平家の落人(2)
『小癪な……かかれ、かかれぃっ!』
怨霊の大将の号令で、雑兵たちが一斉に襲いかかってきた。槍の穂先が殺到する。チェーンソーを振るい、槍の柄をまとめて斬り飛ばす。
「オオオアアアッ!」
槍の間を駆け抜け、敵陣に突撃する。チェーンソーを振るう。雑兵が2,3体、一息で斬り飛ばされる。いつもより調子がいい。絶好調だ。俺の力だけじゃない。取り憑いた"樵"が力を貸してくれている。
居並ぶ雑兵たちに対して俺はチェーンソーを眼前に構え、猛然とタックルをかけた。
「どけどけどけどけぇっ!」
回転刃の体当たりを受けた雑兵たちは、轢死体の如くズタズタになって吹き飛んでいく。気分は千羽無双だ。
横を見ると、"火荒神"が多数の敵に囲まれながらも、次々と斬り伏せている。全く危なげない。時代劇みたいだ。向こうも向こうで、取り憑いた"火荒神"がいい仕事しているらしい。
前に顔を戻すと、雑兵の群れの向こうに大柄な影が見えた。騎馬武者。大弓が俺に狙いを定めている。
「やべえ」
その場に伏せる。頭の上を矢が通り過ぎていく。流れ矢を受けた雑兵の頭が粉微塵に吹き飛んだ。あんな威力だっけ!?
驚きながらも、近寄ってきた雑兵の足を切り裂き、立ち上がる。騎馬武者は二の矢を番えている。なんとかしないと厄介だが、さて近寄れるか?
そう思ったら、炸裂音が轟いて騎馬武者が馬上から吹き飛ばされた。
「先輩!」
見ると、雁金のライフルが煙を上げていた。その周りではメリーさんと高橋さんが、近寄る雑兵たちを倒している。
「兜首は任せてください!」
「でかした! お主こそ当代の李広よ!」
"樵"さん落ち着いてください。李広って言われて弓の名手ってすぐに連想できる人は、現代日本人にいません。
何? 雁金がえへへって笑ってる? あれ多分『お利口さん』って言われたんだと勘違いしてるんだと思います。
いやしかし。チェーンソーを振るいながら考える。
雑兵はともかく騎馬武者は厄介だ。チェーンソーの刃が届かないところから弓で狙ってくる。雁金だって百発百中じゃない。1人倒す間に2,3人が集まって来るとなると、いずれは数で押し切られる。
屋敷の中に立てこもるべきか、と考えていると、軍勢の向こう側で怒号が響き渡った。
「敵か!?」
高橋さんが叫ぶ。
続いて聞こえてきた銃声で、違う、と確認できた。こっちの味方だ。雁金の銃声を聞きつけて、本職の人たちと住職さんたちが加勢に来たんだ。
「味方です! 住職さんが助けに来てくれたんです!」
「親父が!?」
近くにあった家が轟音を立てて崩れた。土埃の中から現れたのは住職さんだ。何かデカい金棒を持っている。
「ヒカルゥ! いるかぁ!?」
「げえっ……ああ、元気だよ!」
「ハッハッハ! そうかそうかぁ! そいつは良かった! まだ取り憑かれてるようだったら、お父さんがブッ飛ばす所だったぞぅ!」
豪快に笑う住職さんの後ろから、騎馬武者が太刀を振り上げて襲いかかる。
「危ない、後ろ!」
「おっとぉ!」
振り向いた住職さんが、金棒を野球のバットのように構えた。金棒の打撃部分が、モーター音を上げて回転し始める。何あれ。
騎馬武者が迫る。太刀が振り下ろされる直前、バッター住職さん、振り抜いた!
「だぁらっしゃぁい!」
フルスイングされた高速回転金棒は、騎馬武者を馬ごとまとめてミンチにしながら吹き飛ばした。きりもみ回転しながら吹っ飛んだ騎馬武者の怨霊は、空中で粉々になって四散した。
「何あれ」
俺に疑問に高橋さんが答えた。
「マニグラインダーだ」
「マニグラインダー」
「マニ車にモーターをつけて金棒にした仏具だ。ヒヒロイカネ製で、回転部分には様々な経文が彫刻されていて、あらゆる怪異に効果がある。毎分6,000回転で生み出される功徳は、どんな悪念だって削り取る。親父はあれで恐怖の大王を来世にホームランしたっていってたな」
寺生まれのお父さんって凄い。俺は心底そう思った。
住職さんの後ろから、いろんな仏具を装備したお坊さんたちがお経を読みながら進軍してくる。迫力が凄いヤバい。お坊さんたちは仏具で意外とスマートに戦っている。
そう言えば、仏具って元はインドの武器だっていう話を聞いたことがある。武器になるのもわかる気がする。でも木魚は違うと思うんだ。
「オラァ! 全員ブチ殺したれぇ!」
逆側から銃声。こっちは成松さんが率いる本職の皆さんだ。お坊さんたち違ってありがたみはないけど、槍で銃に勝てないのは常識だ。雑兵も騎馬武者もバッタバッタと倒されていく。
挟み撃ちにされた怨霊たちはあっという間に押し込まれた。
『ええい、怯むな! 押し返せ!』
"萩"の仮面を依り代にした怨霊たちの総大将は、刀を手に喚き散らしている。増援に気を取られている。今がチャンスだ。
雑兵を蹴散らしていると、カラ馬に出会った。上の騎馬武者は雁金に撃たれて落っこちたようだ。鐙に足をかけて馬に乗る。怨霊でも馬は馬だ、すんなりこっちの言うことに従ってくれた。こんな形で乗馬免許が役に立つとは思わなかった。
「さて……狙うは大将首ただ一つ!」
拍車をかける。
馬が走る。
雑兵たちが馬に蹴られて吹き飛ばされる。
怨霊への道が開く。
向こうが気付いて刀を構える。
だが、もう遅い!
