Mirror Match
ビビってるとは思ったけど、想像以上だった。
鏡神は俺がチェーンソーを向ける度に、僅かに視線をそらし、体を強張らせる。そのせいで動きが半歩遅れて、俺に主導権を取られっぱなしだ。
たまにヤケ気味に斬りかかってくるけど、単に力任せに振り回してるだけで、技じゃない。そういうのは避けるか受け流せばいい。
いやちょっと本当に信じられない。なんでチェーンソー持ってるんだよ。お前の腕力ならそのまま殴った方が早いだろ。
袈裟懸けに振り下ろされたチェーンソーを受け流す。同時に、エンジンブロックを鏡神の顔面に叩き込む。そこから地面を踏みしめ、チェーンソー発勁。鏡神の体が後ろに下がる。
鏡神を追って前へ。体勢を立て直そうとした鏡神の胴体に、チェーンソーを叩き込む。回転刃は胸の半ばまでめり込んだが、そこで磁石みたいな感触に阻まれて止まった。
舌打ちして、もう一度チェーンソー発勁。ぐらついていた鏡神の体が吹っ飛ばされた。その先には、洞窟の真ん中にぽっかりと空いた大穴だ。
「落ちろっ!」
勝った。親指を下に向ける。
ところが、鏡神の背中からコウモリの翼が生えた。そいつを羽ばたかせて、鏡神はこっちに戻ってきた。
「悪魔かよ!?」
急降下チェーンソーを防ぎながら、悲鳴を上げて後ろに下がる。顔は人間じゃないし、翼も生えてるし、黒いし、完全に悪魔じゃねえかよこんなの。誰だよこんなの神って言い出した奴!?
飛び回られたら流石にマズいと思ったけど、鏡神は地面に降りて翼をしまった。そしてチェーンソーを振り上げて襲いかかってくる。もちろん、いきなり太刀筋が良くなるわけがない。余裕で受け流す。
変だ。使い慣れてないチェーンソーに妙にこだわってる。何か理由があるのか。不慣れたチェーンソーを使わないといけない理由が。
ふと、『チェーンソーの鬼』の話を思い出した。俺が成りかけた怪異だ。まさか、こいつが『チェーンソーの鬼』なのか?
いや違う。それはない。チェーンソーの使い方が下手な『チェーンソーの鬼』なんて、いくらなんでもありえない。
そもそもあれは、戦車とか飛行機とかもチェーンソーでぶっ壊したっていう話だ。こんなのとは次元が違う。もしもこいつが『チェーンソーの鬼』を名乗ったら、本物が走ってきてぶった斬られるだろう。
「あっ」
そういうことか?
空振った相手のチェーンソーを、自分のチェーンソーで上から抑え込む。鏡神は力任せにチェーンソーを跳ね上げようとする。その勢いを利用して、俺はチェーンソーを加速させ、鏡神の首を跳ね飛ばす。
鏡神の横を駆け抜け、振り返る。鏡神の首の断面から黒い水がゴボゴボと溢れ出し、新しい鏡神の首を形作る。
再生するのはさっき見たから知ってる。そんな事はどうでもいい。確かめたかったのは斬る瞬間だ。
首を再生できるのに、斬られる瞬間ビビってた。
多分こいつは、チェーンソーで斬られたことがある。それも、手も足も出ずに殺されたとか、ドン引きするくらい酷い殺され方をしたと、そういうい感じで。それこそ『チェーンソーの鬼』が実在してて、そいつに襲われたのかもしれない。
それからしばらくしてこいつは蘇った。怪異だからそれくらいはあるだろう。そして『チェーンソーの鬼』の噂を知った。トラウマだからマジでビビっただろう。そんな奴に出くわしたら、命がいくつあっても足りない。
だからこいつは、自分が『チェーンソーの鬼』のフリをすることにしたんだ。
この前聞いた説明だと、怪異は噂を核にして現れるけど、その噂に相応しい人間や怪異がいたら、そいつが怪異になるって言っていた。
だから、『チェーンソーの鬼』のフリをしている限りは、本物の『チェーンソーの鬼』は出てこないっていう理屈だろう。
それでコイツは不慣れな、それどころか自分でビビってるチェーンソーを使っている。翼を生やしたり、再生もできるのにわざわざ人型に収まっている。自分が『チェーンソーの鬼』になるためだ。ひょっとしたら、『チェーンソーの鬼』の噂も流していたのかもしれない。
ところがどっこい、『チェーンソーの鬼』の噂は、鏡神じゃなくて俺の方に来た。お陰でこっちが鬼になりかけた。なんでそんなことになったかって? 決まってる。
「ヘタクソがっ!」
俺の方がチェーンソー使いが上手いからだ!
