ゆうえんち

「もしもし。私、メリーさん。この前はよくもキャットフードの買い出しなんてくだらないことで呼び出してくれたわね。

 埋め合わせはキッチリしてもらうから。今度の土曜日に練馬の遊園地に行くわよ。朝9時に武蔵境駅に集合。いいわね?

 ……え、車? 確かに乗り換えは面倒くさいけど……いいの? わかった。じゃあ、9時に武蔵境のロータリーで待ってるから。迎えに来てね?」


――


 というわけでやってきたのは、東京都練馬区の遊園地だった。どういうわけだよ。


「人が多いわね…!?」


 メリーさんは目の前の人混みに驚いている。気持ちはわかる。土曜日とはいえ三連休でもないのにこれだけ人が集まってるとは思わなかった。

 歴史のある遊園地だし、都心にも近いから来やすくて、それで人気なんだろうなあ。遊園地とかのレジャー施設は最近落ち込み気味だって聞いてたけど、これだけ賑わってるなら天変地異でも起こらない限り無敵なんじゃないのか?


「さーて、何に乗りたいんだ、メリーさん?」


 メリーさんに尋ねる。俺を叔父役に仕立て上げてまで遊園地に行きたいと言ったんだ。お目当てのアトラクションがあるはずだ。


「……あれ!」


 メリーさんが指差したのは、キラキラ光って馬がグルグル回ってるヤツ。メリーゴーランドだ。結構並んでいる。人気アトラクションなんだろう。


「おう、それじゃあ……チュロス買うか」

「なんで!?」


 近くの屋台でチュロスを買おうとすると、メリーさんが声を上げた。


「だってあれだけ並んでたら、待ち時間が長いだろ」

「……そう言われればそうね。それじゃあ、チョコレート1つ」

「わかった。すいません、チョコレートとシナモン、1個ずつください」


 チュロスを買ってメリーゴーラウンドの列に並ぶ。案の定、30分待ちだった。東京のファンタジーワールドとか、富士山の絶叫フェスティバルに比べたらマシなんだろうけど。


「すぐに乗れるかと思ったのに……」

「何だ、遊園地に来るのも初めてか?」

「ええ。子供ひとりで入ると、すぐに迷子センターに連れて行かれるから」

「なるほど。そう考えると意外と不便なんだな、妖怪って」

「怪異!」

「すまん。……そしたら、普段の買い物とかはどうしてるんだ?」

「ネット通販」


 うーん、現代的。

 そんな感じで雑談をしつつ、チュロスをかじって時間を潰していると、ようやく順番が回ってきた。


「さ、乗るわよ!」

「おう」


 メリーさんは白馬に、俺はその後ろの栗毛の馬に乗った。他のお客さんもそれぞれの乗り物に乗って、ミュージックスタート。メリーゴーラウンドがグルグルと回り出す。……あれ、馬が上下に動いたりはしないのか。


「おー……おおおー……!」


 メリーさんは棒にしっかりしがみついて、目をキラキラさせている。めっちゃ楽しそうだ。メリーゴーラウンドでこれなら、本物の馬に乗ったらどれだけはしゃぐんだろうか。

 いやでも、本物の馬とは全然違うから、これが楽しいのかもしれない。本物の馬、生き物だから乗り心地はぜんぜん違うんだよな。躍動感が凄いから、俺はあっちの方が好きだ。乗馬免許をとっちゃうぐらいには。

 しばらくグルグル回った後に、メリーゴーラウンドは止まった。どうやら終わりらしい。意外と長かった。


「どうだった?」

「すっごい楽しい! キラキラーって、グルグルーって!」


 語彙力が低下している……!


「えーと……じゃあ、次は何に乗る?」

「次? 次は……あれがいい!」


 メリーさんが指差した先には、ジェットコースターがあった。


――


「それでは出発です。皆様、行ってらっしゃいませー!」


 係員の呼びかけで、ジェットコースターが動き出した。乗り場を出たジェットコースターは、じわじわと坂を上っている。

 俺とメリーさんはコースターの真ん中あたりの座席に座っていた。前後には家族連れやカップルが乗っている。


「ジェットコースターって、もっとバーでガチガチに固められると思ったけど……」

「それはめっちゃ速い奴だな」


 ここの遊園地のジェットコースターはシンプルだ。丸太を模した乗り物に座席がついていて、シートベルトを付けて乗る。そして空中のレールを走る。デカいバーで体がロックされたり、吊り下げられるような事はない。


