KEBISHI
京都旅行、2日目。俺たちは伏見稲荷大社に向かった。千本鳥居という、ものすごい数の鳥居が並んだ道が有名なところだ。行ってみるとガイドブック通り、鳥居のトンネルがあった。写真で見るよりもずっと多い。いや、実際の数は増えてないんだろうけど、迫力が桁違いだ。
「ふおお……」
「おおー……」
メリーさんたちも立ち並ぶ鳥居を前に、言葉を失っている。こんな光景、ゲームや映画でもなかなかお目にかかれない。観光スポットになるだけある。
「えーと、そろそろ行くか?」
みんなずっとボーっとしていたので、俺の方から声を掛けた。すると、メリーさんたちはハッと我に返った。
「そ、そうね。行きましょ行きましょ」
圧倒されてたんだなあ。
気を取り直した俺たちは無数の鳥居を潜り始めた。どこまでも同じ形、同じ色合いの鳥居が続く風景は、異世界に迷い込んだかのように錯覚させてくる。神隠しに遭う、って噂が流れても仕方ないと思えるくらいだ。
しばらく歩いていると、鳥居と鳥居の隙間に人影が見えた気がした。あれっ、と思って目を凝らしてみるとけど、誰もいない。
「あれっ」
そこで気付いた。
「どうしたの?」
「いや、なんか人が少ないなー、って思って」
人気の観光スポットって聞いてたけど、俺たち以外に観光客はいない。時間帯とかあるのかな。それとも定休日なのか? いや、神社だ。定休日なんて聞いたことがない。そしたら工事してて今日は入れませんとか、そういうのか? でもそれだったら入り口の所に看板が立ってるだろうしなあ。
「なあ、お前ら」
他の客を見たか、と聞こうと振り返ったら驚いた。メリーさんとアケミがチェーンソーを手にしている。雁金は素手で身構えている。旅行にショットガンは持ち込んでいない。いやそうじゃなくて。
「どうしたお前ら」
「気をつけて、翡翠。ここ、異界よ」
メリーさんの言葉に俺は耳を疑った。ここが異界? 戸惑いながらも感覚を研ぎ澄ませてみると、異界特有の、鳥の声も聞こえない静けさと空気を押しつけられるような圧迫感を感じ取れた。
確かに異界だ。他の客がいないことも納得できる。しかし、異界だとしたら何が出てくる? 伏見稲荷大社といえばお稲荷さん、ってことは狐か。エキノコックス……!
「あー、いやはや。勘の鋭い方々だ、まったく」
後ろから声。振り向くと、さっきまで誰もいなかったはずの鳥居の下に、気怠げな表情の女が立っていた。髪は緩やかなウェーブがかかっている。黒いハイネックのセーターと白いスラックスを身に付けて、その上から白衣を羽織っている。
狐じゃない。というか和風要素が1ミリも無い。研究室でビーカーやフラスコを眺めているのが似合ってそうな見た目の女だった。
「誰だお前」
「ケビイシだ」
ケビイシと名乗った女は右手を顎にあて、左手を右肘にあて、考え込む仕草を取る。
「さて、ふむ……人間、怪異、怪異、人間。怪異憑きかどうかはともかくとして、4人か。甘く見られたものだな」
「何がだよ」
「その程度でこちらの備えを突破できると思っているのか、という意味だ」
周囲に複数の気配。あちこちの地面から黒い陽炎が立ち上る。陽炎はゆらゆらと寄り集まって、人の形を取った。あからさまに怪異だ。ケビイシが呼び出したのか、それとも。どの道やるしかない。
「アケミ、チェーンソー1本貸してくれ」
「はい」
アケミからチェーンソーを受け取る。小型の電動チェーンソーだ。いつも使っているガソリンエンジンのチェーンソーに比べたらパワーも刃渡りも頑丈さも物足りないけど、チェーンソーであることには変わりない。
陽炎の怪異たちは、俺たちを取り囲んでにじり寄ってくる。俺はチェーンソーのスターターを……引こうとして、電動だってことを思い出した。えーと、セーフティーロックを外して、このトリガーを引くと……おお、回った回った。よし!
