犬鳴村

 刃鳴トンネル。千羽町の入り口にある150m程度の小さなトンネルだ。昭和に開通した古いトンネルで、今は近くに新しいトンネルができて閉鎖されている。

 ここはいわくつきのスポットらしい。トンネルの中でクラクションを3回鳴らすと呪われる。遊び半分で入ったカップルが惨殺死体になって見つかった。4時44分にあの世に繋がる。そういった噂がいくつもあるそうだ。だが、それらは所詮、噂でしかない。

 本当はもっとおぞましい真実があった。


「あの近くに昔、平家の残党が住んでいたんだ」

「それって……『平家の落人』のことですか?」


 雁金の確認に俺は頷く。


「ああ。奴らは刃鳴トンネルの近くに住み着いた。それで近隣の村を襲って、野盗まがいの事をしてたんだ」


 大人しくしていれば良かったのに、奴らはまだ平家復興を諦めていなかった。


「そこに"火荒神"が来たんです。平家の代わりにこの地を治める武士として」


 鍋島が俺の説明を継ぐ。この先は向こうの方が詳しいだろう。


「鬼の噂を聞いた"火荒神"は、近隣の神社の神主である"萩"と共に、落人の住処を偵察に行きました。そこで"山姫"と会ったんです。

 "山姫"は平家の姫でした。彼女は偶然出会った"火荒神"と恋に落ち、平家の"樵"の助けを借りて、村を抜け出したのです。

 平家の落人たちはすぐに姫を取り返しに襲いかかりましたが、"火荒神"は軍をもって返り討ちにしました。そして、討たれた平家を弔うために『千羽神楽』を奉納していたのです」

「じゃあ、『千羽神楽』は事実を元にしていたんですね……」


 後部座席の雁金が感心したように呟き、それから首を傾げた。


「でもそうしたら、どうして"火荒神"さんと"樵"さんは幽霊になって、しかも先輩と鍋島さんに取り憑いているんですか?」


 今、俺と鍋島には、かつての"火荒神"と"樵"の霊が取り憑いている。『千羽神楽』に関する真実も、彼らの霊から教えてもらったものだ。さっきまで知らなかった事実を、まるで自分が経験したかのように思い出せるのは、ちょっと不気味だった。

 そして、"火荒神"と"樵"が現世に残っている理由。それは。


「……"火荒神"は?」

「"樵"から先に言え」

「俺はほら、平家の裏切り者だからさ。この世に未練たらたらで成仏できなかったんだよ。だけどお前は何で残ってるんだ?」

「"萩"の言う通り『千羽神楽』を作ったが、それでも不安でな。不安なまま死んだら、何故か、この地の守護神になった」


 "火荒神"は神として、"樵"は亡霊として現世に残っていたらしい。

 そして『千羽神楽』が2人の霊を引き寄せ、役者である俺と鍋島に取り憑かせたようだ。


「じゃあ、"萩"さんと"山姫"さんも、2人に取り憑いて……え、でも"萩"さんはさっき先輩に斬りかかって……でも"萩"さんは"火荒神"さんの味方ですよね? あれ?」


 雁金は混乱している。無理もない。そこは"樵"だってわからないんだ。"火荒神"もそうだろう。

 だから、本人に聞く必要がある。


「ここだ、停めてくれ」


 鍋島の指示で、俺は車を停めた。目の前には、車止めで封鎖されたトンネルが黒々と口を開けている。

 『刃鳴トンネル』。石で作られた古びたトンネルだ。入り口には看板があり、『立入禁止』『白のセダンは迂回してください』と書かれている。

 トンネルの前には、火熊さんと本職の皆さん、それにお寺のお坊さんたちが集まっていた。俺たちに気づいた火熊さんが声をかけてくる。


「おう、来たか……ってなんだお前ら。着替えたのに仮面はつけっぱなしなのか?」

「これを外すと役が終わってしまうので」

「同じく」


 俺たちは動きやすいように舞台衣装から着替えていた。鍋島はカッターシャツにスラックス、そして厳つい"火荒神"の仮面。俺はシャツにジャケット、ジーンズ、そしてホッケーマスク、もとい"樵"の仮面。

