クソデカきさらぎ駅

1番線 NNN臨時放送

 ちょっと来ないうちに『きさらぎ駅』は随分と変わっていた。ビルが立ち並び、家電量販店や銀行までできている。


「というか、新宿駅の東口じゃないですか」


 見覚えのある町並みに、雁金は呆れた声を出した。


 先輩の大鋸が『猿夢』に巻き込まれたという話を聞いたのは、今日の、正確には昨日の夜の話。完全武装したまま寝ればいいとアドバイスしたら、日付が変わった頃に大鋸から電話が掛かってきた。

 曰く、『猿夢』は撃退できたけど、『きさらぎ駅』に迷い込んでしまったと。それは夢の話なのではないかと思ったが、こうして電話をかけられている辺り、現実らしい。更にGPSで場所を調べたら、大鋸は新宿駅にいることになっていた。


 そういう訳で雁金は、以前と同じように配信機材を準備し、車に乗って大鋸の所へ向かった。前回同様、大鋸と縁の繋がった雁金の車は異次元に入り込み、『きさらぎ駅』に向かうことができた。

 しかしこの『きさらぎ駅』、どっからどう見ても新宿駅である。名物の巨大モニターは、電源が入っていないとはいえ、間違いなく新宿アルタのあれだ。

 だが、よく見てみれば人が1人もいない。深夜とはいえ天下の新宿駅だ。普通ならホームレスや酔っぱらい、不良がいるものだ。

 雁金は道路の看板を見る。『きさらぎ駅東口』と書かれている。どうやら今度のきさらぎ駅はパワーアップして帰ってきたらしい。複々線化きさらぎ駅。地下鉄化きさらぎ駅。特急乗り入れきさらぎ駅。全部乗せのクソデカステーションだ。


「クソデカきさらぎ駅……相手にとって不足なし、ですね!」


 雁金は気合を入れると、配信機材を入れたリュックサックを背負った。前回の反省を活かし、肌身離さず持ち歩けるようにしている。

 更に武器を手に取る。いつものショットガンと、近接武器のピッケルを手に取る。そして特殊なショットガンの弾を挟み込んだ弾薬ベルトを肩から提げる。最後に散弾の詰まった弾薬ポーチを腰に巻けば準備完了だ。


「さて、先輩は地下鉄の駅って言ってましたね」


 東口なら東京メトロ新宿駅に繋がる入口がある。今は東京メトロきさらぎ駅か。どちらにせよ近くにいるはずだ。ショットガンのポンプをガシャンと動かし、雁金は階段へ向かう。

 その後ろで、ビルに据え付けられた巨大モニターが光った。


「ッ!?」


 突然の光に、雁金は銃を構えて振り返る。モニターの電源が入っている。さっきまでは消えていたのに。

 画面は複数の長方形に分割されており、それぞれに色がついている。何かの番組でも、画像でもない。

 驚く雁金の前で画面が切り替わる。セピア色の風景。無数のビニール袋や残骸が転がっている。ゴミ処理場のようだ。その上にテロップが表示されている。


『NNN臨時放送』


 テロップにはそう書かれていた。


「あー」


 何が起こるか理解した雁金は、一度銃口を降ろした。

 『NNN臨時放送』のテロップが消え、下から別のテロップがせり上がってくる。


山岸 大樹(59) 佐伯 和男(23)

太田 修一郎(82) 畑中 靖(73)

北野 孝幸(65) 新開 聡 (12)

細川 俊宏(35) 藤崎 航平(9)

佐久間 顕(25) 大石 博士(69)

西村 靖大(81) 長谷川 高秀(45)

佐藤 明子(23) 佐藤 美咲(51)

雁金 朱音(27) 松田 恵美(35)


「やっぱりあった」


 自分の名前を見つけた雁金はつまらなそうに呟いた。

 『NNN臨時放送』。ネットの掲示板に書き込まれた怪談だ。深夜にテレビをつけると、今、雁金が見ている通りのものが映り、最後に「明日の犠牲者はこの方々です、おやすみなさい」で締められる、という話だ。

 最初に表示されたのはカラーバーというものだろう。昔のテレビは深夜になると放送を止めて、あのような画面を流していたそうだ。

 テロップはなおも続く。


野村 真由美(15) 高橋 志帆(22)

岡本 真紀(45) 小松 智美(9)

阿部 千絵(9) 下山 馨 (31)

津田 昭典(45) 北野 茂男(65)

竹林 望 (11) 大鋸 翡翠(28)


 色々と作りが雑だ。

 まず今の時代、カラーバーなんてものはテレビに映らない。

 使っているフォントもなんだか古臭い。今どきのデジタルフォントや、MSゴシックですらない。昔のテレビに使われていた解像度の荒いフォントだ。

 それに背景のゴミ処理場も、いかにも昭和だ。エコ全盛のこの時代、埋立地にビニール袋に入ったゴミがそのまま置いてあるなどありえない。

 極めつけは画面のアスペクト比だ。両端に黒い帯が入っている。4:3。地デジ以前の比率だ。

 一体何十年、この映像で怖がらせようとしてきたんだろうか。今に合わせて作り直す発想はなかっただろうか。


 そんな雁金の心の中など露知らず、大型ビジョンはテロップを流し続けていく。


菊地 嘉仁(32) 神山 健悟(16)

藤中 篤史(51) 山崎 敦之(36)

山川 楓 (21) 神山 和浩(51)

敷戸 賢治(34) 江本 幸広(66)


   明日の犠牲者は以上です。

      おやすみなさい。


 最後の文字を確認して、雁金は引き金を引いた。放たれた散弾が画面を砕き、大型ビジョンが破壊される。


「明日とか悠長なこと言ってんじゃないですよ! 殺るんだったら今日殺りなさい!」


 壊れた画面に銃口を突きつけ、雁金は高らかに言い放つ。何の反応もないことを確かめると、背を向けて地下鉄の入口へと歩き出した。

 今の放送はきさらぎ駅からの宣戦布告だ。名前を特定し、この場から逃さず確実に殺すという殺害宣言。雁金もそれは理解していたが、微塵も恐怖を感じていなかった。

 何しろ彼女は、生まれてこの方恐怖を感じたことがない。


 高校でいじめに遭っていた時も、鬱陶しいけど怖くはなかった。

 『ムラサキカガミ』という言葉を20歳まで覚えていた時も、不思議だとは思ったが怖くはなかった。

 山でヒグマに遭った時も、死ぬかもとは思ったが怖くはなかった。

 強盗にナイフを突きつけられた時も、財布の3,000円で満足してくれるかどうか不安に思ったが怖くはなかった。

 ベッドの下にチェーンソーを持った男がいた時も、気持ち悪いとは思ったが怖くはなかった。

 雁金にとって怖いものは、どうにもならないリアルだけだ。

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