモだ。それだけならまだいいんだけど、デカい。

 10cmぐらい? とかいう問題じゃない。犬より大きい。イノシシぐらいの大きさがある。

 色は肌色で、顔にはサソリのハサミみたいな牙が……いや、牙じゃない。触覚だ。太ももみたいにぶっとい触覚が2本、牙のように頭からぶら下がっている。

 そして一番気持ち悪いのは、毛だ。まるまる太った胴体と細く長い10本の足に、細い毛がびっしりと生えている。

 こんな生き物、見たことない。


「おい、何だよあれ」


 雁金に聞いてみるが、多分知らないだろう。オカルトには詳しくても、生物は専門外のはずだ。


「ヒヨケムシです……」

「知ってんのかよ……」

「いや、あの、都市伝説って言えば都市伝説なので……」

「え、あれ妖怪なの?」


 気持ち悪いけど普通のクモだよな? と思っていると、雁金が語り始めた。


「妖怪とは違います。UMA……えーと、ツチノコとかネッシーとか、あっちの分類です。

 ヒヨケムシっていう生き物自体は現実に存在しているんですけど、大きさは10cmくらいの普通のクモです。

 ただ、イラク戦争で噂になった巨大ヒヨケムシは、ラクダを食い殺す凶暴な怪物として伝えられてました。あれ、多分それだと思います」

「……人間は襲わないのか?」

「食べます」

「ひえっ……」


 妖怪や幽霊とは別方面でヤバい存在だ。勘弁してくれ。

 ヒヨケムシがこっちを向いた。正面から見るとますます気持ち悪い。多分、飛びかかってくるつもりだ。チェーンソーのエンジンを掛ける。迎え撃つ。


「あいつ、速いのか」

「はい。確か噂だと、時速50kmぐらいです」

「え」


 ヒヨケムシが走り出した。速い、本当に速い! しかも走り方が気持ち悪い! あっという間に迫ってくる!


「うおあああぁぁっ!?」


 思わずチェーンソーを振り下ろしてしまった。ところがヒヨケムシは高く飛び上がり、俺の頭上を飛び越えて雁金に襲いかかった!


「ヤダーッ!?」


 悲鳴を上げる雁金。銃を盾にしたが、ヒヨケムシに押し倒された。


「雁金ェ! チクショウ離れろ、この野郎バカヤロウ!」


 チェーンソーは危ないので、ヒヨケムシを蹴り飛ばす。うええ、ナマモノの感触が……。

 2,3回蹴ると、ヒヨケムシは嫌がって雁金の上から離れた。


「大丈夫か!?」

「あびゃ、はひぃ……」


 呂律が回っていない。手には噛み跡。まさか毒でも持ってるのか!?

 だとしたらヤバい。一発喰らえば即アウトだ。やりづれえ、本当にやりづれえ。これだったらいつもの妖怪の方が100倍マシだ。

 ヒヨケムシはこっちの様子を窺いながら、いつでも飛びかかれるように手をこまねいている。いや脚か。

 待っているのもよろしくない。こっちから攻める! チェーンソーを構えて突進!


「おおおっ!」


 ヒヨケムシは横に素早く這って避ける。そこからジャンプして、顔めがけて飛びかかってくる!

 俺はチェーンソーを投げ捨てると、空いた両手でヒヨケムシの首っぽい所を掴んだ。ヒヨケムシの牙を目の前で押し止める。


「うわあああっ!?」


 ヒヨケムシの裏側めっちゃ気持ち悪いし、口開けたヒヨケムシの顔が怖すぎんだよ!?

 ヒヨケムシは俺の腕を引き剥がそうと、10本の脚を使って踏ん張ってくる! 足の裏が何かネバネバしてる! ひええ!


「武器! 武器! あ゛ーっ!」


 地面に転がったチェーンソーが目に入った。まだエンジンが掛かっている。

 俺はチェーンソーに駆け寄ると、渾身の力でヒヨケムシの頭を回転刃に押し付けた。

 物凄い音と共に、斬られたヒヨケムシの頭から体液が吹き出す! 10本の足がビクビクと痙攣して、俺の体に絡みつく!


「ヤダーッ!」


 情けない悲鳴? おう、だったらお前がヒヨケムシとタイマン格闘してみろ! って言いたくなるような最悪の気分だった。

 とにかく、ヒヨケムシの動きが止まった。死んだらしい。良かった、虫って頭を潰しても動いてることあるからな……その辺は常識的で良かった。

 念の為チェーンソーで腹を掻っ捌いてから、俺は倒れている雁金に駆け寄った。ブルブル震えている。毒が回っているのか。


「しっかりしろ雁金!」


 噛まれたのは腕だ、肩の辺りを布で縛って、毒が回るのを遅らせる。

 それから、水。自動販売機があった。Suicaを叩きつけてペットボトルの水を何本か購入。雁金の側に戻って、傷口を洗い流す。

 毒の応急処置。山で働く人間の基本スキルだ。クモ毒のやり方だが、妖怪クリーチャーと化したヒヨケムシにどれだけ効くだろうか。


「大丈夫か、雁金?」

「しゅみまへん……ごめいわくで……」

「いい。気分はどうだ?」

「らいじょうぶれふ。れも、はらだが……」


 意識ははっきりしてるけど体が動かない。麻痺毒とかか。普通にヤバい。さっさと医者に診せないと。

 そのためにはメリーさんと合流しないと。携帯を取り出して、もう一度メリーさんに掛けた。


《もしもし!?》

「もしもし、メリーさんか!? 今どこにいる?」

《わかんない……》


 何か泣きそうな声になってる……。


「どうした!? 何か目印になるものはないか!?」


 やや間があって、答えがあった。


《ハバロフスク……》

「ハァ!?」

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