反省会

「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛」


 これしか言えねえ。


「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ、大鋸くん?」

「先輩、今回ばかりは反省してください」

「バカ!」

「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛」


 いやほんとこれしか言えねえ。雁金が言う通り、今回ばかりは心の底から反省している。

 こっちが言う通りにしてたのにアケミが撃たれたし、警察が思ったよりも弱かったから、なんでもかんでも暴力で解決しようと思った俺がバカだった。世の中には警察以外にもハイパー暴力がたくさんいることをすっかり忘れていた。軍隊とか、戦車とか、八尺様とか。

 そんな暴力の世界チャンピオンたちの中でもとびきりヤバい奴、筋肉の神マッチョ・ゴッドに死ぬ寸前まで殴られたら、ごめんとしか言えない。雁金が止めてくれなかったら、本当に死ぬまで殴られていただろう。


 今は大きな病院の個室に閉じ込められている。腕は手錠で繋がれているし、部屋の外には見張りの刑事がいる。その上、両サイドを雁金とアケミに、膝の上をメリーさんに固められている。ちょっとでも変なことをすればスリッパでひっぱたかれる。

 窓は開いてるけど5階だ。人が死ねる高さだ。窓枠とパイプを伝えば下までいけるかもしれないけど、今の俺には無理だ。


 何しろケガがヤバい。いや、ケガってレベルじゃない。瀕死の重傷だ。

 無茶な戦い方をしたもんだから、筋肉痛を通り越して筋肉が断裂している。骨が折れているところもある。あと腹に銃弾が食い込んでた。これは手術で取ったけど、体に空いた穴はすぐには塞がらない。

 でも一番やばいのは顔だ。筋肉の神にボッコボコにされたせいで、頭蓋骨に何十ヶ所もヒビが入ってる。喋ると痛い。食べると痛い。寝ると痛いし、起きても痛い。そのせいで顔はギブスと包帯で完全に覆われてる。今の俺ならエジプトのピラミッドにいても違和感がないと思う。


「ほんと感謝しなさいよ。アンタ、あと一歩で人間辞めてたんだから」

「二度とこんな事すんじゃねェぞお前……」


 ベッドの側には陶と吉田もいる。同じ病院に入院している九曜院のボディーガードをしていて、俺が目を覚ましたと聞いたからこっちに来たそうだ。


「人間辞めてたって……そんな大げさな」


 雁金たちもそう言ってたけど、いくらなんでもそれはないと思う。そりゃあ、ちょっと法律は無視したけど、背中から羽が生えてきたとか、人間の血を吸うようになったとか、そういうことはなかったし。


「人間は車を蹴っ飛ばしてひっくり返したりしませんよ?」


 うん、まあ、それはそう、だな……。


「それにねえ、あんた。だいぶ前からよ。自覚無かったの?」

「いや……?」


 特に変なことはなかったな。血が青色になったりとか、人肉を食べたくなったりとかもなかったし。疲れ知らずになったり、車を蹴っ飛ばせるようになったのもついこの間の話だ。


「……ムカデ退治の時、覚えてない? そこのアケミちゃんを纏ってたじゃない」

「ふえっ!?」


 いきなり話題を振られて、アケミがすっとんきょうな声を上げた。


「怪異と合体……っていうか同調? 共鳴? あんなの見たことも聞いたこともないから、なんて言えばいいかわからないけど、真っ当な人間ができることじゃないわよアレ。

 あの時にはもう、あっち側に片足突っ込んでたと思うんだけど。なあに、ひょっとしておかしいと思ってなかったの?」

「いや……だってメリーさんともやってたし」

「ぴゃっ!」

「おうっ!?」


 突然、メリーさんが俺の横っ面をスリッパでひっぱたいた。痛い!


