釈放
俺と狐たちを捕まえたのは検非違使だった。通報されたのか、それともパトロール中に見つかったのかはわからない。
最終的には10人くらいの検非違使がやって来て、狐たちは一網打尽にされた。
ちなみにフォンはもちろん、原木もいつの間にか逃げていたらしい。捕まったのは俺だけだ。納得いかねえ。
俺はぼったくられそうになったって主張したのに、狐たちと一緒に二条城地下の留置場に入れられた。明日の朝から取り調べらしい。ふざけんな俺は被害者だぞ。
ふてくされて床に寝っ転がる。畳敷きだ。6畳くらいの広さがあって、布団と枕、洗面台が揃ってる。トイレが個室になってる辺りは、警察の留置場と同じだ。畳が敷いてある分、留置場よりもグレードがちょっとだけ高いか。
でも他の牢屋に入ってる狐たちがギャーギャーうるさいから居心地は良くない。
しかし妙な話で、向かいの留置場は更にグレードが高い。ちっちゃい本棚とテーブル、テレビ、それに冷蔵庫もある。鉄格子がはまってること以外はちょっとしたホテルだ。どうなってるんだ、誰か住んでるのか?
不思議に思ってると、別の誰かが留置場に入ってきた。馬の顔のマスクを被った、変な人だった。
「ええ……?」
そいつは俺の向かいのハイグレード牢屋に入ると、マスクを脱いでくつろぎはじめた。マスクの下は中国人の男の顔だった。どうやら人間らしい。
いや、ちょっと待て、あのマスクどっかで……。
「あっ」
「うん?」
「お前、あれだろ。銀行強盗だろ」
「何だよ人聞きが悪……うっわ、あの時のチェーンソー使い」
向こうも気付いたらしい。こいつは、前に俺が京都に来た時に暴れていた銀行強盗の一味だ。あのドンキで売ってそうな馬の被り物はよく覚えてる。
「まだ捕まってたのかお前」
「そういうお前こそ、何で捕まってるんだよ」
「俺は無実だ。狐の強盗に襲われて殴り返したら、一緒に捕まっちまったんだよ」
「はー。最近物騒だもんなあ」
そう言いながら、馬マスクは冷蔵庫から缶チューハイを取り出して呑み始めた。ここ留置場だぞ?
「何、住んでるのか? 牢屋に?」
「違う違う、捕まってるんだよ。盗んだ宝物がひとつ見つからなくてなあ。ちょっとでも早く出たいから、検非違使の仕事を手伝ってポイント稼いでるんだ」
検非違使は強盗の手も借りるほど困ってるのか。そんなに人手不足なのは、かなりヤバく見える。
それでひとつ、思ったことがあったので聞いてみた。
「あの弓使いもいるのか? あいつもどっかの牢屋に入ってるのか?」
確か、バカみたいに強い弓使いがいたよな。あいつも捕まってるのか。そもそも捕まえておける牢屋があるのか?
「いや、イーは閉じ込められないから、普通に外にいる。仕事の時だけ戻ってきてるけどな」
まあ、そりゃ月をぶっ壊せる人間を閉じ込めておける牢屋なんて無いよな。
――
結局、狐たちは京都の異界にぼったくりバーを作って、誘い込んだ人間に泥だんごなどを食わせて金を巻き上げていたらしい。
検非違使は前からぼったくりバーの話は聞いていたけど、すぐに引っ越すから中々捕まえられなかったとか。
とにかくこれで濡れ衣は晴れた。一晩で無事に釈放だ。この前、警察に追いかけられたことといい、なんで俺ばっかり無実の罪で捕まるんだ。
「やっぱり顔のせいか……?」
「なんだい
釈放された俺は、検非違使の車で宗壁さんの家に向かっている。運転するのは輝の彼女、
輝はいない。多分、検非違使の仕事で忙しいんだろう。
「顔でフラれるならそもそも付き合わないぞ」
「それは……うん、そうだねえ」
免許証の写真を撮ったら、指名手配ポスターみたいな仕上がりになるほどの悪人面だ。隣で運転してる楓みたいに、慣れない人は何度会っても慣れないって言われる。
親父も輝も普通の顔なのに、どうして俺だけ爺ちゃん似の顔になっちまったんだ。
「それ、ご到着だ。降りたまえよ」
宗壁さんの家の近くのコインパーキングで、俺たちは車を降りた。それから少し歩いて、宗壁さんの家の前へ。
インターホンを押してしばらく待つと門が開いた。
腕を組んで仁王立ちのメリーさんとアケミが待っていた。
「げっ」
――
「大鋸くんさあ、どうして私を置いて呑みに行こうと思っちゃったのかな? 京都には怪異がいっぱいいて危ないって何度も話したじゃない。
それでも大鋸くんが鬼の試験を受けるって言うから私たちが護衛になったのに、勝手に出歩いたら意味がないじゃない。
なんなの? バカなの? それとも私と一緒にいるのがそんなに嫌?」
右からはアケミ。
「ばか!」
後ろからはメリーさん。
左には無言の清子さん。
「試験が終わって一杯やりたかったってのはわかるけど、無用心すぎへん?」
正面には宗壁さん。
全方位から責め立てられて、本当に縮こまるしかない。自動車もスクラップにできそうなプレッシャーだ。
「だって……だって、他の受験生が打ち上げだって誘ってくるから……」
「せめて連絡するか、私を呼びなさいよ」
「いや、メリーさんを連れて居酒屋は無理だろ」
「じゃあ私は?」
「アケミも未成年だろ」
「生きてれば大鋸くんと同い年だよ。仮に享年で考えても、怪異だから大丈夫だよ」
それ本当に大丈夫か?
