2018 東京 チェーンソーの鬼

 地底人の群れを突破すると、やたら広いところに辿り着いた。大きなホールになっていて、あちこちの壁に横穴が開いている。

 そして広間の中央にはバカでかい穴が空いている。ここからだと穴の中は見えないけど、いかにもって感じだ。縁に工事用の足場が組まれてるから、あの下に爆弾があるんだろう。

 その証拠だと言わんばかりに、チェーンソーを持った地底人が押し寄せてくる。本当に一体何匹いるんだ? 無限湧きじゃないだろうな?


「どけどけどけぇっ!」


 とにかく今は暴力しかねえ。斬って突いて殴って蹴って、地底人を殺し続ける。数は多くても勢いはこっちの方が上だ。じわじわと穴に近付く。

 地底人の群れの中にひとつ、違う姿形が見えた。そいつは一瞬前屈みになると、跳躍して一気に間合いを詰めてきた。速い。とっさにチェーンソーを掲げると、衝撃が両手に響く。

 振り返る。俺の横を通り過ぎたそいつは、両手に鎌形チェーンソーを握っていた。

 『カマイタチ』だ。京都でアケミが会った怪異で、俺もこの前、筑波大学で相手してる。そして、陶の左手を斬った因縁の相手でもある。


「どこまで邪魔すりゃ気が済むんだこの野郎!」

「悪いがこれが仕事なのでな!」


 仕事じゃ仕方ないか。チェーンソーのプロ同士、真正面から潰し合うしかない。

 高速で回り込んできたカマイタチの斬撃をチェーンソーで受け止める。チェーンソー発剄で弾き飛ばそうとするが、相手は素早く下がって発剄を避ける。

 俺はカマイタチを追わない。腰を深く落としてどっしりと構える。あのスピードについていくのは無理だ。突っ込んできたところを迎え撃つ。


「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!」


 地底人が斬りかかってきた。同時に、カマイタチが走り出した。狙ってやがったな。


「シャアッ!」


 カマイタチの横から警杖が突き出された。カマイタチは割り込みを避け、地面を転がる。

 その間に俺は地底人の攻撃を受け止め、首を掴んで地面に叩きつけた。本当ならカマイタチに地底人を投げつけるつもりだったんだけど、必要なかったか。


「大鋸ァ! こいつは俺にやらせてくれ!」


 割り込んできたのは陶だった。警杖を構えてカマイタチを睨みつけている。


「よっしゃあ! 頼むぞ!」


 アイツには左手の因縁があるからな。任せたほうがいいだろう。

 這い寄ってきた地底人を蹴飛ばすと、俺は足場に向かって走った。

 あちこちで味方が地底人と戦っている。負けそうな奴はいないけど、数が多いから足止めされているのがほとんどだ。足場に近いのは、俺と、雁金と、鹿児島のチェーンソーのプロ。


 ……そこはメリーさんじゃないの!?


「先輩!」


 雁金が足場を指差した。見ると、大柄な影が階段を上ってくるところだった。黒い作業着。顔はヘルメットとゴーグル、マスクで隠れている。手には巨大なチェーンソーを持っている。


 間違いない。あいつだ。宝石店を襲って、桂さんと佐々木さんをブッ殺して、俺に濡れ衣を着せた奴。

 レッドマーキュリーを持った九曜院を襲って、筑波大学ではヤコと戦い、鹿島港では吉田と一騎打ちして、足立区のアジトでメリーさんたちと戦ったチェーンソー使い。

 『三種の神器』を使ってそこら中の怪異を操り、東京を吹っ飛ばそうとするテロ組織になんか協力してる怪異。

 満州で祀られていた神様で、旧日本軍がなんか余計なことやったから現世に這いずり出てきた廃神。

 『鏡神』が、ようやく俺の前に姿を現した。


「ようやく出てきや……」

「チェーンソォォォッ!!」


 鹿児島のチェーンソーのプロが、チェーンソーを縦に構えて飛び出した。俺が喋るよりも速く……。

 鏡神は向かってくるプロに対してチェーンソーを向ける。プロは相手の動きに目もくれず、最速最短、全力の振り下ろしを放つ。


 回転刃同士が噛み合う音が洞窟に響き渡った。

 鏡神は鹿児島のプロの一撃を受け止めていた。地底人じゃ止められなかった強烈な一撃だけど、流石に鏡神には通じなかったらしい。

 そのまま鏡神はプロを弾き飛ばした。吹っ飛ばされたプロは地面を転がる。すぐに立ち上がったけど、地底人が群がってきたからこっちに戻ってくるのは難しそうだ。


「下がってください!」


 今度は雁金が鏡神にショットガンを向けた。散弾が放たれるけど、鏡神には傷ひとつつかない。防御力が凄いとかじゃなくて、通用しないとかそういうレベルの話みたいだ。

 うん、なるほど。大体わかった。


「雁金、下がってろ。こっちに地底人が来ないように、援護頼む」

「いいんですか?」

「ああ。むしろアイツは、俺向きの相手だ」


 チェーンソーのエンジンを掛けて前に出る。鏡神は一拍の間を置いてから、俺の方に近付いてきた。

 間合いが徐々に縮まる。十歩。五歩。三歩のところで地面を蹴る。踏み込んだ先は鏡神の間合いの中。

 鏡神は一瞬止まり、それからチェーンソーを振り下ろしてきた。そいつを横に動いて避け、ガラ空きの首めがけてチェーンソーで斬りつける。鏡神は屈んで避け、更に後ろに下がって間合いから逃れた。


