Brother
乱入してきたのは輝で間違いない。3つ下の俺の弟だ。最後に会ったのは記憶を失う前だから、中学生だったか。すっかり大きくなっちゃったけど、面影は残っている。
「お前、なんでこんな所に?」
「そりゃこっちのセリフだ! 兄貴、なんだってこんなバカな事しやがった!?」
輝は凄い形相で食って掛かってくる。なんだか物凄い怒ってる。なんだ、俺は何もしてないぞ。
「いや、俺は……」
「輝、気をつけろ! その人、物凄く強いぞ!」
ケビイシが叫ぶと、輝は舌打ちした。
「わかってるよそんなの! 二人がかりでやるぞ! 合わせろ!」
「あの、観光……」
俺が理由を説明する前に、輝が斬りかかってきた。おかしい。昔はもっと頭がいい子だったはずだ。こいつ本当に輝か?
どっちにしろ黙って斬られる訳にはいかない。振り下ろされるチェーンソーを受け止めようとして。
「ッ!」
とっさに防御を止め、後ろに下がる。急激に変化した輝の斬撃軌道が、俺の服の袖を浅く斬り裂いた。輝は間髪入れずに間合いを詰めて、俺の手首を狙ってチェーンソーを突き出してくる。そいつをチェーンソーではたき落とし、反動を使って振りかぶり、頭へチェーンソーを振り下ろす。輝は体を回転させてそいつを避け、その勢いで俺の後ろに回り込んだ。俺もすぐさま振り返って、胴を狙った斬撃を受け止める。そして、チェーンソー発勁。今度はどっしり構えていたから、輝が一方的に吹き飛ばされた。
「クソがっ! 昔より腕上がってんじゃねえか!」
「いやお前も大概だよ!」
しかし今の交錯でわかった。やっぱり輝だ。動きといい構えといい、親父そっくりだ。大鋸一族に伝わるチェーンソー柳生で間違いない。しかし、相手が輝となるとマズい、非常にマズい。
輝、俺より強いんだよ。
「っしゃあああ!」
輝が踏み込み、喉を狙ってチェーンソーを突き出してくる。届かない距離のように見えるけど、輝の間合いは半歩伸びる。だから余裕を持って避けないといけない。今回も、気持ち大きく避けたのに刃が首をかすめていった。いつもの感覚で避けたら斬られていただろう。
大きく避ける分、こっちが反撃するタイミングは限られる。その数少ないチャンスを捕らえて、チェーンソーを繰り出す。しかし輝はそれにもしっかり反応して、斬撃を上から抑えた。と思いきや、チェーンソーの刃を回転させ、俺のチェーンソーを下から跳ね上げようとする。
「やべっ!」
慌ててチェーンソーを引っ込め、後ろへ下がる。あれは剣道の巻き上げみたいな技だ。完璧に決まると手からチェーンソーが魔法みたいに飛んでいく。危ないところだった。
体勢を立て直そうとして、嫌な予感がして横へ飛び退く。案の定、頭上の鳥居からメスが降ってきていた。ケビイシが瞬間移動させたんだろう。危ないところだった。いや、今まで何度か忘れてたから、そこで刺されてたらアウトだった。ひょっとして、メリーさんみたいな自由な瞬間移動じゃないのか? そういえば、あいつ、ずっと鳥居の側にいるな。
まさかと思って千本鳥居が並ぶ参道から出てみる。輝が厄介そうに顔を歪めた。なるほど、この方が有利なんだな。ついでに鼻で笑って手招きしてみる。
「ざけんじゃねえぞコラァッ!」
頭に血が上った輝が突っ込んできた。うん、頭も腕もいいんだけどカッとなりやすいんだよな。そういうところは昔から変わってない。
向かってきた輝の顔めがけて、足元の土を蹴り上げる。輝は横に動いて避けた。それに合わせて踏み込み、チェーンソーを振り下ろす。輝はなんとか防いだけれども、横移動でバランスを失っていた所に攻撃を叩きつけられてバランスを崩した。そのまま押し切ろうとチェーンソーに力を込める。すると輝は自分から後ろに転んだ。押そうとした勢いで俺もつんのめる。その足を狙って、輝がチェーンソーを振るう。むりやりジャンプして避けたが、その隙に輝は器用に転がって立ち上がった。