「……考えてみたら、ただ走ってるのに乗ってるだけよね。あんまり怖くなくない?」

「ほーう」


 ジェットコースターはじわじわ上っている。


「別に何かが襲ってくるわけでもないし、さっき下から見た時の速さだったら、いつもの瞬間移動より遅いし」

「そりゃワープと比べたらなんだって遅いだろ」


 ジェットコースターはじわじわ上っている。前の席の子供が、もう無理、ヤバい、と言い始めた。


「……ねえ」

「どうした?」

「高くない?」

「そうか?」

「高いわよ。さっきのコースター、こんな高い所、走ってなかったと思う」

「変わらないだろ」

「いや、嘘、絶対ウソよ」


 メリーさんの表情が強張っている。うーん、これは面白いものが見れそうだ。

 ジェットコースターの上昇が止まった。ゆっくりと前進している。その先には下り坂と急カーブがある。


「さっきとコース違うって。怪異、怪異が何かしてるんじゃないかしら? 降りたほうがいいと思う!」

「大人しくしろ。吹っ飛ばされるぞ」


 あー、そろそろだな。


「逃げた方がいいわよ! 怪異のジェットコースターなんて何が待ち構えてええええええ!?」


 ジェットコースターが走り出した。物凄い勢いで加速し……いや想像よりも速い!?


「きゃあああああ!?」

「うおおおおお!?」


 速さだけじゃない。斜めにカーブしてるから、遠心力で座席に押さえつけられる! うっわこれ結構凄いな?!


「いやああああ……あ?」


 加速が緩んだ。上り坂だ。


「おわ……あああああ!?」


 そして下り坂だ! そのままカーブ!


「おおおっ!?」


 今度は座席から投げ出されそうになる。シートベルトがあるからそうはならないと頭じゃわかっている。わかっているけど……猛スピードのスリルはごまかせねえ!


「あああああっ!?」

「ふんっ……おおーっ!」


 だけど、その勢いに慣れてきたら楽しくなってきた! 上下左右にぶん回されるのが、こうもハラハラするとは!


「はははっ! 次は何だぁ!?」

「ぎゃああああ!? え、穴、暗、あああああっ!?」


 トンネルだ! 辺りは真っ暗、だけど猛スピードでカーブしてる事実は変わらない! 視覚が無い分、体にパワーがかかる感覚が凄い!


「うおーっ! ウオオーッ!」

「むりぃぃぃっ!」


 トンネルを抜けると、コースター乗り場が見えた。終わりだ。結構なスピードで、ジェットコースターが乗り場に滑り込んだ。


「お疲れさまでしたー! シートベルトを外して、右側から降りてくださーい」


 係員さんがそう言って、ジェットコースターは終わった。右にはメリーさんが座っている。先に降りてもらわないと出られない。


「メリーさん。降りてくれ」

「あー……」


 だめだこりゃ。


――


「死ぬかと思った……」


 かれこれ5回目の呟きである。ミニ機関車に揺られながら、メリーさんは放心状態に陥っていた。ジェットコースターは随分と刺激が強かったらしい。


「もう、絶叫系はやめとましょ……?」

「でもこの遊園地、半分ぐらいは絶叫系だぞ?」

「どうして……」


 人気だからなあ、ああいうのは。遊園地ならではの乗り物っていったら第一に上がるのがジェットコースターだ。後はメリーゴーラウンドと観覧車か。そういやこの遊園地、観覧車は無いんだな。意外だ。


「早いのはナシで。パンフレット見せて」

「おう」


 メリーさんに遊園地のパンフレットを渡す。手持ち無沙汰になったので、ミニ機関車の外を眺める。レールの周りにはゾウやキリン、それらを狩る人々の人形などが置かれていた。どういう設定だよこのアトラクション。


