人型焼き

 ちょっと前の話だ。メリーさんにせがまれて、近所の神社の祭りに行くことになった。

 季節外れだって? うん、そうなんだよ。俺も思った。なんの祭りだって聞いたら、メリーさんはこう言ったんだ。


「知らないけど、人形焼きがあるんだって! 神社の入り口に貼ってあった!」


 知ってるか、人形焼き? カステラの中にあんこを詰めたヤツ。そうそう、お土産売り場で売ってそうなアレ。屋台でも出るんだよ。それがあるなら、いちおう祭りなんだろうなって思って、メリーさんとアケミと3人で行ったんだ。

 ……何? アケミ? あれだよ、前に家に乗り込んできた話、しただろ? あの時のがなんか復活してきた。

 いや……その、あれだ。アイツ、本当に高校の同級生だったんだよ。いや、違う。人間じゃなくてな。高校の時は人間だったんだけど、その後死んで、妖怪になったって言ってた。

 追い出す……いや、それはなあ。ちゃんと話したら襲いかかるようなことはなくなったし。なんか勝手に家に上がり込んで飯作ったり、掃除してたりするけど、それくらいだよ。

 ……なんだその目は。俺もどうかと思ってるよ、ホントに。


 話を戻すぞ。3人で神社に行ったんだ。急な階段があって、その先に鳥居があった。階段の側には掲示板があって、そこには『人型焼き』って張り紙があった。

 ……うん、ニンギョウ、じゃなくてヒトガタ、だった。間違ってんじゃねえのか、って思ったけど、メリーさんがワクワクしながら階段を上って行ったからついていくしかなかった。


 神社に入ると、建物の縁側に、凄い数の人形が並んでた。10とか20とかじゃない。100以上、いや、数え切れないほどの人形があった。日本の人形だけじゃなくて、外国に人形とかフィギュアもあった。それだけだ。


「屋台が無い……?」


 メリーさんが言う通り、神社の境内に屋台はひとつもなかった。やっぱり祭りじゃなかったらしい。


「残念だけど祭りじゃ無いみたいだな。帰るぞ」

「人形焼きー!」


 ところがメリーさんは諦めきれないようで、屋台を探しに神社の奥の方へ走っていってしまった。しょうがないから後を追いかけようとすると、正面の本殿から白髪交じりのおじいさんが出てきた。神主さんっぽかった。

 神主さんは俺たちを見つけると、声を掛けてきた。


「こんにちは。人形を納めに参られたのかな?」

「いえ。子供が迷い込んでしまって。奥にいると思うんですけど」

「それはよろしくないですな。悪い事は言わない。今日は都合が悪いから、早く娘さんと人形を連れて帰りなさい」

「すいません……」


 頭を下げてから思った。『娘さん』はメリーさんだとして、『人形』ってなんのことだ?

 聞いてみようと顔を上げたけど、神主さんはもう神社の奥へ歩いていくところだった。


 俺たちはメリーさんを探して神社の裏に回った。

 神社の裏手は広場になっていた。キャンプファイヤーの木組みのようなものが広場の中央と、それを囲むように四方に置かれている。中央の木組みの近くで、神主さんと部下のおっさんたちが打ち合わせをしている。

 広場を見回すと、メリーさんがいた。木組みからちょっと離れた建物の陰から、神主さんたちの様子を伺っている。

 何やってんだ、と思いながらメリーさんに近寄る。


「あ、翡翠……」

「祭りじゃないらしい。帰るぞ」

「うん……」


 メリーさんの手を引くと、素直に建物の陰から離れてくれた。

 さっさと帰ろうと振り返ると、新たな集団が広場に入ってきた。袴を着たおっさんが4人、棺のような大きな箱を肩に担いでいる。4人は中央の木組みの上に箱を置いた。

 どうにも、儀式が始まった感じがある。なんとなく広場の方に歩いていきづらくなった。横の2人の顔色をうかがうと、同じ気持ちみたいだった。しょうがないから、儀式が終わるまで待つことになった。

