追い込み期間
番号は打ち込んだ。後は通話アイコンを押すだけだ。3秒、心の準備をして、緑のアイコンをタップした。
2回コールの後に電話がつながった。
《お電話ありがとうございます。六道珍皇寺地下部門です》
「すみません、9月に資格試験を受ける者で、小野さんをお願いしたいのですが」
《お名前お伺いしてもよろしいでしょうか?》
「大鋸です。
《少々お待ちください》
保留音は『天国と地獄』だった。地獄に電話してるのにどうなんだ、その曲は。
《お待たせしております。小野はただいま席を外しておりまして……よろしければ折り返しお電話いたしましょうか?》
「お願いします」
勇気を出して電話したけど、留守だったらしい。どっと疲れて、クッションの上に寝転んだ。
折り返しの電話は1時間くらいでかかってきた。
《電話もらったみたいだけど、一体どうしたん?》
電話の相手は
前の京都の事件では味方してもらったけど、その時に閻魔様に対して辻褄を合わせるために、地獄の鬼の試験に申し込んだ。
それが9月にあるんだけど、今回はその件で電話したんだ。
「あの、9月の鬼の試験なんですけど、受けるのやめようと思って……」
《えっ。ホントにどうした。葬式?》
「いや人死には関係ないんですけど。ちょっと京都に行くのが危なくなって」
《危ないってなんだ。また怪異でも出たのか?》
「いえ、俺の方の問題で……今、怪異と絡むと鬼に成りそうなんですよ」
東京で警察に追っかけられて、俺は鬼に、つまりは怪異に成りかけた。その時は筋肉の神にボコボコにされて収まったけど、またいつ再発するかわからない。
だから今、俺は怪異の事件に首を突っ込むのと、暴力を振るうのを禁止されている。
で、困ったことに9月の鬼の試験は京都の区民ホールでやる。京都は怪異がその辺をうろついてるような場所だ。絶対にろくでもない事になる。俺は約束があるから行こうとしたんだけど、メリーさんと雁金とアケミに猛反対されて、仕方なくこうして電話してるわけだ。
《なんとまあ……》
事情を説明すると、小野さんは呆然と呟いた。
「今から個人的な事情で辞退、って言ったら、閻魔様も納得してくれますかね?」
《いやそれより……キミ、鬼に成るのを防ぐ手立ては見つかってる?》
「え? いや……とりあえず、怪異に会わないのと、暴力を振るわないだけです」
どうやったら鬼になるかわからないから、成りかけた原因に近付かないようにしている。それしかできない。
そう言うと、小野さんは意外なことを言った。
《……だったら、むしろ試験は受けなさい。渡りに船だ》
「え」
《いいかい。キミは鬼になるのを防ごうとしている。
だけど具体的にどうすればいいかわからないから、それっぽい事をしないで我慢している。そうだね?》
「はあ」
《それでも一応
もう何度も、怪異に襲われてるんだろう?》
「それは……まあ、そうですけど」
この前のダイナミック流し雛を思い出す。ああいうのがちょくちょく来たら、やってられない。
《鬼に成るほど怪異と関わっているのに、怪異との縁を立つっていうのは無理がある。
不可能ではないが、記憶を消すとか、出家するとか、過酷なものばかりだ。それは困るだろう?》
「……はい」
八尺様の時みたいなことは、もう起こってほしくない。
《だから、逆に考えるんだ。『鬼になっちゃっていいや』と考えるんだ》
「あの、俺が鬼になると誰彼構わずぶっ殺すようになるんですけど、ヤバくないですか?」
《そのままならね。だが、もしもその『鬼』の内容を『地獄の鬼』にすり替えたら?》
「……どうなるんです?」
全然わからん。鬼は鬼じゃないのか。
《地獄の鬼は好き勝手に人を苦しめてる訳じゃない。閻魔様の命令で、仕事として罪人たちを苦しめている。同じ鬼でも秩序がある。
そういう鬼だって先に決めてしまえば、キミが恐れてるような悪鬼羅刹には成らない。そういうことよ》
「なるほど……!」
どうせ鬼に成るのなら、先に自分に都合のいい鬼を名乗っておけばいいってことか。しかも死んだ後に鬼として働くって話だから、生きてる間はいくら鬼扱いされても開き直れる。
「ひょっとして天才ですか?」
《ちょくちょく言われる》
――
「そういう事で京都に行くって輝にLINEで伝えたらめちゃくちゃ怒鳴られたんだけど、なんでかな」
《そら輝クン今忙しいからなあ》
今度は万次郎さんに相談中。輝が完全に話を聞いてくれないから、仲介してもらうしかない。
《この前の事件以降、京都には次々と対怪異組織が入り込んで、縄張り争いの真っ最中や。ウチの村のチェーンソーのプロも出張ってるくらいやで》
「一泊二日で試験を受けに行くだけだから大丈夫だと思ったんだけど」
《……ひとりで?》
「いや、メリーさんとアケミも連れて行こうかと」
《怪異騒ぎでモメてる所に怪異連れてったらアカンやろ》
「だって雁金は会社がヤバいし……」
この前、警察に追いかけられたのに付き合わせたせいで、仕事がいろいろ大変らしい。合わせてテレワークにするための引き継ぎとかもやってるから、凄く忙しいそうだ。
《京都の仕事を取り合って睨み合いしてるところに、のんきに怪異を連れていってみい。輝クンの立場が無くなるで?》
「そんなに?」
《そんなに》
なんか向こうは相当ヤバくなってるらしい。全然話を聞いてないから、何がどうなってるのかわかんないな。
「でも鬼になるのをどうにかできるチャンスだぞ。このままだと俺、一生暴力を封印して生きていかないといけなくなる」
《普通の人はそうだからね?》
「……大学出てからチェーンソーのプロの仕事を何本も渡しておいて、そんな事言う?」
《んがぐ》
俺は別に気にしてないけど、暴力仕事をやらせておいて、ちょっと状況が変わったらやめろって言うのはずるいと思う。
「とにかく何が何でも行くぞ俺は。メリーさんもアケミもダメなら1人でも行く」
《待てや! 怪異に襲われたらどうすんねん!?》
「殴る」
《オイコラァ!?》
正当防衛だ。文句を言われる筋合いはない。
《……わかった。わかった。しゃーない。ボクの方から京都の人に頼んで、宿と護衛の手配をしとく》
「いや、メリーさんとアケミがいるから、護衛はいらないんだけど」
《ちゃうわこのボケ! 変に睨まれんように、見張りをつけるって話や! わからんのか!?》
あ、そういうことね。
《ホンマ、京都の根回しは大変なんやで。ましてや部外者がたむろしてる現状、下手なこと言うたら一生文句言われかねん……》
「その……なんかすいません……」
《あー、もうええ。翡翠クンが試験に受かればええ話や。一応聞いとくけど、受かる見込みは?》
え、いやその、えーと。
《おい黙るなや。見込みは?》
「……ぼちぼちでんな?」
《勉強せい!》
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