チェーンソー・ニューリーダー
「輝の様子がおかしいって気付いたのは、2週間くらい前のことだ。
洛中のパトロールに一緒に行かないかと誘ったんだけど、別のところを見て回ると言って断られたんだ。今までそんな事はなかった。
その時に気付いたんだよ。最近の輝は、私を妙に避けてるなって。デートの時は別として、検非違使の仕事で一緒になったことがない。
別の人とチームを組んでるのかと思って聞いてみたけど、誰も輝と組んでいなかった。ひとりで出ていって、怪異と戦っていたんだ。
なんでそんな事をしているんだって聞いてみたけど、はぐらかされたり、要領を得なかったりでちゃんと答えてくれなかった。
不思議に思っていたらさ、一昨日、輝のスマホに通知があって、画面がチラッと見えてしまったんだ。
いや、盗み見た訳じゃないぞう!? ロック解除のパターンは知ってるけど、その辺のプライバシーはちゃんとわきまえているからな、うん。
それで……通知なんだけど、LINEだった。
『にゃんにゃん』って名前の人から、何かが送られてきたんだ。何だったかはわからないけど……。
戻ってきた輝はスマホを確認して、顔をしかめていた。多分、『にゃんにゃん』からのLINEを見たからだろうな。その日の晩もひとりで怪異を退治しに行ったよ。
……なあ、これ浮気だろう!? どう考えたって浮気だろう!?
私というものがありながら、『にゃんにゃん』とかいう訳のわからない女に入れ込んでるんだ! そうに違いない!
「殴れ!」
最速最短の解決策を出してみたら、アケミに殴られた。違う、俺じゃなくて浮気者を殴れって意味だ。
「ねえ、その『にゃんにゃん』って、本当に女の人なの?」
メリーさんが俺の膝の上に乗っかって、楓に問いかける。すると、楓はちょっと言葉に詰まった。
「いや……名前からして女性だろう。男性だったら、それはそれで輝が心配だ」
「猫じゃないの?」
「猫はLINEしないだろう」
「そう? 私の猫は、スマホを使える子もいるけど」
おかしいだろその猫は。
ところが、おかしすぎて楓は冷静になった。
「……あー、つまり『にゃんにゃん』が怪異かもしれない、ということか?」
なるほど。怪異に付き纏われてるかもしれないってことか。一理あるけど、矛盾もある。
「それなら、輝が誰かに相談するんじゃないのか。お前ら怪異退治のプロだろ? 『にゃんにゃん』がどんな怪異だか知らないけど、4,5人で袋叩きにすれば大体なんとかなるだろ」
「……いや」
俺の疑問に、楓は暗い顔で答えた。
「輝は一人で解決しようとしているのかもしれない」
「何でそんな事。今の検非違使って、そんなに人手が足りないのか?」
「違う。多分、ムキになってる」
「……何かあったのか?」
楓は、はぁ、と大きな溜息をついた。
「先月の事だが。輝の実家……過縄村のチェーンソーのプロが来て、検非違使を辞めて村のチェーンソーのリーダーになってくれて頼まれたらしいんだ」
――
過縄村のチェーンソーのプロは、京都市の南西のあたりを縄張りにしていた。来ているのは20人くらい。結構な大所帯だ。
リーダーの古賀さんは、川の近くの事務所にいた。ここを拠点に怪異を退治しているらしい。元々は検非違使の事務所だったのを借りてるんだとか。
「オイコラァ! 輝を"暴力"の長にするってどういうことだ!?」
という訳で、メリーさんとアケミと楓を引き連れて、事務所に殴り込んだ。幸い、みんな俺の顔を知ってるから、すんなり古賀さんの部屋に通してもらえた。
そして輝をチェーンソーのリーダー、つまり"暴力"の大鋸の長にするって話について問い詰めた。すると、古賀さんから意外な答えが帰ってきた。
「お前のせいだよコンチクショウ!」
「えー!?」
意味がわからん。なんでそこで俺が? 村を追い出されてるんだぞ?
