地下の井戸(2)

 アカツキセキュリティから走って3分。『地下の井戸』に通じる首都高のトンネルに辿り着いた。でも、高速道路だから人が入れるようになってない。


「どうやって入るの?」

「どうしよう……」


 メリーさんの質問に、俺は金網越しにトンネルの入口を見下ろしながら呟くしかなかった。金網を乗り越えていこうか。だけど下手したら車に轢かれる。どうしたもんかな。

 考えてたら、パトカーのサイレンが近付いてきた。俺たちが見ている下で、何台ものパトカーがトンネルの入口を封鎖し、非常線を敷き始めた。警察がトンネルを封鎖している。


「大鋸さん!」


 呼びかけられて顔を上げる。刑事の大麦と亀谷がこっちに走ってきていた。


「九曜院准教授から事情は聞きました。今、警視庁の交通課を動員してトンネルを封鎖しています」

「早いな!?」


 まだ10分も経ってないぞ!?


「警視庁、すぐ側ですから」


 そういや警視庁もこっから5分くらいの近くにあったな。ひょっとしたら大麦たちも走ってきたのかもしれない。ちょっと肩が上下してるし。


「とりあえず下に降りたいんだけど、できるか?」

「関係者用の通路があります。こちらです!」


 大麦の後についていくと、暗証番号つきのドアがあった。その先は階段になっていて、下に降りると高速道路の端っこの、避難用通路に出た。すげえ。こうなってるんだ。


「例のトンネルはどこですか?」

「こっちの車線だから……あっちだ」


 昔の記憶を頼りに歩き出す。その後ろを、メリーさんたちと大麦たちがついてくる。


「今のうちに状況を説明しておきます」


 入り口に向かっている途中、大麦が話し始めた。


「現在、我々の戦力のほとんどは、大量発生した怪異に手を取られて身動きが取れません。

 こちらのトンネルに向かっているのは、自衛隊とチェーンソーのプロの一部のみ。それらも、現在各地で行われている左翼系のデモによって道路を封鎖されていて、到着が遅れています」

「なんでこんな時にデモやってんだよ」

「一般市民は怪異に関係ありませんからね。ひょっとしたら、『全日本赤外套革命戦線』が妨害のために仕込んでおいたのかもしれませんが」


 マジで迷惑なことしかやらねえなあいつら。もし見つけたら問答無用でぶった切ってやる。


「この先のトンネルには我々だけで先行することになりますが……どうしますか? ある程度人数が揃うまで待ちますか?」

「待たねえ」


 待ってられねえ。やられっぱなしが続いた後に、ようやくやり返せるタイミングが来たんだ。待ってられるか。大麦も反対せずに、黙って頷いてくれた。

 しばらく歩くと合流地点に出た。


「ここだ、間違いない」


 両側に柱が立ってて、後ろは金網で仕切られたスペース。ここが『地下の井戸』の入口だ。

 そしてどういうわけか、あの時にはなかったものがひとつ。『工事中』の看板と、入口を守る警備員が増えていた。


「ちょっとアンタたち、どっから入ってきたんだ? ここは工事中だから」


 なんか喋る警備員を思いっきりぶん殴った。警備員は床に倒れて動かなくなった。


「よし行くぞ」

「先輩それはいくらなんでも!?」

「東京が吹っ飛んだら全員死ぬんだよ誤差だよ誤差!」


 全員にドン引きされてるけど、気にしてられるか。どうせこいつも敵なんだから、とっとと殴って黙らせたほうがいいだろうが!

 工事現場の幕を引き剥がすと、金網の扉が見えた。鍵は開いていたから、そのまま先に進む。

 今度は鉄の柵の扉が見えた。これも開いている。前は桂さんの鍵で開けたんだっけか。とにかく先へ進む。

 そして鉄扉。『無断立入厳禁 防衛施設庁』って書いてある。前に見た通りだ。その先は階段になっていて、俺たちは黙々と下に降りていった。


「防衛施設庁……GHQもこの場所を理解していたのでしょうか」

「は? 自衛隊じゃないの?」


 大麦が妙なことを言った。どうしてGHQが出てくるんだ?


