河童の手
地下の爆弾を探し始めてから1週間が経った。最初は警察だけだったけど、後から自衛隊が来て、そしたら全国のチェーンソーのプロもやってきて、なんだか凄いことになった。なんか、政府が動いたらしい。
当然、俺の故郷の過縄村にも召集がかかった。親父の代わりに次期リーダー候補の古賀さんが20人くらいのチェーンソーのプロを連れて来てくれた。
で、そのついでに頼み事をしたんだけど。
「うーん」
手にしたチェーンソーを振ってみる。いつもより重めで、エンジンのトルクが高い。でも物足りない。
「うーん」
別のチェーンソーを振ってみる。エンジンは高性能だけど、刃渡りが短い。
「だめだな、こりゃ」
溜息。古賀さんに頼んで、村の強力なチェーンソーを20本くらい持ってきてもらったんだけど、どれもこれも神様相手だと不安になる。
「ダメって言われても、パワーが上から20本の奴を持ってきたんだぞぉ……?」
「でもこう、小綺麗に収まってるじゃん。ゴッドスレイヤーくらいピーキーなやつが欲しかったんだよ、俺は」
「御神体に変な名前つけんな」
確かに力強いチェーンソーだけど、どれもこれも規制からちょっとはみ出るくらいだ。欲しいのは、村の神社に祀られてるチェーンソーくらいめちゃくちゃなやつなんだよ。
これだと、この前京都で拾った地獄のチェーンソーの方がまだいい。でもあれ、ガタガタなんだよな。古いから直せないし、いつ壊れるかわからないものに、命は預けられない。
そんな事を考えていると、九曜院がやってきた。なんだかちょっと疲れてるように見える。なんか偉い人にたくさん会ってるから大変なのかな。
「大鋸君、ちょっといいか?」
「何だ?」
「君はチェーンソー使いは荒い方か?」
「どういう意味だ?」
チェーンソーのプロを長くやってても聞いたことのない言葉の組み合わせが出てきた。
「怪異と戦ってる最中に、チェーンソーを壊したりする事はないか、という意味だ」
「ああ、よくある。つってもメンテはちゃんとしてるから、本当に壊れる前に修理するなり取り替えたりするけど」
なんだかんだいってチェーンソーは強いけど、振り回してればどうしてもガタがくる。打ち合ってる最中に止まったら死ぬから、点検はよくやるように、爺ちゃんや親父から教わってる。
そう言うと、九曜院は少し考え込んだ。
「ちょっと待っててくれ」
九曜院は部屋を一旦出ると、白い布に包まれた何かを持って戻ってきた。重そうだ。
九曜院はそれをテーブルの上に置くと、慎重な手付きで包みを解いた。中から出てきたのはチェーンソー。しかもかなり大型のやつだ。
「このチェーンソーを使ってほしい。そして、できれば壊してほしい」
「は?」
なんて言った? 壊す? これを?
「壊すんだったら、窓から投げ捨てるなりすればいいんじゃないのか?」
「それはちょっとマズい。あくまでも使用中の事故、ということにして壊してほしい」
「何だそれ。そもそも何なんだこのチェーンソーは?」
「……とある筋から押し付け、いや、借りてきたものだ。ただ、本来ならこんなものはあってはいけないんだ。だから、使ってる最中に壊れた、という体で、上手いこと壊してほしい」
「って言ってもなあ……」
手に持ってみる。重さは申し分ない。刃渡りも十分にある。取り回しもなかなかいい。どこのチェーンソーかと思ってメーカーを確かめようとしたけど、ロゴが見当たらなかった。
「エンジン掛けてもいいか?」
九曜院は黙って頷いた。そして俺から距離を取る。何だその反応。爆弾を見つけたみたいじゃないか。いや、まさか。
「おい……まさかこれ、不良品で爆発するとかじゃ」
「それはない。ほぼ新品だから大丈夫だ」
新品? かなり年季が入ってるように見えるけど……まあいいや。爆発したらちょっと後ろに下がるくらいじゃ意味ないからな。破片が飛び散ったら誤差だよ誤差。
というわけでエンジンを掛けた。振動も駆動音も無しに、刃が回転し始める。変だ。ガソリンエンジンでも電気モーターでもない。どうやって回ってる。
いや、駆動系よりも心配なのはパワーだ。あんまりにも静かに回るもんだから、本当にちゃんと斬れるかどうか心配だ。試しに、用意しておいた丸太にゆっくりと振り下ろしてみた。
スッと、何の手応えもなく刃が入った。
「え」
茶碗蒸しにスプーンを差し込んだような感じだった。今まで使ったどんなチェーンソーよりも鋭い。というかこれはチェーンソーなのか?
「なあ教授、これって」
「出処は聞くな。頼む。好きに使っていいから、できるだけ派手に使って壊してくれ」
准教授ってツッコミ入れないくらいヤバい代物かよ……。
「あのー、先輩?」
九曜院が持ってきたチェーンソーにビビっていると、いつの間にか部屋の入口に雁金が来ていた。
「河童さんの説明が始まるので、そろそろ来て欲しいんですけど」
「ああ、わかった。すぐ行く」
俺は一旦チェーンソーを置いて、雁金と一緒に別の部屋に向かった。そこにはメリーさんとアケミ、それに陶と河童がいた。
「全員揃ったッパね」
この変な喋り方、いつぞやの3匹目の河童か。なんでこいつが来ちゃったかな……。
「そんなバケモノを見るような目をしないで欲しいサラ。カッパからしてみたらお前たちの方がバケモノサラよ」
「俺らのどこがバケモノっていうんだ」
「鬼、怪異、怪異、サイコパス、詫び証文の持ち主」
いやまあ……うん、まあ……。
「待て待て待て、俺がサイコパスってのはどういう事だぁ?」
唯一反論できる陶がすかさず言ったが、3匹目は目をギョロリとさせて反論する。
「そのままサラよ。同胞の腕を自分にくっつけてるなんてドン引きアル。お前たちだって、野良犬の脚が人間の手足になってたら気持ち悪ぅっ、てなるカッパ?」
「それだよ。それがおかしいんだよ。この腕は、『猿の手』だってェの!」
今回河童を呼んだ理由。それは、陶の左腕についてだった。この前河童を呼んだ時に言われたんだけど、陶の左腕は『猿の手』じゃなくて『河童の手』らしい。猿と河童。全然別物だ。一体何がどうなったらそんな取り違えが起きるのか、説明してほしい。
「いや河童が河童の腕って言ってるんだから河童カッパよ。お前たちは人間の腕とゴリラの腕を見間違えるサラか?」
「でも『猿の手』って聞いたし、みんなそう言ってたんだよ。それに願いも叶ったし」
「願い?」
「あァ。まず、左腕が斬り飛ばされて無くなったから、戻ってきてくれって願った。そしたら、この猿の手が飛んできて、俺の腕の代わりになったんだ」
「それならよくあることサラ。河童の腕はすっぽ抜けるようにできてるカッパ」
いやよくあっちゃダメだろそんな重大事故!? と思ってたら、雁金が何かに気付いた。
「聞いたことあります。河童の腕は肩の中でつながってて、片方を引っ張ると両腕ともすっぽ抜けてしまうって。抜けた腕を隠されて困った河童が、悪さはもうしないから返してほしい、と頼む話がありました」
「そうなの!?」
河童は頷いている。信じられないかもしれないが、そういうことらしい。
「ホントに抜けるの……?」
メリーさんが興味津々で河童の腕を見つめている。すると河童はおもむろに右腕を掲げた。
「フンッ!」
気合を込めると、河童の腕がすぽーんと飛び出て、壁にべたっとぶつかった。ホントに抜けた……。
「おおー……!」
「まあ、こんな風に自分で飛ばせるのはムルタチみたいに鍛えた河童だけアルよ。普通の河童は誰かに引っ張られないと抜けないサラ」
河童は自分で飛ばした腕に近付く。すると、腕が自力で飛んで河童の腕にすぽんと収まった。
「おおー!」
メリーさんが目をキラキラさせている。どうしよう、ああいうおもちゃが欲しいとか言い出したら。どこで売ってるかわからないぞ? マックのハッピーセットとかについてたらいいんだけど。
「いや、抜け……抜けるかァ……?」
「コツがいるサラ。こう、肩のあたりで引っかかってる感じのところを、筋肉でクッと押し上げると引っかかりが外れるから、それを背中の筋肉で飛ばす感じで」
「腕だけだから肩は関係ないと思うんだけどなァ」
陶は首を傾げながら自分の左手を引っ張っている。抜けない。河童でもだいぶ気持ち悪いのに、人間の腕が抜けたらホラーだよ。いや、『猿の手』だけど。
