ターボばあちゃん 後半戦

 3on3。普通のバスケは5人1チームでやるが、このルールでは3人1チームで戦う。ゴールはひとつ、コートも半分だけ。ミニバスケ、みたいな感じなんだろう。

 本当なら細かいルールがいくつかあるらしいけど、俺と紫苑が詳しくないので省略だ。スポーツマンシップに則ってボールを奪い合い、ゴールの中に放り込めばいい。


「とにかく私にボールをください。さっさと入れて決着です」


 唯一のバスケ経験者、沙也加の作戦はこれだ。まあ、それしかない。俺はドリブルもロクにできないのに、華麗にシュートを決めろって言われても困る。


 俺たちはコートに立った。先攻は俺たちだ。ボールを手に取り、コートの端に立つ。ゴールまではそんなに遠くない。頑張ればボールを投げ入れられそうだが、それはやっちゃダメなルールだ。

 ターボばあちゃんたちもコートに立っている。紫苑には『ホッピングばあちゃん』が、沙也加には『ターボばあちゃん』がついている。俺の前には『バスケばあちゃん』。マンツーマン、1対1でボールを取り合う、基本的なポジションだ。


「準備はいい?」


 笛を咥えたメリーさんが呼びかける。審判だ。バスケがわからないし、ドリブルもできないけど何かやりたいということで、近所の100均で笛を買ってきて審判をすることになった。

 頼むぞ、できるだけアンフェアに、俺たちに有利になるようジャッジしてくれ。


「はじめー!」


 ぴー。


 気の抜けた音で、3on3マッチが始まった。作戦通り、沙也加にボールをパスする。ボールを受け取った沙也加は、振り向きざまにシュートを放った。


「まずは、ひとつ」


 びっくりするほどきれいなシュートだった。真っすぐ伸びた腕からボールが放たれ、放物線を描いてゴールリングをくぐった。

 すげえ、バスケやってんのか、こいつ。


 ぴー。


「翡翠のチームに1点! 1対0!」


 メリーさんが右の人差し指を立てた。


「お見事ですわ、沙也加!」


 紫苑と沙也加がハイタッチする。


「ターボ! ボーッとしてんじゃないよ!」

「ヒッヒッ、ハンデよ、ハンデ! そんなにカッカしてると血圧上がるよ?」


 一方、ターボばあちゃんとバスケばあちゃんは焦ってない。むしろ強敵の登場にノリノリって感じだ。ホッピングばあちゃんはキョロキョロしてるけど、本当に大丈夫なのかな、あれ。


 攻守交代。ターボばあちゃんがボールを持ってスタート地点に立つ。俺はバスケばあちゃんの側に立ち、パスがきたら妨害する体勢に入った。


「はじめー!」


 ぴー。


 ホイッスルが鳴ると同時に、ターボばあちゃんはボールを手でつきながら走り始めた。ドリブル。バスケではこれをしながらじゃないと移動ができない。うっかりするとボールが弾んで飛んでいくのに、ターボばあちゃんは苦もなくコートを駆ける。凄い。しかし沙也加もターボばあちゃんとピッタリ並走している。ほんとのバスケの試合みたいだ。

 ふたりはそのままゴール下に雪崩込む、かと思いきやターボばあちゃんは突然パスを放った。いつの間にか動いていたバスケばあちゃんがボールを受け取る。しまった!


「させるかっ!」


 バスケばあちゃんとゴールの間に割り込み、両手を高く挙げる。バスケばあちゃんはシュートしようとした腕を止めた。俺は更に両手をバタつかせる。


「フンフンフンフンフンフンフンフン!」


 マンガで見たやつだ。とにかく両手を振り回していれば、そう簡単に動けないはず……!


「甘いねぇ!」


 ところがバスケばあちゃんは、俺の足の間にボールを通してパスを出した。その先にいるのは、ホッピングばあちゃん!


「紫苑!」

「お任せあれ! ヒャアッ!」


 ボールを手にしたホッピングばあちゃんに、紫苑が襲いかかる。

 しかしホッピングばあちゃんは紫苑の脇を潜り抜けると、ジャンプした。

 飛んだかと思った。それくらい高いジャンプだった。ホッピングばあちゃんはそのまま華麗なダンクシュートを決めた。


 ぴー。


「おばあちゃんチームに1点! 1対1!」

「さっすが!」

「いえーい」


 ばあちゃんたちが肩を叩きあう。


「ボケてたんじゃなかったのか?」

「ボールを持つと正気に戻る、そういうものかもしれませんわ」


 紫苑が解説する。おじいちゃんが竹刀を持ったら背筋がしゃきっとしたってアレか。妖怪も同じなのか? そもそもボケてる妖怪って何?


