Triple Blade

 鏡神をブッ殺した後、事は呆気ないくらいスルスルと進んだ。

 まず、『三種の神器』の支配が無くなったことで、地底人が暴れ出した。元々は共食いをするような連中を『三種の神器』で操っていたから、それが無くなったら敵味方の区別なく襲いかかるのは当然だった。

 そして、地底人が暴走したことで、穴の底は文字通りの地獄になった。いや、あれを地獄って言ったら京都の地獄に失礼だな。とにかく酷いことになった。

 俺たちが足場を降りて穴の底に着いた時には、爆弾の周りにはビリビリに破られた服と、血塗れで同士討ちをしている地底人しか残っていなかった。


 爆弾の起爆装置を回収すると、俺たちはさっさと地下トンネルを後にした。爆薬は残していいのかと聞いてみたけど、起爆装置がなければ爆発しないから大丈夫だって自衛隊の人が言っていた。そもそも、あれだけ地底人が襲いかかってくる中で、バカでかいタンクを何十個も回収するのは無理だろうって話だ。

 『地下の井戸』は扉が全部封鎖された。今は入り口で警察が見張っていて、誰も入れないようになっているし、地底人も出てこれない。そのうち、途中までのトンネルを爆弾で全部ぶっ壊して、更にコンクリートを流し込んで完全に封じ込めるつもりらしい。マジでそうした方がいいと思う。危なすぎる。


 こうして、東京爆破テロは未然に防ぐことができた。ただ、まだ残ったものはある。そのうちのひとつをなんとかするために、俺はアカツキセキュリティで九曜院に会っていた。


「どうしようこれ」

「はあ……?」


 俺たちの前にあるのは、2本のチェーンソー。九曜院から預かった激ヤバチェーンソーと、鏡神から奪い取った草薙チェーンソーだ。


「私は、壊してくれと、頼んだんだが」

「すげえ頑丈だったから……」

「じゃあ何故増えた。1が0になるのも大違いだが、1が2になるのは更に大問題だぞ?」

「落ちてたからつい」

「人のものを勝手に奪うなと親に教わらなかったのか」

「落とし物は警察に届けろって言われたから……」

「なら警察に……いや、それもまずいな……」


 九曜院の気持ちはわかる。わかるけど、このヤバいチェーンソーを地下トンネルに置いていくのもヤバいと思ったんだ。もしも地底人がこれを持って地上に上がってきたら大変なことになる。いや本当にどうしようもないぞ。俺は相手したくないからな、そんなの。

 あと、警察には一度どうしようか相談したんだけど、大麦が九曜院に渡せって言うからこうなってるんだ。勘弁して欲しい。


「いっその事さあ、大鋸くんが持ってりゃいいんじゃないの?」

「いやそれはマズいですよ班長」


 茶々を入れてくる吉田に対して、陶がツッコミを入れる。二人ともまだ怪我が治ってない。吉田は腕を包帯で吊ってるし、陶も肩をギブスで固めている。

 吉田は結局『地下の井戸』には来れなかった。東京湾に龍が率いる怪異の大軍が現れて、そいつと大立ち回りを繰り広げていたらしい。最終的に龍は仕留めたけど、引き換えに腕一本折る羽目になったそうだ。

 陶の方は、カマイタチとキッチリ決着をつけたみたいだ。前よりも少し明るい表情になった。肩をいくらか斬られたのも気にならないくらいにはスッキリしたいみたいだ。

 他の四課四班メンバーも、死人こそ出ていないけど半分以上が入院する羽目になった。お陰でアカツキセキュリティ番町出張所は開店休業状態だ。

 この惨状を考えると、メリーさんたちが怪我しなかったのは本当に奇跡でホッとしている。

 ……いや、アケミが一応、頭を吹っ飛ばされてるけど……実質ノーダメージだからなあ。

 それよりもチェーンソーの話だ。


「俺だってこんなヤバいチェーンソーはいらねえよ。吉田、いっそお前が持ってたらどうだ」

「なんであたし?」

「なんか、大丈夫そうだろ。ドラゴンと戦って骨折で済むなら、こういう激ヤバチェーンソーだって……」

「うーん……でも、それ持って帰ると怒る子がいるからねえ。パス」


 上手いこと押し付けられるかと思ったけど、吉田にサラッとかわされた。脳天気なくせにこういう勘だけはいいんだよな、コイツ……。


「……わかった。両方とも私が預かって、ちゃんと保管してもらうように頼もう」


 ようやく九曜院が諦めた。多分、そうするのが一番いいだろう。二度と表に出ないように、しっかりしまっておいてくれ。


「そういや准教授。ヤコはどうした?」

「まだふてくされている。ケガはもう治っているはずなのだが……」


 ヤコは筋肉の神マッチョゴットにボコボコされて以降、引きこもっているらしい。いつも人をナメた態度ばっかりとってるから、今回のはいい薬になるだろう。今後はもう少し大人しくして欲しい。