 しかし、何分掛かるかわからない儀式を立ちっぱなしで待つのも大変だ。そう思っていると、声をかけられた。


「おーい、あんたら。そこだと火が届くから危ないよ。こっちに来なさい」


 広場の隅にベンチがふたつあった。ペンキが剥げて、ところどころ錆びている古いベンチだ。そのうちのひとつおじいさんが座っていた。

 お言葉に甘えてベンチに座ることにした。俺はおじいさんと同じベンチに、メリーさんとアケミは隣のベンチに座った。


「あんたらも見物かね?」


 おじいさんは気さくに話しかけてきた。


「いや、なんか出づらくなりまして……今から何かあるんですか?」

「人型焼きだよ。今から人形を焼いて供養するのさ」


 少し間を置いておじいさんは言葉を続けた。


「今日は特別なんだ」

「『特別』?」

「信じられん話だろうが……実はな、あの箱の中にはマネキンが入ってるんだが、元々倉庫にしまってあったんだ。ところが昨日、姿を消した。

 神社の人たちが慌てて探して、夜明けになってようやく見つけたんだ。……どこにあったと思う?」

「……軒下とか?」

「いや違う。そこは神社の人たちも探した」

「じゃあ、そっちの森の中じゃない?」


 メリーさんの答えにも、おじいさんは首を横に振った。


「そうでもない」

「じゃあ、どこだったんですかー?」


 アケミが問いかけると、おじいさんは、やや勿体ぶってから答えた。


「明るくなるまで、だあれも気付かんかった。それもそのはず、人形は誰が乗せたか、本殿の屋根の上に置かれていたらしいんだ。

 神社の人たちは大層驚いたそうだよ。何しろあれはマネキンだ。人ひとり分の大きさがあるマネキンを、屋根の上に持っていくなんて簡単じゃあない」


 確かに。いたずらにしちゃ手が込んでるって思った。

 更におじいさんは話を続けた。


「とにかく神社の人たちは、マネキンを下ろす事にしたんだ。だが、はしごで下ろす最中に、マネキンを抱えた男が足を滑らせたんだ。

 男は怪我して、救急車で病院に行ったんだが、しきりに『人形が噛んだ』『人形に噛まれた』と訴えていたそうだ。

 それで、これはいかんと、神主が慌てて人型焼きをすることになったって訳だ」


 なんだか随分と大変なことになっていたらしい。マネキンに噛まれた、ってのは意味がわからないけど。そもそも口があるのか?


 おじいさんの話を聞いてる内に、人型焼きの準備は着々と進んでいたようだ。木組みから離れた所に祭壇が組まれ、神主さんがなんかの呪文を唱え始める。他の袴のおっさんたちは、火のついた松明を持って木組みの側で同じ呪文を唱えていた。

 少しすると、袴のおっさんたちが木組みに火をつけた。油でも撒いてあったのか、火は瞬く間に木組みを飲み込んで、ごうごうと火柱を上げ始めた。かなり本格的だ。さっきまで俺たちが立っていた所に火の粉が飛んできている。あれは、確かに危ない。

 呪文は相変わらず続いている。燃える木組みから煙が上がる。だけど、なんか変だ。真ん中の、人形を燃やしている木組みからは黒い煙が上がっている。だけど、それを囲む四方の木組みからは、白い煙が上がっている。マネキンが不完全燃焼起こしてるのか、と思っていたら、妙な臭いが鼻を突いた。

 嗅いだことのある臭いだった。だから、ヤバい、って思った。


 生き物が焼ける臭いだ。


 まさかと思って周りを見ると、おじいさんとメリーさんが手で口元を覆っている。俺の勘違いって訳じゃなさそうだった。ただ、アケミだけは身じろぎもせず、炎を見つめていた。

 神主さんたちは一心不乱に呪文を唱えている。臭いに気付いているかどうかはわからない。気付いてないのかもしれないし、気付いてるからこそ、あんなに熱心にお祓いをしているのかもしれない。


 不意に、甲高い声が広場に響いた。悲鳴、咆哮、絶叫、怒号。どれでもあるし、どれでもない。聞いたことのない音だった。それは中央の箱の中から聞こえていた。

 更に箱がガタガタと揺れだした。中からバンバン叩かれている。間違いない。中に誰かいる。


「出せぇ……! ここから出せぇ……! かえせ、かえせぇ……!」


 箱の中から声が聞こえてきた。やばいんじゃないのか、マジの公開処刑なんじゃないのかってビビってたけど、すぐに違うことに気付いた。炎に巻かれた人間が、まともに喋れるわけがない。


「かえせぇ……かえせぇ……! 俺を妻と子供の所に帰せ!」


 箱を叩く手がますます強くなっていった。叩かれる度に、箱がグラグラと揺れていた。


「お前は亭主ではない!」


 神主が突然怒鳴った。


「お前は人形だ! 人形なんだ! あるべき姿に戻れ!」


 そして神主は呪文を再開した。


「ちがうぅぅぅ! 俺は俺だぁ! 帰せぇ!」


 突然、バリバリと音がした。見ると、中央の箱に穴が空いて、そこからチェーンソーが突き出していた。エンジンの音が響き、チェーンソーが駆動を始めた。すると、突然火が弱まった。そのまま消えてしまうじゃないか、と思うくらいに。

 ヤバいんじゃないのか、って俺の予感は当たっていたらしい。炎を囲んでいた袴のおっさんのひとりが、慌てた様子で棒を手にした。そして、燃える木組みを箱に向かって棒で押し倒した。チェーンソーが突き出た箱の上に、木組みがバラバラと覆い被さった。


「馬鹿者! まだ早い!」


 神主さんの叫びで、それが間違いだってわかった。

 炎が木組みごと斬られた。バラバラと崩れる木組みの中から、黒い人影が姿を現した。炭のように真っ黒で、のっぺりとした人型だった。焼け焦げたマネキンだ。手には唸りを上げるチェーンソーを持っていた。

 焦げたマネキンは、木組みを倒したおっさんに向かって歩き始めた。


「ひっ、ひぃぃぃ!」


 おっさんは悲鳴を上げて逃げ出した。俺たちの方に向かって。


「ふざけんな、こっちくんじゃねえよ!?」


 俺は叫んで立ち上がった。これはろくでもないことになると思った。


「どけ、どけぇっ!」


 パニックになったおっさんは、棒を振り回して俺に襲いかかってきた。俺は棒を掻い潜ると、おっさんの顎をぶん殴った。おっさんは錐揉み回転して倒れた。

 おっさんは気絶したけど安心はできない。焼け焦げたマネキンは火柱を超えて、俺たちの方に向かってくる。


「い、ぎ、いぃぃぃ……! おのれぇ……! 妻と子供に会わせろ!」


 俺は地面に転がっていた棒を拾うと、マネキンの顔をぶん殴った。鈍い音がしてマネキンがよろめく。だけど倒れない。


「帰せぇ! 俺を帰せぇ!」


 マネキンが斬りかかってきた。後ろに飛んで避ける。大して素早くない。ただ、こっちは武器がない。


「メリーさん! 頼めるか!?」


 すると、俺の後ろからチェーンソーを持った人影が現れた。

 アケミだった。


「ねえ、あなた。誰に手を出してるのかなー?」


 ボロボロに錆びたチェーンソーを二刀流にして、首をおかしな角度まで曲げたアケミが、焼け焦げたマネキンに相対した。

 あっ、キレてるな、って思って、伸びてるおっさんを引きずって後ろに下がった。チェーンソーを持ったメリーさんと、ベンチのおじいさんが、固唾を呑んで見守っていた。


「帰せぇっ!」


 マネキンがアケミに斬りかかった。しかしアケミはチェーンソーでそれを受け止めて、簡単に弾き返した。


「たかだか出来損ないの人形の分際でさあ……大鋸くんに手を出していいなんて思ってるの!?」


 アケミがチェーンソーで薙ぎ払う。マネキンはチェーンソーで防御しようとしたが、パワーが違う。体ごとあっさり吹き飛ばされた。そしてマネキンは燃え盛る木組みに突っ込んだ。


「ぎゃあああっ!?」


 酷い悲鳴があがった。炎に包まれながらも、マネキンが崩れた木組みの中から這い出してくる。

 アケミは無表情でマネキンにツカツカと歩み寄ると、這いずるマネキンの背中を踏みつけた。炎のすぐ側なのに、お構いなしだ。


「ぐえっ!」

「あなただって家族や大切な人に手を出されたら嫌でしょう? そういう人形だもんねー?