 攻守交代。今度は沙也加がスタート地点に立った。


 ぴー。


 沙也加はパスを出さず、ドリブルしてゆっくりと前進する。

 シュートするには一度は誰かにパスしないといけない。しかし、俺はバスケットばあちゃんに、紫苑はターボばあちゃんにマークされている。ホッピングばあちゃんは、またボーッとしている。大丈夫かな。


 バスケットばあちゃんが動いた。沙也加に駆け寄り、ボールを奪い取ろうとする。しかし沙也加はそれを避け、俺に向かってボールを投げた。その瞬間、何かに気付いて叫んだ。


「しまった!」


ボールの前にターボばあちゃんが高速移動ターボしてきた。ボールをキャッチしたターボばあちゃんは、ゴールへ突撃する!


「うおおっ!? 待てっ!」


 慌てて追いかける。ターボばあちゃんはシュートの体勢。その後ろから無我夢中で手を伸ばす!

 ボールは弾かれてコートの外へ飛んでいった。しかし、ターボばあちゃんは俺にぶつかって倒れてしまった。


「んがっ」

「あっ! 大丈夫ですか!?」


 思わず駆け寄って助け起こしてしまう。


 ぴー。


「ファール!」


 ファール。ファールか。確かに俺が悪い。


「大丈夫ですか……?」

「ああ、大丈夫、大丈夫」


 ターボばあちゃんは立ち上がった。よかった。怪我させたらどうしようかと。


 仕切り直し。ばあちゃんチームのペナルティーシュートになった。バスケコートの丸の中からシュートするあれだ。


「外せ外せ外せ……」

「外せ外せ外せ……」

「何してるんですかあなた達は」


 外せの念を送る俺と紫苑を、沙也加が冷ややかに睨みつける。

 送念虚しく、ターボばあちゃんはペナルティーシュートを決めた。


 ぴー。


「おばあちゃんチームに1点! 1対2!」


 マズい。あと1点取られたら負けだ。


「ヤバいぞ。どうする」

「わかってます。とにかく私にボールをください」


 バスケに詳しいらしい沙也加も、妙案が浮かばないらしい。どうしよう。

 次のスタートは紫苑だ。沙也加はターボばあちゃんにガッチリマークされてる。あれじゃパスしても取られるぞ。


 ぴー。


 笛が鳴るなり紫苑は俺にパスを出した。


「俺ぇ!?」


 いや確かに俺しかいないけどさ!

 ボールを受け取った俺はとりあえずドリブルしながらゴールに近付く。バスケットばあちゃんがボールを奪い取ろうとしてくる。背を向けて、体を壁にしてボールを守るけど、ばあちゃん上手い。今にもボールを取られそうだ。


「師匠!」


 紫苑が走り込んできた。とっさにパスを出す。あれ、でもホッピングばあちゃんに取られるんじゃ……。

 いや、ホッピングばあちゃんは離れたところでヨボヨボしてる。ボールを持ってないから……!


「チィッ!」


 バスケットばあちゃんが紫苑に向かおうとする。俺はその進路に立ち塞がった。


「あんたっ!」


 バスケットばあちゃんは脇を潜り抜けていく。動きが凄い。でも、一瞬とはいえ時間稼ぎになった。


「とおおおおっ!」


 紫苑は奇声を上げながらゴールに突進! だが、シュートに間に合ったバスケットばあちゃんが前に立ち塞がる。

 紫苑はボールを両手で持ち、沙也加へ顔を向けた。しかし、パスを出す前にバスケットばあちゃんが回り込む。


「どこを見ていますの?」


 紫苑はパスを出さずに跳んだ。そのままシュートを放つ。フェイントだった。

 ボールがゴールリングに収まる。


 ぴー。


「翡翠のチームに1点! 2対2!」

「あなたたちにくれてやるには、惜しい技でしたわ!」


 いやただのフェイントだろ、とは思っていても口に出さずハイタッチ。


 さあ、2対2、最終決戦だ。ここでばあちゃんたちはフォーメーションを変えてきた。バスケばあちゃんが紫苑に、ホッピングばあちゃんが俺につく。俺を放っておくつもりだ。正しい。

 スタートはターボばあちゃんから。


 ぴー。


 ターボばあちゃんは凄い速さでドリブルする。沙也加がそれを妨害する。ターボばあちゃんがパスを出した。バスケばあちゃんには……通った! 紫苑は高速移動に振り回されて、少し遅れていた。


「はっ! ふんっ! とおおっ!」


 紫苑がボールを奪い取ろうと襲いかかるが、バスケばあちゃんは巧みな動きですべて避ける。すごい。プロみたいだ。

 ゴールに十分に近付いたバスケばあちゃんがシュートを放った。だけど、紫苑の執念が足りてたんだろう。ボールは僅かに反れ、リングに弾かれた。こっちに落っこちてくる!


