孤魂野鬼

鬼の上洛

 結果だ。結果がいる。誰もが黙り込む結果が。


 チェーンソーを振るう。掴みかかろうとしていた人影が真っ二つになる。人間じゃない。骸骨同然の顔に、腐り切ってボロボロの体。ゾンビだ。

 次々と立ち上がるゾンビを葬り続ける。こんな雑魚じゃ駄目だ。もっと大物が欲しい。誰も倒せない、誰もが恐れるような怪異が。


「ずいぶん焦ってるみたいねえ。剣呑、剣呑」


 知らない女の声。とっさにその場を飛び退く。攻撃はない。ゾンビの群れを凌ぎつつ、声の源を探す。

 見つけた。少し離れた所に立つ、背の低い黒髪の女。普通の服じゃない。着物に似た、ゆったりとした衣服。中国の道服か。


「お前が犯人か?」


 突然のゾンビ発生に、見たことがない怪しい道士。疑わないわけがない。

 女道士は首を横に振ると、袂から符を取り出した。


「まさか。逆、逆。退治しに来たのよ」


 道士が符を放つ。符は空中で炸裂すると、術式を撒き散らした。道術の波動を受けて、ゾンビたちは一匹残らず昇天した。

 脅威は消えた。それでも構えは解かない。怪異を倒したからといって、この女が味方とは限らない。


「どこの所属だ。『叡山退魔課』か?『樺山示現流』か? まさかそのナリで『聖アンティゴノス教会』なんてことはないよな?」

「どれでもないわ。ただ、名前は出せなくても介入したい組織がある、ということは知っておいてくださいな」


 怪しさは変わらない。チェーンソーの唸りを確かめつつ、告げる。


「京都を守るのは『検非違使』の役目だ。外の連中にやれるかよ」


 精一杯の威迫を与えたが、意外にも女は驚いた。


「まっさか。『検非違使』以外に誰が京都を守るというの?」

「ああ?」

「あなたの言う通り、京都は『検非違使』が守るべきだわ。だって千年もの昔から、そうなっているんですもの。

 なのに最近は外の人間が大きな顔をしている。不快、不快。

 だから、ね。私は陰ながら『検非違使』を手伝おうと思ったの」

「……だったら本部に声をかけてくれ。俺に言われても困る」

「そうもいかないのよねえ。あんまり目立つと国際問題になっちゃうし、現世に介入するのは仙人としてよろしくない事だもの」


 そう言うと、女は動きを止めた。二、三度まばたきして、口元を手で覆う。目は大きく見開き、こちらを伺うように見ている。口を滑らせたらしい。怪しいが、頭は良くないようだ。

 仙人ということは大陸出身。確かに京都の霊的防衛に手を出したと知られれば国際問題になるだろう。

 そして、『検非違使』に手を貸すのも理解できる。何しろ千年前に平安京が建設された時、結界や除霊のために仙人に協力して貰って以来、たびたび協力している。今さら他の勢力に京都を取られるくらいなら、『検非違使』に手を貸すのも当然だ。


「だから、キミのような見込みのある子を陰ながら助けて、『検非違使』の名声を高めて、元通りに京都を守ってもらう。いい考えだと思うんだけど……どうかしら?」

「怪しいよ、それは」


 素直な感想を口にしたが、女は怒らず、むしろ機嫌がよくなったようだった。


明智ミンチー明智ミンチー。手柄を前に疑う賢さ、そういうものは大事、大事」


 女は袂から巻物を取り出すと、足元に置いて後ろに下がった。何かの術が仕込まれているのかと警戒したが、巻物からは怪しい気配は感じ取れなかった。


「賢いアナタには、京の都を脅かす怪異の話を教えてあげましょう。倒すなり、他にけしかけるなり、好きにしなさい」


 そう言うと、女の姿は霞のように掻き消えた。周囲の気配を探ってみるが、隠れている様子もない。転移したのか、初めからいなかったのか。


 少し考えてから、巻物に歩み寄る。罠かもしれない。だが本当かもしれない。

 もしも本当で、あの怪しい女も善意で協力しているのなら、他の誰も知らない結果を手に入れられる。

 もしも罠で、あの怪しい女が検非違使を崩そうとしているのなら、それを食い破ってやはり結果を手に入れられる。

 どっちでも俺の損にはならない。そう言い訳して――巻物を、手に取った。



――



 東京駅から新幹線で2時間ちょい。やってまいりました京都駅。

 俺の右にはメリーさん、左にはアケミ。サングラスをかけた2人に囲まれている。どうやら護衛のつもりらしい。陶にSPの振る舞い方を聞いたんだとか。仕事で忙しいのに変なのが押しかけてごめんな、陶……。


