4番線 首なしライダー

 クソデカきさらぎ駅だ。5分ほど歩いてようやく気付いた。

 歩けども歩けども『東京メトロきさらぎ駅』に着かない。まず物理的に広い。案内板には『東京メトロきさらぎ駅 1,200m』と書かれている。もう開き直ってkm単位を使ってほしい。

 その上、道がやたらと入り組んでいる。案内板通りに歩いても、途中で道が塞がっていたり、案内板が分かりづらかったりで迷ってしまう。

 新宿駅みたいだな。あれより広いし複雑だけど、人の波に押し流されて行きたい所に行けないってことが無いから、どっこいどっこいだ。いや、でも新宿駅も工事中で出口が使えなかったり、酔っぱらいが暴れて通行止めになったりするな。ひょっとしてクソデカきさらぎ駅より新宿駅の方が複雑なんじゃ……?


 案内板に従ったり、疑ったりしているうちに、真っ直ぐな地下通路に差し掛かった。柱が等間隔で並んでいて、はるか向こうに改札が見える。その途中には小さな下り階段がいくつかある。新宿駅の……多分、丸ノ内線ホームに繋がる通路だったと思う。見覚えがある。いや、似た通路もいっぱいあるから自信ないけど……多分この先だろ。

 誰もいない地下通路を進む。普段は人でごった返してる分、こうも静かだとかえって不気味だ。さっさと出たいなあ、と思いながら歩いていると、エンジン音が聞こえてきた。

 チェーンソーのスターターはまだかけてない。ってことは、新手の妖怪か。考えているうちに、エンジン音が凄い勢いで近づいてくる。速い。しかも後ろからだ。

 振り返ると、ゴツい大型バイクが走ってくるのが見えた。乗り手は黒いライダースーツを着た男。ヘルメットはしていない。というか頭がない。

 妖怪には詳しくないけど、俺はバイク乗りだから噂くらいは知っている。

 『首なしライダー』。事故って首が吹っ飛んでだバイク乗りの幽霊だ!


「やべえっ!」


 慌てて走り出す。バイクが猛スピードで追ってくる。轢かれる寸前、俺は思いっきり左に跳んだ。バイクはすぐ横を通り過ぎて、そして宙を舞った。

 俺の目の前には下り階段があった。スピードのついたバイクは止まりきれず、大ジャンプを決めたわけだ。ざまあみろ。

 ところがバイクはバランスを崩すことなく着地。更にターンを決めてこっちに鼻先を向けてきた。なんつーアクロバットだ、幽霊のバイクはモトクロス並みのサスペンションか!?


 首なしライダーは再度突進してくる。前輪を持ち上げ階段を上り、突っ込んでくる。だが、階段を無理して上った分、スピードが落ちた。なら真っ向勝負だ。チェーンソーを大上段に構える。

間合いに入った瞬間、チェーンソーを振り下ろす!


「オラァッ!」


 ところが首なしライダーはハンドルを切り、バイクを横倒しにした。慣性で横滑りしながらこっちに突っ込んでくる。バイクのタックル、いや、スライディング! チェーンソーが当たる前に、バイクの車体に足を払われた。


「ッ!」


 転ぶ。起き上がろうとした体が、いきなり後ろに滑っていく。


「なんだっ!?」


 足を引っ張られている。顔を上げれば、足にワイヤーが巻き付き、その先は首なしライダーのバイクに繋がっている。


「うおおおおおっ!?」


 バイクに体が引きずられる。背中の摩擦がヤバい。アスファルトじゃないから紅葉おろしにはならないが、スピードがヤバい。壁、階段、柱、段差、手すり、自動販売機、どれにぶち当たっても余裕で死ねる。

 必死に体を起こし、ピンと張ったワイヤーにチェーンソーを当てる。細いワイヤーはぷっつり切れ、俺と首なしライダーの繋がりが断たれる。俺の体はカーリングみたいに床を滑っていき、点字ブロックに引っかかって止まった。

 立ち上がる。首なしライダーはもう方向転換してこっちに向かってきている! ヤバい! 慌てて真後ろにあった改札を潜ろうとする。


 ピンポーン。


《下がって、もう一度タッチしてください》

「オ゛ア゛ーッ!!」


 薄っぺらい改札のドアを蹴破り、ホームへの階段を駆け上がる。振り返ると、首なしライダーはバイクに跨ったまま、懐からパスケースを取り出し、改札にタッチしていた。クソデカきさらぎ駅はSuicaに対応してるのか!?