「そもそも俺は被害者だぞ、被害者。狐のぼったくりバーに連れ込まれそうになったから暴れたんだ。何が悪い」
「なんでそこで暴れるのよ」
「向こうが先に手を出してきたんだよ。正当防衛!
大体今の京都には、その道のプロがいっぱい集まってるんだろ? どうしてあんなチンピラがうろついてるんだ。仕事してんのか?」
そう聞くと、宗壁さんが渋い顔をした。
「……それがアカンのよ」
「え、何、そんなにマジメな話なんですか?」
「マジメもマジメ、大真面目や。えーと、今の京都の状況、どれくらい知っとる?」
そんなアバウトに聞かれてもなあ。
「なんか、検非違使がめちゃくちゃ忙しいのと、それを手伝うためにチェーンソーのプロとか、怪異をなんとかする人たちがいっぱい来てるのは知ってますけど」
「上っ面だけか」
「えっ、また陰謀?」
最近、変な陰謀とかテロによく巻き込まれるから不安になる。
「や。陰謀ちゃうねん。まず隠しとらんからな。そもそも検非違使がなんでこんなに忙しいのかは、知っとるか?」
「この前の月の事件で死人と怪我人が出まくって人手が足りないんですよね。それは知ってます」
何しろ事件の真っ只中にいたし、事件が終わってからもどさくさに紛れてタダ働きさせられてたからな。よーく覚えてる。
「その穴埋めをするために、検非違使は全国各地の対怪異組織に助けを求めたんや。
同じ京都にいる『御陵衛士』はもちろん、『霊中隊』、『高野山退魔課』、『樺山示現流』、『聖アンティゴノス教会』、『過縄村チェーンソー会』。そうそうたる面々、って奴やね。ボクら『三
おかげでひとまず人手は集まった。けどなあ、この人たちが揃いも揃って、京都を守るのは自分たちの方がふさわしい、って言い始めたんよ」
「なんでそんな事を?」
「シェア争い、って奴やな。検非違使の代わりに京都を守るようになれば、それまで検非違使が貰ってた寄付とか利権をごっそり奪い取れる。
それにブランドも上がるで。京都を守る対怪異組織、って看板、カッコいいやろ? これがあれば全国各地、いや世界中から依頼が殺到するで。
で、お互いにライバルになっとるから、怪異の退治屋たちはまともに協力なぞでけへん。
自分たちの縄張りはきっちり守るけど、その境目で事件が起これば足の引っ張り合いになる。それに、ポイント稼ぎにならないようなザコ怪異は無視されてる。
せやから、キミが会った狐のぼったくりバーみたいなチンピラの怪異が野放しになってた、っちゅーわけよ」
め、めんどくせえ……。コンビニのシェア争いみたいなことを、治安に関わることでやらないでほしい。
「なんか、こう……最強トーナメントとかやって決められないんですか?」
「単に強いだけじゃダメなんよ。不思議な事件を解決する推理力とか、地域の人や神様と話を合わせる交渉力とか、単純に人手を補える動員力とか。いろいろ必要なんや」
「帰りてえ……」
付き合ってられねえよこんなの。ややこしい。
「そうした方がええかもね。キミが居座ってると、『過縄村』の回しモンかって思われるやろうし」
「んじゃもう、今日中に帰ります。お世話になりました」
「あーっ、いや……」
さっさと逃げよう、と思ったら楓に止められた。
「何だよ。今回ばかりは手伝わないぞ」
「いや、今の話じゃないんだ。違うことで、御義兄様に助けてほしい、というか相談したいことがある」
「俺より輝に聞いてくれ。アイツの方が頭いいだろ」
「その輝の事なんだ!」
「輝が? どうしたんだ?」
俺が尋ねると、楓は大きく溜息を吐いてから、本当に小さな声で言った。
「浮気してるかもしれない」
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