「防衛施設庁は、GHQ支配下で設立された省庁ですよ。確かに後の自衛隊ですが、この名前だった時はGHQの言いなりでしかない機関でした」


 そっか……自衛隊は関係なかったんだ。そりゃ自衛隊の方から、この階段の話が出てこないわけだ。


 階段を降りきると広い通路に出た。そこから更に進むと、例の扉を見つけた。


「これじゃねえか。これだろ」


 そこには『帝國陸軍第拾参号坑道』って書かれていた。前に見た通りだ。

 開けて中に入る。通路の両側に扉がずらりと並んでいる。これが全部、あの地底人が潜んでいる井戸のはずだ。


「……さーて、そろそろ来るぞ」


 通路に一歩踏み込んだ途端、奥の暗闇がざわざわしてきた。それはどんどん近付いてきて、咆哮、悲鳴、あるいは絶叫のような音に変わる。

 早速来やがった。九曜院から預かったチェーンソーのエンジンを掛ける。それを見たメリーさんたちもチェーンソーを用意して、雁金と警察はそれぞれの銃を構えた。


「イ゛ーッ」

「イ゛ーッ、イ゛ーッ」

「「「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!!」」」


 ライトの光の中に、無数の白い影が飛び込んできた。服を着ていない、ガリガリに痩せ細った人型の何か。頭に目はなくて、顔の半分を占めるデカい口から、耳障りな声を上げている。

 見間違えるはずがない。地底人だ。通路を埋め尽くすほどのデタラメな量が、チェーンソーを手にして迫ってくる。


「発砲を許可します!」


 大麦の号令で、刑事たちが一斉に銃を撃った。鉛玉を浴びて地底人たちがバタバタと倒れる。更に雁金のショットガンが、地底人を4,5体まとめて吹っ飛ばす。

 だけど地底人たちは、仲間の死骸を踏みにじって次々に迫ってくる。怯みもしない。上等だこの野郎。


「殺せえええっ!」


 雄叫びを上げて、チェーンソーを振りかざし、地底人の群れに飛び込んだ。

 先頭の地底人を、チェーンソーで両断する。後ろの地底人がブレーキを掛けられず、チェーンソーの刃に飛び込んできて勝手に刺さる。

 地底人が刺さったままのチェーンソーを振り回す。回転刃に切り裂かれた死体が吹っ飛び、散弾のように他の地底人を薙ぎ倒した。


「てりゃぁっ!」


 後ろではメリーさんが地底人をチェーンソーで斬り伏せる。すばしっこく飛び回り、時には瞬間移動も使って、雁金たちの方に地底人が行かないようにしている。お陰で雁金たちは安心して銃撃している。


「なにこれー! 気持ち悪ーい!」


 アケミは4本の腕をフル稼働させて、地底人の群れを切り開いている。俺のチェーンソーは切れ味抜群なんだけど、1本しかないからな。同じ一撃必殺なら、アケミの方が4倍速い。


「しゃらあああっ!」


 陶たち『四課四班』も、警杖を振るって地底人を打ち倒している。特に吉村の『フィンガーさん』が強い。指を伸ばして地底人を片っ端から串刺しにしてる。まるでMAP兵器だ。巻き込まれそうだから近付かないでおこう。


 こんだけブッ殺してるのに、地底人はちっとも減らない。奥からどんどん出てくる。マジでふざけてんな、どんだけいるんだよ。全然前に進めない。

 あと、音がヤバい。俺たちのチェーンソーと銃声、それに地底人たちのチェーンソーの音が狭いトンネルの中でめちゃくちゃに響き渡ってる。大麦が何か言ってるけど、耳がやられて聞こえない。

