猫の忍者

 1週間前から変なことが起こってる。ちょっと聞いてくれ。

 最初に言っておくが俺は妄想癖でも総合失調症でも病気でもなんでもない。

 笑わないでくれよ。ガチだ。


 最近猫のチェーンソーに狙われてる。


 猫のチェーンソーって何だよって? それも説明するから聞いてくれ。

 1週間前のことから順に話していく。夜の9時ごろだったと思う。仕事を終えて、機材を片付けて、スーパーで買い物してたんだ。パンとか魚とか、そんなの買ってた。

 で、帰ろうと駐車場に出たら、後ろからドルドルドルって音が高速で迫ってくる。

 何だと思って音がする方向を見ると、小さな子供みたいなのが高速で走って駐車場の中央辺りで止まった。

 えっ、こんな時間に子供? しかも早過ぎないか?

 いろいろ考えてる内に、反対からもドルドルドルって音がして、中央で止まった。

 絶対人間じゃないと思った。小さすぎるし、動きが人間じゃない。


 で、俺はビビりながらも気付かれないように、静かにそいつらを見てた。

 だけどな、速攻で気付かれたよ。物音ひとつ立ててないのに。ちょっと涙目だったかもしれない。

 俺に気付いたそいつらは、微妙な間隔を空けながら、ドルドルドルと迫ってきた。近付くと月明かりでだんだん姿が見えてきた。


 猫だった。

 えっ、猫? 猫が二足歩行? ありえねぇだろ? なんか持ってるし。

 もう訳わかんねえよ。

 えっ、猫? あんな早く二足歩行で走れんの? 黒い服? 布切れ? 忍者みたいな格好だな。なんか持ってる。なんだ?

 そんな感じにパニくってると、先頭の1匹がジャンプした。

 その時、持ってるものが見えた。


 チェーンソーだこれ。


 俺に向かって突き出してる。これ刺そうとしてるよな? さっきから聞こえてるドルドルドルって、エンジン音だったのか?

 やっと理解して、上体を捻って突きを避けたよ。猫のチェーンソーは宙返りして足から着地した。身軽だった。

 俺は自分の車に駆け寄ると、後部座席から仕事道具のチェーンソーを引っ張り出した。すぐにエンジンを掛けて、猫のチェーンソーを受け止めたよ。

 猫のチェーンソーは身軽な分、体重が軽かった。思いっきり押し返してやると、面白いぐらい飛んでいった。いや、普通に着地されたから全然笑えなかったけどな。

 こりゃ相手にしてられねえ、と思って、車に乗り込んですぐに駐車場から逃げた。猫のチェーンソーは追ってこなかった。

 家に帰って落ち着いて、いろいろ考えてる内に、あれは錯覚だったんだ、って自分を納得させてそのまま寝た。それから3日経ったけど、何事もなかったからやっぱ夢か錯覚だろうな、って思ってたんだ。


 3日後の夜、あいつらが家に来た。 

 夢じゃなかった。そうだよな……夢ならこんなにはっきり覚えてないよな……って思ったよ。


 その日は普通に仕事を終えて、普通に家路についた。7時頃だったかな。

 駐車場で車から降りたら、妙に猫が多いんだ。塀の上とか電柱の影とか、ゴミ捨て場のゴミ箱の上とか。

 しかもどいつもこいつも俺の顔を見て、シャーってずっと威嚇してた。ムカつくから全員にガン飛ばしながら家に帰ったよ。アパートの廊下にまでいたな。

 んで、その後は何もなかったから、飯食って風呂入って寝た。


 ドルドル。


 ドルドルドルドル。


 ドルンッ……。


 妙な音で目を覚まして、時計を見た。2時10分。

 変な時間に起きちまったな。さっきの音なんだ? まぁいいや、目が冴えない内に寝よう。

 って思った瞬間だった。


 ドルドルドルドルドルドルドルドル。


 うるせえな。なんだよ。工事でもやってんのか。


 ドルドルドルドル。ドルドルドルドルドルドル。


 あれこの音、聞き覚えあるな……。

 で、この前の猫のチェーンソーを思い出したんだよ。

 めっちゃビビりながらカーテンの隙間から外を覗いたら、案の定いたね、あいつら。

 10匹ぐらいの二足歩行の猫が、チェーンソーを持ってウロウロしてた。

 ヤバいよとんでもないことになっちゃったよ。多すぎんだよ。相手にしきれねえ。そんな風に思いながら、見つからないように頭から布団を被ってた。

 そのうち、寝ちまったみたいでな、気付いたら朝になってた。猫のチェーンソーはいなくなってた。

 怖かったけどちゃんと仕事行ったよ。


 で、次の日の夜も来た。その次の夜もだ。

 あれだけ夜中にドルドル言ってたら、苦情の一つも出そうなんだけど、誰も気付いてない様子だった。

 それとなくお隣さんに聞いてみたけど、


 「猫の鳴き声じゃない?」


 って言われたよ。いや、確かに猫は猫なんだけど。


 そして、昨日の夜中か。とうとう来たよ。

 いつものエンジン音に加えて、窓をカツカツって叩く音と、ドアをドンドン叩く音。それに壁もガリガリ引っ掻いてたな。

 間違いなく俺の部屋を突き止めて、入ろうとしてきてる。

 先手を打たれたらたまったもんじゃないから、チェーンソーを片手に飛び出した。チェーンソーの猫たちはビックリしたみたいで、散り散りになって逃げていった。

 これで大丈夫だろ、と思ってアパートの部屋に戻ったら、また集まってきた。で、窓をカリカリ引っ掻いてくる。それでこっちが追い払うとすぐに逃げていく。一度刃が届く距離まで近付けたんだけど、全然当たらなかった。やっぱ猫だから身軽なんだよな。

 何度か追いかけっこして、諦めて部屋に戻って寝ることにした。ところがずーっと猫がカリカリやってるから、中々寝付けない。


 お陰で今日は寝不足ってわけだ。どうしたらいいんだろうな、これ。この前の妖怪みたいに襲いかかってくるならわかりやすいんだけど、攻撃すると逃げていくし、そのくせつきまとってくる。何考えてるんだかさっぱりわからねえ。

 ……何、餌付けしてみたらどうだって?

 そんなんで止まるわけ……魚? スーパーで魚を買ったから、それを追っかけてきてる? お魚くわえたドラチェーンソー?

 いや、一昨日焼き魚にして食べちまったけど……ふむ、もっと良いヤツをあげればいい? ちゃう……ちゅ……? ああ、わかった。やってみる。


――


 よう。1週間ぶりだな。

 ……うん、言われた通りの奴を買って渡してきた。最近のキャットフードって、缶詰じゃなくてパック詰めされてんだな。

 ああ、めっちゃ喜んでた。絵本みたいに、猫が二足歩行で小躍りしてたよ。

 正座してた俺に1匹ずつ猫パンチを食らわせて、それで勘弁してもらえた。

 お前の話がなかったらどうなってたかわからなかったよ。ありがとうな。

 何、肉球?

 ……うん、柔らかかった。

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