 鏡神を追って前へ飛び出す。胴を狙った横薙ぎの一閃。鏡神はチェーンソーを掲げて防ぐ。

 すかさず地面を踏みしめ、チェーンソー発剄を放つ。人体なら軽々と吹き飛ばせる衝撃を叩き込んだはずだけど、鏡神はビクともしなかった。

 なるほど、パワーだけは本物らしい。力任せに押し返してくる鏡神の勢いに乗って、俺は後ろへ跳んだ。軽く10mくらい飛んで、雁金の真横に戻ってくる。


「先輩、大丈夫ですか!?」

「心配するな。大体、思った通りだった」

「と、いうことは……」


 鏡神については色々と話を聞いていた。

 ヤコが本気でぶん殴っても、鏡神は無傷だったらしい。あのバケモノ狐でもダメージを与えられないんじゃ、銃が効かないのも当然だ。

 吉田が言うには、お互い攻撃が入らなくて手の打ちようがなかったらしい。人間の棒術で抑えられるってことは、変な術とかビームで攻撃してくることはないんだろう。

 そして、アケミは一太刀入れたと言っていた。メリーさんは入ったと思ったけど変な力で弾かれたと言っていた。あの2人は強いけど、パワーとスピード頼りでテクニックはまだまだ未熟だ。

 つまり。


「こいつは素人だ。殺れる」


 鏡神はチェーンソーのプロじゃない。チェーンソーを持ってるだけの神様だ。

 だったら負ける気はしない。俺はチェーンソーのプロだからな。


 再び、鏡神に向かって突進する。鏡神はチェーンソーを振り下ろして迎え撃つ。さっきと同じ動きだ。同じように身を捩って避け、今度はチェーンソーを握る手首を斬りつける。

 水の中を通り抜けたような手応え。そして、鏡神の左手首が斬り飛ばされた。

 手を止めず、今度は鏡神の左太腿を斬りつける。作業着があっさり斬り裂かれ、太腿に深い切り傷を負わせる。骨までは行かなかった。硬いというより、手応えが変で上手く押し込めない。


 鏡神は斬られたことに驚いたようで、情けない姿勢で飛び退いた。斬り飛ばされた左手と、深手を負った太腿を、信じられないといった様子で見つめている。その傷口から黒い粘ついた液体が湧き出し、元の手と太腿を形作っていく。

 再生するのか。だけど遅い。再び踏み出し、鏡神の間合いに迫る。鏡神はチェーンソーを横薙ぎに振るって牽制してくる。直前で急停止。鼻先をチェーンソーが通り抜ける。間合いはもう見切った。

 がら空きの鏡神の右膝をチェーンソーで薙ぐ。関節は斬りやすい。手応えに打ち勝ち、足を切断。支えを失った鏡神が膝をつく。鏡神は両手を地面につき、首をこっちに差し出す姿勢になる。


「ふんっ!」


 鏡神の首にチェーンソーを振り下ろす。どぷん、と重い手応えが一瞬あって、それから鏡神の首が転がった。

 俺はチェーンソーを振り下ろした姿勢のまま鏡神の体を睨みつける。動かない。傷口はまっさらなままだ。張り詰めていた息を吐く。


 動いた。


 跳ね上がったチェーンソーを、自分のチェーンソーで受け止めた。鍔迫り合い。回転刃が散らす火花の向こうで、黒い液体が泡立ち、鏡神の首が再生していく。

 新たに生えた鏡神の首には、ヘルメットもマスクもなかった。そして人間でもなかった。目は燃える炭のように赤く輝き、耳まで裂けた口には牙がびっしり生えている。まるで悪魔だ。

 そして、悪魔の顔は。


「ビビってんな?」


 驚いていた。自分の首をエサにして放った一撃が止められるなんて思わなかったんだろう。

 だけどバレバレだ。首を斬ったのに体が崩れなかったし、先に再生能力を見てたからそれくらい予想はつく。

 第一こっちはチェーンソーのプロだぞ。首を斬っても死なない怪異なんて、多くはないけど何度も見てる。こいつはそこんとこが全くわかってない。


 チェーンソーを押し返すと、俺は武器を構え直した。首が駄目だってわかったから、あとはどう殺すかだ。

 弱点をさぐり当てるか。それとも、心が折れるまで斬り続けるか。


「とことん付き合って貰うからな。逃げるなよ」

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