Fleur de lune(1)

 京都市内某所。覆面の銀行強盗たちは今日も強盗を成功させ、戦利品をアジトへと運び込んでいた。銀行の金庫室から奪ってきた札束や貴金属、証券といったものが、袋に詰め込まれて部屋の隅に積まれていく。

 しかし強盗たちはそれら宝の山に対して、さほどの興味は持っていなかった。馬マスクだけはちらちらと視線を向けているが、それだけだ。


「これで4つのうち3つが揃ったわけだが、どうする。このまま詰めにいくか? それとも陽動を続けるか?」


 強盗のうちの一人、天狗面が問いかける。


「仕掛けた方がいいだろう。目くらましは聞いているだろうが、勘の鋭い奴が気付かないとも限らん」


 積極策を進言したのは兎マスクの男だ。


「でも守りはまだ堅いと思う。もう少し無関係な場所を襲って、相手を散らしたほうがよくないかしら」


 逆に慎重策を提示したのは鬼面の女。馬マスクもそれに頷く。


「結局のところ最後のアイツを倒せるかどうかだしなあ。邪魔はできるだけ少ない方がいいんじゃないか?」

「余計な仕事はしたくないぞ。報酬は据え置きなんだろう?」


 イタチマスクは早くこの件を終わらせたいらしい。

 そして最後に残った狐面の少女は。


「ねえ、明。どっちの方がいいと思う?」


 部屋の奥に座る、7人目に声を掛けた。長い黒髪を頭の後ろで括った男だ。仮面はつけていないが、眼鏡を掛けている。


「主犯としては、一刻も早く終わらせたいところだな」

「その心は?」

「向こうにもタイムリミットがある。焦って強硬手段を取られたら、我々では止められない」


 その一言に反論する者はいなかった。


「明日、最後の詰めに取り掛かろう。今までで最も厳しい戦いになると思うが、よろしく頼む」



――



 お詫びにごちそうしたいと言われて連れてこられたのは、京都市街地の中心部にある超高級料亭だった。店の名前はわからない。看板が出ていないからだ。この店に入るには、知り合いに教えてもらうしかない。いわゆる一見さんお断りってやつだ。

 そういう店の料理は、まあすんごくヤバい。何しろ俺たちの前に置かれているのは、お膳だ。ひとり分の食事が乗ってるテーブルっていうか、お盆っていうか。

 そしてそんな古風な出し方をされた料理は、これまたヤバい。何口か食べてみたけど、旨い、旨すぎる。風が語りかけますとか、そういうのじゃなくて、まだ前菜の野菜をひとくち食べただけなのにもう精神的にお腹いっぱいになってる。

 今食べたの、ただのニンジンだよな? ニンジンの風味が凝縮されてるというか、なんかもう素材からしてただのニンジンとは思えない。味付けも、俺が想像する完璧を超えている。いや、むしろ味付けとしては薄味なんだけど、なんだこれ? 本当になんだこれ? これがニンジンだとしたら、今まで俺が食べてたのはなんだ? 根っこか?


「兄貴、食えよ。野菜は苦手か?」


 向かいに座る輝がこっちを睨みつけながら言ってくる。

 いやそんな事言われてもさあ……これから食べる度に最大火力の感動を叩き込まれるわけだろ? 心の準備ってのがあると思うんだよ。

 それに。


「お前だって豆1個食べてから箸が止まってんじゃねえかよ」

「う、うるせえ! ちゃんと味わって食べてんだよ味わって! こんなトコのメシなんて滅多に食べられねえだろうが!」


 そっちもかよ。

 あっ、お吸い物が来た。早く前の料理を食べないと。……豆うめえ!?


「なんや、えらい気に入ってくれたみたいやね。ホッとしたわ」


 向かいに座る美人は全く気負わずに食事を進めている。凄い。こういうのに慣れてる大金持ちなんだろうな。

 ちなみに向こうには美人と輝に挟まれて、ケビイシも食事をしている。刀持った男と薙刀の女は料亭の警備で席を外している。


「いやなんか、旨すぎて何も言えません」

「そらよかった。予約無しで入れてくれるお店がここだけやったから、正直ヒヤヒヤしてたんやで? 味だけならここよりいい店があるもんねえ」


 ここより美味しい店があるのか。恐るべし、京都。

 そんな感じで食事を進め、一段落ついた所で瑠那が話し始めた。


「ほな、次の料理まで時間あるさかい。自己紹介でもしときましょか。

 ウチの名前は藤宮ふじみや瑠那るな。『京都の水を守る会』の会長をやらせてもらっとります」

「『京都の水を守る会』?」

「せや。京都ってなあ、水の街なんや。例えば川なら鴨川、宇治川、桂川。湧き水なら染井の井戸、醒ヶ井、縣井戸の三名水。貴船神社っちゅう、水の神様を祀っとる神社もある。この街に住んどる人間はそういう川や湧き水に慣れ親しんで暮らしてきたんや。