「うおおっ!」


 俺は精一杯ジャンプしてボールに手を伸ばす。後ろでホッピングばあちゃんが跳んで、俺のボールを奪い取ろうとする。ジャンプ力では負けてるけど、競り合いなら体がデカい俺の勝ちだ! 断固たる死守!


「ふんがっ!」


 着地! 体が重い! ホッピングばあちゃんが背中におぶさってる!


「なんで!?」


 ターボばあちゃんがボールを奪い取ろうと高速移動ターボで迫ってくる。俺はシュートを打とうとした。

 脳裏にマンガのセリフが蘇る。左手は添えるだけ。


「……いや無理だろ!?」


 俺は夏休みの地獄の反復練習はやってねえんだ!

 というわけで、シュートを諦めてパスを出した。


「しまったあ!」


 結果的にフェイントになった。ターボばあちゃんの横を通ったパスは、沙也加の手の中へ。バスケばあちゃんが駆けつける前に、沙也加はシュートを放った。


「静粛に」


 それは、今日放たれたシュートの中で、最も高く、美しい弧を描いた。

 バスケットボールは重力に引かれ、そうあることが当然のように、ゴールに入った。リングにかすりもしない、ネットを揺らすだけの、完璧なシュートだった。


 ぴー。


「翡翠のチームに1点! 3対2で翡翠のチームの勝ち!」



――



「じゃあ私らは出ていくよ」


 ばあちゃんたちは意外と素直に出ていくことを決めてくれた。ゴネるならチェーンソーのつもりだったんだが。


「またねー、おばあちゃん!」


 メリーさんはポケット一杯の飴玉を貰ってご満悦だ。審判のお礼らしい。餌付けされている。


「本当にバスケをしにきただけなのね……」


 紫苑はまだ首を傾げている。俺も同じ気持ちだ。もっと物騒な話になるかと思ったんだが。


「バスケを侮辱するのはやめてください、本当に」


 そして沙也加は相変わらずキレている。初めからそうだったけど、なんでそんなにキレてるんだよ。


「……ああ、そうだ」


 帰ろうとしたターボばあちゃんが、何か思いついた。


「せっかく勝ったんだし、ひとつ忠告しといてあげるよ」

「忠告? なんで急に」

「老婆心ってヤツさね」

「文字通りだねえ、ヒッヒッヒッ」

「結構です」

「そう言わずに。昔は外国人の王様にもありがたがられたことがあるんだよ」


 沙也加の言葉を無視して、ばあちゃんたちは忠告を告げる。


「まずはアンタ。ご先祖様が借金をこさえてるみたいだけど、どうするかはアンタ次第だよ。債権放棄ってのもあるからねえ」


 ターボばあちゃんの言葉に、沙也加は無言で眉根を寄せた。


「お嬢ちゃん、親が持ってくる結婚話はロクなモンじゃないからやめときな! 早く自分で好きな人を見つけるんだよ!」

「け、結婚!?」


 バスケばあちゃんの言葉に、紫苑の声がひっくり返る。

 後は、俺だ。ホッピングばあちゃんは黙っている。


 黙っている。


 ……。


「ちょっとアンタ」

「ハア?」

「ハァじゃないよ、アンタの番だよ」

「あんだって?」


 あっ、聞こえてなかっただけですか……。


「だから予言よ予言! なんか言ってやりなさいよ!」

「あぁ、予言? 昔、森が動いたら負けって言ったことがあってねえ……」

「今の話だっての」


 たまらずバスケばあちゃんがツッコミを入れる。本当に大丈夫?


「あー、ええとね……」


 ホッピングばあちゃんは、俺とメリーさんを交互に眺めた後、ポツリと呟いた。


「女難の相が出てるから気を付けなさい」

「なんだそれ」


 1ミリも当たる気がしないぞ。

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