試験前夜
森が燃えている。大文字焼きには少し早い。
炎の中、目を凝らすと二本足の影を見つけた。真っ黒に焼け焦げた人体。骨の髄まで炭になっているだろうに、自分の足で歩いている。
おそらくは火事で死んだ亡者だろう。自分の命を奪った炎を怨念で再現して、周りに撒き散らしている。
熱い空気を大きく吸い込み、炎の亡者に向けて駆け出す。
俺に気付いた亡者が炎を浴びせてくる。そいつを横に跳んで避ける。
次の炎が飛んでくる前に、亡者を間合いに捉えた。チェーンソー一閃。横薙ぎに振るわれた機械の刃は、亡者の体を一刀両断した。
力を失った亡者の体が、灰となって崩れ落ちる。同時に、周りで燃え盛っていた炎も魔法のように消え去った。
大きく息を吐きだし、チェーンソーのエンジンを止める。
静かになった森の中に、パチ、パチと拍手の音が響いた。
音のした方に目を向ける。黒髪の、道服の女。先日の晩に会ったあの女仙人だ。
「お仕事お疲れ様。感心、感心」
今の戦いを見ていたのだろう。満足げな笑みを浮かべている。だけど、どこで見てた。焼け焦げた森の中にいるのに、汗ひとつかいてないし、煤ひとつ被っていない。
道術で身を守っていたのか。それにしては、術の気配も感じ取れなかった。だとしたら相当な使い手だ。
「……この前教えてもらった通りだったな。一応、礼は言っとく」
今退治した炎の亡者は、この女道士から居場所を教えてもらったものだ。
あの晩、彼女が置いていった巻物には、まだ京都の誰も見つけていない怪異の特徴と出現場所が書かれていた。
慎重に調べて、嘘でも罠でもないとわかったから、退治しにきたのだけど。
「ただ、弱い。こんな奴を倒しても、自慢にもならねえ」
これじゃあ功績にならない。教えるなら、もっと誇れる相手が欲しかった。
「あら、真面目に祓ったのね」
俺の言葉を聞いた道士は、驚いた顔をした。
「『御陵衛士』がサボってる、って糾弾するための材料にすると思ってたけど」
「何でそんな事しなくちゃならないんだ」
「だって、京都の護りを『検非違使』の手に戻したいのでしょう? なら、他の勢力を追い出すのが一番じゃない」
「しねえよ、そんなマネ」
確かに、ここは『御陵衛士』の拠点の近くだ。ここに怪異がいるのに何故退治しない、と文句をつければ、『御陵衛士』の立場は悪くなるだろう。
だけどそういうのは良くないと思う。いちゃもんをつけて追い出しても、グチグチ言いながら帰ってくるのがオチだ。問答無用の大手柄でぶん殴って諦めさせた方がいい。
「そもそも京都を守るために戦ってるんだ。足の引っ張り合いで被害が出たら、本末転倒だろ」
「純真、純真」
自分の言う事を否定されたのに、何が楽しいのか女道士は笑っている。やっぱりこいつの腹の底は読めない。
「なら、もっと武勲を立てないといけないわね」
女道士がまた巻物を取り出した。だけどそれはちょっと困る。俺はスマホを取り出した。
「LINEかメールで教えてくれないか?」
「あら、どうして?」
「……この前のやつ、読むのに時間がかかった」
あの巻物は立派な中国語で、それも達筆で書かれていた。なんとか解読して翻訳アプリにかけて、それでも読めない古代の文法とかをなんとか推測して、この場所を見つけるまでに3日かかった。
毎回古文書解読は辛い。せめてデータで欲しかった。
「ああ、それで……ならLINEのコード出して」
仙人は袂からスマホを取り出した。良かったスマホ持ってた。
アプリを操作して、二次元コードを出す。
「
女仙人がコードを読み取ると、少しして『にゃんにゃん』からメッセージが来た。
「……ネコ?」
「あっ」
仙人が固まった。
「えーとね、違うのよ。それ、こっちの言葉で『娘さん』って意味。ニャン、って読むのが2つ並んで『
娘……?
「何よその顔! ハンドルネームくらい若く見せてもいいでしょ!
