火防

 ぼちぼち耳も治ってきたから、チェーンソーを担いで先に進むことにした。俺らと陶たち四課四班、それに後からやってきた鹿児島のチェーンソーのプロたちが一緒にいる。

 大麦たち警察は怪我人だらけだから前線基地で留守番だ。


「すみません、民間人を先頭に立たせることになってしまい……」

「気にすんな。こっちはプロだからな」

「むしろ後ろの守りは頼んだぜェ?」

「ぼっけもんが待つんは恥ぞ」

 

 この濃い人たちはなんなのかな。まあ戦えるならいいや。

 15人くらいでぞろぞろと通路を進む。そこら中に地底人の死体が転がっていて足の踏み場もない。流石、自衛隊の特殊部隊だ。生半可な怪異じゃ相手にならないみたいだ。

 通路の一番奥に着くと、2人の自衛隊員が銃を持って扉の前に立っていた。中からは銃声が聞こえてくる。自衛隊はこの中に入っていったらしい。


「すんません、増援に来ました」

「ありがとうございます! 自分は小金井中隊緑分隊所属、堀であります!」

「同じく緑分隊所属、長瀬であります! 本隊までご案内いたします!」


 元気な自衛隊2人に案内されて、部屋の中に入った。

 前に部屋に入った時は、教室くらいの大きさで、真ん中に鉄の蓋がついた井戸があった。

 今回入った部屋は、大きさは同じだけど井戸がなくて、代わりに大穴が空いている。穴は下り坂になっていて、更に奥へと続いていた。

 穴は最近空けたみたいだ。工事するのに邪魔だから、あいつらがぶっ壊したんだろう。


 自衛隊員の後ろについて坂を下る。今までのコンクリート造りの通路とはうってかわって、今度は天然の洞窟だ。今までの通路より広い。旧日本軍は井戸を掘ってたら昔の洞窟に繋がっちゃったらしい。運がいいのか、悪いのか。

 先に進むと鳥居があった。古いけど立派な鳥居だ。誰が建てたんだ、こんな所に。昔の人か?

 鳥居の下では、押し寄せる地底人を相手に、自衛隊が銃を撃ちまくっていた。ただ、足が止まってる。洞窟が広くなった分、いっぺんに来る地底人も増えて、攻撃が追いつかなくなったんだろう。


「隊長! 増援です!」


 堀が呼びかけると、自衛隊の1人が振り返った。


「ご助力感謝いたします! 小金井中隊緑分隊隊長、雲雀ひばりであります!」

「大鋸です」

「陶です」

「大門でごわす」

「私、メリーさん」


 メリーさんの挨拶に、雲雀はちょっと驚いたようだけど、すぐに気を取り直して話し始めた。


「戦線は見ての通り膠着しています! そしてこちらは銃弾がこころもとない!

 補給に戻るので、一時この場をお任せしたいのですが、大丈夫ですか!?」

「それしかないんだろ? 任せろ!」


 雲雀は頷くと、他の隊員に話を伝えた。戦ってる隊員の半分が、銃弾を残りの隊員に渡して後ろに下がる。


「半数を残していきます! ご武運を! 後は頼むぞ龍宮たつみやぁ!」

「レンジャー!」


 残ってる隊員のひとりが返事をした。返事?

 とにかく自衛隊の半分は戻った。あいつらが帰ってくるまでは俺らの時間だ。


「よっしゃあやるぞ!」

「オゥ!」

「チェーンソー関ヶ原!」

「レンジャー!」


 なんか変なのが増えたけど、気にしてる場合じゃない。地底人が攻めてくる。


「チェーンソー!」


 先陣を切ったのは九州のチェーンソーのプロたちだ。地底人たちに駆け寄って、小細工も何もない振り下ろしを放つ。

 地底人たちはなすすべもなく真っ二つになった。チェーンソーでガードしたのもいたけど、逆にチェーンソーを押し込まれて斬られていた。力が強すぎる。

 九州のプロたちは死体には目もくれず、次の地底人をチェーンソーする。地底人が真っ二つになる。死体が増える。次の地底人をチェーンソーする。

 いや怖い怖い、どういう勢いだ。どんどん奥に進んでるぞ。自衛隊より強いのか。そもそも守るって話じゃなかったっけ?