 階段を上りきった。JR線のホームだ。同じようなホームが何本も並んでいる。左右を見て電車が来ていない事を確かめ、線路へ飛び降りる。首なしライダーが階段を上ってくる音を背に、隣のホームへよじ登る。ホームドアが邪魔だ。

 なんとかホームドアを乗り越えてから振り返ると、丁度首なしライダーが階段を上りきったところだった。首なしライダーはバイクのエンジンをふかしつつ、こっちの様子を伺っている。線路に落ちたらバイクは這い上がれない。ジャンプして飛び越える必要があるが、ジャンプ台になるものは存在しない。

 すぐには襲われないが、逃げ切ったわけじゃない。今のままだとホームから動けない。雁金やメリーさんと合流することができないわけだ。首なしライダーを完全に振り切るか、返り討ちにする必要がある。バイク相手に逃げ切ることなどできはしないから、実質迎撃一択だ。


 息を整えながら考える。首なしライダーをどうやって倒すか。

 すれ違いざまにドロップキック。無理だ。普通に轢かれて死ぬ。

 すれ違いざまにチェーンソー。それも無理だ。さっきみたいなスライディングか、下段狙いならウィリーで頭をやられる。

 事故らせる。難しい。階段を上ってこれる奴だ。生半可な段差じゃ飛び越えられる。


 考えていると、左右から何かが近付いてくる音がしてきた。エンジン音じゃない。金属の車輪が回る音だ。まさか、と思ってホームの端を見る。電車が入ってきている。反対側にも、やはり電車。俺と首なしライダーを隔てる2本の線路に、電車が走ってきていた。

 目くらましになる。電車の影に隠れてホームから脱出するか? そう考えたが、2本の電車が止まって、ドアの窓ガラス越しに首なしライダーが見えた時、ゾッとした。


 足場ができた。


 ドアが開く。『クソデカきさらぎ駅』に侵入した2本の異常車両は、両側のドアを全開にした。同時に、首なしライダーはエンジンを全開にし、電車の中を横切っていく。電車から電車へ飛び移り、更にその先のホームへ。

 その寸前で、首なしライダーはホームドアに衝突した。重量級のバイクはプラスチックのホームドアも破壊するが、思わぬ衝撃に首なしライダーはハンドルを取られた。

 そこへ、チェーンソーを振り下ろす。首なしライダーは避けられない。胴体に横薙ぎのチェーンソーを受け、上半身と下半身が分かたれた。コントロールを失ったバイクはホームへ落下。そのままホームの側壁に衝突して大破した。


「……ッ、はあーっ。なんなんだよまったく……」


 大きく息を吐く。上手くハマったが、厄介な相手だった。

 マジで間一髪だった。電車が止まった瞬間、とっさにホームドアにチェーンソーを突き入れてモーターをぶっ壊した。それで、電車を伝ってこっちに突っ込んでくる首なしライダーの前に障害物を作ることができた。ホームドアをブチ破られた時は肝が冷えたが、ヤケクソでチェーンソーを振り抜いたら当たってくれた。


 それにしても何なんだろうか、この首なしライダーは。前のきさらぎ駅にこんな奴はいなかった。きさらぎ駅の怪談にも出てこなかったし、そもそも首なしライダーっていうのはそれ単品で怪談になってるやつだ。

 怪談がチームを組んで襲ってきた。そんな可能性が頭をよぎる。無くはないが、そこまで恨まれる覚えは……あるわ、普通に。きさらぎ駅メチャクチャにしたもんな……。

 となると、首なしライダーだけじゃなくて、他にも色々な妖怪が襲ってくるかもしれない。厄介にも程がある。さっさと雁金とメリーさんと合流して、脱出しないと。

 そう考えた時、銃声が聞こえた。――まさか。

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