やっぱり強いな。得意なパターンに持ち込んでも逃げられる。だけどこっちも負けてられない。何しろ俺がここに来たのは……。
「うん?」
いや、なんで観光に来たのにチェーンソー振り回してるんだ俺は。輝がなんかキレてるから応戦してたけど、怒られるようなことはしてないよな? ちょっと誰か、事情を説明してほしい。
「はい、はーい。そこまで。全員武器をおろしなはれ」
よく通る女の声が響いた。見ると、白いスーツの女が鳥居の下に立っていた。
「うおっ」
女の姿を見た時、思わず声が出た。美人だったからだ。それも、そんじょそこらの美人じゃない。助走をつけて殴りかかってくるような凄みがある美人だった。
黒髪は艷やかで、着ている白いスーツとコントラストになってむちゃくちゃ映えてる。スタイルもいい。モデル体型だ。それが千本鳥居なんて幻想的な場所にいるもんだから、観光ポスターの中に入り込んだかのような錯覚に陥る。まじてなんだこの美人。気を抜いたら打ちのめされそうだ。
「ひええ……」
実際、アケミが女を見て呆然としている。女の目から見てもヤバいか、そうか。
だけど、襲いかかってきた連中の慌てっぷりはアケミとは桁違いだった。
「ふ、藤宮サン!?」
「バカ、なんでここに……逃げろ!」
輝もケビイシも、他2人も俺らから離れて女の周りを固める。盾になってでも守ってやる、って感じだった。
しかし女は平然と、むしろ呆れた様子で、一歩も動かない。
「あんなあ、落ち着きや。ウチのこと大事に思てくれるんは嬉しいけど、あちらさんは刺客やあらへんで?」
「そんな訳ないだろう! 怪異を二人も連れているんだぞ! おまけにチェーンソーのプロもいる!」
ケビイシが女に食って掛かる。すると女はポケットからスマホを取り出した。
「今、連絡があってな。河床銀行の宇治支店が襲われたそうや」
「いや、だから彼らは陽動で、そっちが本命……」
「襲撃したのは6人全員やって。チェーンソー使いもおったそうや。お父さん、今頃てんてこ舞いやと思うよ?」
「え、ええ……?」
女が話せば話すほど、ケビイシの顔から毒気が抜けていく。えーと、これはつまり?
「あのー」
雁金が女に話しかけた。
「なんや?」
「私たち、昨日から観光で京都にいるんですけど、一体何が起こってるんですか?」
すると女は、んふっ、と笑みを漏らした。
「観光やってよ、楓ちゃん」
「じゃあ、じゃあその怪異は……」
「観光!」
元気よく答えるメリーさん。アケミも隣で頷いている。その様子を見てケビイシは真っ赤になって俯いてしまった。
「隙間があったら入りたい……!」
「勘違いやったねえ」
女はケラケラ笑っている。とりあえず、俺らは悪くないってこと?
「えーと、そしたら言っときたいことがあるんだけども」
「なんや?」
女に向かってチェーンソーを突きつける。
「お前ら、勘違いでこんな事してただで済むと思ってんのか?」
笑ってごまかせると思うなよ。いきなり突っかかってきて人の旅行をめちゃくちゃにしやがって。
一瞬、気持ちが緩んでいた輝たちが顔を引きつらせる。ただ、中心の美女だけは平然としていた。
「せやね。これはどう見てもウチらが悪いわ。せやから旦那はん方、お詫びにお昼、ごちそうさせてくれへん?」
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