――


 続いてはウォーターシューティング。2人乗りのゴンドラに乗って、水鉄砲で的あてをするというシンプルなアトラクションだ。

 水の勢いはどれぐらいなんだ、と思って手を当てて発射してみると、物凄い勢いで水が吹き出した。水飛沫が俺たちにもかかる。


「おおっと」

「きゃっ!? ……ちょっと、やめなさいよ、このバカ!」


 すいません。


 大人しくルール通りに的を撃つ。地味だ。的に当たると得点、というわけではなく、カランカランとベルが鳴ったり、水圧で的が動いたりするぐらいである。


「あははっ、見て見て。ぐるぐる回ってる!」


 メリーさんは笑いながら水鉄砲を撃ちまくっている。水圧を受けた的が回転している。メリーさんはそこそこ気に入ったようだ。

 うーん、夏にやったら爽快感があってもう少し楽しんだろうけど、まだ春だからなあ……。


――


 柵の向こうに生首がある。


「うーん」


 牢屋の向こうから、たすけてー、たすけてー、と声がする。


「あー」


 ボロボロの布団の上に横たわる、干からびた死体がある。


「うーん……」


 そうしてアトラクションが終わった。


「どうだった?」

「こう、お化け屋敷ってどんなものかと思って入ってみたけど、虚しいわね……」


 お化けだもんなあ、メリーさん……。


――


「それでは出航しまーす」


 係員の合図と共に、俺たちが乗っている船の形をしたゴンドラが、前後にゆっくりと動き始めた。


「なあメリーさん」

「なあに?」

「ヤバいと思うんだけど、これ」

「また? 大丈夫でしょ。がーって揺れるだけなんだから、大きなブランコみたいなものでしょ?」

「そうだけどさあ……」


 これは絶叫マシンだ。ゴンドラが上下に大きく揺れて、乗っている客を振り回す。ジェットコースターと同じようなものだと何度も説明してるんだけど、メリーさんは理解してくれない。

 ゴンドラの揺れが徐々に大きくなる。始めは揺れている、ぐらいの感覚だったけど、だんだん前後に移動している、という感覚に変わってくる。


「うーん、思った通りね。いい感じに揺れてるけど、全然怖くない」


 ダメっぽいなこれは。

 そして、揺れが更に大きくなる。ゴンドラが振り上がると地面が見えるようになってきた。そして、そこから振り子のように振り下ろされる。傍から見ていると大したことないように見えるけど、乗っている側からしてみれば、地面に向かって落下しているような感覚だ。


「……ねえ」


 振り向くと、メリーさんが青い顔になっていた。やっぱり。


「これ絶叫系?」

「だから言ったじゃん」


 更にゴンドラが大きく揺れる。


「ひいっ……!」


 メリーさんが大分ヤバい。楽しそうだった乗客たちも、徐々に悲鳴を上げ始めた。

 ゴンドラが一際大きく持ち上がる。……いや、ちょっと洒落にならんほど上がってるぞ。やべえ。さっきのジェットコースターのレールより高い所に来てる。っていうかこれ、まさか一回転するんじゃないのか!?


「うそ、なにこれ、むり……」


 メリーさんの呟きを置いてけぼりにして、ゴンドラが降下――いや、落下した。


「うおおおおっ!?」

「いやあああああ!!」


 ゴンドラに乗ってるとかもう関係ねえ無重力! へその辺りがムズムズする! バーが無かったら吹っ飛ばされてる! やっべえな!?

 そして最下段まで来た瞬間、振り子運動したゴンドラが急上昇に転じた。今度は背もたれに押し付けられる。


「むぐ……っ!」

「ぎえ」


 メリーさんが凄え声を出した。大丈夫か、と気を遣う余裕はない。この振り子ゴンドラ、さっきのジェットコースターよりキツい!

 上昇が止まった。空が見える。


「ひい……」


 メリーさんが一息ついてしまった。ダメだ、それは良くない。一番ヤバいのはこの後だろ。ゴンドラが戻る。つまり。


「……いいいやああああああ!?」

「おわああああ!?」


 背中から落ちる。空が一気に遠ざかり、景色が超高速で流れ去る。そしてまた、遠心力で体の重さが消失する。


「おーろーしーてー!」


 メリーさんの悲鳴も、振り子のように急上昇と急降下を繰り返していた。


――


 その後。

 グロッキーになったメリーさんを休ませたり、飲み物を飲んだり、ちょっと回復したメリーさんとミラーハウスに行ったり、頭をぶつけたメリーさんを介抱しているうちに、夕方になっていた。


「楽しかったあ……」

「そうだな」


 メリーさんは疲れ切っているが、満足げな笑みを浮かべている。俺も、結構楽しかった。特に絶叫マシン。あれはよかった。メリーさんが乗りたがらないから2回しか乗れなかったけど。


