狐に化かされる
フォンに追いつくと、ニコニコ笑ってカバンを振り回し始めた。危ない。だいぶ酔ってるなコイツ。ほっといたら何しでかすかわからない。追いかけて正解だった。
そして二軒目を探し始めたんだけど、これが中々見つからない。というか、フォンが中々納得しない。いい感じの居酒屋はちょくちょく見つかるんだけど。
「もうあそこの店でいいだろ」
「よくないわよ! もっと隠れ家的なシックなお店で、いろんな日本酒が揃ってて、魚系のおつまみが揃ってるお店がいいの!」
「そんなの外から見ただけじゃわかんないだろ!」
そんな風にギャーギャー騒ぎながら歩いていると、横から声をかけて来た人がいた。
「話は聞かせてもらいましたよ! 隠れ家的なシックなお店で、日本酒は30種類あって、板前を雇ってる店がありますけど、いかがです?」
チャラい感じのアクセサリーで身を固めたキャッチだ。東京ではよく見かけたけど、京都にもいるのか。
「行くー!」
「待て待て。メニューのコピーとかあります?」
「こちらに」
渡されたメニューをざっと見てみる。チェーン並みに安いって訳じゃないけど常識的な値段だ。日本酒もいろいろある。
「お通しは?」
「突き出しっすね。お一人様500円です」
これもまあ、安いわけじゃないけど相場通り。ぼったくりとか詐欺って訳じゃあなさそうだ。
「ここでいいか?」
「いいって言ってんでしょ。行くわよ!」
「はーい! それじゃご案内しまーす!」
フォンはキャッチを追って路地に入っていく。原木の様子をチラッと見たけど、特に不満はなさそうだった。そういう訳で俺たちもフォンの後を追った。
しかしまあ、入り組んでる。京都の下町というか、ホームラン街というか。多分古くから残ってる町並みなんだろうな。周りの建物も年季が入ってるし。酔ってるのもあるかもしれないけど、どこをどう曲がったかまるで覚えられない。ちゃんと帰れるかなこれ。
「お客様ご来店でーす!」
道順に気を取られていると、いつの間にか店に着いていた。確かに隠れ家的な雰囲気の店構えだ。これならフォンも満足だろう、と思ったら、なんだか渋い顔をしている。
「どうした?」
「……まあいいわ。なんかの間違いってこともあるし」
急に機嫌が悪くなっていた。なんだ、イメージ通りの店が出てきたのにこれじゃないとか言い出す迷惑客か。原木も似たような表情だけど、こいつは元々無口だから何考えてるかわからん。
店員に案内されて店に入る。席はカウンターと小上がりがいくつか。こぢんまりとした居酒屋だ。俺たちの他に客はいない。穴場の名店、って感じかな。
「こちらの席へどうぞー」
小上がりを示されたから、そっちに行こうとしたら、手首をぎゅっと掴まれた。フォンが俺の手首を捕まえている。
「どうした」
「シィ」
視界が揺れた。こめかみを指で突かれた。痛くはないけど何しやがる。
「何だよっ!?」
「周りを、よーく、見てみなさい」
周り? 言われた通りぐるっと見てみる。
全然違う。さっきまでの隠れ家的居酒屋じゃない。内装がボロボロの廃墟だ。カウンターと小上がりはあるけど、ゴミとホコリに埋もれていて、とても呑めるような場所じゃない。
テーブルに並んでいた料理は泥団子や山盛りの虫だし、酒瓶は……中からひどい臭いがする。考えたくもない。
一番ビビったのは店員だ。全員、人間じゃない。顔が狐だ。尻尾も生えてる。でも服は着てる。
わくわく動物ランドか? いや、いくらなんでもビールジョッキを持つ狐は無理だろう。そもそも、わくわく動物ランドってなんだ?
「動物霊の群れみたいねえ。剣呑、剣呑」
「狐に化かされていたな」
フォンも原木も、初めからわかってた、みたいな顔をしている。ひょっとして騙されてたのは俺だけか?
