マグロ

 東京中の神社仏閣から霊気が消えた。わかりやすく言うと、神社とお寺から、神様とか仏様のありがたいオーラがなくなった。

 するとどうなるかっていうと、ありがたいオーラに押さえつけられていた怪異たちが、フィーバータイムと言わんばかりに暴れ出した。


 ただ、今の東京には全国のチェーンソーのプロが集結している。それに警察と自衛隊も協力して厳戒態勢を敷いているから、一般人や建物に被害が出るような事はない。

 それに、ありがたいオーラに勝てないような怪異だから、弱い。本当に強い怪異はメリーさんたちみたいにオーラに耐えて活動するから、今さら出てきた怪異は雑魚ばっかりだ。心配することはない。


 厄介なのは数が多いこと。そして、貴重な人手が怪異退治に取られちまうってことだった。

 もう爆弾とか探してる状況じゃない。コンビニに行くまでに怪異に出会うし、コンビニの中にも怪異がいる。しかもどいつも弱いのに、動物並みに頭が悪くて手当たり次第にケンカを売ってくるもんだから、放っておくこともできない。


「なんでこんなことになっちまったんだ?」

「『三種の神器』だ」


 答えたのは、急遽駆けつけた九曜院だった。


「怪異を操るだけでなく、神仏に干渉することもできるらしい。流石に、神仏を使役するところまではできないようだが……」

「それでもこの怪異の数は大変だぞ。他の連中は大丈夫なのか?」

「明治神宮や神田明神、増上寺など、霊気を失っていない神社仏閣を拠点にして戦線を立て直している。それとキリスト教の教会や、イスラムのモスクなどにも協力を要請している」


 神社とお寺以外はセーフなのか。効果が日本限定で良かった。


「これだけ大掛かりな仕掛けだ、恐らく相手の切り札と考えていいだろう。我々の捜査は確実に『全日本赤外套革命戦線』を追い詰めている」

「だけど、まだ本命のトンネルは見つかってないぞ。この状況でどうやって探すんだ?」


 どれだけ相手を追い詰めても、東京が爆発したら終わりだ。


「不幸中の幸いだが、今回発生した怪異たちは弱い。怪異と強い縁を持った人物でなければ、襲いかかるどころか姿を見せる事もできないだろう。

 怪異と縁のない一般の警察官が、引き続き『ひだる神』に通じる工事現場を探している」


 そうは言っているけれど、九曜院は不安そうだ。まあ、そりゃそうだろうな。もしも普通の警官が本命の現場を見つけたとしても、そこには間違いなく『鏡神』がいる。まず太刀打ちできないだろう。そもそも工事現場が異界化してたら、怪異に縁がない一般人には見つけることすらできない。


「なんかこう、囮とかできないか? 東京中の怪異が集まってきそうな餌を吊るすとか。そっちに引き付けてる間にみんなで探すんだよ」

「あまり非人道的なことは、ちょっと……」

「そしたら今まで捕まえた奴らを拷問しようぜ。ひとりくらいは知ってるだろ」

「だから非人道的なことは、ちょっと……」

「大丈夫だろ。東京が吹っ飛ぶかどうかって非常事態だから、法律も大目に見てくれるって」

「法律よりも倫理の問題ではないだろうか」


 いいアイデアだと思ったんだけどなあ。他には誰か何か思いつかないか、と思って周りを見てみるけど、みんな黙ってる。目を合わせようともしない。やっぱり思いつかないよなあ。拷問しかないか?