とにかく、後でデータを送るから登録しておいてね! それじゃ!」
そう言うと、娘娘は消えてしまった。
怪しさ以前に何だか詰めが甘いぞ。不安になってきた。
――
荷物を広げた俺は、部屋で最後の復習をしていた。
鬼の資格試験は筆記と面接の二段階だ。面接はこの前もう終わったことになってるから、明日の試験は筆記だ。
そしてこの筆記試験が結構ムズい。選択・穴埋め・計算・詩作・論文の5種類の問題が出る。大学受験みたいだけど、平安時代に作られた問題だから、いろいろと勝手が違う。
特に詩作が難しい。俳句、じゃなくて和歌を読まなくちゃいけない。平安貴族にとっては当たり前だけど、現代人の俺は和歌なんて読んだことがない。
借りた問題集によると、5・7・5・7・7に揃えて季語を入れるのが最低条件。感情を描くことが求められてるけど、気持ちをそのまま言葉にしても奥ゆかしくない。比喩する情景を読まないといけない、って書いてあった。むずかしい。
更に高得点を狙うなら、昔の和歌のワンフレーズを盛り込んで広がりを持たせるといいらしい。
今風に言うと、『世紀末』という言葉を入れることで、『100年の終わり』という言葉通りの意味と、『モヒカンがバイクに乗って死の荒野をヒャッハーと爆走する』という情景を同時に思い浮かべさせるテクニック、らしい。言いたいことはわかるけど和歌に使えねえだろ。
とりあえず詩作は最低限。暗記でなんとかなる選択と穴埋め、あと現代人が有利な計算で点を稼ぐ。論文は……キーワードを抑えておけば点はもらえるから、なんとかなると思う。
そんな風に試験のイメージをしながら復習を進めていく。しばらくすると、外が騒がしくなった。金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。
「いやいやいや」
いきなり荒事になってるじゃねえか。慌てて部屋を飛び出し、音がする方に向かった。
中庭でメリーさんがチェーンソーを構えていた。エンジンは掛かってない。相対するのは屋敷の主の宗壁さんで、こっちもチェーンソーを構えていた。
「何やってんだよ!?」
「あそび!」
メリーさんは元気よく答えた。発作か、と思ったけどアケミが座ってのんびり見てるから、そういうわけじゃないらしい。でもどういう遊びだ。
睨み合いが終わり、メリーさんが宗壁さんに斬りかかった。危ない、と思ったけど宗壁さんはチェーンソーでメリーさんの攻撃を受け流した。
メリーさんは勢い余ってすっ転びそうになったけど、踏み止まって横薙ぎの斬撃を放つ。宗壁さんは涼しい顔で受け止めて、メリーさんを弾き飛ばした。
「私、メリーさん」
押されたメリーさんが消えた。
「今、あなたの後ろにいるの」
そして、宗壁さんの後ろに現れたメリーさんは、足首を狙った一撃を放った。
「ほいっと」
しかし宗壁さんは地面にチェーンソーを突き刺して足を守った。
攻撃を止められたメリーさんは顔をしかめ、逆回転して胴を狙った一閃を放つ。宗壁さんはチェーンソーの刃をエンジンブロックで防ぎ、ついでに押し上げた。
「よいしょ」
「きゃあっ!?」
押し上げるついでに、勢いをつけたか。想像以上の勢いでメリーさんが回る。その時、宗壁さんがメリーさんに足をちょっとだけ引っ掛けた。それで完全にバランスを崩したメリーさんは、ぼてっとその場に転んでしまった。
「はい、僕の勝ちやね」
「ぐぬー」
「……何やってんの?」
終わったみたいだから、隣で見ていたアケミに質問する。
「ちょっとした勝負。メリーさんは転んだら負け。宗壁さんはあの円の中から出たら負け。メリーさんが勝ったら八つ橋を買ってもらえる約束だったんだけど……」
「ふーん」
倒れていたメリーさんがガバっと跳ね起きる。
「もう1回!」
「いやあ、堪忍。お爺ちゃんやからさ、疲れちゃってるのよ」
「そうだぞメリーさん。それに、今のお前じゃ無理だ。何度やっても勝てない」
「何よ! 今のはちょっと油断しただけなんだから! 本気を出したら倒すくらい……」
「宗壁さんは本気どころか、一歩も動いてないぞ」
円から出るとかそういう問題じゃない。肩幅に開いた足は、どっちも一歩も動いてない。いいように翻弄されたみたいだな。
でもまったく動かないでメリーさんの斬撃を全部いなしたってのは驚異的だ。受け流しってのは足腰使ってやるもんじゃないのか。腕だけでやるとか聞いたことないぞ。いや、腕も細いし……どうなってんだ。
「そんなに強いとか聞いてないんですけど。チェーンソーやってたんですか?」
「これでも堺
どうやら宗壁さんもチェーンソーのプロだったらしい。こんなの聞いてないぞ万次郎さん。
「ああ、でもなあ。キミやったら一本くらいは取れるかもしれん。どや、メリーさんの敵討ちなんて? 過縄村代表として、やっていかへん?」
ニヤリと笑って宗壁さんが挑発してくる。そういや、ウチの村のプロに世話になったって言ってたな。そういう意味か? 受けるのはまんざらでもないけど……タイミングが悪い。
「すいません、勉強に集中できないんで、静かにしてください」
「あっ……うん、そうやな、うん。すまんかった……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます