TOKYO Crysis
東京都内は世間には知られずに、しかし着実に臨戦態勢になっていった。
「警察だ! 全員動くな!」
「何にも触るな! これから捜査を始める!」
都内某所の工事現場に、突然警察が踏み込んできた。思わぬ乱入者に作業員は戸惑うばかりだ。
「待ってください、ウチが何したって言うんですか!?」
「都内で爆破テロの予告が出ている。標的と見られる工事現場を、今こうやって捜査しているのだ」
「うええっ!?」
現場責任者が説明を受けている間にも、刑事たちは続々と現場に踏み込み、工事現場を調べていく。
「あの……どれくらいかかるんですかこの捜査? 納期がヤバいんですけど!?」
「十分に調べられるまでだ。我慢しろ。こちらは人命がヤバいのだ!」
「警部! ここに不審な荷物が!」
「それは職人さんたちへの差し入れです!」
「スポーツドリンクか、ヨシ!」
地下50m、すなわち大深度地下の工事現場を片っ端から回る警察たち。その噂はすぐに、他の工事現場にも伝わっていった。
――
「警察です! 全員動かないでください」
都営地下鉄大江戸線。ここは東京の最も深い所を走る地下鉄である。
ここで駅の拡張工事を行っていた現場監督は、噂通りに現れた警察に対して舌打ちした。
「何の御用でしょ、おまわりさん」
「警視庁対応課の大麦です。こちらの工事現場に届け出のない爆薬が持ち込まれたとの通報がありました」
「そいつは何かの手違いじゃありませんかね。こんな所に爆薬なんて持ち込みませんよ」
そこに、場違いに明るい女の声が響いた。
「ラッキーアイテムは車のボンネットっと。重機も車に入るのかね?」
大麦たちについてきた吉田は、断りもなく現場の重機に近付くと、ボンネットを開いた。
そこにエンジンは無く、代わりに起爆装置がついた爆薬が詰まっていた。
「大麦くーん、やっぱりあったよー」
「き、貴様ァッ!」
現場監督の姿が変じる。赤いマントを羽織り、手には青龍刀を持った怪異憑き『赤マント』だ。
監督が駆け出すが、その足を大麦が払った。盛大に転ぶ監督。大麦は背中にのしかかり、監督の両腕を抑える。
「10時21分、爆発物取締法違反と、銃刀法違反の現行犯で逮捕します」
監督の両手に手錠が掛かった。身動きが取れなくなった監督は叫んだ。
「お前たち、やれっ! 皆殺しにしろ!」
突然、周りの作業員たちが燃え上がった。赤い火の中から出てきたのは、歩く骸骨だ。ここの工事を進めていたのは怪異であった。
骸骨たちはスコップやハンマーを手にして、刑事たちに躍りかかる。
「遅いっ!」
吉田が警杖を抜き放ち、骸骨の群れに飛び込む。間合いに入った骸骨を突き、殴り、払う。
ものの一分も経たないうちに、20体近い骸骨は粉砕された。
「こんなもん? ウォーミングアップにもなりゃしないよ!」
「そ、そんな馬鹿な……」
「ほらっ、早く歩け!」
呆然とする現場監督を、亀谷が引っ立てていく。更に爆弾処理班が現れて、ボンネットの爆薬を取り外し、耐爆容器にしまって持っていく。
その様子を見送ってから、吉田は呟いた。
「ここも陽動かね」
「そのようですね。プラスチック爆薬でした」
大麦が吉田の言葉に答えた。
四課四班と対応課は、アジトの計画書に書かれていた工事現場を回っていた。
そのほとんどは架空の工事で、穴すら掘られていなかった。この現場の他にもう1ヶ所、爆薬があったが、いずれもガス溜まりに引火させるには貧弱すぎるものだった。
「あの紙に残してないんじゃないかなあ、本命の場所」
「恐らくは」
「いやちょっと」
「しかし陽動とはいえ、こうして爆薬が配置されていました。もしも爆発していれば、市民に多大な被害が出ていたでしょう。本命ではないとはいえ、放置するわけにはいきません」
「……けどさあ、そしたら人手が足りないわよ」
候補の工事現場は数十もある。その上、不審なデモ隊が都内各所に出没しているという情報もある。これら全てに対応しようとなると、警察と四課四班だけではとても手が足りない。
「ごもっともです。彼らが上手く話をまとめてくれれば良いのですが……」
――
首相官邸。日本の政治の中枢に今、3人の男が集まっていた。
「で、あるからして、民間の対怪異組織の召集、および内閣警備局怪異対応室、陸上自衛隊小金井中隊の出動をお願いしたいのですが……」
ハンカチで汗を拭きながら話すのは、警察庁官房長。警視庁を初めとする日本の警察組織の事実上のトップだ。
「……自衛隊が出動するには、総理か自治体の要請が必要だ。まずはそれを満たしてもらわなければならん」
厳しい顔で答えたのは、陸上自衛隊幕僚長。上位組織はあるものの、陸上自衛隊の総指揮官だと言っても過言ではない。
「民間組織の総動員には総理の許可が必要です。また、怪異対応室や小金井中隊は有事の備えです。通常犯罪の延長でしかないこの事件には動員できません」
整然と反論するのは、内閣警備局怪異対応室の室長だ。彼らは総理大臣直属の対怪異組織であり、この会議には内閣の代表として参加している。
要約すれば、警察と自衛隊と内閣の三者による、非公式の緊急会議が首相官邸で開かれていた。
「通常事件の延長ですと!? 相手は日本中の怪異を操り、東京、いや、関東全域を標的とした爆破テロを企んでいるのですよ!?」
「ですから、爆破テロ事件にすぎないのです。警察官は何人導入しても構いませんが、対怪異戦力の投入は認められません」
「しかし!」
「加えて指摘させてもらえば」
室長が官房長を睨みつける。
「提出された計画では、民間組織および怪異対応室と小金井中隊は警察庁の指揮下に入り、捜査に協力するということですが。この期に及んでそちらに指揮権が与えられるとでも?」
「国内の治安維持は警察組織の役割ですぞ。安全保障局や自衛隊には権限がございません」
「自衛隊を指揮下に入れる権限も無いと思うが」
「そもそもこの事件には警視庁の公安部長が関与しているではないですか? 身内の不始末の片付けを手伝わせるなど、図々しい」
「……そっくりお返ししますぞ、その言葉。公安部が安全保障局から内々に指令を受けていること、知られていないとお思いか?」
「じゃあ、我が隊がたまに見張られているのも……」
「それは別の話です」
この期に及んで、起こっているのは縄張り争いであった。
警察庁は身内の不祥事が関わるこの事件で、外部に主導権を握られたくない。そこで、官民合わせた対怪異戦力を総動員し、それを警察が指揮するという計画を立てた。
これに対して怪異対応室が反発した。警察内にどれだけシンパが残っているかわからない。そもそも指揮がとれるかも微妙だ。内閣が対策室を立ち上げ、その下で指揮を執ろうとした。
自衛隊は積極的には動かないが、どちらにも反対だ。民間や治安組織とは武力のレベルが桁違いなので、足並みを揃えるのが難しい。動くかどうかが決まったら、後は独自に行動すればいいと考えていた。
この調子なので、話し合いは全く進まない。三人とも、時間の無駄だな、と思い始めた時、部屋のドアがノックされた。
「失礼いたします」
「何だ」
室長が返事をすると、上ずった声が聞こえた。
「あの……ご来客です」
「待っててもらってくれ」
「いえそれが、あの、
「……それでも、だ。すぐに切り上げる」
「ですが、あ、ちょっと!?」
室長の意志に反してドアが開いた。九曜院が大股で歩いて部屋に入ってくる。
「話し合いはまとまったか!?」
「教授。申し訳ありませんが、今は重要な会議中でして……」
「まとまってないな!? まとまってないなら、いいか、よく聞いてくれ! いや、聞くな! 聞いたら忘れてくれ!」
いつにない剣幕でまくしたてる九曜院に、室長は沈黙した。様子がおかしい。
「先程、親戚の家に電話をしたんだが、親戚は出なかった」
「うん?」
よくわからない言葉に、幕僚長は首を傾げる。その横で、室長が頬をひきつらせた。
「代わりに電話に出た人が、その親戚がちょっと前にこんな事を言っていた気がする、と伝えてくれた。要約すると、こうだ」
九曜院は緊張した面持ちで言った。
『霊的守護の象徴が必要であるならば、自ら責任をもって此れにあたるのもやぶさかではない』
一瞬、沈黙があった。
「いやいやいやいや」
「おいおいおいおい」
官房長と室長がそろってうろたえる。一方、幕僚長はよくわかっていないので困惑するしかない。
「その……つまりどういう意味だ?」
「例えて言うなら……『朕自ら近衛師団を率いて、此れを鎮圧せしめん』だろうか?」
「バカ! 例えろ!」
それでようやく幕僚長は理解した。同時に顔から血の気が引いた。
「そんな事になったら誰も責任が取れないぞ!?」
「だから! 忘れろと言ったんだ!」
大問題である。
まだ非公式、しかも伝聞を要約したものなので、何かの間違いだったと言い訳はできる。
だが、この言葉がもし総理大臣の耳に入れば、政府は止めるなり進めるなり、動かざるを得なくなるだろう。その時点で、ここにいる3人は進退を問われることになる。
万が一、発言が公に知られてしまえば、進退どころの騒ぎではない。前代未聞の事態なので、どこから何を言われるかわからない。はっきり言ってしまえば身体が危ない。
この言葉を無かった事にするために、3人は即座に『協力する』という選択肢を取った。
「では、怪異対応室と小金井中隊は警察庁の指揮官に入るということで……」
「いやいや、民間組織の指揮も考えると、怪異対応室に指揮を執っていただいたほうが……」
「小金井中隊は即応状態に待機させておきます。何かあったらすぐに駆けつけますよ」
さっきとはうってかわって、誰に責任を取らせるかで主導権を譲り合う3人であった。
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