「せっかくの旅行を台無しにしやがって、全員ぶった切ってやるからな!」
啖呵を切って前に出た。手近な陽炎に斬りかかる。陽炎は腕を掲げてチェーンソーを防ごうとして、そのまま真っ二つにされた。黒い陽炎はもやになって、霧散する。斬っても斬れないとか、再生するとかそういうわけじゃないらしい。
次の陽炎が腕を伸ばしてくる。身を引いて避け、突き出された腕をチェーンソーで斬り飛ばす。怯んだ所に踏み込んで、胴体を横一文字に薙ぎ払う。後ろから別の陽炎が襲いかかってくる。すぐに振り返って、チェーンソーで防ぐ。回転刃に触れた陽炎の手はズタズタに切り裂かれた。手を引っ込めた陽炎の頭にチェーンソーを突き込む。そんなに強くないなこいつら。
メリーさんたちの方を見ると、やっぱり楽勝のようだった。メリーさんは相手の攻撃を避けながら的確な反撃を繰り出し続けている。アケミは小型チェーンソーの二刀流で陽炎と次々と斬り倒している。
ケビイシに視線を向ける。相変わらずの気怠げな表情で、特に何をすることもなく突っ立っている。味方が圧倒されているのに、だ。ということは。
「先輩! 右です!」
雁金が叫んだ。右に目を向けると、林の中から弓を構えた男がこっちを狙っていた。すぐに横に跳ぶ。同時に矢が放たれ、さっきまでいた所を通り抜けていった。やっぱり本命がいたか。ケビイシに目を戻す。手に何かの液体が入ったフラスコを持っている。それが手品みたいに一瞬で消えた。
反射的にその場を飛び退いた。俺の頭上にあった鳥居からフラスコが降ってきた。地面にぶつかって割れ、泡立つ危なそうな液体を振りまく。頭から浴びてたらヤバかっただろう。
「んなっ!?」
奇襲を見破られたのが意外だったのか、ケビイシは驚いて動きを止めた。バカが。こっちはしょっちゅうメリーさんの遊びに付き合ってるんだ。瞬間移動を使えるやつがどこを狙ってくるかなんて、考えなくてもわかる。
陽炎の怪物を蹴散らしつつ、ケビイシに突進する。ケビイシは背を見せて逃げる。その姿が鳥居の柱の陰に隠れると、一瞬で消えた。辺りを見回すと、少し離れた鳥居の影からケビイシが姿を現したのが見えた。だめだな。逃げ足が速い。他を狙おう。
周りに目を向けると、メリーさんには刀を持ったYシャツの男が、アケミには薙刀を持った袴姿の女が挑みかかっていた。更に離れたところからは弓兵が何人かいるし、陽炎の怪異も相変わらずいる。ヤバそうなのから順に対処していこう。
まずはYシャツの男に迫る。男はメリーさんと相対しながらも、キッチリこっちに気を配っている。多分コイツが一番できる。下手に踏み込んだら斬られそうだ。
そういう訳で近くにいた陽炎の怪異を腰から一刀両断する。そして、吹っ飛んだ上半身の首根っこを掴む。元々が陽炎だった怪異は、半分にされて片手で余裕で持てるくらいに軽くなっていた。それをYシャツの男に向かって投げつける。
「ちょおま!?」
Yシャツの男は驚きながらも、飛んできた陽炎の塊を切り払った。そこに踏み込む。男はすぐに刀を戻して俺のチェーンソーを受け止めた。大した反応速度だが、鍔迫り合いなら負けない。膝の曲げ方を変え、大地を蹴り、その勢いを余すことなく胴体から腕へ伝える。チェーンソー発勁!
「なんじゃあっ!?」
突然膨れ上がった圧力に堪えきれず、男は吹っ飛ばされた。
「メリーさん!」
「任せて!」
すぐさまメリーさんが斬りかかる。体勢が崩れた男は斬撃を防ぐのに手一杯だ。あれなら攻め続ければ何とかなるだろう。
次はアケミに襲いかかっている薙刀の女だ。駆け寄ると、女は薙刀を振り回してきた。遠心力が乗った重い刃が斜め上から迫る。そいつを屈んで避けながら、柄に向かってチェーンソーを突き出す。刃は金属だが柄は木だ。チェーンソーの敵じゃない。あっさりと切断できた。薙刀の刃だけが飛んでいく。これでコイツは丸腰同然だ。
「先輩!」
雁金が叫んだ。女へのトドメを中断し、その場から飛び退る。あっちこっちから矢が飛んできた。少なくとも4,5人はいる。銃じゃないから動き回ってれば当たらないけど、危ないったらありゃしない。ケビイシの瞬間移動にも気をつけなくちゃならないし。
どこから手を付けようか、と考えていると、低いエンジン音が轟いた。メリーさんのチェーンソーとは違う。もっと大型だ。音は参道の入口の方から聞こえていた。そっちに目を向ける。物凄い勢いで走ってくる男がいた。人相が悪くて三白眼。青いジャケットと白いシャツを着て、青のスラックスを履いている。手にはごつい手袋を嵌めていて、ガリガリと駆動するチェーンソーを握っていた。
「おおおおお……っ!」
そいつは俺に向かって一直線に走りながら、チェーンソーを振りかぶった。新手か。上等だこの野郎。
「らあっ!」
「せいっ!」
掛け声が重なる。ふたつのチェーンソーがぶつかり合い、凄まじい音を立てる。衝撃が止まりかけた瞬間に踏み込んで、チェーンソー発勁を叩きつけようとする。
「ッ!?」
向こうからも衝撃が来た。顔を見ると、新手の男も目を見開いて驚いていた。お前もチェーンソー発勁か!
ふたつの発勁がぶつかり合う。足から昇った衝撃は、腕を通して相手に伝わる。そして相手に伝わると、逆回しにしたかのように胴体から足へ、そして地面に返っていく。その結果、お互いの足元の石畳にヒビが入った。
「……ッ!」
「ぐ、ぬう……!」
そんな衝撃を体に通されたんだから、そりゃ無反応じゃいられない。腹をブン殴られたようなものだ。それでも歯を食いしばって耐える。体は俺の方が大きい。相手の鍔迫り合いが少しだけ緩んだのを見逃さず、腕力で押す。
「オラアッ!」
押し切れるかと思ったけど、男はチェーンソーで衝撃を受け流しながら下がった。発勁といい、チェーンソー捌きといい、こいつは立派なチェーンソーのプロだ。今までの雑魚とはモノが違う。しっかり相手を見定める。
改めて見た相手の顔は、まだ驚いていた。いや、さっきよりもますます驚いていた。どうした。
「あ……」
男が口を開く。
「兄貴……?」
えっ、あれっ、あっ!?
「
間違いない、弟の
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