 せやけど、ほら、あるやろ? 環境破壊。いけずな東国モンが水場を荒らしに来たらたまったもんやない、って話があって、そういうのを防ぐために、京都のおじいちゃん、おばあちゃんたちが集まったのが、『京都の水を守る会』や」

「へー」


 なるほど環境保護団体か、と思っていたら輝が強張った顔で補足した。


「勘違いしないように言っとくが、この会には京都の金持ちの上から10人が参加してるし、代議士もかなりの数が顔を出してるからな」

「えっ」

「輝くん。上から10人やないで。花札屋が入っとらんもん」


 あっ、環境保護団体の皮を被った利権団体か。チェーンソーのプロの仕事で押し入ったことが何度かある。で、瑠那はその利権団体の会長、と。うん?


「ってことはお前もどっかの会社の……?」

「残念。ウチはただの広告塔やで。お父様が藤宮グループの会長なんや」

「藤宮グループって……まさか、化粧品の『フラウデルーン』の?」


 雁金が食いついてきた。


「そんなに有名なのか?」

「有名も何も女の子なら誰でも憧れる超高級ブランドですよ。ね、アケミちゃん」

「そうそう。『ひと塗りで貴族のお肌に』がキャッチコピーのファンデーションなんて、あっという間に売り切れちゃったんだから!」

「へー」


 化粧はよくわからないけど、なんか人気で売れてるのはわかった。

 そわそわする雁金とアケミの話題を継いで、ケビイシが付け足す。


「はは。確かに『フラウデルーン』は有名だが、あれはおまけみたいなものだ。

 藤宮グループの中心は藤宮製薬。日本有数の製薬会社で、延命治療や終末医療に関する薬を研究している。高齢化社会が進む日本では欠かせない企業でなあ。年商は……9000億円だったか?」

「今年度は1兆円見込んどるで」

「いっちょうえん」


 なにそれこわい。


「他にも医療機器の開発・製造、化学薬品の製造・販売、農薬や食料品なども作っているな。グループ全体の総資産は4兆円を超える」

「はえー」


 よくわかんないけど凄い金持ちだってことはわかった。

 瑠那が凄い金持ちだと解説してくれた楓は、そのまま自分の自己紹介を始める。


「では、このまま私も名乗っておこうか。私は八雲やくもかえで。こちらの大鋸おおがてるくんとは結婚を前提としたお付き合いをさせてもらっている。以後、よろしくお願いするよ、御義兄様おにいさま

「ッ!?」


 輝が味噌汁を吹き出した。


「待て待て待て待ていきなり何言ってんだお前!?」

「何って……私たちの関係を親戚の方に紹介しているだけだが?」

「時と場合を考えろ! 今、今言うことかそれぇ!?」

「言うことだろう。君、何度お願いしても私を実家に連れていってくれないではないか。父にあれだけの啖呵を切ったというのに、自分の親に紹介するのは照れくさいなど、笑止であるよ。

 だから御義兄様が来たこの瞬間を逃すわけにはいかないのだ。ほら、時と場合を考えているだろう?」

「今! 現在! 仕事中! ナウ! It's 公私混同! OK!?」

「わかったよ。恥ずかしがり屋さんめ」


 そう言うと、輝の彼女は改めてこっちに向き直り、自己紹介した。


「私と輝、それに外で警備についている土井さんと橋本さんは、検非違使ケビイシだ。千年前からこの京都の霊的守護を司っている。つまり、あなた方同様、怪異と戦うプロ集団ということさ。以後、よろしく頼む」

「ケビイシって……」


 女の言葉に、俺は驚いていた。


「お前の名前じゃなかったのか……」

「そこに驚くのかい」

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