「チェーンソーで遊ぶのもいいけど、こういうのも結構いいわね」


 さらっと物騒なことを言うメリーさん。その物言いに気になることがあって、俺は質問した。


「メリーさん、普段はどういう遊びをしてんだ?」

「うーん、チェーンソーと、あとはネットぐらい?」

「それだけ?」

「それだけ」


 マジか。物凄いインドアだ。


「他にも色々遊んでみりゃいいだろうに……」

「だからこうして遊んでるのよ」


 俺のぼやきに、メリーさんは口を尖らせた。


「怪異として生まれた時から知ってる遊びはチェーンソーごっこだけ。後は、今住んでるマンションの部屋にあるパソコンで遊ぶぐらいよ。それ以外は、あなたに会うまで何も知らなかった」

「知らなかったって……じゃあ暇な時はどうしてたんだ? 本でも読んでたのか」

「……バカね。暇な時なんてないの」


 メリーさんは鼻で笑った。


「私は怪異よ。場が整ったら現れて、目の前にいる人間を殺す。それだけの存在よ? 殺したら出番はおしまい。存在は霧散して、気がついたら次の怪談の場面にいる。そういう存在なのよ、私たちは」


 ……えっと。むずかしい話か。


「すまん。イメージが湧かないからわかりやすく……」

「……うーん。仕事の時以外はずっと寝てて、仕事になったら現場に運ばれて叩き起こされる、って感じかしら」

「あー、そういう……辛いな」


 余暇っていうのは大切だ。体の疲れは休めば取れるけど、心の疲れはジッとしてるだけじゃなくならない。俺だってゲームにマンガ、車やバイクの運転に、双眼鏡で夜の街を見渡すって趣味がある。メリーさんはそういうのを一切なく、今まで過ごしてきたわけだ。


「辛くはなかったわよ。そういうものだって思ってたから……この前までは」

「この前まで?」

「……なんかね。消えなくなったの、私。大岡おおおか忠孝ただたかを殺した時から。おかしくなっちゃったの」


 そう言うメリーさんには、切羽詰まった表情と、焦りと、困惑と……とにかく色々なものが詰まっていた。


「アイツを殺す時にね、言われたのよ。『俺の知ってるメリーさんと違う』って。ありえないでしょ? 私は『メリーさん』。怪談の通りに殺す怪異がメリーさんじゃなかったらなんなの?

 でも気になって、殺した後にそこにあったパソコンで調べてみたの。メリーさんの怪談。全然違った。怪談の『メリーさん』はチェーンソーなんて持ってなかった」


 メリーさんに限らず、普通は怪談にチェーンソーは出てこないものだと思うんだけど……話がこじれそうなので黙っておいた。


「じゃあ私はなんなの、って考えて考えて……考えてる内に、いつもと違って消えないことに気付いた。普通の生活が始まったの。怪異なのに。

 訳が分からなかった。大岡のカードとかネット通販のアカウントが使えたから、食べるのには困らなかったけど……とにかく混乱してた。

 何日か……一週間ぐらい経ってからかしらね。落ち着いたのは。その頃になって、ひとつだけわかったことがあった」

「それは?」

「――私は楽しいことが好き。遊びが好き。チェーンソーごっこもそうだし、それ以外の遊びも、MMOでも、スマホゲーでも、楽しいものだったら何でも好き。私が『メリーさん』かどうかはわからないけど、それが芯だっていうのはわかったの」


 メリーさんが笑った。金髪が夕暮れの光を受けて輝いていた。


「だから、ありがとうね。今日は楽しくしてくれて」

「……楽しかったなら何よりだな」


 ……なんかサラッと強盗殺人の告白をされたような気もするが、いい雰囲気になっているから聞かなかったことにしておこう。

 ご機嫌なメリーさんはベンチから降りて立ち上がり、振り返った。


「それじゃあ、帰りましょうか」

「おう」


 俺も立ち上がる。いい加減疲れている。ヘトヘトだ。


「えーっと、駅はどっちだっけか」

「何言ってんの?」

「え?」

「車でしょ?」

「あっ」


 しまった、車で来てたの忘れてた……え、こんなに疲れてるのに、ここから車運転するの? キッツいぞ? 世の中のお父さんって、凄いんだな……。

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