 そうしてしばらく黙っていると、会議室のドアがノックされた。それから九段下の声が聞こえてくる。


「す、すいません。大鋸さんいらっしゃいますか?」

「どっちもいるけど、どっちの?」

「警察に追われている方です、はい」

「翡翠くん」

「おう」


 今は追われてないけど。


「で、どうした?」

「警察の方がお見えになってます。ちょっとお話を聞きたいんだとか」


 大麦かな。怪異が大量発生したから、一旦戻ってきたか。


「わかった。入ってもらってくれ」

「お待ちください」


 しばらくすると、九段下が警察の人を連れて会議室に入ってきた。


「こちらです」

「どうも。警視庁組織犯罪対策部長の山下だ。君がウワサの大鋸翡翠くんかい? よろしく頼む」

「どうも……?」


 違った。全然知らない人だ。背は低いけど、体が物凄くがっしりしている。体の横幅が広くて真四角だ。相撲か柔道でもやってたのかな。

 組織犯罪対策部っていうとヤクザやテロリストを相手にする部署だから、キャリア組でも腕っぷしが必要なのはわかる。


「お互い忙しいだろうから、単刀直入に言おう。渋谷区と港区で起きた暴力団員連続襲撃事件について、事情聴取を行いたい」

「いや、それ俺は無実ですよ。大麦さんが言ったはずです」


 確か、俺が濡れ衣を着せられた事件のひとつだ。凶器がチェーンソーってだけで雑に俺のせいにされていて、大麦が無罪だって証明してくれたはずだ。


「安心してくれ。その話は聞いてる。ただ、警察もお役所仕事でなあ。仮にも容疑者だった人間に一度も事情聴取しないっていうのは、ちょっと格好がつかないんだわ。

 だから、ほんのちょっとだけ、な?」

「後になりません? 今本当に忙しいっていうか、東京が吹っ飛ぶかどうかって状況なんで……」

「この調書ができれば事件が解決するから、捜査員の手が空く。そうすりゃ探し物の人手を増やせる。だからいいだろ?」


 ずいずい押してくる。横幅も相まって圧が凄い。万次郎さんに目線で助けを求めるけど、しょうがないんやないの、って顔をしていた。ダメかー。


「わかりました」

「おーきに。それじゃ早速」


 山下さんがポケットから2枚の写真を取り出した。それぞれ、別の男が写っている。


「こいつらの顔に見覚えはないか?」


 なるほど、これが被害者で、俺と面識があるかどうかって話だな。もちろん俺は無罪だから、こんな人たちは……あれ。


「うわあ……」

「どうした」

「知ってる……」

「おいおい」


 いや見覚えがある。ありすぎる。けど。


「昔会ったことがあるってだけですよ……5年か6年くらい前だったかな?」

「……どういう奴らだった?」

「桂さんと佐々木さんです。バイト先の上司でした。花とか事務用品を配達するバイトで、商品を渡して代わりにお金を預かるんです」

「桂と佐々木は、暴力団『下宇佐しもうさ組』と『甲漬こうづけ組』の組長だ」

「うえっ!?」


 組長!? あの2人そんなに偉かったのか!? いや、そんなはずはないだろ。ポロシャツ半ズボンサンダル履きと、ヘビメタTシャツにジーンズとスニーカーだ。チンピラならともかく、組長って言うには格好が安すぎる!


「つってもまあ、出世したのはここ4,5年の話だ。お前さんが会った時は、まだただのチンピラだったんだろ。出世したのはその後だ。

 あの業界にしちゃ異例のスピードの出世だったらしい。同業の連中も噂してたよ。まあ、殺されちまったからもう出世できないけどな」


 俺がバイトを辞めた後に出世したのか。あのまま続けてたらどうなってたことやら。


「しかし、そうか。面識があったか。んじゃあもうちょい突っ込んだ話も聞かないといけないな……。最後に会った時の様子を聞かせてくれないか?」


 最後に会った時っていうと、最後のバイトだから……あー、あれは……。


「あの、怪異ががっつり絡んでくるんですけど、本当に正直に話していいですか?」

「ああ、そういう事か。それなら気にしなくていい。大麦と相談しながら調書を作るから」


 良かった。話の分かる人だった。


「わかりました。んじゃ話します。あれは、地下にマグロを運んだ時ですね」

「は?」


 山下さんが目を丸くした。うん、言葉にしたらだいぶ訳わかんねえな。一から説明しないといけない。


「ちょっと変なバイトだったんですよ、最後のは。荷物を運ぶって話だったんですけど、俺がトラックを運転して、桂さんと佐々木さんが一緒に乗ってついてきたんです。

 首都高をぐるぐる回って、トンネルに入った時に、中央分離帯に車を停めるように指示されたんです。そしたらそこに地下道への入り口が隠されてました。

 桂さんと佐々木さんが持ってた鍵でデカい鉄格子を開けて、トラックから積み荷の箱を下ろして、地下に運んでいったんです」

「……その積み荷がマグロだったのか?」

「ええ。箱にでっかく『マグロ』って書かれてたんで」


 一息つく。山下さんは……よし、普通に聞いてるな。良かった。


「その地下道はなんか旧日本軍が作ったやつらしくて、めちゃくちゃ深くて長かったんです。奥の方まで行くと部屋があって、その真ん中に井戸があって、そこにマグロを投げ捨てました」