 なのに、私の大鋸くんに手を出すってどういうこと!? 信じられない!」


 アケミがマネキンの背中にチェーンソーを振り下ろした。斬りつけられたマネキンは悲鳴を上げた。だけど、アケミの手は止まらない。


「自分がやられて嫌なことをしちゃいけないなんて、常識でしょう!?

 しかもチェーンソーだなんて! あんなへっぴり腰のチェーンソーで大鋸くんを斬れるとでも思ってたの!? 大鋸くんはチェーンソーのプロなのよ!?

 そんなチェーンソー捌きで大鋸くんに逆らおうなんて、謝りなさいよ! 詫びなさいよ! 死んで詫びろ! 死ね! 死ね! 死ね!」


 ……実際はもっと長々と喋ってたんだけど、正直怖すぎて覚えてない。とにかくアケミはマネキンを罵りながらチェーンソーで切り刻んでいった。マネキンが動かなくなってもお構い無しで、最終的に焼け焦げたマネキンは木くずレベルまでズタズタになってた。

 それからアケミはニコニコ笑顔で俺の所に戻ってきた。


「どう、どう? 大鋸くん、ちゃんとできたかな? 私、大鋸くんの役に立てたかな?」

「ああ、まあ……うん。助かった」


 ……それは事実だからしょうがねえだろ。っていうか、変なこと言ったらチェーンソーの犠牲者2号になりそうだったし。

 飛び跳ねそうな勢いで喜ぶアケミをどうしようかと思っていると、神主さんが俺の方に歩いてきた。


「一応祓って上げるから、ついてきなさい」


 お言葉に甘えて、本殿で簡単なお祓いを受けた。お祓いが済むと、気になっていたことを聞いてみた。


「さっき出てきたあのマネキンは、なんだったんですか?」


 はぐらかされるかな、と思ったけど、神主さんは親切に答えてくれた。


「あれはね……長い間、人として暮らしていたんだよ。

 あのマネキンを持ってきたおばあさんは、娘と孫が大事にしていたと言っていた。

 その娘と孫は、車の事故に遭って死んでしまったけど、一緒に乗っていたマネキンは無傷だった」

「マネキンを車に乗せてたんですか? なんか気持ち悪いですね」

「おばあさんもそう思ったらしい。残ったマネキンを処分してほしいと、ここに持ってきたんだよ」


 気持ちはわかる。実際、あのマネキンは動き出したわけだから、燃やして正解だった訳だ。


「……あのマネキンの持ち主には、先立たれた夫がいたそうだ。ひょっとしたら、娘さんはマネキンを夫の代わりにしていたのかもしれないね。

 だが、それはよくない。あまりに大事にしすぎると、人は次第に人形が生きてると勘違いしてしまうのだよ。

 人形も同じだ。余りに大事にされすぎると、自分が人間だと勘違いしてしまう。

 何故なら、彼らも生きているのだから……」

「えー、人形は人形じゃないですかー? 生きてるわけないでしょー」


 アケミの声が思考をぶった斬った。


「あれが動いたのは奥さんの執念のせいでしょー。旦那さんはとっくに死んでるのに、納得できないからって新しい旦那さんを作ろうとしたんでしょ、気持ち悪い。付き合わされた人形と娘さんが可哀想ですよねー」


 横でメリーさんがぽかーんと口を空けていた。俺も同じ顔だったと思う。

 神主さんの方を見ると、向こうも「うわぁ……」って顔をしてた。一応、聞いてみた。


「すいません、本格的なお祓いもお願いできませんか?」

「私には手に負えないな。すまない」


 だから、アケミはまだ屋敷に住み着いてる。

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