神無月
「誤チェーンソーにごわす。こや目当ての爆薬じゃなか」
新宿区南部、温泉施設の工事現場。防音幕の内側には、血まみれで倒れ伏す怪異たちと、返り血まみれで座り込む男たちがいた。
生きている方は九州南部のチェーンソーのプロ集団『樺山示現流』。死んでいる方は『全日本赤外套革命戦線』の怪異であった。
「またでごわすか!」
「チェーンソーん前目的訊くのは女々か?」
「名案にごつ」
鹿児島から政府の召集に応じて駆けつけた彼らは、駆けつけ3杯工事現場をチェーンソー、見事爆薬を発見し、テロを未然に防いだ。
しかし本命の爆破現場、すなわち『ひだる神』に通じる地下道は未だ見つかっていない。
他のチームも同様であった。東京の大深度地下の工事現場を手当たり次第に調べているが、見つかるのは陽動の爆弾ばかりだ。いくら陽動を見つけても、本命の爆破テロが成功してしまえば、東京そのものが吹き飛んでしまうので意味がない。
捜索隊は徐々に焦り始めていた。敵がいつ、爆破テロを実行するかわからない。今、この瞬間に足元の大地が吹き飛んでしまうかもしれない。一刻も早く敵の計画を阻止したい。この緊張感から楽になりたい。
「おはんの工事の目的は!」
「名を申せ!」
「いやアンタたち一体」
「「もう言わんでよか!!」」
もっとも、常に心は死と隣り合わせの『樺山示現流』にとっては、そのような焦燥など無縁であった。
――
「どういうことや!? めぼしい工事現場は全部探したのに、見つからんってのは!?」
アカツキセキュリティの会議室で、万次郎さんは頭を抱えていた。
気持ちはわかる。警察と自衛隊とチェーンソーのプロが協力して、10日かけて東京中を探し回ったのに、『ひだる神』に通じるトンネルは見つからなかった。
敵の計画が偽物だったってことはありえない。相手のボスが持ってる工場で、凄い爆薬が違法に作られていたのを警察が見つけている。そしてその爆薬はこっそり東京に運び込まれたこともわかってる。
それに、敵のチェーンソー使い『鏡神』も『カマイタチ』も出てきてない。爆薬と一緒にどっかに隠れているはずだ。だけどどこにいるんだ、あいつらは。
「もしもし!?」
万次郎さんがスマホを手に取った。電話が来たらしい。
《もしもし、万次郎さん? あたしよ、吉田千菊》
「どうやった、そっちは!?」
《旧日本軍が掘ったガス井戸は、12個全部探した。半分は崩れてて、もう半分にはどこにもいなかった。こっちもハズレよ》
「んなアホな……!?」
工事現場だけじゃなくて、昔の日本軍が掘った坑道も探したけど、やっぱり見つからなかったらしい。
「あのー、万次郎さん。ひょっとして相手は、無断で工事してるんじゃないですか?」
アケミが訊くと、万次郎さんは首を横に振った。
「ここは東京やで。そんな事やったらあっという間に通報されて警察が飛んできよる」
「じゃあ、どこかの建物の地下室でこっそりやってるとか!」
「ちょっと穴掘るくらいならそれもできる。せやけどな、今回は50m以上掘らなアカン。そうなると、掘った土の量もとんでもないことになる。こっそり運び出せる量ちゃうで」
そうなんだよな。穴を掘る重機は怪異を代わりにできても、土を運ばなくちゃいけないことには変わらない。隠れてやるならどうしてもそこで引っかかるはずだ。
でも、警察が必死に探して、ダンプカーのレンタル記録を追いかけても、それらしい土砂の動きは見当たらなかった。つまり相手は、ちゃんと手続きをして工事しているか、元々穴が空いている所を使っているかのどっちかだ。
だけど工事現場も、元々空いてるトンネルもハズレだったから……えーと、つまりどうなるんだこれ? 俺らの知らないトンネルがあって、そこにあいつらがいるってことか? 詰んでね?
寒気がした。死んだかもしれない、と思ったことはよくあるけど、寒気がするほどの完全敗北は初めてだ。
いや、違うな。なんか違う。負けたからじゃない。なんていうか、ヤバいものが側にある時の寒気だ、これは。
「うにゃ?」
椅子に座っていたメリーさんが、不意に声を上げた。椅子から降りて、両手をブラブラさせて、ぴょんぴょん飛び回る。
「どうした?」
「なんか……体が軽い?」
「あれ? 私もー」
アケミも軽快なステップを踏んでいる。ひょっとして雁金もか、と思ったけど、首を横に振ってるから違いそうだ。
いやそれよりも、ヤバい予感が更にせり上がってきてる。窓の外を見てみるけど、怪しい姿は見当たらない。でも何か近くにいるはずだ。どこだ?
