Fleur de lune(2)
ただ、リアル検非違使の楓が言うには、それは表の仕事にすぎないそうだ。検非違使の本当の仕事は、京都をうろついている怪異を退治する事だった。そのうち武士が活躍する世の中になると、警察の役割は武士に取って代わられ、検非違使は怪異退治専門になった。それが現代でも続いているという話だ。
「京都の秘密組織って感じか。うん、大体わかった」
「それ以上の理解は御義兄様には求めんよ」
何か腹立つ言い方だな。まあいいや。それより気になってることがある。
「で、なんでウチの輝も検非違使になってるんだ? 俺の弟なら長野県出身だろ? 京都は何も関係ないだろ」
「あー、それはな。大学なんだよ」
輝が答える。大学? 大学の授業で怪異退治とかやるのか? どういうゼミ?
「兄貴が八尺様のせいでいなくなった後に、俺は高校を受験して卒業して、それからこの京都の大学に通うことになったんだ。
はじめは普通に理工学部で研究しようと思ってたんだけど、ほら、京都って怪異が多いんだよ。それで俺は過縄村の大鋸一族だろ? 怪異と縁があるからよく襲われてな。その度にチェーンソーでぶった切ってた。そしたら、楓と会ったんだ」
輝が隣の彼女に視線を送る。それを受けて楓が喋りだした。
「私はその頃には既に検非違使でね。京都を騒がす怪異を追っていたのだが、それを輝が倒してしまったんだ。チェーンソーで。
いやはや驚いたよ。検非違使にもチェーンソーのプロはいるが、まさか同じ大学にいるとはね」
いるんだ。検非違使にも、チェーンソーのプロが。
「そういう訳で、俺は大学に通いながら怪異を倒す事になったんだ。楓と一緒にな」
「初めて聞いた時はビックリしたわあ。楓が男連れてるんやもの。大学デビューかと思たし」
「ククッ、その頃はまだ付き合ってないぞ。告白されたのは2年の冬だ」
瑠那が入れた茶々を楓は平然と受け流す。その様子を見てひとつ思うことがあった。
「そっちの二人も何か知り合いだったりするのか?」
「おお、ご明察。ウチと楓はなあ、幼馴染なんよ」
「私の親は検非違使長官で、瑠那の父は検非違使の筆頭スポンサーなんだ。同い年の娘同士、自然と仲良くなったという訳さ」
こっちもこっちでお嬢様だったか。大学生をやりながら怪異退治って忙しくないかって思ってたけど、そういう生い立ちなら納得だ。
マンガとかドラマだとこういういい所のお嬢さんはコンプレックス持ちで暴走しがちなんだけど、楓の自信満々の態度からはそういうのは感じ取れない。多分、輝がなんとか解決したんだろうなあ。
「お疲れさん、輝」
「何を偉そうに」
めちゃくちゃ毒づかれた。辛い。
「あの、検非違使についてはわかりました。ですが、やっぱりわからないことが」
雁金が瑠那に問いかける。
「なんや?」
「結局どうして私たちは襲われることになったのでしょうか? 先輩が言う通り、私たちは観光に来ただけなんですけど」
そうだ。結局のところそれだ。何で喧嘩を売られたのかが説明されてない。
すると楓が言った。
「ふむ。端的に言うと、君たちが銀行強盗だと勘違いしてしまったのだ」
「誰が悪人面だ」
確かに職質されやすい顔だけど、強盗に勘違いするのはいくらなんでも失礼だぞ。
「違う違う、兄貴の顔じゃなくて」
輝が割って入る。
「今なあ、京都で怪異の銀行強盗が暴れまわってるんだよ」
「えーと、それって『銀行強盗』の怪異ってことか?」
「逆だ。複数の怪異が組んで、京都の銀行とか会社を襲ってる」
「なんだそれ」
聞いたことがないぞ、怪異がそんな真面目な犯罪に手を出すなんて。
「人間じゃないのか? 本当に怪異なのか?」
「ああ。ちょっとコイツを見てくれ」
輝が近付いてスマートフォンの画面を見せてきた。俺たちはそれを覗き込む。
どこかの銀行の防犯カメラの映像が写っていた。誰もいない深夜の銀行。突然、入り口のシャッターが破られる。入ってくるのは変なマスクを被った銀行強盗たちだ。釘打機を持ってる奴。マチェットを持ってる奴。削岩機を持ってる奴。チェーンソーを持ってる奴。刀を持った奴。素手。そいつらが湧き出してきた式神をあっという間に倒してしまう。
「確かに普通の人間じゃないな」
「でも怪異が銀行強盗なんてわからないなー。盗んでいったのって、お金? 必要ないでしょ」
アケミが言う通り、怪異に金は必要ない。大抵のものは盗むなり奪うなりすれば済むからだ。メリーさんみたいに買い物そのものを目的としてるような怪異なら話は別だけど、そういうのは少数派のはずだ。
「金は確かに盗んでる。だけど美術品とか、証券とか、そういうのにも手を出してる。ただ、問題はそこじゃないんだよな」
「って言うと?」
「襲われた銀行や会社は、全部藤宮グループと付き合いがある所なんだ」
「あー。そういう方向性か」
銀行強盗だけど目的は金じゃない。藤宮グループにダメージを与えることが本当の目的ってわけだ。
「あるいは、会社やなくてウチが狙いかも。だから怪異を使うとるのかもしれへん」
瑠那が呟く。
「っていうと?」
「ほら、ウチ、『京都の水を守る会』の会長やから。もしも何かあったら、京都の結界が台無しになってまう」
「結界?」
どうして利権団体が結界なんてファンタジーな話に絡むんだ、と思っていたら楓が説明してくれた。
「水の流れというのは一種の結界なのだよ。鴨川、桂川、天神川、京都を流れるさまざまな川は、京都の外から怪異が入り込むことを防いでいる。
それに、各地に作られた堀や大きな水道管も、怪異を祓う結界として機能するようにしている。
こうした結界を維持するために、瑠那に資金面で協力してもらっているのさ」
なるほど。瑠那に何かがあって、『京都の水を守る会』がスポンサーから手を引いたら、怪異を抑え込めなくなるってことか。
「会社が狙いか、結界が狙いか。どっちかはわからねえけど、とにかく誰かが京都を狙ってるのは確かだ。そこで俺たち検非違使が本社の守りを固めたり、瑠那のボディーガードについたりしてたんだ。そしたら、検非違使の本拠地の二条城にチェーンソーのプロが怪異を引き連れてやってきた。
楓がそいつらの監視についた。初日は大人しくしてたけど、2日目に瑠那が隠れている伏見稲荷大社に来やがった。それで、瑠那の護衛についていた検非違使全員で迎え撃ったんだよ」
輝たちの予想通り、敵は瑠那を狙って……いや、ちょっと待て。
「それ、ひょっとして俺ら?」
「そうだよ」
たまたま怪異が暴れている所に、たまたま怪異を連れた俺たちがやってきた。
「タイミングが最悪だったな……うん」
「んな訳あるか。怪異と観光なんてありえねえだろ。本当は何するつもりだったんだ兄貴」
「本当に観光だよ」
「マジ……?」
輝はメリーさんとアケミの方を向いた。
「何なんだ、アンタら?」
「私、メリーさん」
「アケミです」
二人が名乗ると、輝はますます困惑した。
「え、兄貴、マジで何やってんの?」
「だから観光だよ」
「そうじゃなくて! どうして怪異と知り合いみたいなツラしてんだ! 襲われるだろ普通!」
「うん、確かに襲われたんだけどな」
「は?」
「メリーさんは何度か会ってるんだけど、その度に決着がぐだぐだになって、なんかやる気が無くなってなあ。そのうち遊びに付き合えって言うようになってきたから付き合ってる」
輝は口を半開きにしながらメリーさんを見た。メリーさんは、どうだっ、って感じに胸を張っている。
「……えっと、じゃあそっちは?」
「アケミか? こっちも最初は家まで乗り込んできてチェーンソー振り回してたんだけど、八尺様をブッ殺した時に色々助けられてな。今はメリーさんと一緒に山の麓のセーフハウスに住んでる」
輝は口を半開きにしながらアケミを見た。アケミは顔を赤らめてうつむいている。
「それじゃあ……そっちの、えっと」
「雁金です」
「雁金さんは?」
「こいつは怪異じゃないぞ?」
「わかってんだよそんなこと! なんで兄貴と一緒に行動してるんだって意味だ!」
「観光で……あ、これはわかってんだっけ」
俺だって何度も言われりゃ学習するよ。
「えーと、2年くらい前に居酒屋で知り合ってな。俺の後輩だって言うからLINE交換して、それからしょっちゅう飲みに行ってる」
「そ、そうか。割と普通な……後輩って、高校? 大学? 中学じゃないよな? 前に会ってたら覚えてるだろうし……」
「いや、後輩じゃない」
「は?」
「後輩ってのは雁金が勝手に言ってるだけなんだ。こいつは埼玉出身だから、全然関係ない」
輝は口を半開きにしながら雁金を見た。雁金は申し訳無さそうな顔でうつむいている。お前はタチの悪い怪異に取り憑かれてて一杯一杯だったろ。そんな顔するんじゃない。
「兄貴さあ」
「うん」
「人付き合い考えろよ。なんかもういろいろ可哀想だろ」
「そんなこと言ったってお前……全員身内だし、今更だろうがよ」
「み、身内?」
「うん。親父と母さんにも紹介したし」
輝は盛大なため息をついて、雁金たちの方を見た。
「あのー、皆さん方。弟の俺が許しますんで、コイツぶん殴ってください」
「もう殴りました」
「だよなぁ! クソがよ!」
輝が投げつけたおしぼりが、手裏剣めいて顔面に直撃した。
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