鎧通し

 しなる警杖が鎌形チェーンソーを迎え撃った。軽量特殊合金が、つむじ風の如き斬撃を弾き返す。

 攻撃を防いだ陶はすぐさま切り返し、カマイタチの喉へ警杖を突き出す。しかしカマイタチは体をひねって杖を避けた。そして、杖を握る陶の手首をチェーンソーで狙う。

 陶はすぐに腕を引いて、手首を斬られるのを避けた。同時に杖を回転させ、カマイタチの頭めがけて振り下ろす。カマイタチは舌打ちし、後ろに大きく下がって避けた。


 間合いの離れた2人は、再び武器を構えて互いの出方を探る。

 本日数度目の仕切り直しである。陶もカマイタチも、互いに目立った手傷は負っていない。今のところ、勝負は互角であった。


 速さはカマイタチが勝っている。しかしその速さは、小回りが利かない。どうしても動きは直線的になる。

 対して陶の動きは曲線かつ三次元的であった。カマイタチの攻撃を正面から受けず、一度いなしてから反撃を放つ。上下左右から繰り出される攻撃は、カマイタチを翻弄することもあった。

 それでもカマイタチは有効打を受けていない。目にも留まらぬ速さで人間を切り裂く怪異にとって、いかに工夫を凝らそうとも、人間の技など見てから避けられる。


「随分粘るな。俺に斬られたのが悔しくて特訓したか?」

「ったりめェだバカヤロウ。じゃなきゃァ、こんなところにゃいねェよ」


 カマイタチの挑発に対し、陶は素直に答える。何しろ事実なので怒りようがない。


 彼らの周囲では四課四班と地底人が激闘を繰り広げている。四課四班の面々は、できることなら陶の加勢に入りたかった。しかし、羽虫のように押し寄せてくる地底人に対応するのが精一杯。必然、カマイタチは陶に任せるしかなかった。


 再びカマイタチが動いた。瞬きの間に間合いを詰め、大上段から鎌形チェーンソーを振り下ろす。陶は警杖を掲げて2本の刃を受け止めた。するとカマイタチは、突き立った刃を横に倒した。


「ッ!」


 陶は警杖を握っていた手を開き、手の平だけで杖を支える。直後、外側へ振るわれたチェーンソーが、警杖の表面を滑っていった。もしも陶が警杖を握りしめたままだったら、指を斬り飛ばされていただろう。

 チェーンソーが戻ってくる前に、陶は警杖を回転させてカマイタチの側頭部を狙う。カマイタチは首を傾け、膝を曲げて避ける。陶は体を回転させ、警杖の二撃目を放とうとする。その動きを見て取ったカマイタチは、後ろに跳んで避けようとする。

 だが、杖よりも速く太腿に衝撃を受けた。


「ぐッ!?」


 放たれたのは杖ではなく、後ろ回し蹴り。杖による回転打撃は囮だった。初めての有効打に、陶の口の端が僅かに釣り上がる。

 だが、次の瞬間、カマイタチの肘が陶の蹴り足に振り下ろされた。


「づうっ!?」


 鈍い打撃音。陶は慌てて足を引っ込める。折れてはいない。ただ、痛い。片足を少し引きずりながら、陶は間合いを取る。


「……どうした、ご自慢のチェーンソーはァ?」

「その手にはのらんぞ。貴様、防刃繊維を仕込んでいるな?」


 陶は答えなかったが、その態度が答えになっていた。

 チェーンソーを使ってくる相手なら、専用の防具がある。翡翠のチェーンソーも受け止めた防刃繊維だ。

 カマイタチと戦うに当たって、陶はスーツの下にこの特殊繊維を着込んでいた。しかしカマイタチは気付いていたらしい。チェーンソーを犠牲にせずに見破った。


「次から次へと策を弄するとは、小癪な……黙って斬られていればいいものを」

「文句つけんな。さっさと斬ってみろよ。大鋸だったらそうしてるぞ?」


 足の痛みは引いた。陶は軽く手招きする。カマイタチはそれに応じ、高速で踏み込んできた。

 二刀による連続攻撃を、陶は警杖で的確に防ぐ。速いとはいえ、カマイタチは頭部以外は人間と同じだ。鎌形チェーンソーで攻撃を繰り出すとなると、動きは限定される。それなら陶でも何とか守れた。

 首の右を狙った斬撃。半拍遅れて、左脇を狙った斬撃。陶は警杖を横に構え、一端で右からの攻撃を弾き、もう一端で左からの斬撃を防いだ。

 直後、腹部に衝撃。


「うぐっ……!?」


 陶は呻き、二、三歩後ろに下がる。カマイタチが嵩にかかって攻めかかる。痛みで動きが鈍る。対応が間に合わず、頬を浅く斬られた。

 鎌形チェーンソーを弾きながら、陶は呼吸を整え、痛みを紛らわせる。さっきの衝撃の正体は蹴りだ。爆発的推進力を生み出すカマイタチの足で腹を蹴られた。ひ弱な人間なら胃が破けて、その場にうずくまっていただろう。