 さて、本当なら予約したホテルに荷物を預けに行く所なんだけど、今回は万次郎さんが『検非違使』と相談して、泊まる場所を用意してくれている。なんでも普通のホテルだと怪異に襲われるだろうから、守りが堅い家を特別に用意してくれたらしい。

 そしてその家に向かうための送迎車が駅のロータリーで待っている。


「あれかしら」

「あれね」


 一目でわかる高級車、運転手付き。凄いな、まるでVIP待遇だ。トラブルを起こさないための囚人扱いって聞いてたけど、ぜんぜん違う。いい意味で期待を裏切られた。

 メリーさんたちに守られながら、車に乗って宿泊場所へ。着いた先は京都の一角にある屋敷だった。しかも、かなり由緒正しそうなところだ。何しろ敷地の周りが塀で囲まれていて、立派な門が建っている。江戸時代とかその頃から残ってそうだ。

 門をくぐる前に、運転手から難しい文字が書いてある御札をもらった。これを持っていないと、屋敷に貼ってある結界を通れないらしい。試しにメリーさんが御札無しで門をくぐろうとしたら、無限に足踏みをする羽目になっていた。


 それから玄関を上がると、畳の部屋に通された。いや、どの部屋も畳か。ガチの日本家屋だ。おまけに生活感がある。どう考えてもホテルとか旅館とか、宿泊施設には見えない。なんかの間違いじゃないのか。気後れする。

 ソワソワしながら待っていると、和服のお爺さんとお婆さんが障子を開けて部屋に入ってきた。結構なお年寄りだ。80歳か、それ以上か。背筋も足腰もしっかりしてる。


「はー、やれやれどっこいしょ」


 お爺さんがテーブルを挟んだ向かいに座った。お婆さんもその隣に座る。


「はじめまして。関東からわざわざご苦労さん。チェン宗壁そうへきいいます。よろしゅ」

清子きよこです」


 京都弁とはちょっと違う。万次郎さんのエセ関西弁に近いような喋り方だ。


「あ、どうも。大鋸おおが翡翠ひすいです。よろしく」

「私、メリーさん」

「アケミです。今日から大鋸くんがお世話になります。よろしくお願いします」

「なーに、気にせんでええ。過縄村のチェーンソーのプロには助けられた事があるんや。生きとるうちに恩返しができそうで、むしろ渡りに船や。いや、船って言っても三途の渡しの事やないけどな、ハハハ!」


 初対面でそのジョークは笑えねえよ。勘弁してくれ。


「八雲さんから話は聞いとるで。六道さんとこで鬼の試験を受けるんやってなあ。エラいこっちゃで」

「はい。会場はお寺じゃなくて、市民ホールですけど」

「近代的やね。ま、ここの家はしっかり結界で守っとるし、チェン家の若いのが守っとるから、怪異にゃあ手ェ出せへん。試験まで安心してゆっくり休むとええ。

 ああ、お昼はもう食ったか? もし良かったらこれからお昼やから、一緒に食べるか?」

「宗壁さん、お昼はもう食べたでしょう?」

「おっと、そうやった。いやー、メンゴメンゴ。この歳になるとボケてもうてなあ。若いのに作らせっから、それで勘弁してくれ。それとも何か出前取る?」

「いや、大丈夫です、お構いなく。どっかその辺で食べてきますから」


 こっちが迷惑かけてるのに、飯までごちそうになるのはいくらなんでも申し訳ない。

 っていうかあれだ、出てくる料理が高級そうだ。明日が試験だっていうのに慣れないもの食べたら、腹壊しそうで怖い……。

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