平家の落人(3)

 炎。炎。

 家が、畑が、森が燃えている。

 黒煙が空を覆い尽くし、焼け焦げた死体が地を埋め尽くす。


 これから向かう地獄もこのようなところか。そう考えると少し可笑しくなった。死ぬ前も死んだ後も、地獄にいることは変わりないか。

 我々は地獄に堕ちて当然だ。平家を名乗りながらも、主家の危機には遂に駆けつけなかった。命惜しさにこの地へ逃げて、盗賊となって生き足掻くだけの存在だった。鬼と呼ばれて、討伐軍を起こされて、こうして滅びるのは自明の理なのだろう。


 ふう、と息を吐く。全身が痛む。斬られ、刺され、殴られ、射られ。傷を負っていない場所はない。さして時をかけずにに死ぬだろう。それでいい。私も結局はこの鬼たちと同じだ。父に逆らう勇気が無く、壇ノ浦に駆けつけることも、盗みを止めさせることも、それらを恥じて死ぬこともできなかった。未練はない。


「……いや、それは嘘だろう」


 思わず、自分の心に言葉で反論してしまった。人生を綺麗に纏めようとして、心にもない事を思い浮かべてしまった。

 心残りはある。主家と共に海に沈んだ従兄弟。その娘。父が我々の旗印として強奪し、この地まで連れてきた姫。私の許嫁だった美しい人。

 彼女は今頃どうしているだろうか。千羽武者の棟梁の側にいるだろうか。棟梁は信頼に足る男だが、周りはそうとは限らない。正室や姑に意地悪をされたりしないだろうか。

 いや、信じよう。姫が愛し、姫を愛した男を信じよう。嫉妬は地獄に持ち越さない。炎で焼いてしまおう。


 意識が霞む。火に囲まれているのに寒い。そろそろか。承知した。


――


「これでよし、と」


 旧刃鳴トンネルにしめ縄が張られた。高橋さんと住職さんの共同作業だ。これで万一、平家の怨霊が復活したとしても、すぐには影響を及ぼさない。

 いろいろと騒動はあったけど、『千羽神楽』は無事に……いや、全然無事じゃないな。思いっきり中断しちまったけど、事件の元を断てたから結果オーライだ。

 来年からは、昔と同じように『千羽神楽』を執り行うつもりだそうだ。もう呪ってくる相手がいないし、存分にやればいいと思う。


「全部片付いたぜ。ありがとうな、手伝ってくれて」

「いや、高橋さんのお陰ですよ、今回は本当に……」


 確かに最後の大立ち回りで暴れはしたが、そこに至るまでは大体は高橋さんのお陰だ。宿屋の女将さんの呪いは高橋さんがいなかったら危なかったし、高橋さんが取り憑かれたふりをして平家の落人村を見つけてくれなかったら、黒幕は見つけられずじまいだっただろう。

 ……あれ、俺らいらなかったんじゃねえ?


「いや、"火荒神"と"樵"、"山姫"が揃ってなけりゃ、ここまで綺麗に怨霊は祓えなかっただろう。そもそも、雁金さんが四家の人たちを説得してくれなけりゃ、『千羽神楽』を復活させる事もできなかったからな」

「……ひょっとして高橋さん、最初からわかってました?」

「実は前から水上さんに相談されてたんだ。けど他の御三家が中々呪いを信じてくれなくてな……だから感謝してるっていうのはマジだぜ?」


 そう言われると少し気が楽になる。気を遣ってくれてありがとうございます。


「大鋸さん」


 鍋島が近付いてきた。


「今回は助けていただきありがとうございました。これは少ないですけど心付けです」


 そう言うと鍋島は俺に封筒を渡してきた。厚く、重い。


「いや……いやいやいやもう貰ったけど!?」


 ここに来る前に水上さんから今回の報酬は貰っている。二重受け取りは、相手が相手だけに、ヤバい。


「いえ、これは俺からの謝礼です。妻のことで」

「あー……いや、あれ別にお金もらうことのほどでも……」

「それに、ひょっとしたらまた雁金さんのお力を借りることになるかもしれませんから、前払いも兼ねて」

「なんだと?」


 雁金の方を見ると、火熊さんと真剣な表情で何かを話していた。打ち合わせっぽい雰囲気がある。


「……まだ何かあるのか?」

「多分」


 今日はもう帰るって言ってたから、これ以上の騒動はないと思うけど……大丈夫かなアイツ。あんまりああいう人たちに絡むと人生捻じ曲がるぞ。


「……わかった。その代わり、雁金に何かあったら、必ず連絡してくれ」

「わかりました」


 封筒を受け取る。雁金は後で叱っておくとして、こうすれば向こうに何か遭った時に俺も自動的に巻き込まれるはずだ。

 ……そこまでする義理自体はないけど、身内だし、知り合いだし、後輩だしな。どうにも好奇心で首突っ込んで酷い目に遭いそうだから、少しは面倒見てやらないと、不安で不安で仕方ない。


「ああ、そういえば、鍋島」


 ふと、聞きたかったことがあったのを思い出した。


「なんですか?」

「"火荒神"はいなくなったか?」

「……はい。"樵"は?」

「同じだ。朝起きたらどっか行ってた」


 俺たちに取り憑いていた平安時代の幽霊、"火荒神"と"樵"は、いつの間にか消えていた。あの奇妙な感覚はもう綺麗サッパリ消えている。


「成仏したのかな」

「また守護神や幽霊になってるかもしれませんよ」

「どっちだろうなあ」

「さあ? でも、心残りは無くなりましたから、スッキリしてると思いますよ」

「そうだな」


 そう思いたい。幽霊や妖怪のことなんて生きてる俺たちにはわからないが、いい気分でいてほしいのは確かだ。


「翡翠ー。そろそろ行くわよー」


 そしてここにも、いい気分でいてほしい妖怪が1人。メリーさんが呼んでいる。


「それじゃあ、そろそろ行きますんで。お世話になりました」

「こちらこそお世話になりました」

「おう。また遊びに来てくれ」


 高橋さんと鍋島に挨拶を済ませると、俺は雁金と水上さん、それにメリーさんが待つ車へと歩いていった。

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