「……そうだよ。『猿の手』なんだよ。抜けるかどうかはともかく、もう一つの願いも叶ってるんだ。『カマイタチ』の奴に同僚が斬られたんだけど、この腕は同僚の傷も治してくれたんだ」
「そりゃ治るサラ。河童の薬は切り傷によく効くカッパらね」
「切り傷なんてもんじゃないぞ? 骨までいってた。塗り薬でどうにかなる深さじゃない」
「余裕アルよ。腕を完全に斬り飛ばされてもセーフサラ」
いやいや切断されたら薬でどうにかなるもんじゃないだろ!? と思ってたら雁金が気付いた。
「聞いたことあります。尻子玉を抜いて人々を脅かしていたら、通りすがりの侍に手を斬られて奪われた河童がいたって。
その河童はもう悪さはしないと誓った上で斬られた手を返してもらい、河童の秘薬でくっつけて治したそうです」
「そうなの!?」
河童は頷いている。信じられないかもしれないが、そういうことらしい。
「だけどよォ……だけどよォ。この腕が河童の腕だったら、どうして『猿の手』なんて言われてたんだ?」
まだ陶は納得していない。気持ちはわかる。持ち主の金持ちも、運ぶのを頼まれた警備会社も、奪おうとしたカマイタチも、みんなこれが『猿の手』だって思っていたはずだ。それがどうして河童の手になるんだ。
「あの、ひとつの可能性として、ですね」
雁金がちょっと自信なさげに手を挙げた。
「偽物だと思ってたんじゃないでしょうか」
「偽物?」
「はい。河童のミイラって、江戸時代に流行ったんですよ。お寺に伝わる縁起物とか、ちょっと大きい家に代々伝わる宝物とか。大体は調べてみると、猿のミイラだったり、猫のミイラだったりするんですけど。
そういう噂が広まると、このミイラの偽物を売る人も出てきたんです。いろいろな動物のミイラをつなぎ合わせたり、干からびた木の根を革で飾り付けたりした偽物を、『どこそこのお寺の和尚が退治した河童』とか『どっかの川で悪さしてた河童』とかもっともらしい話をつけて売り出すんです。
持ち主の人も、『河童の手』がまさか本物だなんて思ってなかったから、警備会社に預ける時に『猿の手』って説明したんじゃないでしょうか」
「で、それを聞きつけた誰かが、本物の『猿の手』だと思って『カマイタチ』をけしかけてきた、って訳か?」
「可能性、ですけど」
そんなバカみたいな……いやでも無くはないか。怪異を知らない人間が『河童の手』って聞かされたらうさんくさいと思うけど、『猿の手』って言われたら何かの美術品とか、研究材料なんかと思ってくれるかもしれない。
「それで、みんなが『猿の手』だと思ってたミイラが、実は『河童の手』だったと」
「いやー待て待て! 納得行かねェ! だってアレだ、必殺技があるんだぞ必殺技が! 相手の体に手を突き入れて、心臓とか骨を引っこ抜く究極神拳だ! 河童がこんなことできるわけねェだろ!」
そうだ、それがある。あの技はあんまり河童らしくない。と思ったら河童が答えた。
「それ、尻子玉抜きサラよ」
「はい?」
しりこだま?
「河童の基本技サラ。泳いでる人間の斜め下方から近付いて、腰と太ももの間辺りにある気力の源を、ガッと引っこ抜くカッパ。
確かに金属じゃなければなんでも貫通できるから、内臓や骨もブッコ抜けるけど、随分野蛮な使い方をしてるサラねえ。これだから人間は……」
物凄く腹立つ顔で溜息を吐き出す河童。見下されている。だけど言ってることに間違いはないから反論できない。
「う、ううう……」
陶は左手を抑えたままうずくまってしまった。心が折れたか。まあ、そりゃ、自慢にしてた必殺技が河童の通常技で、しかも尻子玉抜きだったなんてわかったら、なあ……。
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