3番線 白虎隊
【これまでのあらすじ】
怪異『白虎隊』の手練れ、マスモトとハリセ。話を聞いた犠牲者を待ち伏せた2人のうち、マスモトはチェーンソーで真っ二つにされて絶命した。しかしハリセはパートナーの死と引き換えに、チェーンソーの忍者に迫るチャンスを掴んだのだ。
ぞっとするほど冷たい雨に打たれながら、ハリセは150年前の「戦争」を思い出していた。
敵軍の眼前で、彼の部隊は母体に裏切られた。後世では飯盛山での切腹が悲劇として伝わるが、その前の撤退戦で犠牲となった者たちがいた。同じ白虎隊でありながら、語られず、名も残らない。その恨みが、彼らを『白虎隊』の怪異と成らしめた。
『白虎隊』は、彼らの怪談を聞いた者の前に現れ、殺す。助かるには
マスモトとハリセは、『白虎隊』の中では最強を自負していた。仕損じた犠牲者はいない。他の怪異も返り討ちにしてきた。だが、もうハリセの横にマスモトはいない。
ハリセの体を雨がしとどに濡らす。マスモトよ。怪異として死んだお前は何処へ逝く。しかしこの雨は天の計らいだ。武士に涙は許されぬのだから。ハリセは天を仰ぎ、目を閉じた。脳裏に浮かび上がるのは、マスモトの絶命の瞬間である。
「サヨナラ!」
マスモトはそれだけ言うのがやっとだった。切腹の時間すら与えられなかった。チェーンソーの無慈悲な一撃は、家宝の太刀ごと、マスモトの体を脳天から爪先にかけて両断したのだ。
許さぬ。そして、安らかに。
ハリセは視線を降ろした。血に塗れた装束がある。彼が生き残ったのは、チェーンソーの忍者に腹を切り裂かれてなお、意識を持ちこたえた超人的な精神力によるものだった。チェーンソーの忍者は、腹を裂かれ倒れたハリセを死んだものと取り違え、去ったのだ。トドメも刺さずに。
「その判断の誤りを、死をもって後悔させてやろう」
ハリセは近くの自転車に掛かっていたビニールを剥ぎ取る。それをレインコートのように羽織り、チェーンソーの忍者の追跡を開始した。
20分後。ついにハリセはチェーンソーの忍者の後ろ姿を捉えた。駅の階段を上っていくところだった。今は忍者装束を隠し、普通のサラリーマンと同様の格好をしている。だが、ハリセの目はごまかせない。気付かれないように距離を空けて、慎重に彼の後に続く。
無数の靴で踏みつけられた通路、薄汚れた壁、誰も見ない壁のポスター、ソイ・バーの自動販売機……死んだ空気を掻き分け、敷戸は山手線のホームへ歩いていく。
チェーンソーの忍者が改札をくぐってから1分。ハリセも構内へと足を踏み入れた。深夜であり、終電である。ホームには誰もいない。ハリセはチェーンソーの忍者から距離を置き、ソイ・バーの自動販売機の陰に隠れた。
やがて、ホームに鉄の塊が走りこんできた。銀と緑のボディに、スマホゲームのラッピング広告がペイントされている。山手線だ。ドアが開くと、ハリセは敷戸の隣の車輌に乗り込んだ。
駅メロが流れ、ドアが閉まる。山手線が走り出す。車輌の窓から、ハリセは敷戸を監視する。どの駅で降りる。車内に他の人間の姿はない。
このまま襲いかかっても良かったが、山手線という地形が彼をためらわせた。揺れる列車の中である。加えて人身事故や故障で、いつ止まるかわからない。不測の事態を避け、確実に殺したい。
物思いに耽っていると、不意に電車が揺れた。ぐらり、と車体がかしぐ。ハリセは足に力を込めた。
その一瞬のことだった。チェーンソーの忍者は隣の車輌から忽然と消え失せていた。
「バカな!」
列車は依然として走っている。だが、窓が空いている。飛び降りたとは思えない。ならば、上か。
ハリセは窓枠を乗り越え、電車の側面から上へよじ登った。振動と風圧が襲いかかるが、ハリセにとってこの程度の動作はウォームアップですらない。
登り終えたハリセは、隣の車輌上に人影を認めた。
忍者だ。忍者装束に身を包んだ男が、腕を組んで直立不動の姿勢を取っていた。それが、ハリセの追っていたチェーンソーの忍者であることは間違いなかった。
――復讐と焦りに雲らされていたハリセの意識も、ここへ来てついに認めざるを得なかった。チェーンソーの忍者はハリセの尾行に気付いていた。そして、こうして……彼を待ち伏せたのだ!
「セプクもできぬ武士気取りが迷い出たようだな。ならば武士と間違えられぬよう、惨たらしく殺してくれる」
風に乗って、チェーンソーの忍者のバトウが届く。
ハリセは怒りに震える手で刀を抜き、吐き捨てた。
「ほざけ。士道の何たるかもわきまえぬ草の者が。我が刀の錆にしてくれる!」
再戦である。チェーンソーの忍者が恐るべき手練れである事は身を持って知っている。この間合いで最も注意を要するのは飛び道具、すなわち手裏剣だ。放たれたそれを避けても防いでも、即座にチェーンソーが襲いかかってくる。
活路は前方。手裏剣の下を潜り抜けて突進する。そしてこちらに向かってきているであろう、チェーンソーの忍者の足を切り払うのだ!
「イヤーッ!」
……来る! ハリセは手裏剣を見切ろうとした。
それで終わりだった。ハリセの目の前、息がかかるほどの距離に、チェーンソーの忍者がいた。ハリセの胸の中心やや左寄りに、冷たい振動があった。そんな。そんなばかな。
――戦いは一瞬で決着した。忍者がハリセの胸からチェーンソーを引き抜く。電車がカーブに差し掛かり、力を失ったハリセの体が振り落とされる。
「サヨナラ!」
空中で叫んだ彼の体は、地面に叩きつけられて爆発四散した。
……やがて、電車はブレーキを軋ませ、止まった。チェーンソーの忍者――敷戸は眉根を寄せ、電車から飛び降りる。いくつも並んだ駅のホーム。見覚えがある。新宿駅だ。だが、様子がおかしい。世界最大の乗降車数を誇るこの駅に、人間が1人もいない。
敷戸は看板を見る。『JRきさらぎ駅』と書かれている。新宿のようで新宿ではない。
「ヌウーッ……?」
敷戸は首を傾げ、しかし立ち止まっても意味がないと判断したのか、改札に向かって歩き出した。
……その上空464.3m。はるか高空を1基のミサイルが飛んでいた。平時であれば即座に戦時に切り替わる大事件だ。しかし、きさらぎ駅の空は日本国の領空ではない。
更に言えば、それはただのミサイルではない。マッハを超えて飛ぶミサイルの上には、セーラー服の女子高生が直立していた。彼女ははるか下方の敷戸を見つけ、目を細める。
ミサイルが軌道を変え、降下を開始する。その上の女子高生もまた、きさらぎ駅へ落下していった。
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