「急に恥ずかしい話しないで!?」


 メリーさんの顔が真っ赤だ。そういやそうだった。ダブルチェーンソーの何が恥ずかしいんだろうか。わからん。

 横を見ると、アケミも顔を赤くしていた。パワードスーツチェーンソーの何が恥ずかしいんだろうか。わからん。


「いやしかし、アレってそんなにヤバいのか?」

「おかしいと思わなかったの?」

「めちゃめちゃテンション上がってる時にしかならないから、考えてなかった」


 怪異だから、そういうこともあるだろうなあ、と。


「片足どころか首まで突っ込んでない?」

「班長、それはもう全身突っ込んでます」


 陶のツッコミ。でもそれは前屈かもしれない。いやそういう問題じゃないな。


「まあ、本当に怪異にはならなかったから大丈夫だろ」


 大事なのはそこだ。なんやかんや鬼になりかけたけど、俺は今でも人間のままだ。それでいいだろ、ハッピーエンド。


「よくないです」


 地獄めいた声で雁金が呟いた。


「おうっ?」

「何も良くないです、先輩。今回はたまたま踏みとどまったけど、次はどうなるかわかりませんよ。原因を解決しないと」

「お、おう……」


 威圧感が凄い。

 

「吉田さん、どうして先輩は怪異になりかけたんですか?」


 雁金の問いかけに、吉田は眉間にしわを寄せて答えた。


「あたしも詳しい理論は説明できないんだけどね。まあ、条件が揃えばそういうことがあり得る、って話は聞いたことがある。

 まず、チェーンソーに絡んだ事件がいくつも起きてて、それを大勢の人があんたの仕業だって信じたこと。今回だったら警察ね」

「俺はやってないって」

「実際はともかく信じたことが問題なのよ。それにあんた、今回の事件以外でも、チェーンソーで暴れてるでしょ。それもある。

 で、次に、多くの怪異と遭ったってこと。あんた、今までどれくらいの怪異に遭った?」


 どれくらいって言われると、なあ……。


「雁金、どれくらいだっけ?」

「種類で言ったら、200は超えてるんじゃないですかね」

「お前ら……」


 陶がドン引きしてるけど、俺だって遭いたくて遭ってる訳じゃない。ほとんどは向こうから来てる。


「縁も十分ってわけね。

 あとは、これが一番大事なんだけど……あんたが怪異になるにふさわしい噂が流れてるかどうか。自覚はある?」

「いや」


 俺の仕事は万次郎さんが揉み消してる。知られたら偉い人がたくさんクビになるから、噂にはならないはずだ。

 ところが吉田はためいきをついた。


「あんのよ。『チェーンソーの鬼』の噂が」

「は?」


 知らん。聞いたことない。雁金の顔を見てみるけど、首を横に振っている。


「冗談だろ?」

「冗談じゃないっての。裏社会の連中や、怪異の間で流れてる噂よ。チェーンソーを持った鬼に出会ったら終わり。戦車だろうが、飛行機だろうが、仏だろうが神だろうが斬られるって話よ」

「チェーンソーをなんだと思ってんだ? 木を切る道具だぞ?」

「え?」


 誰の声だかわからなかった。全員でハモらないで。

 いやでも、神様はともかく戦車とか飛行機は無理だろどう考えても。仏様は……会ったことないからわかんないな。


「まあ、噂は噂よ。あんたにゃ無理でも、それができた人間とか怪異がいたのかもしんない。弘法大師の伝説と同じよ」

「そいつもチェーンソーのプロだったのか?」

「違う違う。昔の人でね、日本中の井戸とか泉を作ったって伝説があるの。

 もちろん、本当に弘法大師がその伝説に関わったとは限らない。作ったのは弘法大師とは別のお坊さんだったかもしれない。だけど大勢の人が信じてるってことが重要でね、それらの伝説は全て弘法大師のものとして認知される。

 あんたの場合も同じよ。全然知らない怪異がチェーンソーで戦車を斬ったのかもしれない。でも、その話は『チェーンソーの鬼』のものとして認知される。そういう噂の代表として、あんたが選ばれちゃったワケ」

「マジかよ……」


 全日本チェーンソーのプロ代表か。自慢できるんだろうか。いや、そもそも濡れ衣だから自慢にはならないか。


「なら、吉田さん。その3つの条件をなんとかすれば、先輩は大変なことにならずに済むんですね?」

「まあね。一番は怪異に遭わないようにすることなんだけど……」


 全員の視線が、俺の膝の上のメリーさんに集まった。頬を膨らませて、絶対に動かないぞという意思表示をしている。


「それは無理として。なんとかすべきは警察よねえ。事件の容疑者になってる限りは、みんながあんたをチェーンソーの鬼だと思うもの」

「そうだ。全部警察が悪い。濡れ衣なんか着せやがって。警察出てこい!」


 俺が叫ぶと、病室のドアが開いた。


「呼ばれて来ました、警察です」


 あの工場にいた警察が立っていた。


「……黙秘します!」


 俺は布団を頭から被った。

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