「……不法投棄? マグロを? なんでだ?」

「理由はわかりません。余計なことは聞くんじゃねえ、忘れろって言ってたんで。っていうかあの時は理由なんて考えてる場合じゃなかったんですよ」

「何かあったのか?」

「バケモノが出てきたんですよ。井戸の底に真っ白い人型のバケモノがたくさん住んでて、チェーンソーでマグロを解体して食べ始めたんです。

 しかもそいつらが上にいる俺たちに気付いて、井戸を這い上って追いかけてきたんです。俺らは大慌てで逃げて、ドアを締めて、何とか助かりましたけど……マジで意味不明でしたね、あれは」


 俺の話を聞いて、山下さんは半信半疑ながらも、ちゃんと考えてくれているようだった。


「確かに奇妙な仕事だな。最後に出てきた怪異はともかく、地下の怪しげな場所にマグロを捨てに行く理由がわからん。それに桂と佐々木は、恐らくその仕事の直後から出世を始めている。

 ……大鋸さん。アンタが運んだマグロ、何マグロだったかわかるか?」


 やっべ、そこツッコまれると困る。


「いやマグロだとは思いますけど何マグロかは……マグロの顔なんて区別付かないし……」

「大鋸君!」


 どうごまかすか考えてたら、いきなり九曜院が割り込んできた。


「何だよ、どうした教授」

「その地下道、旧日本軍が作ったというのは本当か!?」


 えっ、反応するのそこ?


「まあ、うん。多分。扉に書いてあったし」

「何と書かれていた!?」

「帝國陸軍……えっと、何だったっけか。雁金ー」

「はーい?」


 前に雁金に聞かせた話だから、あいつがメモか何か残してるはずだ。


「あのさー。前に『地下の井戸』の話しただろ。マグロを捨てに行く話。あれに出てきたトンネルの名前って何だったっけ?」

「あー、あの高速道路の……ちょっと待ってください」


 雁金がスマホを取り出して調べ始める。でもなんか、その様子が物凄い真剣だ。そんなにマジメに探さなくても。隣の九曜院も雁金をめっちゃ真剣に見つめてる。どうしたんだふたりして。

 やがて、雁金が取材メモを見つけたらしい。スマホの画面に映った文字を読み上げた。


「『帝國陸軍第拾参号坑道』です」

「そうそれ」


 すると、九曜院が机に音を立てて突っ伏した。


「おい、大丈夫か?」

「……大鋸君。どうして今まで思い出さなかったんだそれを!」


 いきなり九曜院が起き上がった。


「何だよ何だよ?」

「『ひだる神』に通じるトンネルだよ! 帝國陸軍がガスを採集するために坑道を掘ったと話しただろうが!」


 あっ……。


「しかも第拾参号坑道だと!? アジトから回収した資料には坑道は12本しか書かれていなかった! 秘密裏に掘ったのか? それとも資料が抜き取られていたのか!?

 いやそんな事はどうでもいい! 大鋸君! そのトンネルはどこにあった!?」


 目の前にスマホを出された。地図アプリが出てる。

 えーっと、首都高の環状線をグルグル回って、霞が関の先にあったトンネルだから……。


「この辺」

「お堀の目の前じゃないか……」


 俺が指さした場所を見ると、九曜院は頭を抱えた。よくよく見たら国会議事堂とか首相官邸とかもすぐ側にあるし、ここで爆弾テロがあったらマジでヤバいな?


「ええい、万次郎さん! 警視庁と内閣に連絡頼む! 私は向こうに連絡する!」

「警視庁なら俺が連絡しとく! 手分けしたほうが早いだろ!」

「おおきに刑事さん!」


 みんな一斉に電話を掛け始めた。もう取り調べどころじゃない。ボーッと座ってるのがなんか申し訳ないから、九曜院に聞いた。


「俺も何かした方がいい?」


 すると、九曜院は俺を睨んで、スマホの画面を指さした。


「走れ」

「は?」

「走って、先に行ってこい! ここからトンネルまで400m弱! 電話を待ってる暇があったら、先に行って暴れていろ!」


 うわ本当だ、ここ番町だからめっちゃ近い!?

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