「おい! おいちょっとみんなァ! 手伝ってくれェ!」
陶が叫びながら部屋に飛び込んできた。
「どうした!?」
「下の階で封印してた呪物が一斉に暴れ出した! 叩きのめすの手伝ってくれ!」
「なんだって!?」
俺たちが今いるアカツキセキュリティ番町出張所には、呪物、いわゆる呪いのアイテムを封印している部屋がある。
なんでそんな部屋があるかっていうと、『四課四班』の仕事の関係だ。
『四課四班』は偉い人を怪異から警護する部署なんだけど、この怪異ってのはメリーさんみたいにその辺をうろついてる奴らだけじゃない。人間が他人を傷つけるために掛けた呪いも入っている。むしろそっちの方が多い。偉い人ってのは何かと恨みを買うものらしい。
で、その呪いを掛けるために使われるのが呪物だ。『四課四班』は呪いを叩きのめす度にこの呪物を回収して、お祓いして無害にしている。そのお祓いをするまで置いておく場所が、このビルの4階にある倉庫だ。
俺たちがチェーンソー片手に階段を降りると、4階の雰囲気がヤバい事になっていた。電気がついてるのに薄暗いし、空気は冷えているのにじっとりしている。
そして、そこかしこで呪物がうごめいている。棚の上からこっちを見ている呪いの人形。宙に浮いてカタカタ笑っている呪いの頭蓋骨。壁に張り付いてジージー言ってる呪いのセミの抜け殻。ピッカピカの呪いのランドセル。廊下の十字路のど真ん中に置かれた呪いの骨。
「相変わらず変なのばっかりだな」
「素人の呪いなんてそんなモンだからなァ! 行くぞォ!」
陶を先頭に、俺たちは呪物を片っ端から叩きのめした。
正直言って呪物はそんなに強くない。少なくともこの会社に封印されてるやつは。勝手に動いたり光ったりするけど、それだけだ。
殺したいほど人を憎んでも、考えるだけじゃこれくらいしかできないらしい。やっぱ自分でチェーンソー持って物理で殺しに行ったほうが確実なんだな。
ただ、呪物を呼び水にして別の怪異が寄ってくるからほっとけない。
「このやろ! このやろ! このやろ!」
飛んでる頭蓋骨めがけてチェーンソーを振りかざす。フワフワ浮いてて当たらない。ちょっとこれチェーンソーだとダメだな。
俺はその辺に置いてあった新聞紙を棒状に丸めて、頭蓋骨めがけて振り下ろした。スパーン、と景気のいい音と共に頭蓋骨が吹っ飛んだ。動かなくなった頭蓋骨を掴んで、封印の倉庫に放り込む。
「つかまえたー!」
メリーさんが虫取り網でセミの抜け殻を捕まえた。それを虫かごに入れて、そのまま倉庫へ入れる。更に、いつの間にか背負っていた呪いのランドセルも一緒に放り込んだ。
「はーい、大人しくしようねー」
アケミは4本の腕にそれぞれ呪いの人形を捕まえている。ミシミシいってるぞ、もう少し優しく掴んでやれ。
「これ本当に合ってるんですか?」
「よ、よくわからないけど、これで大人しくなるんです、はい……」
雁金は九段下と2人がかりで水を張った寸胴を運び、倉庫の中に置いた。寸胴の中には呪いの骨が入っている。呪いのラーメンスープができるんじゃないか。
そんな感じでいまいち真面目さが感じられない呪いのアイテムたちを放り込んだ後、森さんが結界を張って倉庫全体を封じた。
「これでよし、と」
「本当に大丈夫なのか? また暴れたりしないだろうな?」
「前よりも強力な結界を張ったから大丈夫だ。しかし……どうして封印が解けたんだ?」
いろいろ調べてみたけど、倉庫の結界そのものはちゃんと機能していたらしい。中の呪物がそれを力任せに破ったそうだ。でも、昨日まではちゃんと封じられていたから、今日になって急に破れるのもおかしい。
「中の呪物がいきなりパワーアップしたのか……?」
「パワーアップしてあれなのか?」
流石にそれはなさそうだ。あれでパワーアップしてたなら、前はどれだけ弱かったんだって話になる。
「あのう、すいません。その、う、占いが」
九段下が呟いた。
「なんだ?」
「『かんなづき』、です。はい……」
かんなづき。なんだっけ……。
「……そういうことか!」
森さんが何かに気付き、エレベーターに乗り込んだ。俺たちも後を追う。
向かった先は屋上だった。そこには小さな神社が置かれている。森さんはミニ神社をじっと見つめると、舌打ちした。
「なるほど。霊気が届いてない。神様がどっか行っちまいやがった」
「それで『かんなづき』ですか」
雁金はわかったみたいだけど、俺にはわからん。というかメリーさんたちもわかってなさそうだ。
「どういう事だ? 説明してくれ」
「"神"様が居"無"い"月"で『
この神社から神様がいなくなったことを、九段下さんはそういう言葉で占ったんでしょうね」
「正確には霊気、神様の力が届いてないってことだ。霊気の重しが外れたから、下の呪物も力を増して、封印を破れたんだろう。
しかし……どうして霊気が届いてないんだ? まだ神無月どころか、夏にもなってないっていうのに……」
そういえばメリーさんとアケミが調子がいいとか言ってたな。ここの神様がいなくなったから、のびのび動けるようになったからか。
しかし神社があるだけで調子が悪くなると大変だな。東京なんてそこら中に神社があるから、調子悪くなりっぱなしだ。それとももう、調子が悪いのが普通になってるのか。
「もしもし?」
不意に陶が口を開いた。いつの間にかスマホを持っている。電話か。
「はい……はい? ええ、特に大丈夫ッスけど」
陶は手すりから身を乗り出し、お堀の方を見ている。何かあったのか? そもそも誰からの電話だ?
「はい……はい!? なんじゃそりゃァ!?」
どうした? 本当に何があった?
「東京中の神様が消えたァ!?」
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