魔女と社長

 家の前に転がっている死体を全部積み込んだら、重すぎて車が動かなかった。プレートメイル、重すぎる。仕方がないので3回に分けて山小屋に運んだ。

 全部運び終わって屋敷に帰ってくると、特殊清掃の業者が家の前の血や脂を掃除してくれていた。万次郎さんが呼んでくれた、こういう時も黙って掃除してくれるプロの業者だ。アケミはちゃんと連絡してくれたらしい。

 ただ、玄関前にひとり、業者じゃない人間がいた。


「先輩、無事でしたか」


 雁金だ。ショットガンを持って、玄関前に仁王立ちしている。まだ連絡してないはずなんだけど。


「おう……? どうしたお前?」

「万次郎さんから聞きました。襲われたそうじゃないですか。どうして連絡してくれなかったんです?」

「なんか、怒ってないか?」

「怒ってないですよ」


 嘘つけ怒ってるだろ。


「いや、死体の片付けで手一杯でな。落ち着いたら呼ぼうと思ってたんだ」

「私にも関係してることですから、すぐに呼ぶのがスジじゃありませんか?」

「うん?」


 雁金に……関係してるか? あの騎士とか僧侶とかのファンタジー連中が?

 考え込んでいると、雁金は道の脇に寄せられた河童モドキの死体の山を指差して叫んだ。


「この河童モドキですよ! 一昨日調べてほしいって頼んだばかりじゃないですか!」

「あっ」


 そうだ。騎士に気を取られてて、怪異の河童モドキのことを忘れてた。これが河童かどうか雁金に確かめてもらってたっけか。


「すまん。まさか騎士と一緒に襲いかかって来るなんて思ってなくて……」

「だとしても、また出てきたならすぐに連絡してくださいよ。とにかく、河童モドキは河童の皆さんに調べてもらってますから。アレが何者なのかはすぐにわかります」


 言われてみると、河童モドキの死体を何匹かの河童が調べている。雁金が連れてきたんだろう。


「それと、河童さんたちにはメリーさんの猫と一緒に周りを見張ってもらってます。何匹か河童モドキが潜んでこの屋敷を見張ってましたよ。油断しないでください」

「おう……見張りを残してたか。すまん」


 尻尾を巻いて逃げたと思ったら、隙を伺ってたのか。知能が低そうな見た目なのに、妙な所で小賢しい。河童やチェーンソーの猫がいなかったら、また奇襲されていたかもしれない。

 ……なんか、猫に引かせた手押し車に乗ってうろついてるミイラ男がいるけど、あいつらは見なかったことにしておこう。訳がわからん。


「それで、片付けは終わりました? 終わったならお客さんのお話を聞きますよ、いいですね?」

「張り切ってるな……?」

「この前みたいに置いてけぼりにされたくないですからね!」


 そんなに気にしてたのか。ごめん……。


 怒ってる雁金と一緒に屋敷の中に入った。家の中はちょっと荒らされてる。あの騎士ども、好き放題やりやがって。

 リビングに行くとメリーさんとアケミ、それに外国人コンビが待っていた。俺に気付いたメリーさんが、真っ先に声をかけてきた。


「おかえりー!」

「ただいま」


 次に、外国人の巨漢の方が声をかけてくる。


「おかえりー!」

「お前の家じゃねえだろ」


 外国人の男は床に座ってサメのクッションを膝に乗せ、和菓子を食べている。他人の家でくつろぐんじゃない。図々しさ検定一級か?

 その隣で、外国人のもうひとり、金髪の女がすまなそうに頭を下げる。


「すみませんウチの社長が」

「こんなので会社は大丈夫なのか……?」

「お飾り社長なので。実際の業務は別の人が回してます」

「お陰で今年も黒字経営だぜ」


 胸を張るところじゃないだろそこは。いや、知らない会社の景気を聞いてる場合じゃないな。


「悪いけど本題に入っていいか? このままだと延々コントを続ける羽目になりそうで……」

「そうですね……」

「ちなみに株価は……」

「社長!」

「本題!」


 ほんとに話が進まない。

 ようやく、女の方が咳払いして、真面目に話し始めた。


「私はトゥルーデ・ヴォールト。先ほども申し上げた通り、ヴィルヘルムスハーフェン製鉄所の社長秘書です。

 こちらは社長のグルード・ハーフェン」

「社長です」


 下手に反応したら、また社長がコントを始めそうなので黙っておく。


「本日はそちらの『メリーさん』と、それを擁するあなた方にお話があって参りました」

「メリーさんに?」


 わざわざ外国からやってきてメリーさんに会いに来たって事は、怪異絡みなのは間違いない。


「ただの会社じゃなさそうだな」

「ええ。我々は表向きは製鉄会社ですが、その一方でグリム童話に連なる怪異を管理している対怪異組織『グリム兄弟団ギルド』の一員でもあります」

「怪異……っていうことは、あなた達も怪異なの?」


 アケミの質問に、トゥルーデは首を横に振った。


「いえ。我々は童話の力を身に付けた怪異憑きです。

 ちなみに私は『魔女』。薬を作ったり、使い魔を放ったりできます。今こうして日本語が喋れているのも、私の薬のお陰なんですよ」


 そういえばこの2人、ドイツ人なのに日本語がペラペラだ。頭がいいのかと思ったら、魔法の薬のお陰なのか。いいなあ、海外旅行とか楽しそうだ。


「そして俺は……」


 社長のグルードが何か言おうとしたが、そのまま黙った。おいまさか。


「まさか、知らないとか……?」

「ないない! ちゃーんと知ってるから! ただ名前が長いから全部思い出せないだけで……」

「同じだろそれは!?」

「『こわがることをおぼえるために旅にでかけた男』の怪異憑きです!」


 代わりにトゥルーデが答えた。確かに名前は長い。長いけど、自分の力くらいちゃんと覚えてくれ。


「なんか、頭が悪いのは怪異のせいか……?」

「バカだけど気は優しくて力持ち、という童話なので……」

「失礼な。バカなのは怪異が憑く前からだぞ!」


 グルードが胸を張る。それは自慢する事じゃない。


「改めまして。我々はそちらの『メリーさん』……いえ、『屠殺ごっこをした子どもたち』が出現したと聞いて、ドイツから参りました」

「……おう、そういうことか」


 その名前を聞いて思い出した。メリーさんは『メリーさん』の怪異なんだけど、その元になったのはグリム童話の『屠殺ごっこをした子どもたち』という昔話だって。

 そして、昔ドイツで暴れていたメリーさんは、あのグリム兄弟に退治されたっていうことも。


 こいつらがメリーさんの事情を知っていて、しかもグリム兄弟の関係者を名乗るんだったら、昔のように退治しに来たのかもしれない。

 だけど、そうはいかない。昔はともかく今は俺の身内だ。手出しはさせない。


 どうするつもりだ、と思って様子を伺っていたら、トゥルーデがちょっと困った様子になった。


「ただ、あの……確認ですが、本当に『屠殺ごっこをした子どもたち』なんですよね?」

「私、メリーさん」

「ええと……?」


 堂々と答えるメリーさんに、トゥルーデはますます困っている。


「何か都合が悪いのか?」

「悪いというか、むしろ良いのですが……あの、失礼ですが、彼女に襲われたことはありますか?」

「2回」

「2回!?」


 そんなに驚かなくても。


「不死身ですか?」

「いや、返り討ちにしただけだから」

「……何者ですか、あなた?」

「チェーンソーのプロだよ」

「チェーンソーのプロってなんですか……」


 トゥルーデがますます困っている。そんなに困るようなことかな。言葉通りの意味なんだけど。


「えーと、でしたらメリーさんは、彼に勝てないから大人しくしているんですか?」

「そんなんじゃないわよ。翡翠は人殺しよりも面白い遊びをたくさん教えてくれるの」

「遊び……?」

「うん。遊園地とか、動物園とか、野球とか、ゲームとか、チェーンソーとか」

「ボウリングもか!?」


 なぜかグルードが反応した。


「うん!」

「トゥルーデ、いい奴だぞこの日本人!」


 なんだそのボウリング推しは。1回しか行ったことないし、メリーさんはガーター連発してご機嫌斜めだったけどな。


「社長、ボウリングで人を判断するのはやめてください。

 ……いえ、失礼。その、お話を伺う限り、彼女は手当たり次第に人を殺すようなマネは、今はしていないと……?」

「まあ、ここ2,3年は。だよな、メリーさん?」

「うん!」


 他の遊びに夢中だから、メリーさんは辻斬りみたいなマネはしなくなっている。

 怪異絡みの案件で人が襲いかかってきた時は別だけど、それはまあ正当防衛の範疇だ。手当たり次第じゃない。


「どうしよう、これ……」


 トゥルーデは途方に暮れている。メリーさんが凶悪な怪異だと思っていたら、全然違ってあてが外れたんだろう。

 隣のグルードはキョトンとしている。何が問題なのかもわかってなさそうだ。こいつ、なんで日本に来たのかわかってないんじゃないか。


 2人が黙ったものだから完全に話が止まった。そこへ雁金が声をかける。


「あの、ひょっとして。メリーさんを封印だとか、退治だとか、そういう事をしようとしていましたか?

 でしたらこの通り、大人しい子になっていますから、何も見なかったことにしてお帰りになったほうがいいですよ。

 もしもメリーさんに手を出そうものなら、私とアケミさんと、外の猫たちと、何より先輩が黙ってませんから」

「生きて帰れると思うな」


 今日だけで10人以上殺している。今更死体の1つや2つ、増えた所で変わりはない。

 ところがトゥルーデは、反抗するわけでもなく、引き下がるわけでもなく、妙な事を言ってきた。


「帰りたいのは山々なのですが、騎士団が来てる手前、見捨てるわけにもいかないのです」

「……さっきの連中か」


 そういえばこいつら、あのファンタジー連中と戦ってる時に助けてくれたな。向こうは別の都合で俺らを襲ってるわけか。そうなると、こいつらが黙って帰っても、俺たちは騎士団に襲われ続けることになる。


「あいつら一体なんなんだ? 人間っぽかったけど、どこの連中だ? 居場所がわかればどうにでもなるんだが……」

「その件について、今、上の者に相談を……少々お待ちください」


 そういうと、トゥルーデはスマホを取り出して部屋を出ていった。ドアの向こうから話し声が聞こえてくる。電話しているらしいけど、ドイツ語だから何を言っているかはわからない。

 部屋の中に残ったグルードはあんころ餅をおいしそうに食べている。緊張感が欠片もない。


「いやあ、日本の菓子も変わった味だけど美味いなあ」

「えっへん」


 メリーさんが、私が選びました、って顔で胸を張っている。買ったのはアケミなんだけどな。


 しかしこのグルードとかいう男、敵意がまったく感じられない。メリーさんをどうこうするつもりは、少なくともこいつにはなさそうだ。これが演技だとしたら……いや、こんなバカな演技はないか。

 正直言って、完全武装した人間を片手で放り投げるような馬鹿力を相手にしたらただじゃ済まない。無理に殺す必要が無くなったのには安心している。あの魔女ひとりだったらどうにでもできるんだけどな。


「お待たせしました」


 電話を終えたトゥルーデが戻ってきた。


「会長が直々に会ってお話をしたいと。そこで騎士団と、それに『メリーさん』……いえ、『屠殺ごっこ』についての詳しい説明もいたします」

「一応聞いておくけど、嫌だっていったらどうなるんだこれ、強制か?」


 断ったら口封じ、とか言われると思ったけど、答えは意外なものだった。


「強制はしませんが、これから我々は騎士団に反撃しますので、その気なら一緒に殴り込みに行けますよ」

「よしやろう」


 そういうことなら話は早い。殴られっぱなしは癪に障る。

 覚悟しろよファンタジー野郎ども。俺の身内に手を出したらどうなるか、キッチリ思い知らせてやる。

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