「えーじゃないんだよ! 倒せないはずの八尺様を倒したり、ジンカンの群れを一人でブッ殺したり、この京都で月人相手に暴れ回ったり!
トドメにこの前の東京テロだよ! 廃神とタイマン張って大勝利? 強いにも程がある! お陰でウチの村じゃあ、お前の話題で持ちきりだ!
そしたらお前を"暴力"の長にできないかって話が出てきちゃったんだよ!」
「ダメだろ!? それは……ダメだろ!? だって俺、八尺様に追いかけられて村から追放されてるんだよ一応!?」
八尺様に追いかけられないように、名前を変えて記憶を消して村に戻ってくるな、っていう話だったはずだ。
八尺様を殺したから村には戻れるようになったけど、一度決めたことをひっくり返すほど甘い村じゃない。俺も東京の生活が気に入っているから、村に戻るつもりもない。
そもそも"暴力"の長になれなんて話、誰からも聞いてないぞ。
「当たり前だ! 本当に一部の村人しか言ってねえ!
だけどそれを知った別のバカ共が焦りやがったんだ。本当にお前がリーダーになったらたまったもんじゃあない。
だったら弟の輝をリーダーにした方が良いんじゃないかって言って、勝手に話を持ちかけたんだよぉ!」
何やってんだよ村の連中は。俺がダメなら輝にしろって、言ってることメチャクチャじゃねえか。
「っていうか今のリーダーって古賀さんじゃん。それじゃダメなの?」
「おめえら兄弟が暴れるから俺が全然目立たねえんだよクソがぁっ!」
古賀さんが机を思いっきり叩いた。
「八尺様のせいで"暴力"のメインメンバーは壊滅するしよぉ!
"政治"はリーダーの石黄さんが行方不明になってガタガタになるしよぉ!
バランスが崩れたのをいいことに"金"の連中が幅を利かせてくるしよぉ!
どいつもこいつも自分勝手に動きやがって! 帳尻合わせる身にもなれってんだチクショーッ!」
なんかその……ごめんなさい……。
――
古賀さんのメンタルが酷いことになったので、話はほどほどに切り上げて帰ることにした。今日はこのくらいにしておいてやる、なんてセリフをリアルで使うことになるとは思わなかった。
「あのリーダーの人……かわいそうな人だったな……」
「昔はもっとしっかりした人だったけどなあ」
俺が村にいた頃は、"暴力"の長だった親父の部下としてきっちり働いていたのを覚えてる。親父は長の座をあからさまに狙ってるって嫌ってたけど、リーダーをやれるくらいの実力はあったと思うんだよな。少なくとも俺より向いてる。
「しかし、過縄村の内側がそこまでガタガタなのは意外だったな。京都に援軍を送ってる場合ではないのではないか?」
「そこら辺は、義理とか約束とか、そういうのがあるんだろ」
詳しい話を聞く前に村を追い出されたから、どういう約束事があるのかは知らないけど。
「検非違使も故郷もボロボロ。そしてどちらからも頼られているとなると、輝のプレッシャーは大変だろうなあ」
「大丈夫だろ、輝なら。
俺よりも頭がいいし、いい大学に行ってるし、顔もいいし。そういうリーダーシップ、ってやつも持ってると思うぞ」
「御義兄様。気持ちはわかるが、輝だって何でもできる完璧超人じゃないんだぞ?
