一般獄卒職資格試験・筆記
昨日の夕飯はエビフライだった。清子さんの手料理だったんだけど、意外と庶民的だ。お陰で腹具合はいつも通り。急に痛くなるようなことはなさそうだ。
あと、清子さんがメリーさんと遊んでいた宗壁さんをめっちゃ叱っていた。年甲斐もなく子供に本気を出すな、って話らしい。こってり絞られたらしく、あの後宗壁さんが勝負を仕掛けてくるようなことはなかった。
そういう訳で、おおむね万全の状態で試験に臨むことができた。
そして、試験当日。
左京区の市民ホール。ここが鬼の資格試験を受ける場所だ。パッと見は……というか、ちゃんと見ても普通の市民ホールだ。
特に怪異がいたり、異界になっているという事はない。一応、イベント名だけは偽装されていて、『伝統芸能評議資格試験会場』って事になっている。
案内に従って、一番小さい会議室に入る。先にいた受験者が1人。髪を白く染めたデカい男だった。座っていてもゴツいってわかる。俺より背丈があるかもしれない。Tシャツとジーンズっていうラフな格好だから、余計にガタイの良さが目立つ。地獄の鬼って職業がいかにも似合いそうだ。
試験の準備をしていると、もう1人受験者が入ってきた。大きな丸いメガネを掛けた、長い黒髪の女だ。こっちは青系のゆったりとしたワンピースを着ている。おしゃれな格好だ。鬼っていうのはちょっと似合わないかもしれない。
……一応しっかりした格好の方が良いと思って、Yシャツとスーツのズボンを着てきたんだけど、必要なかったかなあ。
筆記用具を準備して待ってると、試験開始時間になった。どうやら今日の受験者は、俺も入れて3人だけらしい。
部屋に入ってきた試験官が試験について説明する。それから問題用紙が配られて、いよいよ鬼の資格試験が始まった。
まず最初に出てきたのは選択問題。
『次の令はどの条のものか、答えよ。
田の賃租は、おのおの1年限りとすること。園は任意に賃租、及び、売却すること。皆、所部の官司に報告して、
①田令十五条 ②公式令三十一条 ③田令十九条 ④倉庫令八条』
この法律がどの条文か、って問題だ。
田んぼに関する問題だから、田令なのは間違いない。①の田令十五条は確か、園地条だったから違うはずだ。見る度に遊園地が頭をよぎってたから覚えている。ってことは③だな。
そんな感じに頑張って暗記した知識を使いつつ、問題を進めていく。
選択問題はどうにか全部終わった。次は穴埋め問題だ。昔の本の文章の穴埋めだったり、詩のタイトルを5つ答えろとかだったり、そういう出題傾向だけど、たまに変なのもある。
『次の読み方を答えよ。
子子子子子子子』
『子』が7つ。毎年出る定番問題だ。小野さんが出題してるらしい。初めて見ると面食らうけど、要は『子』って漢字の読み方『ね』『こ』『し』『じ』の4文字を使って、指定された文字数で短文を作れっていう問題だ。
えーと、7文字だから……『こねここねこね』っと。屋敷にたまに遊びに来る、こね職人の野良猫を思い出す。
穴埋めを終わらせると、計算問題が待っている。
『以下の官人たちに1年間に支給する布の総数を答えよ。各官位の給与額は資料を参照すること』
ずらっと並んだ人の名前と、資料になってる給与相場の一覧。パッと見物凄いややこしい問題に見えるけど、冷静に見るとそんなでもない。
人を役職ごとに分けて、それぞれの官位で給料として配られる布の枚数を調べる。そしたら[その官位の人数]×[給料の布の数]を官位ごとにやっていて、最後に合計を出せばいい。
ようするに、掛け算と足し算ができればいい。なんならエクセルがあれば一発で解決する問題だ。
他の問題も数学、いや算数レベルの問題ばっかりだ。平安時代の計算レベルはそんなに高くないらしい。現代の林業なめんな。角度計算とか三角比とか、いろいろ考えなくちゃいけないんだぞ。
さて、こっからが問題だ。まずは詩作の問題。
『世紀末 を含んだ夏の句を詠め』
おい誰だこの問題作ったの。
途方にくれそうになったので先の問題へ。小論文だ。
『鬼の職務態度について、昨今の事例を例に上げながら意見を述べよ。ただし『貞観政要』『韓非子』『般若心経』の単語を含むこと』
なんかこれだけ難易度高くない? キーワードを使う小論文っていうのは聞いてたけど、時事問題まで入ってくるとか聞いてないぞ?
