Autumn tunnel
改めて生八ツ橋を頼んでメリーさんの機嫌を直してから、俺たちは次の観光スポットに向かった。
北野天満宮。学問の神様、菅原道真を祀った歴史ある神社だ。アケミがおすすめしてきたのと、二条城から近かったから今日の観光コースに加えていた。
境内に入ると、あちこちに奇妙な生物の石像が置かれていた。狛犬じゃない。座り込んでいるし、顔も凛々しくない。どっちかっていうとふてぶてしい。
「なんだこれ?」
「ぶちゃいく……」
アザラシみたいな生き物の石像を前にして、俺はメリーさんと一緒に首を傾げる。すると、雁金が言った。
「ああ、牛ですよ、これ」
「牛?」
言われてみれば牛に見えなくもないような?
「菅原道真公が埋葬される時、道真公の遺言で、遺体を背負った牛が立ち止まった所に埋めたんです。ですからこの神社では、牛が神の使いとされているんですよ」
「へえー」
感心していると、別の観光客が牛の像を撫でていった。なんかご利益があるらしい。俺たちもそれにならって撫でる。
「あと、道真公を襲った刺客を牛が返り討ちにした、なんて伝説もありますね」
「つよい」
本殿でお参りを終えると、アケミが別の方向を指差した。
「ねえ大鋸くん。もみじ苑に行こうよ」
もみじ。紅葉か。今は秋だからピッタリだな。そっちに行ってみると、列があった。どうやらここで入園料を払うらしい。ひとり1000円、こどもは500円。合計3500円か。
「んじゃちょっと並んでくる」
「はーい」
ほか3人を待たせて、俺は列に並んだ。そんなに長い列じゃないし、お金を払うだけだからホイホイ進む。
あと4,5人かな、ってところで、いきなり俺の前の隙間に女が割り込んできた。
「おいこら」
呼びかけると、女はギョッとして振り返った。モジャモジャ髪で、眠たそうな目をした白衣の女だ。
「並んでんだぞ、ちゃんと一番後ろに並べ」
拳を握りしめる。
「え、うそ……あー、ごめんごめん、ボーッとしてた、すまない!」
割り込み女はこっちが殴る前に大慌てで逃げていった。いや、並ばないのかよ。っていうかさっきの写真に写り込んだ奴か? やっぱり観光なのか? あの格好で? いや、観光なら並べよ。
「次の方どうぞー」
おっと、俺の番だ。調子狂ったが、気を取り直して観光だ。
お金を払うとチケットをもらった。和菓子の引換券がついていて、途中の休憩所でお茶とお菓子に引き換えてくれるらしい。
それを伝えるとメリーさんはめっちゃ喜んだ。
「あんみつ!」
いや、最中かもしれない。
和菓子はさておき、俺たちはもみじ苑の中に入った。
「おお……」
思わず声が出た。
視界が赤い。頭上を色づいたもみじの葉が覆い尽くされ、足元には散ったもみじの葉が敷き詰められている。まるで赤と黄色のトンネルだ。圧倒される。
アケミたちも、他の観光客も同じ気持ちらしい。口をぽかーんと開けて、もみじのトンネルを見上げている。
凄いけど、いつまでもバカみたいに突っ立ってる訳にもいかない。俺たちはもみじの道を進み始めた。どこもかしこも赤と黄色だから方向感覚が狂いそうだけど、一本道だから安心だ。
赤いな、本当に赤いな、凄い、この辺は黄色いな。そんな感想しか思い浮かばない。俺に風流なんてものはなかった。つらい。弟みたいに頭のいい奴なら、この良さをかっこよく伝えてられるんだろうか。
しばらく歩くと、ちょっと広くなった場所に出た。建物の周りに時代劇で見る赤い布がかかった椅子が並んでいて、沢山の人が座ってお茶菓子を食べている。ここが休憩所か。入り口でもらったチケットと引き換えに甘いものを貰えるんだろう。