「さて、このチェーンソーは引き取るとして……残った問題は、『全日本赤外套革命戦線』だな。政府や大企業の要所に入り込んでいるというが……」

「ああ、それなら大丈夫だ」


 俺が答えると、九曜院が目を丸くした。


「そうなのか?」

「ああ。そういうのは、万次郎さんの得意分野だからな」



――



 爆破テロ阻止からしばらく後。霞が関では人知れず粛清劇が行われていた。

 各省庁の官僚、野党議員秘書、独立行政法人の職員などが、突如として降格、左遷、退職などの憂き目に遭ったのだ。

 いずれも組織の大物ではない。実務に必要な情報は手に入るが、ニュースの種になるほど偉くない。だからマスコミは注目せず、紙面の隅に三行程度で紹介するに留まった。

 もしも彼らが全員『全日本赤外套革命戦線』のシンパだと知られていれば、テレビや新聞を賑わせる大ニュースとなっていただろう。慎重に対応した関係各所の勝利だと言っていい。

 

「ひとりくらいは逮捕できないもんですかね?」

「残念ですが、謎が解決しただけよしとしましょう」


 警視庁対応課。粛清リストを確かめているのは、大麦と亀谷のコンビであった。

 リストは大鋸万次郎から渡されたものである。『戦線』最大のスポンサーである彼の手に掛かれば、政府内に潜むスパイを炙り出すなどお手の物だ。

 これを元に、大麦率いる警視庁人身安全対策本部総合対応課が捜査を行い、機密情報を外部へ流出させている証拠を掴み、関係各所へ対応を迫った。

 彼らはすぐさまシンパを叩き出した。自分たちが東京を壊滅させようとした過激派の仲間だと思われたくないし、そんな変な思想の人間を身内に置いておきたくなかったからだ。


「しかし総監はお気の毒でしたね」

「輪堂さんの件は、流石に庇いきれませんでしたからねえ」


 なお、この人事異動で最も被害を受けたのは、他ならぬ警視庁である。失踪した輪堂が所属していた公安課は徹底的にメスが入っている。警視総監も足掻いたが逃れられず、来月には外部機関へ出向予定だ。

 大麦は気の毒だとは思っているものの、責任感や罪悪感までは抱いていない。彼らの仕事は怪異絡みの事件の解決である。

 そして、大麦の原動力は、謎や秘密を解き明かしたいという好奇心である。その過程で誰かが被害を被っても、逆に罪を裁けなくても構わない。真実が知れればそれでいい。そういう人間だった。


「……それを言うなら、文科省の大臣とか、学者のお偉いさんも辞めるべきだと思うんですけどね」


 1枚の調書を見ながら、亀谷は不満気に呟いた。彼が言っているのは、独立行政法人日本多目的研究振興会理事長の太田原のことである。今回の粛清リストの中で、例外的に高い地位にいた人物だ。

 それもそのはず、彼女は協力者どころか『戦線』設立以来のの幹部だった。『第四学群』学群長による証言だ。

 日本多目的研究振興会は大学への補助金を審査する機関なので、事実上日本の大学のほぼすべてが『戦線』の言いなりになっていたことになる。


 この事実を知って大麦たちはすぐさま身柄の確保に動いたが、太田原は姿を消した後だった。ならば、と文科省に突撃したものの、大臣も次官も知らぬ存ぜぬの一点張りであった。

 日本多目的研究振興会の他のメンバーにも聞き込みを行ったが、行方を知らないどころか太田原を擁護する意見もあり、更には大麦たちに対してマスコミを使った恫喝をほのめかす人間までいる有様だった。


「終わったテロ組織の味方をまだするなんてなあ。学者だっていうのに、研究よりも金のほうが大事なんですかね?」

「研究にもお金がかかりますからね。仕方ないところはあるでしょう。

 それに学界というものは世俗の権力が届かない聖域だと自称していますからね。国家や政府といったものとは相性が悪い」

「だからって犯罪者の味方をします?」

「楽しいんでしょうね、反権力ごっこ」


 もっとも、この学界の造反劇を聞いた総理が黙っているはずがない。近いうちに何らかの行動を起こすだろう。学者たちにとっては厳しい時代になるだろうが、謎も義理も無い以上、大麦が心配することはなかった。

 彼が心配しているのは、雲隠れしてしまった『戦線』のリーダーと、その最大のスポンサーである重欧寺コンサルタント株式会社の社長の行方である。彼らが生きている限り、『戦線』の脅威が無くなることはないだろう。

 果たして彼らはどこにいるのだろうか。新たな計画を立てるために、国内のどこかに潜んでいるか。身の安全を優先して海外に逃げ出したか。

 それとも。

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