「てめえ、とことん迷惑ばっかりかけてんじゃねえぞバカヤロウ! てめえがビビってチェーンソーの鬼のマネなんかしたせいで、全部俺のせいにされたじゃねえか!」
鏡神の手首を切り落とし、ガラ空きになった上半身に何度もチェーンソーを叩き込む。傷はすぐに塞がり始めるけど、構わず次の一撃を叩き込む。
「強盗事件も! 人殺しも! 警察には一日中追いかけられるし、おまけにバケモノ扱いだ! でもって筋肉の神にボコボコにされるし、入院費も自分で払わなくちゃいけないし!」
切り刻みすぎて上半身の原型が残ってないけど、知るかそんなもん! まだまだこんなもんじゃ気が収まらねえ!
「お前よお、俺がボコボコにされてるその間お前何してた!? 河童と地底人の影に隠れてふんぞり返ってただけじゃねえか!
ふざけんじゃねえぞ! ほんっとにふざけんじゃねえぞ!? 少しは体張ってみやがれってんだこのや……ッ!?」
腹をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。俺の体が後ろに吹っ飛ぶ。
何が起こった。顔をあげると、鏡神の下半身が右足を上げていた。
蹴られたかチクショウ。胴体より上に夢中になってて足を気にしてなかった。っていうか腹から上が残ってないのに、まだ動けるのか。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「大鋸くん!?」
雁金とアケミが駆け寄ってきた。いつの間にかアケミも地底人の群れを突破してきたらしい。ってことはメリーさんもだな。
「大丈夫だ。やっと一発もらっただけだ。全然平気」
チェーンソーを杖にして立ち上がる。喉の奥から鉄の味がせり上がってくる。やっぱちょっとまずいかもしれない。内臓のどっかが破れてるかも。いや、弱気になるな。気のせいだ気のせい。強がれ、俺。
「平気だっ!」
「本当に大丈夫!?」
「大丈夫だって言ってんだろ!」
「でも……どうやって倒します、あれ?」
雁金が心配そうに鏡神の方を見る。あれだけズタズタにしたのに、もう肩の辺りまで再生している。しかもちゃんとチェーンソーを持っている。蹴り一発でヤバいダメージ食らわしてきたくせに、ふざけやがって。
だけどまあ、あそこまでボロボロにしたお陰で、どうすりゃ死ぬか見当はついた。
「弱点がある、と思う。次の一太刀で決める」
穴の奥から地底人が続々と這い上ってくる。自衛隊や他のチェーンソーのプロが相手をしているけど、漏れた奴らがこっちに来ると相手しなくちゃいけなくなる。
今は鏡神に集中したいから、それは避けたい。
「あいつに集中できるように、もう少しだけ援護してくれ。できるか?」
雁金とアケミが頷いた。よし、信じるぞ。
鏡神は体を再生し終えていた。相変わらずの人間体、顔だけは悪魔みたいなことになってる。素直に悪魔になってた方が強いはずなのにな。
チェーンソーを構えて走り出す。鏡神が一歩後ろに下がり、口を大きく開けた。喉の奥から金属同士が擦れ合うような耳障りな音が響いてくる。叫んでるのか。うっとうしい。
鏡神の叫びに応えたのか、奴の後ろの穴の縁から地底人がぞろぞろと這い上ってくる。こっちに迫ってこようとして、先頭の地底人の頭が弾け飛んだ。雁金のショットガンだ。
「大鋸くんには……触らせないよっ!」
アケミが前に出て、地底人たちを四刀のチェーンソーで斬り裂いた。血の雨を被りながら地底人の群れの中を駆け抜ける。
そして、正面に鏡神。チェーンソーを振り上げて、俺を迎え撃とうとしている。そんなド素人の一撃に付き合うつもりはない。俺は叫んだ。
「今だっ!」
俺の呼びかけに答えて、鏡神の後ろに、白い帽子を被った女の子が現れた。
「私、メリーさん」
メリーさんは、手にしたチェーンソーを振り下ろす。
「今、あなたの後ろにいるの!」
メリーさんのチェーンソーが、チェーンソーを振り上げた鏡神の両手首を斬り裂いた。鏡神が両手ごとチェーンソーを取り落とす。
いくら再生能力があっても、斬られてから治るまでに時間差がある。その瞬間は無防備だ。そこにチェーンソーをぶち込む。
狙いは、今まで何度斬ろうとしても斬れなかった、腹だ。
刃先が鏡神の腹に触れる直前で、見えない何かに押し返されるような抵抗があった。
こいつだ。これのせいで、さっき上半身をズタズタにしてやった時も、腹から下は斬れなかった。ここが一番守られてるってことは、鏡神にとってここが一番大事なところなんだろう。
だから、こいつの土手っ腹を、ブチ抜く!