 こうなったら前に進むしかない。よっしゃあ、と気合を入れたけど、耳鳴りで自分の声も聞こえなかった。しょうがないか。


 目の前に飛び出してきた地底人に全力の前蹴りを食らわせる。地底人は吹き飛び、仲間をボーリングみたいに薙ぎ倒す。倒れた地底人たちの顔を踏み砕きながら前へ進む。

 別の地底人が斬りかかってくる。刃を受け止め、チェーンソー発勁。地底人が盛大に吹っ飛ぶ。後ろにいた地底人も叩き斬り、強引に進む。

 横にアケミが並んできた。そっちも景気よくやってんな。何か話しかけてくるけど、騒音と耳鳴りで何にも聞こえない。

 何だろう。まさか下がれって? まだまだ行けるぞ、俺は。

 そう思ってたら、アケミに襟首を掴まれた。何だよ、と思ったら力任せに通路の端に引きずり倒された。


 これじゃ地底人が、と考える前に地底人たちが物凄い勢いでミンチ肉になって倒れていく。何だ何だおいおいおい。

 振り返ると、後ろの方から凄い量の銃弾が飛んできていた。警察の拳銃ピストルでも、雁金の散弾銃ショットガンでもない。機関銃マシンガンだ。ゲームでしか見たことない、でっかいマシンガンが連射されている。

 そりゃ地底人があっという間に全滅するわけだよ。……全滅!? あれだけいたのに!? すっげえなマシンガン! 誰が持ってきたんだ?


 マシンガンの連射が止むと、後ろからライフルを構えた人たちが出てきた。軍隊みたいな迷彩服を着て、ヘルメットを被っている。顔は銀行強盗がよくしてる、あの穴開きマスクで隠してる。


 これは間違いない。特殊部隊だ。本物の特殊部隊が目の前にいる。

 もしも特殊部隊が敵だったら、俺たちも一緒にミンチになってただろう。いくらチェーンソーのプロでもマシンガンには勝てない。勝ったらそれこそバケモノだよ。ライフルだって3人が限界だ。

 幸い特殊部隊は俺たちを確認するだけで、何もせずに通路の奥に走っていった。良かった味方だ。


 バシバシと体を叩かれた。アケミだ。何か言ってるけど、耳鳴りが酷くて聞こえない。耳を指差してから指で×を作る。そしたらアケミはわかったみたいで、俺を後ろの方へ引っ張っていった。

 俺たちが入ってきた通路の入口には人が増えてた。特殊部隊、っていうか自衛隊の人たちだ。なんか箱とかマットがたくさん運び込まれて、ちょっとした基地になってる。怪我した刑事が手当を受けたり、戻ってきた特殊部隊が追加の弾を箱から取り出したりしていた。


 アケミに引っ張られて奥のマットに座らされると、メリーさんと雁金が駆け寄ってきた。何か騒ぎながら体をぺたぺた触ってくるけど、耳がやられて何にも聞こえねえ。

 今度は医者っぽい自衛隊の人が来た。衛生兵ってやつか。その人は俺の耳をライトで照らすと、ヘッドホンを被せてきた。音楽を聴くためのものじゃない。工事現場で使う、耳栓用のやつだ。

 静かにさせろと、なるほど。よく見ると、メリーさんたちも同じものを被せられてる。


 しばらくするとうっすらと銃声が聞こえてきた。耳が回復したみたいだ。耳栓しててこれか。そりゃ耳がおかしくなる訳だよ。

 雁金の袖を引っ張る。こっちを見た雁金に向かって親指を立てる。


「耳、治りました!?」


 ちょっとだけ聞こえる。耳栓越しだから、向こうは目一杯叫んでるんだろうな。


「ああ!」


 俺も目一杯叫んだ。


「自衛隊の人たちが来てくれました!」

「わかってる! 何人だ?」

「15人です!」


 結構いる。だけどさっきの地底人の勢いを考えると、15人でも全然少ないと思う。


「もうちょっと休んだら俺らも行くぞ! 数は多いほうがいい!」

「はい!」


 それに例の『鏡神』がいるはずだ。銃が効かないとなると、いくら自衛隊でも分が悪い。チェーンソーを持っていってやらないとな。

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