とりあえず、まだなんとかなる和歌を上手いこと詠んで……小論文は、こう、なんか、それっぽくまとめて……。
そんな感じで黙々と取り組んで、どうにか解答欄を埋めることはできた。合ってるかどうかまでは知らない。
ニアミスが無いか軽く見直しをしていたら時間が来た。解答用紙を係の人に渡し、会議室を出る。
これで試験は終わりだ。本当はこの後、別の日に面接をやるんだけど、俺はこの前の地獄訪問で先に面接をしたってことになっている。だから、家に帰って結果を待っていればいい。長かった受験勉強とも今日でおさらばだ。
外に出て、陽の光を浴びて、思いっきり伸びをする。昼過ぎからやっていた試験だから、外は夕方になっていた。夕日に向かって体を伸ばしてると、昼寝しすぎた人みたいで格好がつかないな。
まあ、それでも解放感はある。ちょっと一杯引っ掛けていきたい気分だ。観光地価格じゃない、普通の飲み屋とかあるかな。
「ねえねえ」
背中に声を掛けられた。振り向くと、大きな眼鏡の女が俺を見上げていた。さっきの受験生だ。
「あなた、一般獄卒職の資格試験を受けに来た人よね?」
「ああ」
「試験終わったし、打ち上げに行かない?」
「は?」
いきなり何だ。
「ああ、ごめんなさい。私、フォンって言うの。中国出身。
日本の鬼の試験を受けに来て、ついでに旅行もしているんだけど、行きたい店がひとりじゃ入りづらいところでね。
一緒に行ってくれる人がいないかなー、って探してるんだけど、ダメかしら?」
「行きたい店って、どこだ?」
「居酒屋」
確かに、店によっちゃ女ひとりじゃ入りづらそうだけど……。
「初対面の男を誘うか、普通?」
「普通はね。でも一般獄卒職を受けに来てるんだから、普通じゃないでしょ?」
俺が言いたいのはそういう事じゃないんだけど……。
「お金? 大丈夫、そんなに高いところじゃないし。もしあれだったら私が払ってもいいわよ?」
……まあ、呑みに行こうと思ってたのは、そうなんだよな。でもって、外国人観光客とはいえ、ちゃんと調べてる奴が来た。ついていって呑むのもいいかもしれない。
それに、同じ試験を受けた仲間同士で同じメシを食べるってのも悪くはないだろう。
「よし、そしたらアイツも誘おう」
ちょうど、もう1人の受験者、白髪のゴツい男が出てきたところだった。
――
俺とファン、それに白髪の男こと
店に入った俺たちは、飲み放題コースで早速呑み始めたんだけど、まあ2人ともよく呑むんだこれが。フォンはビールを水みたいに飲み干して、次々とちゃんぽんしていく。原木は焼酎のロックを黙々と呑んでいて、ペースが全く落ちない。
ただ、2人とも呑むのは呑むんだけど、酔い方がまるで正反対だった。
「いやあ、本当にビックリしたわよ。中国の一般獄卒職と、日本の一般獄卒職、全然違うんだもの。
そもそもあっちじゃ職業の名前なのに、こっちじゃ資格の名前なのよ? 名前が同じなだけで、全然別物じゃない。
だからこっちで冥府に関わる事をするなら、改めて資格を取らなくちゃいけないの。本当に面倒くさいわよねー。
まあ、日本の鬼道は特徴的な物が多いから、取りに行く価値はたっぷりあるんだけど!」
フォンはさっきから1人でべらべら喋っている。話し上戸らしい。旦那と会えなくて寂しい思いをしているだとか、軍関係の仕事をしているとか、他人に言っていいのかって話まで喋りまくる。黙っている時は酒を呑んでいる時だけだから、本当に大変だ。
「原木くんはなんで受験したのー?」
「供養」
一方、原木はほとんど喋らない。酔い潰れてるわけじゃない。こまめにつまみを注文するし、こっちにも頼むものがないか聞いてくる。酔ってるのに気配りができる凄いやつだ。
でも全然喋らないから、フォンの話し相手はほとんど全部俺になってる。ちょっとは助けて欲しい。
「供養かあ、ふーん。それじゃ、翡翠くんはー、どうして試験を受けたの?」
「俺は……将来のことを考えてな。どう考えても極楽往生できそうにないし」
まさか竹林大明神との口裏合わせのためとか、鬼に成るのを止めるため、とは言えないからな。
それに嘘ってわけでもない。俺の極楽往生は無理でも、先祖の誰かが地獄から引っ張り上げられるかもしれない、だからウチの一族はご先祖様を熱心に供養するんだって親父が言ってた。俺が地獄で働けば、ご先祖様も往生しやすくなるだろう。
「そっかあ……悪い人なんだあ……へえ……そっかあ……」
俺の言葉をどう解釈したのか、フォンはニヤニヤ笑っている。いや、単に酔っ払ってるだけか? 大丈夫かこいつ?
「あー、そうだ。LINE交換しよLINE。せっかくこうして出会った中なんだし、ね?」
フォンに強引に友だち登録させられる。画面を見てみると、登録名は『霍』の1文字だけだった。
「なんて読むんだこれ」
「フォン!」
普通に名字だった。これ1文字でそう読むのか。中国語って難しいな。
3人でLINE交換していると、店員がやってきた。
「すみません、ラストオーダーですが」
もう時間だった。さくっと1杯呑んで、会計を済ませて店を出た。俺もフォンも原木も、足元はしっかりしている。道端で眠りこけるような事にはならないだろう。
「そしたら……えーと、駅はどっちだっけ。そもそもお前らどこに泊まってんだ」
「何言ってるの? 2軒目行くわよ」
えっ。
「やめとけよ。結構呑んだだろさっきの店で」
「全然! まだ半分も行ってないわ! せっかくの旅行なのに我慢できるわけないでしょう?」
あれだけ呑んでまだ余裕かよ。どうしよう、これ以上付き合ったら俺ひとりで帰れるかどうか不安だぞ。
「もー。あなたたちが来ないんだったら、私ひとりで行くわよ。それじゃ!」
迷っていたら、機嫌を悪くしたフォンはスタスタと歩いて行ってしまった。どうしよう。隣で同じく突っ立っていた原木と顔を見合わせる。
「どうする?」
「放っておいて何かあっても、我々が責を問われるものではあるまい」
「そうだけどさあ」
「だが、女がひとり、夜の街で飲み歩く。何かあるのは確実だろうな」
「むむ」
「責は無いが、寝覚めは悪い。二日酔いよりも、よっぽどな。ならばもう一軒付き合ったほうが良いと思うが、どうだ」
「確かに」
「なら、ゆくか」
「ゆこう」
「ゆこう」
そういうことになった。
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