「おおおおおっ!」
ハンドルを握り締め、渾身の力を込めてチェーンソーを突き出す。チェーンソーを通して両手に反発力が伝わってくる。わかっちゃいたけど尋常じゃない。鉄の塊を押しているみたいだ。
それでもチェーンソーはじわじわと進み、遂に鏡神の腹に突き当たった。回転刃が鏡神の腹を斬り裂き、体の中にズブズブと沈んでいく。
抵抗はますます強くなる。並のチェーンソーじゃとっくにぶっ壊れていただろう。だけどコイツは、九曜院が持ってきた激ヤバチェーンソーだ。しっかりと動いて、鏡神の守りを突き破ってくれている。そいつを頼りに、歯を食いしばり、腕を限界まで押し込む。
チェーンソーの前進が止まった。刃先は完全に鏡神の腹に突き刺さっている。決まったか。これで死んだか。顔を上げる。
悪魔の顔は笑っていた。引きつってはいたが、勝ち誇っていた。メリーさんに斬られた両手が再生している。鷹のように鋭いかぎ爪が生えた手だ。そいつで俺の頭を挟んで潰すつもりだろう。
だから俺は言ってやった。
「ド素人がッ!」
力比べだけなら負けるが、こっちはチェーンソーのプロだ。技がある。
両足で大地を踏み締める。腰から下の筋肉を爆発させる。飛び上がるんじゃなくて、地球を蹴り飛ばすイメージで踏み込む。
足の裏から生まれた反発力を足首へ。ふくらはぎを通して膝へ。太腿で筋肉の捻りを加えながら腰へ。腰の回転で後押しして肩へ。肩から肘、そして手首までは一直線に。一部の無駄もなく伝わった衝撃は、手の平を通してチェーンソーへ。狙いは、その先にある鏡神。
力が拮抗した瞬間、筋肉と意識が固定される。これ以上力を込めなくていいと、身体が反射的に油断する。そこに更に力を加えて突き崩す。
それが、チェーンソー発剄だ。
鏡神の腹の中に爆発的な力が叩き込まれた。拮抗していた力が、一気に鏡神の方へ傾いた。チェーンソーが深々と突き刺さる。金属を引っ掻くような手応えの後、チェーンソーの刃先が鏡神の背中を突き破って現れた。
大きく開いた悪魔の口から、マイクのハウリングみたいな音が響いた。絶叫か。断末魔のつもりか。耳障りだこの野郎!
「うるせえええっ!」
力任せにチェーンソーを振り上げる。今度は何の抵抗もなく、鏡神の黒い身体を腹から頭まで真っ二つに斬り裂いた。喉をふたつに割れれたら、神様でも声は上げられない。
傷口から真っ黒な水を吹き出しながら、鏡神の死体が倒れた。今度は再生する雰囲気はない。死体を思いっきり踏みつけて、俺はチェーンソーを掲げた。
「勝ったぞぉぉぉ!」
散々悩まされたけど、ようやくブッ殺した。殺すまでが面倒なだけのド素人だったのは肩透かしだったけど、とにかくこれ以上濡れ衣を着せられる心配は無くなった。よっしゃあ!
「勝ったの? 勝ったの?」
横にどいてたメリーさんが聞いてきたので、大きく頷いた。
「ああ、勝ちだ! ブッ殺した! メリーさんが隙を作ってくれたお陰だ、ありがとうな!」
「やった! 勝った、勝った!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶメリーさん。いや本当に助かった。アレがなくても何とかなったと思うけど、絶対に一発入れてくれるって安心感はありがたかった。
ふと、足元に硬い感触がぶつかった。見ると、鏡神の死体の中に、真っ二つに引き裂かれた丸い金属板が埋まっている。
そういやこいつ、鏡の神だったな。これが本体だったのか? でも金属板は曇ってて、覗き込んでる俺の顔も映っていない。しつこいやつだったけど、これで完全に死んだだろ。ざまあ見やがれってんだ。
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