「……あれ?」
「おい、まさか術者か?」
狐たちも、俺たちが化かされていないことに気付いたらしい。さっきまでのフレンドリーな気配を潜めて、警戒している。
「えーと、何がどうなってるんだこれ。ドッキリ?」
「やっぱり術者じゃねえか! 冗談じゃねえ、どこの組の回しモンだ!?」
キツネたちが殺気だって詰め寄ってくる。そのうちの1匹が俺の胸ぐらを掴んだ。
「何しやがるこの野郎!」
反射的に右の拳を叩き込む。頬を殴られた狐は吹っ飛んで、机の上の泥団子の山に頭から突っ込んだ。
「
「やりやがったなこの野郎! はっ倒せ!」
怒った狐たちが腕まくりをして詰め寄ってきた。ちくしょう、ぼったくりどころか強盗だったか!
先頭の狐が殴りかかってきたのを避け、膝蹴りを叩き込む。しかし2匹目に頭をぶん殴られる。代わりに顔面に掌底を叩き込んで、後ろの狐ごと吹っ飛ばす。
「クソがっ!」
狐の1匹が酒瓶で殴りかかってきた。避けると酒瓶は柱に当たって砕け散った。
「危ねえなバカ野郎!」
渾身の前蹴り。ガードした狐を強引に吹っ飛ばす。狐は腰をカウンターにぶつけて、その場にうずくまった。
「でえあああっ!」
2匹の狐が低空タックルを仕掛けてきた。一気に店の外まで押し出される。肘で背中を殴りつけるけど怯まない。
とうとう腰を掴まれ、地面に倒された。そのまま上からガンガン殴られる。
「おあっ、いてっ、やめろコラッ!」
下から殴り返すけど、あんまり威力が出ない。殴り返される。
顎を狙って、と思ってたら、横から飛んできた蹴りが上に乗ってた狐たちをまとめて吹っ飛ばした。
「大丈夫か?」
原木だった。どうやらケンカ慣れしているらしい。飛びかかってくる狐たちを危なげなく迎え撃ってる。
「悪ぃ! そういやフォンは!?」
「……逃げたようだ」
マジかよ、と思って辺りを見回すけど、フォンの姿はどこにもない。あいつさっさと逃げやがった。いやまあ、変に襲われるよりはいいけど。でも、そもそもあいつがハシゴするとか言わなけりゃこんな事にはならなかったんだよな? どうなんだ?
「オアーッ!」
「うるせぇーっ!」
雄叫びを上げて殴りかかってきた狐を蹴り飛ばす。考えてる場合じゃねえ、とにかく今は暴力だ。
狐の回し蹴りを腕で受け止め、そのまま脚を両腕で抱える。体全体でブン回せば、ジャイアントスイングになって狐が浮く。怯む他の狐たちに投げつけてやれば、ボウリングみたいに纏めて倒れた。
「っしゃあ!」
「調子乗ってんじゃねえぞコラ!」
別の狐に背中を蹴られる。それくらいなら大丈夫だ。振り返りざまに頬を殴り飛ばす。
原木の方を見ると、狐を2匹まとめてラリアットで張り倒したところだった。見た目通りのパワーだ。格闘がサマになってるし、プロレスラーなのかもしれない。
とにかくこれなら負ける気はしない。そう思っていると、辺りに甲高い笛の音が鳴り響いた。振り向くと、Yシャツを着た男たちが向かってきていた。何だあれ。警察じゃない。
「オラァッ!」
よそ見してたら狐に腹を殴られた。いってえ。食って呑んでるから余計にキツい。
「何すんだコラァ!」
殴り返す。生意気にもガードしやがった。もう一発、と思ったら後ろから羽交い締めにされた。
「何だ!?」
「やめろ! 大人しくしろ!」
狐にもう一回殴られる。ふざけんなこの野郎。自由になってる足で思いっきり蹴っ飛ばしてやる。
「やーめーろって言ってんだよオイ!」
「四条油小路で怪異と観光客が乱闘中! 応援願います!」
「そっち行ったぞ逃がすなー!」
なんか周りが騒がしい。狐じゃなくて普通の人もいる。そしてその人たちが狐を取り押さえてる。
あれ、やっぱり警察? と思ったら地面に引き倒された。そして背中に何人ものしかかってくる。
「確保!」
「確保ーッ!」
「ちょっと待て、俺は被害者だ! 弁護士、弁護士を呼んでくれーっ!」
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