 裏を掻かれた。チェーンソーを持っている以上、武器はそれだけだと思い込まされていた。


 カマイタチは先程までの慎重さをかなぐり捨て、陶に果敢に攻めかかってきている。このまま勝負を決めるつもりか。陶は時折肌を斬られつつも、致命傷を防ぎ続ける。

 額を狙った強烈な振り下ろし。陶は警杖を掲げて防ぐ。目の前で防いだ回転刃が火花を散らす。その火花が徐々に大きくなる。回転が加速している。カマイタチが左手の鎌形チェーンソーのハンドルを握りしめ、最大出力を絞り出しているのだ。

 限界まで回転力トルクを引き出した鎌形チェーンソーは、警杖を引き裂いた。同時に、無理な負荷を加えられたチェーンソーは崩壊した。しかし、カマイタチは右手にもう1本チェーンソーを持っている。

 陶が動く時間を与えず、カマイタチは右手のチェーンソーを陶の首に押し当てた。


「終わりだ」


 チェーンソーが引かれた。頸動脈をかき斬られ、陶の首から鮮血が吹き出す。陶は左手を傷口に押し当てたが、そんなもので血は止まらない。

 力を失った陶の体が、ぐらり、前へと傾いた。カマイタチは安堵のため息を吐く。

 ざり、と土を踏む音。倒れる音ではない。失血で気を失ったはずの陶の足が、大地を力強く踏みしめていた。


「な――!?」


 驚きながらもカマイタチは下がろうとするが、遅かった。縦一列の衝撃が、彼の体を襲った。

 その正体は、股間、鳩尾、喉、顎への、拳による連続打撃。人体の急所に対する四連撃、すなわち正中線四段突きであった。


「つぇぇぇいっ!」


 気合一声、陶は更に拳を繰り出し、カマイタチの顎と脇腹を狙う。

 カマイタチは防ごうとしたが、呼吸が乱れた。間に合わなかった防御をすり抜け、拳が体を打つ。更に回し蹴り。これは腕で防いだが、衝撃にカマイタチの足元がふらついた。


 喉だ。カマイタチは歯噛みする。

 股間はとっさに太腿で防いだ。鳩尾は防刃繊維に守られた。顎はイタチの骨格が幸いした。喉だけは無防備に拳を受けてしまった。

 呼吸が、息が、足りない!


 ふくらはぎへの痛烈な蹴り。カマイタチの体が傾く。痛みを耐え、カマイタチは右手の鎌形チェーンソーを振り下ろす。

 しかし陶はカマイタチの手首を掌底で弾いた。同時に反対側の手で、カマイタチの脇腹を殴る。肋骨が軋む。


 首を斬られた人間の動きではない。燃え尽きる寸前の灯火という訳でもない。血は止まっていた。陶の首の傷は、跡形もなく塞がっていた。


「バカなっ!?」


 『河童の手』の力であった。手のひらから湧き出た秘薬が、傷を一瞬で塞いだのだ。陶の腕が『猿の手』だと思い込んでいたカマイタチには知る由もない。

 更に思い違いが重なる。警杖という武器を失ったはずの陶は、しかし、その両手両足を凶器と化して、破壊的な連打を放ち続けているのだ。


 空手からてである。格闘技を構成する要素の中から、組技、投技、寝技、武器技といった要素を徹底的に削ぎ落とし、四肢による打撃のみで相手を破壊する事に焦点を置いた流派である。

 幼少から空手に親しんできた陶にとって、警杖、更には暁綜合警備術は仕事のための技術にすぎない。本気で戦うなら空手、空手だ。空手あるのみ。


「ナ、メ、る、なぁぁぁっ!」


 いたちの咆哮。左手の爪を伸ばし、陶の胴体を斬りつける。陶は上体を捻って避け、次いで振り下ろされた鎌形チェーンソーを手で捌く。

 もはやお互いに下がる余地はない。超接近戦である! カマイタチの暴風の如きスピードから繰り出される野生の斬撃を、陶は空手の理合で以て捌き、避け、反撃する! それでもなお、カマイタチは止まらない!


「ガアッ!」


 カマイタチの痛烈なローキック! 両手の刃に意識を奪われていた陶には避けられなかった。激痛に足が止まる。

 もはや回避は不可能! 勝利を確信したカマイタチが、両手を振り上げる!


「――タマァ、獲ったる……!」


 足は止まったのではない。止めたのだ。右足を前に、左足を後ろに。脇を締め、腰の辺りで溜められた左腕は、引き絞られた弓そのもの。空手の基本にして究極、正拳突きの構えである。

 それが攻撃姿勢だと気付いた時、カマイタチは既に逃れられない距離にいた。だが、逃れるつもりなどなかった。例え誘い込まれたとしても、先に斬れば良い。速さで上回るのみ。振り上げた両手を、渾身の力で振り下ろす!


 先に届いたのは、カマイタチの刃だった。陶のスーツの肩が斬り裂かれ、その下の皮と肉が削がれる。

 しかし、刃が骨に達する前に、陶の拳が命に達した。『河童の手』によって放たれた正拳突き。極限状態で研ぎ澄まされたそれは、カマイタチの服と肉と骨を通り抜け、心臓を直接叩き破った。


「ごふっ……っ!」


 カマイタチの口からおびただしい量の血が吐き出される。手先から急速に力が抜ける。鎌形チェーンソーは、陶の骨を断つには至らなかった。カマイタチがうつ伏せに倒れる。

 陶はカマイタチが倒れたのを見届けると、鋭く、深く息を吐きだし、残身した。


 勝負は終わった。数年越しの因縁に、陶はようやく決着をつけた。

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