 傍から見たら異常コスプレコンビだが、それでも仮面は外さない。外したら憑依が解ける気がするからだ。


「じゃあ、ここから先は俺たちが先頭で行きます」

「……大丈夫なのか?」

「そうしないといけない気がするんです」


 俺たちはトンネルの前に立つ。この先に、あの村がある。とうの昔に火に呑まれて、灰も残っていないはずなのに、村が蘇っていると確信できる。


「俺はここに残って守りを固める。鍋島、お前は半分と、寺の連中を連れて行け」

「ありがとうございます」


 火熊さんは部下を連れてトンネルの入り口を守るようだ。退路を確保してくれるのはありがたい。挟み撃ちにされたらたまったものじゃないからな。


「それと、頼まれてた武器だ。持ってけ」


 そして火熊さんは、車のトランクから白鞘の日本刀とチェーンソーを取り出した。刀は鍋島に、チェーンソーは俺に渡された。

 チェーンソーのハンドルを握る。なじむ。しっくりくる。千羽町に来て初めて持ったが、やっぱりこの重みは安心する。俺に取り憑いている"樵"も最新式の林業道具を持ててご満悦みたいだ。というか、結構真面目に木こりやってたんですね。武士なのに。


「似合ってますねえ。映画の殺人鬼みたいです」


 雁金がそんな事を言った。確かに、ホッケーマスクにチェーンソーといえば、アメリカの国民的殺人鬼のスタイルだ。

 違う、と頭の中で声が響いた。

 え、マジで?


「……あの殺人鬼はチェーンソーを使ったことがないそうだ」

「え、本当ですか?」

「ああ。"樵"が言ってる」

「幽霊さん映画に詳しいんですか!?」

「らしい……」


 俺もびっくりなんだけど、"樵"はホラー映画が好きらしい。亡霊なら映画館に不法侵入したり、サブスクで映画見てる人の後ろに立つことができるんだとか。

 ……ひょっとして、ホラー映画を見てる時に幽霊が出たって話のいくつかは、"樵"のせいじゃないのか? おい、何とか言え。幽霊に黙秘権は無いぞ。


「そろそろいいか?」


 腰のベルトに刀を差した鍋島が呼びかけてきた。


「お、おう」

「よし、行くぞ」


 準備ができた俺たちは、トンネルの中に入っていった。先頭は俺と鍋島、そのすぐ後ろにライフルを持った雁金。続いて本職の人たち、最後尾は寺の人たちだ。


「……いや待て、なんでお前がいるんだ」


 なんか当たり前のように雁金がついてきてる。


「先輩が先頭なので、後ろをお守りしようかと」

「やめろやめろ。危ないから火熊さんの所に戻ってろ」

「やーですよー。最後まで見たいです。それに、銃が必要な場面もあると思いますよ?」

「……そういえばお前、その銃、どうしたんだ?」


 雁金が持ってるライフルを見やる。千羽町に来る時は、狩猟じゃないから銃は持っていなかったはずだ。そもそも雁金が持ってるのはショットガンで、これとは違う。

 すると雁金は、ライフルをちょっと掲げて得意げに言った。


「火熊さんからお借りしました」

「うええ……」


 何で貸したの……。


「……出口だ」


 鍋島が呟いた。喋っている間にトンネルを抜けたらしい。

 トンネルの外は森になっていた。舗装道路が途切れている。本当なら新トンネルと合流する道が伸びているはずだ。『きさらぎ駅』の時のような、異次元空間に入ったか。

 獣道の側には看板が立っている。


『この先、日本国憲法は通用しません』


 わかりやすい。ここからは敵の勢力圏といったところか。振り向くと、お坊さんたちや本職の方々も状況を察して緊張していた。


「行こう」


 俺たちは静かに森の中を進む。明かりはないが、月が冴えている。歩けるぐらいの明るさは確保できていた。

 しばらく進むと、ボロボロの白のセダンが道の端に停まっていた。そして、反対側の道の端はうず高くなっている。

 近付くと、そこに積まれているものの正体がわかった。骨だ。一体何人分なのか検討もつかない量の白骨が積もっている。とんでもない。

 骨の山にビビりつつ、それとセダンの間を通ろうとする。


「待ってください」


 雁金に袖を引っ張られ、俺は足を止めた。


「どうした?」


 雁金は返事をせず、その場にしゃがみ込む。先の道をじっと見ていたかと思うと、車のタイヤににじり寄った。

 よく見ると、そこに紐が結び付けられていた。雁金は紐を外し、ゆっくりと地面に降ろす。カラン、と微かな音が聞こえたような気がした。


「オッケーです」

「今のは?」

「鳴子です」


 なるほど。罠か。そのまま通っていればガランガランと大きな音がして、敵に知られていたわけだ。


「よく気付いたな」

「山で罠を張る時は、こういう、道が狭くなる所に仕掛けるものですから」


 そういやコイツ、猟師だった。クッソ、ついてきてたのは正解だったじゃねえか。釈然としねえ……。

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