「こりゃいい! どれだけ撃っても敵に当たるぞ!」


 怖いといえば、残った自衛隊も怖い。


「今日の命中率、今度の訓練に振り分けられませんか!?」

「レンジャーではない」

「だめかー!」

「副隊長がこうなんだから我慢しろ!」


 なんか、みんな射撃が下手そう。なのに、みんか射撃が好きそう。言ってる通り地底人はそこら中にいるので、下手な鉄砲も命中率100%状態だけど、誰に当たるかわからない。


 隣にいる陶と顔を見合わせる。アイツもぽかーんとしていた。


「……大鋸ァ、俺らは平和にやろうや」


 お前のところの上司の『フィンガーさん』も後ろで大暴れしてるけどな?


 そんな感じで地底人と戦ってると、いきなり洞窟が明るくなった。先の方で火の手が上がっている。っていうか爆発だ。


「おいおいおい……!?」


 まさか、間に合わなかったのか。そう思ったけど、爆発は全然小さい。ちょっと火事になってるくらいだ。

 炎の前には赤い着物を着た女が立っていた。人間じゃない。手足が鳥のそれになっている。そして翼にしか見えない手で、器用に火炎瓶を持っている。

 見覚えがある。過激派のアジトに放火していった怪異だ。確か『お七』っていう名前の怪異だって、雁金が言ってた。こんな所に潜んでいやがったか。


「邪魔させませんよ、邪魔できませんよ? この江戸の街を全て燃やし尽くせば、残るのは私とあの人の2人だけ! きっと見つけられる! どこにも隠れられないもの!」

「今は平成だバカヤロー!」


 チェーンソーを構えて突っ込む。するとお七は火炎瓶をこっちに投げつけてきた。慌てて止まる。目の前で火炎瓶が爆発して、火柱を巻き上げる。熱い!

 お七は洞窟の中だっていうのに、どんどん火炎瓶を炸裂させる。そこら中大火事だ。酸素が足りない。怪異は息しなくても大丈夫だからって、めちゃくちゃしやがる!

 こいつは、流石に放っておくとヤバい。炎だけでも斬っておく必要がある。

 そういう時のために、ウチのチェーンソーの村には特別な儀式が伝わっている。反閇へんばいだ。

 反閇へんばいをすることで、地と、天と、チェーンソー。三つの気をこの"場"に循環させる。すると、炎や風、あるいは存在がこの世からズレた怪異をこの場に定着させる事ができる。


「鉄輪の神の末裔。

 チェーンソー柳生。

 大鋸おおがようの息子。

 大鋸おおが晴斗はると

 しんじんしんじん

 四つの縁を以て命ず」


 左足をすり足で前に出す。続いて右足をすり足で前に。最後に左足と右足を平行に揃え、咆哮と共に力強く地を踏みしめる。


開山かいざん却害きゃくがい!」


 天地チェーンソーの気が放たれて、場が整えられるはずだった。

 だけど、放たれたのは天地を凌駕する圧倒的なチェーンソーの気だけだった。


 どういうことだ。思わず手の内のチェーンソーを見つめる。九曜院から借りたチェーンソーは、静かに、しかし激しく刃を回転させている。

 単なる回転力だけじゃない。超常的な力が宿っている。それが反閇によって、完全に解放されていた。

 これなら。いや、それはいくらなんでも。だけど、やってみる価値はある、か?


 チェーンソーを振り上げる。お七はもとより、炎からも大きく離れた場所に俺は立っている。そこから一歩も動かず、空間そのものを斬るつもりで、チェーンソーを振り下ろす。


 斬れた。


 いや、流石に空間は斬れなかった。ただ、が両断されて消滅した。何だこれ……。

 いきなり炎が消えて、お七はぽかんと口を開けて動きを止めている。その表情で我に返った俺は、慌ててお七を斬るために走り出した。

 お七も、いきなり動き出した俺に気を取り直して、火炎瓶を投げつけてくる。チェーンソーでそいつを斬る。本当ならそこら中に火のついたガソリンをバラ撒くはずだけど、炎は何にも燃え移らずに消えてしまう。


「キエエッ!」


 間合いに踏み込んだ俺に対し、お七は鳥のような叫び声を上げて蹴りを打ち込んできた。屈んで避ける。鋭い爪が空を切った。あの蹴りを食らったらぶった斬られるだろう。

 残った軸足をチェーンソーで狙う。だが、その足から炎が吹き出してお七は空へ飛んだ。お前鳥なのにロケットで飛ぶのか!?

 お七は天井に張り付き、そこから次々と何かを投げつけてくる。後ろに下がって慌てて避ける。火炎、そして爆発。火炎瓶だけじゃなくて爆弾も混じってやがる。チェーンソーで炎は消せるけど、爆発はどうしようもない。


「イ゛ーッ!」

「イ゛ーッ! イ゛ーッ!」


 更に地底人が群がってくる。1匹1匹は弱いけど、とにかく数が多いからたまったもんじゃない。

 それにお七は、一応仲間だっていうのに、地底人が巻き込まれるのを全く気にしないで火炎瓶や爆弾を投げまくっている。


「翡翠!」

「先輩!」


 メリーさんに守られて、雁金が近付いてきた。ちょうどいい。俺は上にいるお七を指さした。


「雁金! 撃て!」


 雁金は素早く狙いをつけると、頭上のお七めがけてショットガンを放った。お七はとっさに炎を撒き散らすが、それらを掻い潜った散弾が身体を抉った。

 炎のコントロールを失い、お七が落ちる。落下地点にチェーンソーを構えて飛び込む。お七がこっちに向けた腕から炎が放たれる。そんなもので止まりはしない。その炎ごと、お七を斬る。


 真っ二つにされた炎の向こう側で、お七の胴体が袈裟懸けに斬られていた。地面に叩きつけられたお七の体は、ぴくりとも動かない。あんまりにも切り口が滑らかなもんだから、一瞬、当たらなかったのかと思っちまった。


 九曜院が持ってきたこのチェーンソー、ヤバすぎる。どう考えても山仕事に使うやつじゃない。木を伐り倒すには切れ味が良すぎる。ドラゴンでも斬るつもりなのか。

 それに、反閇をやった時のあの感覚。何度か味わったことがある。九州で幽霊に取り憑かれた時、それに戦国時代のチェーンソーを持った時だ。

 だけど、あれとは存在感が段違いだ。あっちが普通の自動車なら、こいつはF1マシンだ。桁が違う。こいつは一体何なんだ?


「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!」


 ヤバいチェーンソーの事を考えてる場合じゃなかった。次々に地底人が押し寄せてくる。


「っとと、ヤベえヤベえ!」


 メリーさんと雁金を守りながら、自衛隊が守っている鳥居の辺りまで下がる。陶たちや鹿児島のチェーンソーのプロもここまで戻ってきていた。ここから先は洞窟が広くなるから、地底人に囲まれやすくなってるんだ。

 しかし、先に進めないのはマズいぞ。結局爆弾が見つかってない。奥のほうが何だか明るいから、あの辺りにありそうな気がするんだけど、地底人が行く先にひしめいているからとても近付けそうにない。


「レンジャー!」


 レンジャーの人が叫んだ。何かと思って振り返ると、補給のために下がっていた自衛隊の人たちが戻ってきていた。しかも機関銃を持ってきている。


「よく持ちこたえた! ここからは任せろ!」


 隊長が号令をかけると、機関銃が火を吹いた。洞窟を埋め尽くしていた地底人の群れが、鉛玉の洪水で押し流されていく。手持ちのライフルとは比べ物にならない制圧力だ。やっぱでっかい銃は凄いや。


「突っ込めぇぇぇ!」


 更に、新たなチェーンソーのプロたちが突撃していく。ウチの村のプロたちだ。古賀さんに率いられて、地底人たちと激突する。

 さっきまで守るのに精一杯だった戦況は、一気にこっちに傾いた。攻め込むなら今だ。


「陶! 行けるか?」

「あったりまえよォ!」

「チェーンソー関ケ原!」


 俺たちはそれぞれの武器を手にして、洞窟の一番奥へと走っていった。

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