お茶とお菓子を引き換えて、早速食べようと思ったら、ひとつ問題ができた。4人席が空いてない。2人席なら2つ空いてるけど、結構距離が離れてる。
「どうする?」
「早く食べたい!」
「お茶が冷めちゃいますしね」
「じゃあ私と大鋸くん、メリーさんと雁金さんで」
「いやアケミさんはメリーさんの面倒見ててくださいよ」
「早く食べたい!」
「グーパーで決めるぞグーパーで」
結果、俺とアケミ、メリーさんと雁金で2人組みになって座ることになった。貰ったお菓子を手にとる。あられだ。ポリポリ食べると、上品な甘さがする。それからお茶をすすると、甘さと苦さがうまい具合にマッチして絶妙だ。
お前はどうだ、とアケミの方を見てみると、お茶にもお菓子にも手を付けずに、ぼんやりと視線を彷徨わせていた。
「……幸せだなあ」
「どうした急に」
呼びかけると、アケミは体を傾けて俺に体重を預けてきた。
「覚えてる? 修学旅行の時のこと」
「うん?」
「ほら、私たちが京都に来た時って、5月だったじゃない? だからこのもみじ園は開いてなかったし、梅の花も咲いてなくて、見所があんまりなかったの。それでがっかりしてたんだ、私」
「そういやそうだったか」
あんまり覚えてない。やっぱり10年の月日は厳しい。
「そうしたらさ、言ってくれたよね、大鋸くん。ちゃんとした時期にもう一度来よう、って」
「あー、そうだったかな」
言ったかもしれない。その頃は俺もアケミの事が……いや、『保科明美』の事が気になってたし。少しは格好つけるような事も言ってておかしくない。
「大鋸くんは覚えてなくても、私は嬉しかったんだよ。誘ってくれたんだって。
だけど私、その後病気になっちゃって。約束が果たせないって思って、辛かったなあ……」
ぎゅ、とアケミが俺のズボンの裾を握る。
「だけどね。死んで、怪異に成って。こうして大鋸くんに会えて約束を果たせた。それが幸せだなあ、って思ったの」
「……そうか」
気の利いたことなんて思いつかない。寄りかかってくるアケミの体を支えることくらいしかできなかった。
――
北野天満宮でお参りを終えた後は、近くの蕎麦屋に入った。京都といえば蕎麦、らしい。アケミ調べだ。
「おつゆ、薄くない?」
「そうだなあ」
メリーさんが言ってる通り、めんつゆの味付けが薄い。そういえば、関西の蕎麦つゆは関東よりも薄いって聞いたのとがあるのを思い出した。
「でも、だしが効いてておいしいんじゃない?」
「そうですねー」
アケミと雁金は気にせず食べてる。うーん、好みが分かれる味付けなのか? ナスの天ぷらはおいしいんだけどなあ。
それから少し散策して、やってきたのは本日のメインイベント。拝観料を払って道を進むと、見えた。金ピカの建物が。
「ふおお……」
「すっごい……」
金閣寺。名前の通り、ゴールデンな建物だ。壁が全部金箔。金色じゃない。金を貼ってる。金塊でできたお寺が湖の上に、でん、と乗っかってるみたいだ。しかもそれが池の水面に映って、視界のゴールデンゾーンが2倍になっている。金ピカの威圧感も2倍だ。圧倒される。
「すげえ……」
こんな月並みな反応しかできない。
「これ、建てるのにいくらかかったのかしら……?」
「億……じゃ足りないよなあ」
「兆とか行ってるんじゃないですか?」
うん、雁金が言ってるくらいの値段にはなってそうだ。
そう思っていると、アケミがとんでもない事を言った。
「でも1回燃えてるんだよねー」
「は!?」
これが、燃えて!?
「なんか、放火されちゃったんだって。で、全部燃えて建て直したらしいよ」
「信じられねえ……こんなの燃やせるわけねえだろ」
想像してみる。ライター片手にあの黄金寺院に近付く自分を。今みたいに池を挟んで離れたところから見てるわけじゃない。あの黄金が目の前にある。それにライターで火をつける? いや無理だろ。黄金の迫力が強すぎる。
その後もいくつか観光名所を巡った。さすが京都だ、ちょっと歩くだけで由緒正しい神社仏閣が無限に出てくる。
だけど時間は無限じゃない。あっという間に日が暮れる。俺たちはレンタルの着物を返すと、ロッカーで荷物を取って旅館に向かった。4人部屋のプランで、雁金は自腹を切ってるから、こっちの支払いの割にはそこそこいい旅館だ。料理はいいのが出るし、温泉じゃないけど大浴場がある。歩き通しでくたくただったから、早速風呂に入った。
いい感じに疲れがほぐれたので、浴衣に着替えて脱衣所を出る。そのまま部屋に戻ろうかと思ったけど、なんとなく旅館の中をフラフラしてみた。すると、おみやげコーナーに佇んでいる、浴衣姿の雁金を見つけた。
「おう」
「あ、どうも」
「何見てんだ?」
「これを」
雁金が見ていたのは、一抱えほどの大きさがあるぬいぐるみだった。二足歩行のゆるキャラのぬいぐるみで、背中には黒い羽が生えている。
「なんだこれ」
「てんぐるみ、らしいです」
「てんぐるみ?」
商品名を見てみると、『てんぐるみ』と書かれていた。天狗? これが? 鼻も長くないし、くちばしも生えていない。しかもカメラを持っている。天狗らしいのは背中の羽くらいだ。作った奴は天狗を何だと思っているんだ。
「欲しいのか?」
「いや、なんだろこれ、って思いまして」
売れ残りじゃないかな。埃被ってるし。
あんまりたむろしてるとお店の人に迷惑だから、俺たちはおみやげコーナーから離れてラウンジに移動した。
雁金が自販機で缶ビールを買ってきた。いい感じに冷えてる缶を受け取る。雁金は缶を開けると、俺に向かって軽く突き出してきた。俺も缶を突き出す。アルミ缶同士がぶつかる軽やかな音。それからビールに口をつける。ほろ苦い炭酸の喉越し。
「……ふぅー」
声が重なる。風呂上がりのビールは、うまい。なんだかおっさん臭いけど、うまいもんはうまいんだからしょうがない。
「旅先のビールは格別ですねえ」
「そうだな。部屋の冷蔵庫にもあったっけ。後で飲むか?」
「だめですよ、未成年の前じゃ。メリーさんが飲みたいって言い出したらどうするんです?」
「怪異って未成年なのか?」
「……どうなんでしょ?」
そんなとりとめもない話をしながら、俺たちはビールを呑む。
「メリーさんとアケミは、まだ風呂か?」
「はい。ゆっくりしていくって。いろんなお風呂があるんですよ。全部制覇するって言ってました」
「お前はいいのか?」
「いえ、私は……炭酸電気風呂とかは、ちょっと……」
変な風呂もあるのか。しかし、せっかくの旅行だから、変な風呂も試してみればいいのに。そう思った俺は、ついでにちょっと気になってたことを聞いてみる。
「うーん、雁金」
「はい?」
「ひょっとして俺。心配されてる?」
「はい?」
雁金は首を傾げた。
「いやほら、メリーさんもアケミもキャッキャ騒いでたけど、お前だけずーっと静かだっただろ? 楽しくないんじゃないかなって思ったんだ。
それにこの旅行だって自腹切ってついてきただろ。なんでかなー、って思ってたけど、ひょっとして俺が心配でついてきたのかなって。
そしたらなんか、こう、悪かったなあ、って」
俺の言葉を聞いた雁金は、深々と息を吐いた。
「やっぱりわかってない」
「えっ、なんかごめん」
つい謝ってしまった。すると雁金はジト目で俺を睨みつけて喋り始めた。
「あのですね、先輩、私だけ仲間はずれにしようとしてたって自覚あります?」
「仲間はずれ?」
いやそんなつもりは。
「メリーさんと、アケミちゃんと、一緒に旅行に行くって言っておいて、私を誘わないっていうのが仲間はずれ以外の何になるって言うんですか」
「だって、メリーさんのワガママに付き合わせることになるし、迷惑だろ」
またしても溜め息を吐く雁金。
「先輩、私たちが付き合って何年になります?」
「えーと、3年目」
「それぐらい経ってたらね、相手に少しくらい迷惑かけてもオッケーなんですよ、フツー」
「そうなの?」
「私はそうです」
「でも旅行で自腹切らせるのは迷惑レベルが高くないか?」
「そういうラインは見切ってくださいよ、先輩」
「無茶言うな」
雁金はビールを呷る。不機嫌そうだ。だけどなあ。
「どうせ旅行に行くなら、お前が行きたいところがいいだろ」
「んえ?」
「今日の旅行はメリーさんが行きたいって言うから選んだ場所だけど、お前はお前で行きたい観光地とかあるだろ?
それなのにメリーさんに付き合って、それで一日つまんなそうな顔させるのは……なんか、申し訳なくてな……」
どうせなら楽しんでもらいたかった。だけどそもそも雁金が来たいっていうから来たわけだし。でもやっぱりつまらなそうだったし、どうすりゃ良かったんだ、俺は。
「……はえー」
間抜けな声。顔をあげると、雁金がバカみたいに口を開けてこっちを見ていた。
「何だその顔?」
「はっ、やっ、いえ。先輩ってそんな顔もするんですね」
「ええ……?」
どんな顔だったんだ、今の俺。
「や、いえ、あのー。誤解しないで欲しいんですけど。楽しくなかったわけじゃないです。ええ。むしろ凄く楽しかったです」
「でも全然ワイワイしてなかっただろ」
「メリーさんやアケミちゃんみたいな子供じゃないんですから、あんなに騒ぎませんよ。
それに私が読んでたのは案内板でしたから。あっちこっちに史跡の由来があって、それを読むのに夢中だったんですよ。特に北野天満宮なんかは書籍にも載ってない情報がありましたから参考になりましたね。今日知ったことだけでも、原稿のネタになりそうです」
早口。こりゃ本当に楽しんでたみたいだ。
「それに」
雁金の口調がトーンダウンする。
「先輩と一緒に出かけるのが迷惑だなんて、思うわけないじゃないですか」
雁金の顔は赤い。俺も同じだろう。こんなストレートに言われるなんて、滅多になかった。
テーブルの上に置かれていた雁金の手に、自分の手をそっと乗せる。
「ごめんな」
雁金は黙って頷いた。
しばらくそうしていたけど、離れたところを別の客が歩いていったのが見えて我に返った。こんなの多人に見られたら死ぬ。
「そろそろ部屋に」
「待って」
雁金は俺の手を手放すどころか、熱を持った手でぎゅっと握り締めてきた。
「もう少し、休んでいきません?」
――
部屋に戻るとメリーさんとアケミがうろうろしながら両腕をばたつかせていた。
「何してんだ?」
「じっとしてられなくて」
「わちゃわちゃ」
なんなの。
「あれ、雁金は?」
「あー……風呂に入り直すって」
「さっき入ったばっかりじゃない」
「やっぱりいろんな風呂に入っておきたいって言ってた。電撃炭酸風呂とか」
「えー。大丈夫かなー?」
「危ないのか? 風呂なのに?」
「危ないっていうか、血行が良くなりすぎて……」
「わちゃわちゃが止まらなくなる……」
それでさっきから動き回ってるのか、お前ら……。
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