「御首貰い受けるッ!」
チェーンソーが唸りを上げる。刃が怨霊の首に食い込み、一息に斬り飛ばした。怨霊の首が宙を舞った。
次の瞬間、怨霊の体から黒い液体が溢れ出した。粘度の高い液体は見る間に広がり、地面を飲み込んでいく。
ヤバい、と思って馬を走らせ、液体から逃げる。飲み込まれた雑兵がズブズブと沈んでいく。
液体はある程度広がると盛り上がり、巨大な人の上半身の形をとった。高さは10m以上ある。筋骨隆々、腕が4本あり、それぞれに巨大な槍や刀を握っている。
『オ、ノ、レェェェ!』
ボスの第二形態か。周りの怨霊を吸収して巨大化したらしい。だけど巨大化は死亡フラグだ!
「もう一息だ! 押し切れ!」
"火荒神"の号令で、全員の矛先が怨霊へ向いた。
「ッシャア! 死に晒せェ!」
先陣を切ったのは本職の人たちの拳銃だ。銃弾が次々と巨体に刺さり、怨霊が怯む。
更に雁金のライフルが火を吹く。怨霊の顔らしき所に大穴が開いた。だが、周りの泥が傷を塞いでしまう。
『ヌウウウゥゥゥ!』
怨霊が雁金に刀を振り下ろす! 危ない!
しかし刃は高速回転するマニ車に防がれた。住職さんだ。すげえ筋力だな!?
と、驚いてる場合じゃない。馬を走らせ、刀を握る腕にチェーンソーを振り下ろす。丸太のような太い腕だが、丸太ならチェーンソーの出番だ。
回転刃が唸りを上げ、怨霊の腕は見事に切断された。
『ガアッ!?』
「大丈夫ですか、住職さん!」
「応ッ!」
住職さんは親指をビッと立てて応えてくれた。その後ろから人影が飛び出す。高橋さんだ。寺の人たちから受け取ったのか、例の丸ノコ、もとい回転法輪を手にしている。
『させるかァッ!』
怨霊が巨大な槍を横薙ぎに払う。それに対して高橋さんは、法輪を掲げた。
「刃ァ!」
法輪が怨霊の槍を細切れに破砕した。得物を失った怨霊はバランスを崩した。
「覚悟ォッ!」
そこに"火荒神"が突進する。白刃を両手で握り、矢のように怨霊の懐へ飛び込む。
『オオオォォッ!!』
怨霊は残った2本の腕の刀を"火荒神"に振り下ろすが、"火荒神"はその間に飛び込んだ。巨大な刃が地面の土を巻き上げる。
"火荒神"が跳んだ。刀が怨霊の心臓に突き刺さる。勢いは止まらない。斜めに斬り上げ、首、顎、そして頭!
心臓から顔面まで真っ二つにされた怨霊が、武器を取り落した。そして巨体が、ぐらり、と傾いだ。こっちに向かって倒れてくる。
「やっべ!」
俺たちは慌てて後ろに下がる。地響きと共に怨霊の体が倒れ込んだ。
怨霊は起き上がらない。やったのか。それとも死んだふりか。まだわからない。これで「やったか?」なんて言ったら起き上がりそうな気がする。
「やったの?」
やめろメリーさん!
案の定、怨霊は顔を上げ、油断して近付いたメリーさんの体を手で掴んだ。
「ちょっと……放しなさい!」
『"姫"……どうか我らに、号令を……!』
怨霊はしぶとく、メリーさんに、いや、"山姫"に懇願している。
『我ら平家の姫として……敵を討つ命令を、お頼み申す……! 姫の、平家の正しき血の令があれば、我ら平家は不滅なり!』
背筋にぞわり、と悪寒が奔った。マズい。
馬を走らせる。メリーさんを掴む腕を斬り飛ばそうと、チェーンソーを掲げる。だが、振り回された別の腕に吹き飛ばされた。
「ガッ!?」
馬から弾き飛ばされ、地面を転がる。
「先輩! 大丈夫ですか!?」
「雁金ェ! アイツを撃て! 奴め、姫を取り込むつもりだ!」
そうなったら、あやふやな『平家の落人』という伝承に『山姫』という芯ができてしまう。今とは比べ物にならない大怨霊が生まれてしまう。何より、メリーさんが……!
『虐げられた我々を! 不当に扱われた平家の皆を! 救うための礎となってくだされ、"山姫"様!』
「……あのねえ」
その時、メリーさんの"山姫"の面が怒りの形相を浮かべたように見えた。
「さっきから"山姫"、"山姫"ってウジウジと……!」
回転機構の音が響き渡る。
「私は! メリーさん!」
メリーさんの姿が消える。
「今、貴方の後ろにいるの!」
手の内から逃げられ、驚愕する怨霊の後ろに、チェーンソーを振りかぶったメリーさんが現れた。
怨霊が振り返る間もなく、背中にチェーンソーが突き刺さった。
「平家の姫でも! "山姫"でも! なあああい!」
咆哮したメリーさんが、チェーンソーの刃を突き立てたまま走る。首の傷口から更に下へ。背骨を割り開き、股下から切り抜ける。
半分斬られていた怨霊の体が、完全に真っ二つになった。暴れていた腕も、力なく地面に沈む。流石にもう、生き返りそうにない。
メリーさんはゼエゼエと肩で息をしている。その様子は、とても"山姫"のようなお淑やかなものじゃない。
彼女は姫様じゃあないんだな、とようやく実感することができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます