猿夢 下り線

 ああ、そうだな。お前の言う通りだ。家に帰って寝たら、やっぱり昨日の続きの夢の中で、気付いたら電車に乗ってたんだ。

 俺の後ろの席にはもうひとりも乗っていなくて、どの座席も血で真っ赤に染まっていた。いよいよ俺の番だ、と思って覚悟を固めると、アナウンスが鳴り響いた。


「次は~挽肉~挽肉です」

《The next station is Hikiniku. The doors on the left side will open.》


 それから電車が駅に停まった。駅のホームでは、小人が変な機械みたいなものを持って近付いてきた。ウイーンって音がして、なんか回転してた。多分俺をミンチにする道具だったんだろうな。


 だから俺は安全靴で前蹴りを放った。骨が折れる感触と共に小人が吹っ飛んだ。


 ああ、お前のアドバイス通り、完全装備で寝たんだよ。防刃作業服に安全靴、手袋、マスク。そしてしっかりとチェーンソーを握って布団に入った。本当はヘルメットも被りたかったんだけど、やっぱゴツゴツして寝られなくてな……。

 とにかくお前の予想通り、寝た時の服装をそのまま夢に持ち込めたよ。おまけにチェーンソーも持ってこれた。こうなりゃもう怖いものはない。


 ミンチ機械を持った小人が起き上がる前に、俺は電車を降りてそいつの頭にチェーンソーを振り下ろした。頭を真っ二つにされた小人はビクビク痙攣して動かなくなった。

 そしたら、昨日の夢と同じように、駅の奥や近くの茂みから、武装した小人たちがわらわらと出てきた。


「お客様!」

「武器を捨てろ!」

「お客様困ります!」

「アーッ!」

「3号車ご案内です!」


 警備員みたいな格好の奴や、隣の駅から駆けつけてきたのか、『活けづくり』の小人や『えぐりだし』の小人もいた。猿の車掌はちょっと戸惑ってる感じだった。だから俺は聞いたんだよ。


「アナウンスは?」


 小人も車掌も、何だコイツ、って顔だった。もう電車ごっこをするつもりは無かったんだろうな。しょうがないから、俺が代わりにアナウンスした。


「次は~チェーンソー、チェーンソー……The next station is Chainsaw. The doors on the left side will open.」


 チェーンソーはとっくにエンジン全開。周りを囲む30匹くらいの小人に向かって、俺は声を張り上げた。


「次はテメエらがオモチャになる番だ! かかってこいや!」


 ナイフを持った小人が飛びかかってきた。ナメくさった動きだったから、間合いに入った瞬間にチェーンソーで腕を斬ってやった。小人は血を噴き上げる自分の手首を呆然と見て、それから痛みに気付いて、『活けづくり』の時よりも酷い悲鳴を上げた。

 他の小人たちが一斉に襲いかかってきたけど、俺はチェーンソーを振り回して次々と両断していった。あいつらが持ってる武器はナイフとか金槌とか、間合いが短いものばっかりだ。対して俺はチェーンソー、負ける道理はない。


 1匹の小人が俺の頭より高く飛び上がって、襲いかかってきた。そいつは手にスプーンを握っていた。多分、『抉り出し』の小人だったんだと思う。俺の目を狙ってた。

 俺は手を伸ばして、落ちてくる小人の頭を鷲掴みにした。スプーンは届かなかった。そのまま2,3回転振り回してぶん投げた。スプーンの小人は他の小人の群れに突っ込んで、ボウリングみたいに薙ぎ倒した。ストライクだ。


 それからチェーンソーをブン回して、10匹ぐらい殺した所で、いきなり体が浮き上がった。小人じゃない。俺の体がだ。一気に首が締まって、一瞬意識が飛びかけた。

 あれだよ。『吊るし上げ』だよ。何に吊るし上げられてるのかはわからなかったけど、とにかく吊るし上げられてるのは間違いなかったから、首の後ろあたりに向かってチェーンソーを突き出した。そしたら、プツン、って感触があって、それから体が地面に落ちた。周りを見たけど、誰がやったかわからねえ。頭にきたよ。


「……どこのどいつがやりやがったコラァァァッ!! ブッ殺してやるから出てきやがれぇぇぇ!」


 もちろん、返事なんてないわけで。元々頭にきてたから引き続き全員ブッ殺すことにした。文字通り千切っては投げ、千切っては投げ、って感じだったな。いや、チェーンソーじゃ千切るっていうより普通に斬ってるか。

 20匹くらい殺した所だったかな。ひとり、妙な小人が見えた。足を開いて、腰を捻って、居合みたいなきちんとした構えを取っていた。そいつを見た瞬間、ゾクッってしてな。とっさに身を捩ったんだ。

 次の瞬間、そいつが突きを放った。バカみたいに伸びる鉄の槍が、俺のすぐ横をかすめていった。多分、『串刺し』だったんだと思う。槍は細かったけど、それでも銃弾よりも太いからな。あれを食らってたら防刃繊維もブチ抜かれてたと思う。初見で避けられてよかったよ。

 他の小人は無視して、そいつめがけてまっしぐらに突っ込んだ。『串刺し』の小人は槍を引き戻して俺のチェーンソーを防いだけど、間髪入れずに放った蹴りまでは防げなかった。安全靴のトーキックは、肋骨を3,4本蹴り砕いたと思う。小人は駅の壁に叩きつけられて動かなくなった。


 後はまあ、雑魚しかいねえよ。むちゃくちゃにしてやる、って意気込んでたら、お猿さん電車が動き出した。猿の車掌が逃げようとしてた。

 一番文句を言いたかったのは車掌だったから、俺はチェーンソーを構えて突撃した。警備員の小人が立ちはだかって刺股をかざしてきたけど、柄を斬って、それから首を斬って蹴散らした。

 列車に飛び乗った途端、猿の車掌がこっちに振り向いて飛びかかってきた。手には鉄の爪を嵌めてて、そいつをチェーンソーで防いだ。金属同士が擦れ合う音が響いて、車掌は飛び離れた。そしてこう言ったんだ。


「駆け込み乗車は危険ですのでお止めください」

「今更ごっこ遊びやっても遅えんだよ!」


 列車はさっきまでのおもちゃの速さじゃなくて、本物の電車さながらの速度になってた。幅はおもちゃのままだから、下手にバランスを崩したら落っこちて即死だったな。

 猿の車掌はそんな状況でも、席を飛び移って斬りかかってきやがった。猿だからアクロバットは得意なんだろうな。

 ただ、間合いは俺のチェーンソーの方が上だ。攻撃を捌いて、反撃しながら席を乗り越えているうちに、猿の車掌を運転席まで追い詰めた。そしたら、車掌が俺の頭を飛び越えながら爪を繰り出してきた。

 俺はチェーンソーで爪を防いで、後ろを向いた。位置が入れ替わって、今度は俺が運転席に追い詰められたわけだ。

 車掌は嫌らしい笑みを浮かべて、しつこく爪を振るってきた。斬り殺そうってつもりじゃない。俺がバランスを崩して電車から落ちるのを狙ってた。

 だが、最後まで付き合ってやるつもりはなかった。

 何度目かの攻撃を終えて、猿が間合いの外に飛んで逃げた瞬間、俺は足元の機械を蹴り飛ばしたんだ。運転席にある機械といえば、当然、操縦装置。俺が蹴っ飛ばしたのはブレーキだった。


《急停車します、ご注意ください。Attention, please.》


 猛スピードで走っていた電車が、けたたましい悲鳴を立てて急減速した。俺は振り落とされないよう、両足で踏ん張った。

 だけど猿の車掌は着地直後、バランスを崩して、慣性に従って前方、つまり俺の方に吹っ飛んできた。

 俺は半分ぐらいブリッジになりながらも踏ん張り、チェーンソーを高く掲げた。飛んでくるサメを斬る時の構えに近かったな。まあ、飛んできたのはサメじゃなくてサルだったんだが。

 車掌はチェーンソーに頭から突っ込んで、真っ二つになってから電車の両側の車輪に巻き込まれてミンチになった。


「俺が最強だあああァッ!!」


 完全にテンションが上がりきって叫んじまった。それからしばらく血塗れでぜーぜー息してたけど、呼吸が落ち着くと冷静になってきて、ここどこだって周りを見たんだ。

 さっきまでのミニ電車用の駅じゃなくて、本格的な地下鉄の駅だった。薄ぼんやりした明かりに目を凝らすと、それが駅の看板だってわかったんだ。看板にはこう書かれていた。


『都営地下鉄きさらぎ駅』


 うん……だからさ、『地下鉄のきさらぎ駅』って言った俺が確かに悪かった。お前がいるのは『丸ノ内線きさらぎ駅』で、俺がいるのは『都営地下鉄きさらぎ駅』なんだな。

 案内板はあるか? 無い? そうか……しょうがないな。俺の方には案内板があるから、今からそっち行くわ。おう。それじゃ。


 さて……っと、電話か。メリーさんか。どうした?

 もしもしメリーさん? 今どこ? きさらぎ西口? わかった、今、雁金も迷ってるから、そいつを拾ったらすぐ行く。待っててくれ。

 さて、『東京メトロきさらぎ駅』は真っ直ぐか、右か左か……え。ななめ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る