誰が家に泊まるのか

 『グリム兄弟団ギルド』の会長は予定が詰まってるから、すぐには日本に来れないらしい。その間に俺たちはいろいろな準備を済ませることになった。

 まずは返り討ちにした騎士団の死体の処理だ。俺ひとりじゃ手が足りないから、村から応援に来たチェーンソーのプロのみんなにも協力してもらって、どんどん死体を解体していく。


「ホンマ、派手にやったねえ……」


 様子を見に来た万次郎さんは引いていた。これだけの数を同時に解体するのは、この業界でも中々ない。みんな膝まで血に浸かりながら仕事してる。


「正当防衛だからな」

「過剰防衛って知っとる? まあ、ここまでやっても警察が出てこない辺り、向こうも後ろめたいことがあるんやろなあ」


 万次郎さんはいつものように事件を揉み消そうとしたんだけど、この大量殺人は警察に届けられてなかったそうだ。つまり相手も表にできない悪事を働いてたってことになる。


「『聖アンティゴノス教会』だったっけか。キリスト教の教会だからちゃんとした所かと思ってたけど、ひょっとしてカルト宗教だったのか?」

「いや、調べた限りじゃアイルランドの正式な教会や。だからこいつらは表に出ない裏の人員、ってことやろうな。ボクの調べじゃ海外まではわからんから、ハッキリしたことは知らんけど」


 万次郎さんはウチの村の政治部門を司ってるけど、その影響力は国内限定だ。外国が相手だとわからないことだってある。しょうがない。


「一応、輝くんに頼んで京都の支部には探りを入れてるけど、しらばっくれとるらしい。ただ、こっちから送った『荷物』が届いたらその日は大騒ぎだったそうや」

「そっかあ」


 解体小屋の隅に積み上げられた武具に目をやる。死体から剥ぎ取ったものだ。これは後で業者に引き取ってスクラップにしてもらう予定なんだけど、その中のいくつかを奴らの京都支部に送り付けた。効果は抜群だったらしい。

 最初は首を送ろうとしてたんだけど、万次郎さんに「鎌倉武士か?」って怒られた。そっちの方がインパクトあると思ったんだけどなあ。


「ああ、そうだ、万次郎さん。パスポート用意してくれないか?」

「海外に殴り込みかい。あんま気は進まんけどなあ」

「根本から絶たなきゃ雑草は何度でも生えてくるぞ。メリーさんとアケミ、あと雁金の分も頼む」


 まだ詳しい話は聞いていないけど、騎士団の本拠地に押しかける事になりそうな気はしている。その為には海外に出る必要があるけど、怪異のメリーさんとアケミはちゃんとしたパスポートが作れない。

 こういう時に頼れるのが万次郎さんだ。ちょっと時間をかければ偽造のパスポートを用意してくれる。


「行かなきゃアカンならしゃーないけど、暴れすぎには気をつけるんやで。海外じゃボクの手は届かんのやからな」

「おう」


 まあ怪異絡みなら普通の人には見つけられないし、大丈夫だろ。


 解体が一段落したから小屋を出た。山の空気を存分に吸い込む。閉じこもりっきりだと臭いがキツい。

 万次郎さんたちと一緒に山を降りる途中、大きな籠を背負ったトゥルーデに出会った。


「どうだ、必要なものはあったか?」

「はい! おかげさまで、土だけではなく薬の材料がいろいろと……あの、こんなに貰っていいのですか?」

「おう、持ってけ持ってけ」


 トゥルーデが背負っている籠の中には、山の土やその辺の草が沢山入っている。トゥルーデが言うには、これが薬の材料になるらしい。

 なんでも、『外国語が喋れる薬』を作るには、その言葉を喋っていた人間が埋まってる墓場の土が必要らしい。これから日本にやってくる『グリムギルド』の人数分の薬を作るには、結構な量の土が必要になる。

 だけど、墓場の土を掘り返している所が見つかったら警察沙汰だ。幸い、死体が埋まってるなら墓場じゃなくてもいいらしいので、うちの山で採ってもらうことにした。

 そしたらトゥルーデは、土以外に周りの草や植物も採っていっていいかと聞いてきた。ただの草だからいくらでも持ってけって言ったんだけど、そんな籠いっぱいに採ってくるとは思わなかったな。


「とても助かりました。古戦場や虐殺現場にしか生えていないような薬草、魔草が続々と……あの、この山、何なんです?」

「江戸時代くらいに物騒なことがあったんや」


 トゥルーデの質問に素早く答える万次郎さん。嘘は言っていない。

 その物騒なことが江戸時代から今まで、400年間ずっと続いてるってだけで。



――



 薬の材料を集めた後、グルードとトゥルーデは自分たちが泊まっているホテルへ戻っていった。

 そして俺たちも家に帰ろうとしたら、グルードから電話がかかってきた。


《襲われた》

「早速かよ」


 話を聞いてみると、どうやら駅に向かっている途中に、例の怪物に襲われたらしい。2人の相手じゃなかったから簡単に撃退したが、どうやら隠れて付け狙っていたそうだ。

 2人が狙われているなら、俺たちも同じように狙われているだろう。まあ屋敷の周りはチェーンソーの猫たちが固めてるし、俺は襲われても返り討ちにできる自信があるし問題ない。

 問題は雁金だ。


「お前……その、町中で銃とかぶっ放して大丈夫か?」

「ダメですね」


 捕まるよなやっぱり。あと、数で一気に押してくるから、装弾数が少ないショットガンだと押し切られると思う。こうなると雁金を1人で家に帰すのはマズい。


「河童のボディーガードサービスとかは……?」

「そこまではしてくれないみたいです。もう帰っちゃいましたし」


 雁金が連れてきた河童たちは、例の河童モドキを調べて『河童じゃない』と結論を出していた。死体には皿も甲羅もなかったし、当然だった。だからあれは、河童モドキじゃなくて『イヌモドキ』って呼ぶべきなんだろう。人間をむりやり犬に仕立て上げたみたいな形だし。

 とにかく、仲間が悪さをしていないとわかった河童たちは、巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりにそそくさと帰っていった。

 そういうわけで今の雁金をひとりにするのは心もとない。誰かが守る必要がある。


「誰か雁金の家に泊まるとか、どうだ?」

「うーん……」

「いやー……」


 メリーさんもアケミも微妙な反応だ。


「雁金の家まで送った後に帰ってきていいなら、行くけど」

「帰ってきちゃだめなんだよ。家に押し入ってくるかもしれないし」


 メリーさんならワープですぐに帰ってこれるけど、それじゃあ意味がない。何しろ今回、騎士団の連中は俺の屋敷に乗り込んできている。次に攻めてくる時は、家に火を付けるくらいやりかねない。

 2人がためらっていると、雁金がとんでもない事を言った。


「先輩が私の部屋に泊まってくれればいいんじゃないですか?」

「はああああッ!?」


 それはダメだろ、と俺が言う前に、アケミがすっとんきょうな声をあげた。


「だっ、ダメダメダメだよそんなのっ!? だってほら、雁金さんってひとり暮らしでしょう!? そんな所に男の人が出入りしたら噂になっちゃうじゃない! それにひとり暮らしの部屋に2人が住むってすっごい大変でしょう!? それも男の人が! そもそも入れるの? 女性専用アパートとかじゃないの!?

 それに雁金さんの家ってここから遠いんでしょう? そうしたら、大鋸くんのお仕事が大変になっちゃうじゃない! 雁金さんの家から山に行くまで何時間? 2時間、3時間? いや、っていうか家にいなくちゃならないから、大鋸くんが閉じ込められちゃうじゃない!

 ……まさかそれが狙い!? ドサクサに紛れて大鋸くんを独り占めするつもりなの!? そんなの絶対許さないんだから!」


 物凄い早口でアケミがダメな理由を並べ立てる。大体その通りなんだけど、最後は考えが脱線して変な事を口走っている。

 しかし雁金は余裕の表情で言葉を返す。


「まさか、いい大人を独り占めになんてしませんよ。子供じゃないんですから」

「……ッ! く、うう……っ!」


 アケミが顔を真っ赤にして歯ぎしりしている。今にもチェーンソーを持ち出しそうな勢いだ。一方の雁金は勝ち誇った笑顔。この前の写真のことといい、最近の雁金は押しが強い。ただ、全員の命がかかってる状況なんだから、落ち着こうな?


「そこまでにしとけ。雁金、お前がこっちに来てしばらく泊まれ」

「なるほど、先輩のアパートにお邪魔すると」

「雁金さん!」

「やめろって。俺はそこまで非常識じゃない」

「えっ」

「えっ?」


 雁金とアケミ、それにメリーさんまで俺のことを見つめてきた。なんで……?


「……この屋敷に泊まれって意味だよ。部屋は余ってるだろ、アケミ?」

「ん、余ってる、けど……」

「よし、それならいいな。雁金、これからアパートまで車で送るから、泊まりに必要な荷物を持ってこい。いいな?」

「……はーい」


 よし決まった。はい決まった。むりやりにでも決めてしまえば、多少文句があっても従ってくれる。これでよし。

 ……後で2人のご機嫌を取るのが大変だけど。

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