平家の落人(1)

 入り口を越えた後もいくつか罠があったが、雁金のお陰で俺たちは安全に進むことができた。

 しばらくすると急に視界が開けた。ささやかな田んぼと畑が広がっている。その先には、数十軒の家が身を寄せ合うように建っている。

 燃え尽きたはずの落人たちの村が、そこに蘇っていた。村の周りには篝火が焚かれ、見張りの影も見える。間違いない。あそこに"萩"と"山姫"がいる。


「さてどう攻める、"火荒神"? 前とは違って、全軍があの村に集っているが、正面突破するか?」


 "火荒神"は首を横に振った。


「"山姫"が人質にされる。救出を優先したい。まずは回り込もう」


 "火荒神"が後ろに呼びかける。


「皆さん、明かりになるものは全て消してください」


 言われた通り、懐中電灯やライトを全て消した。

 獣道から森に入り、山の中を抜けて村の右手に回り込む。村の方が俺たちに気付いた様子はない。今のところは上手く隠れられている。


「ここからは?」

「"山姫"は村長の屋敷に囚われていると思う。俺と"樵"、それと雁金さん。この3人で屋敷に忍び込む」

「え、雁金も連れて行くのか?」

「ここに来るまで、彼女のお陰で罠を全て外せただろう? 屋敷に忍び込むのにも役に立つ。それに、銃が欲しい」


 振り返ると、雁金は自慢げに胸を張っていた。現代社会であまり役に立たないスキルを自慢されても……。


「成松のアニキと住職は、皆さんを率いてここで待機してください。そして、合図をしたら村に攻め込んでください」

「合図ってのは?」


 本職オーラが一番高い人が尋ねる。


「銃声です」

「よしわかった。任せとけや」


 隣ではお坊さんが頷いている。高橋さんの親父さんだ。"萩"の役だった高橋さんを心配してここまで来たのだろう。


「……すみません、高橋さんの……ああ、いや、息子さんのことなんですが」

「うん?」

「手は尽くしますが、その、万が一があったら……」

「ああ。そうなってたらやってくれ。気にするな、その時はアイツが力不足だっただけだ」


 住職さんは意外と平気そうだった。そんなに覚悟を決めているのだろうか。余計に申し訳ない。


「よし、行くぞ、"樵"」

「おう」


 俺たちは森から出て、村へと向かった。枯れた田んぼへ降りて、あぜ道の影に隠れて進む。どうやら見張りは気付いていないようだった。

 村の中に忍び込む。ここからは、勝手知ったる平家の落人村だ。"樵"の案内で屋敷の裏口に周り、見張りを無可動チェーンソーで殴り倒し、奥の屋敷、すなわち"山姫"の部屋に入った。

 案の定、"山姫"はそこにいた。縄で柱に縛り付けられているが、見たところ怪我はしていない。奴らが大事な姫君に傷をつけることはないとわかってはいたが、それでも"山姫"の姿を見てホッとした。


「……姫、ご無事ですか」

「ッ、何よ、今度は誰!?」


 俺が呼びかけると、"山姫"は怒鳴り返してきた。うん、仮面は被ったままだけど、これはメリーさんだ。"山姫"は"火荒神"や"樵"と違って、神にも霊にもならず成仏したらしい。ホッとしたような、残念なような。


「メリーさん、私です! 雁金です!」


 俺の後ろにいた雁金を見て、メリーさんは目を丸くした。


「あれ……? じゃあ貴方、翡翠?」

「おう」

「何よ。姫なんていうからあいつらの仲間と思ったじゃない」

「すまん」


 俺のせいじゃない。"樵"がついポロッと言ってしまったんだ。

 "火荒神"が刀で縄を斬ると、メリーさんは自由になった。


「よし、逃げるぞ!」


 いつ見つかるかわからない。早く仲間と合流しないと。

 俺たち4人は来た時と同じ裏口から外へ飛び出した。


「そこまでだ」


 声と共に、何十本もの槍の穂先が俺たちに突きつけられた。

 俺たちを取り囲んでいるのは、奇妙にねじ曲がった仮面を被った、真っ黒な人型の何かだった。『千羽神楽』の舞台に乱入して、"山姫"をさらった奴らと同じだ。今は槍や刀を持って武装している。中には馬に乗った奴もいる。『平家の落人』だ。

 そして、それらを率いているのは、"萩"の仮面を被った男。


「高橋さん!」

「"萩"!」

「否、否よ」


 その男は、俺が呼んだ人物でも、"火荒神"が叫んだ人物でもなかった。


「我らは高橋にあらず、"萩"にもあらず。貴様らに滅された平家の鬼である」

「何だと!?」

「"火荒神"。貴様によって我らが一族郎党は滅ぼされた。憎んだぞ、恨んだぞ。故に我らは鬼と成ったぞ。貴様が治める千羽の地を滅ぼすために」

「バカヤロー! 平安時代から何年経ったと思ってんだ!? 大人しく成仏してろ!」


 じゃなかったらジッとしてろ。そんな気持ちで怒鳴ったが、平家の怨霊は睨みつけてきた。


「黙れ"樵"。我らが姫を"火荒神"に差し出した裏切り者などにはわかるまい。この恨みの深さ、例え盤石が擦り切れようとも尽きることはない」


 反吐が出る。ご立派に恨みを説いているが、こいつらが生きてる間にやったことと言えば、壇ノ浦にも駆けつけずに逃げ出し、この村に潜んで盗賊まがいの事をやっていただけだ。殺されてから平家の恨みを主張するなど、武士の風上にも置けない。


「何故、今更出てきた。『千羽神楽』は貴様らに効かなかったのか?」


 "火荒神"は刀で穂先を牽制しつつ、怨霊に問いかける。すると怨霊は吐き捨てるように答えた。


「忌々しきは"萩"の神楽よ。あれのせいで我らは千羽に近付けなかった。そのうちに、この村が森に呑まれ、道が廃れ、我らと千羽を繋げる縁がなくなった。

 そうして我々は数百年の間、この地に閉じ込められていたが……100年前、再び森が切り開かれ、道が通され、山に穴が空き、我らと千羽が繋がったのだ」

「……刃鳴トンネルか!」


 一度は山の中に消えた平家の落人村だったが、トンネルの開通によって再び現世と縁が繋がってしまった。それで、この怨念たちも活動を再開したのだろう。


「まさか、100年前、『千羽神楽』が失敗したのって……貴方たちが何かしたんですか?」

「その通りだ、小娘」


 雁金の問いに、怨霊は誇らしげに答える。


「再び千羽の地に舞い降りた我らは、"樵"の役者を呪い殺した。それでも次の年には『千羽神楽』が行われた故、今度は"萩"の役者に取り憑き、"樵"を襲った。"樵"が反撃して相討ちになったのは予想外だったが……ともあれ、目的は果たした。

 5年ほど『千羽神楽』の役者どもを呪い続ければ、誰も舞おうとしなくなった。

 そして100年。今年、『千羽神楽』の効力は完全に消える。我らが千羽の地を滅ぼす悲願の時が、ようやくやってきたのだ」

「バカバカしい。外の世界は変わっているぞ。貴様ら如きで千羽を滅ぼせると思うか?」


 "火荒神"が煽るが、怨霊は動じない。


「できるとも。既に貴様らも見ているではないか」

「何?」

「人の心は脆いものよ。息子を殺し、母親に反魂の術を教えれば、他人の犠牲を顧みず実行した。

 海に沈んだ者たちの無念を煽り立てれば、奴らは仲間を増やさんと生者に襲いかかった」


 思い出すのは、女将さんが俺にかけた呪い。そしてコンビニの途中で襲いかかってきた宇宙人みたいな奴ら。あれもこいつらの差し金だったのか。


「この100年、『千羽神楽』を妨げるための手段には事欠かなかったわ。人の世は我々の糧になる怨念が満ち溢れていたからな」


 くつくつと、怨念は高橋さんの体で笑う。勝ち誇ってやがる。それであんなにベラベラ喋るのか。

 周りの槍衾が焦れたように迫ってくる。それに気付いた怨霊が口を開いた。


「おう、すまない。待たせたな、お前たち。『出ろ』」


 号令。来るか、と身構える。

 ……来ない。仮面の人影がこっちを見たり、怨霊を見たりしている。なんか、困ってないか? そもそも出ろって何だ?

 見てみると、怨霊はブルブル震えて、手を握ったり開いたりしていた。何か様子がおかしい。


「待て、貴様。何だこれは。ええい、お前たち、かか『出ろって!』」


 怨霊が拳を握り締めたかと思うと、自分の顔面を思いっきり殴りつけた。

 "萩"の仮面が割れる。高橋さんの顔が顕わになった。すると、高橋さんの体から黒い影のようなものが流れ出していった。

 高橋さんは拳を開く。青白い光球が浮かび上がる。それを抜け出た黒い影に投げつけた!


「破ァ!」

『ウオオオオッ!?』


 光球が炸裂、黒い影が悲鳴を上げた。周りの人影もたじろいだ。


「ベラベラ喋ってくれてご苦労さん。だけどインタビューの時間は終わりだ。ご退場願おうか、この世から」

「高橋さん!」


 俺の叫びに、高橋さんは親指を立ててウインクしてくれた。鼻血が流れてるけど大丈夫か。


「メリーさんを助けてくれてありがとうよ。俺ひとりじゃ連れ出せないから、困ってたんだ」

「……まさか、わざと!?」


 気付いた"火荒神"が驚愕の声を上げた。

 高橋さんはわざと怨霊に取り憑かれていた。多分、その気になれば舞台で正気を保つ事も可能だったんだろう。だけどそれじゃあ、『千羽神楽』を妨害する奴らの正体がわからない。そこで敢えて取り憑かれることで、敵の正体を探ったのだ。


「ご先祖様の霊とケンカになった時の事を思い出したよ。あの時に比べりゃ楽なもんだ」


 そう言って鼻血を拭う高橋さん。

 寺生まれって凄い。俺は改めてそう思った。


「お、の、れ……!」


 割れた"萩"の仮面が、ひとりでに浮かび上がった。そして、高橋さんから追い出された怨霊の黒いもやが、仮面を起点に人の形をとった。

 周りの黒いの人影たちが槍や刀を構える。気を取り直したか。


「さて、平家の怨霊だけじゃなくて、そこらの野良怨霊もいるな。 結構数が多いけど、上手く逃げられそうかい?」


 高橋さんが聞いてくる。残念ながら、俺も"火荒神"も逃げるつもりはない。


「高橋さんは休んでてください。こっから先は千羽武者"火荒神"の仕事です」


 "火荒神"が刀を抜いた。白鞘を投げ捨て、正眼に構える。


「そういう事だ。"樵"として、昔の事にはケリをつけなくちゃならん」


 チェーンソーのスターターを引いて、エンジンを掛ける。低く唸りながらも、淀みのない音。いいエンジンだ。

 居並ぶ怨霊たちに向かって、俺と"火荒神"は名乗りを上げる。


「遠からんものは音に聞け!」

「近くば寄って目にも見よ!」

「我こそは、音に聞こえし甲斐の源正十郎"火荒神"なり!」

「三国に名を轟かせし出雲の平悪太郎"樵"とは我のこと!」


「「腕に覚えがあるならば、我らの首、見事獲ってみせよ!」」

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