わからないことだってあるし、愚痴りもするし、ふてくされてアパートに引きこもったこともある。まあ、そういうところが可愛いんだが……」
咳払いをして、楓は続ける。
「だが、これで輝が何をしたいのかはわかった」
「わかるのか」
「ああ。検非違使は他の対怪異組織に浸食されて危機に陥っている。そして輝の故郷も人手不足……いや、リーダーシップ不足でバラバラだ。
この2つの問題を一気に解決する方法がある」
「それは?」
「輝が功績を立てるんだ。他の対怪異組織が束になっても敵わないような怪異を検非違使の輝が倒せば、京都を守るのは検非違使がふさわしいという話になる。
そして、輝が大手柄を上げたなら、過縄村のチェーンソーのプロたちも、輝がチェーンソーリーダーになることに文句は言わないだろう。
こうすれば、輝は検非違使のままチェーンソーリーダーになる。実質的に『検非違使』と『過縄村チェーンソーの会』の合体だな。検非違使は人手不足が解消されるし、過縄村もニューリーダーの下でまとまれる」
「……そんなに上手くいくか?」
「いかないねえ!」
一瞬で否定された。
「各地の勢力が睨み合うこの状況で、輝が大金星を挙げたらどう思われる? 下手をすれば、『検非違使』と『過縄村』が共謀して事件をでっちあげたと思われるよ!
もし上手くいったとしても、さっきの古賀さんのように、お互いの反対勢力から不満が吹き出すだろう。
何より輝が大変だ! 今の検非違使の仕事だけでも忙しいっていうのに、チェーンソーリーダーまで掛け持ちしたら、過労死で死んでしまうよ! 私とデートする時間も無くなってしまうだろう! 冗談じゃない!」
傍目から見てもガタガタの計画らしい。輝がこんな雑な計画を立てるなんて信じられないけど、それほど追い詰められてるって事だろう。
「このままじゃあいけない。バカな真似はよせと、すぐに輝に伝えて……ああダメだ! 輝は正論をぶつけられるとひねくれるからなあ! ムキになって余計に怪異退治に力を入れてしまう!」
何だか楓は悩んでるみたいだけど、アレはどうなんだ。別の問題があるだろ。
「『にゃんにゃん』は放っておいていいのか?」
そもそもこの話は、浮気相手だか怪異だかはっきりしない『にゃんにゃん』から始まったはずだ。輝がリーダーになるかどうか、ってのとは別だと思う。
「……それだ」
えっ、別じゃないの?
「このタイミングで出てきた『にゃんにゃん』が、関わっていないはずがない。輝に余計なことを吹き込んだ泥棒猫か、輝が手柄にしようとしている怪異なのかはわからないが、鍵を握っているのは間違いないだろう。となると……」
ブツブツ言いながら楓はスマホを操作して、何かを調べ始めた。何か作戦を思いついたらしい。それは良いんだけど、俺としてはちょっと困る。
「メリーさん、アケミ、集合」
ちょっと離れた所に2人を連れてきて、小声で相談する。
「このままだと俺たち、手伝うことになりそうなんだが……大丈夫か?」
「ダメでしょ。大鋸くん、暴力禁止だよ?」
「そうよ。めんどくさい」
メリーさんもアケミも渋い顔だ。そうなんだよな。試験が終わったとはいえ、まだ合格したかどうかはわからない。当然、鬼の資格も持ってない。怪異に関わりすぎると、また鬼に成るかもしれない。
「だけどさ、弟の話なんだよ。身内が困ってるってなったら、何としても助けるものだろ? だから放っておいて帰りたくないんだよ」
「うーん……」
「でもねえ……」
「それに、昨日狐とケンカしてわかったんだけど、ちょっと怪異と関わるくらいなら平気みたいなんだ。だから、東京の時みたいな大群にさえ合わなきゃ大丈夫なはずだ。
そういうのに遭ったら逃げるって約束するからさ、今回は大目に見てくれないか?」
これ以上、身内が減ってほしくない。ましてや輝は弟だ。先に生まれた身としては、何としても守ってやらなくちゃいけないだろう。
2人はしばらく唸っていたけど、メリーさんが先に顔を上げた。
「約束して。終わったら、京都の和菓子1日食べ放題」
「任せろ。好きなもの食べていいぞ」
金で解決するなら安いもんだ。
そしたら今度はアケミが言った。
「じゃあ私は、新宿で1日デート。雁金さんと一緒に行った場所、案内して?」
「おうっ……?」
なんか……凄く圧のある要求だな……?
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