ターボばあちゃん 前半戦

「ごきげんよう、大鋸さん!」


 うわあ、本当にいた……。


「お、おう。久しぶりだな」

「久しぶりねー、紫苑。元気にしてた?」


 戸惑ってる俺と、平然としているメリーさん。その前にいるのは、黒髪をポニーテールにした快活な女子大生だ。白いブラウスの上に赤茶色のカーディガンを羽織り、似た色のスカートを履いている。肩には黒いショルダーバッグを提げている。その中に大学のテキストが入ってるんだろう。

 火熊ひぐま紫苑しおん。以前、『コトリバコ』の一件で助けた、その筋の人の一人娘だ。


 九州にいた彼女が西東京で俺たちに会っているのには理由がある。

 まず、紫苑は今年、東京の大学に入学した。そして単身上京してきた。俺は先週まで知らなかったが、メリーさんはLINEを交換していたので知っていたらしい。いつの間に。

 そして紫苑はメリーさんを通して俺を呼び出した。まさか稽古をつけてほしいとか言い出すのかと思ったが、違った。友達が変な妖怪に絡まれているので、助けてほしいという話だった。

 俺は妖怪退治屋じゃないから断ろうとしたけど、メリーさんとアケミに何故か怒られ、渋々出ていくことにした。チェーンソーで斬って終わる話ならいいんだけど……。


「……その人が、専門家の人?」


 冷たい声が投げかけられた。紫苑の隣に立っている、黒髪を首の辺りで切りそろえた少女だ。目つきが悪い。俺を睨みつけている。そんな少女に、紫苑は俺を紹介する。


「ええ。大鋸翡翠さんですわ。私の家の妖怪も退治してくださいましたの。この方が来れば百人力ですわ」

「大鋸です。どうも」


 なんか話盛ってない?


南部なんぶ沙也加さやかです、よろしく」


 沙也加と名乗った女子大生は、俺から目線を切らずに一礼した。

 彼女は薄紫色のパーカーを羽織っていて、その下には白いTシャツを着ている。キュロットスカートはオレンジ色で、足は黒いタイツでしっかりと覆っている。履いているのはスニーカーだ。ローファーで足元を固めて、なんやかんやお嬢様っぽい紫苑と違って、沙也加の格好は活動的な印象だ。


「ええと、それで、どんな妖怪を殺せばいいんだ?」


 バッグを肩に掛け直しながら、沙也加に尋ねる。この中にはチェーンソーが入っている。職質されたらアウトだけど、堂々としていれば声はかからない。かかってもなんとかごまかす言い訳はある。


「それについては、移動しながらお話します。行きましょう」


 沙也加に先導されて、俺たちは歩き出した。



――



 最近の公園は遊具が少ない。事故で怪我をしたらどうする、っていう話だそうだ。人間、地面に頭を叩きつければ死ぬんだけど、そしたら地球を撤去するんだろうか。いや、この話は関係ないか。

 大事なのは少ないことであって、無いわけじゃないって事だ。沙也加に案内された公園にはバスケのゴールがあった。1個だけ。バスケのコートがあるわけじゃない。子供がボールを投げ込んで遊べ、って意味だろう。

 あとは滑り台と動物の乗り物、それにベンチがあるだけの、広さの割に殺風景な公園だった。


「ここに、3人組の幽霊が出るんです」


 そう言って、沙也加はこの公園にまつわる怪談を話しだした。

 彼女がこの街に引っ越してきたのは今年の4月。駅まで行くのにこの公園のそばを通るので、バスケットゴールがあることは知っていた。しかし、どの時間でも、休日でも、誰も公園を使っていないのを不思議に思っていた。

 ある日、大学の帰り道で公園に差し掛かると、3人組の若い男たちが血相を変えて公園から飛び出してきた。3人組は沙也加に警察を呼ぶよう頼み込んできた。

 何がなんだかわからないので話を聞くと、どうやらすぐそこの公園で3人組の老婆の幽霊が現れたらしい。

 老婆たちは公園にたむろしていた青年たちにバスケの3on3勝負を挑んだ。青年たちが軽い気持ちで応じると、老婆チームにコテンパンにやられてしまった。青年たちが困惑していると、老婆たちは煙のように消えてしまった。それで悲鳴を上げて逃げ出したというわけだ。

 そのうち警察がやってきた。警官たちは慣れた様子で事情を聞くと、公園に誰もいないのを確認して帰っていった。後日、近所の人に話を聞いてみると、『出る』公園として近所では有名だったらしい。だから誰も遊んでいなかったというわけだ。


「ですので、大鋸さんにはここに出る3人組の老婆の幽霊をチェーンソーで退治してほしいのです」

「……ちなみに、怪我をしたり、死んだりっていう話はあるのか?」

「いえ。ただ、バスケをしようとするとその老婆たちが出てくるから、誰もこのゴールを使えないという話です」

「だったら別に放っておいてもいいんじゃないか?」

「は?」


 沙也加はあからさまに困惑の表情を向けてきた。


「人を襲うならまだしも、バスケの試合を挑んでくるだけだろう。だったらわざわざ殺す必要はないと思うが……」


 あと、こんなに態度が悪い人間の頼みでタダ働きさせられるのも癪だ。こっちは命を賭けてるんだ。人間でもひとり50万からだから、妖怪3体なら300万欲しい。


「バスケで人を怖がらせるなぞ万死に値します。一秒たりとも生かしてはおけません」

「もう死んでると思うんだが」

「ならばもう一度殺します」


 なんでそんなに怒ってるんだ。


「しかしタダっていうのはな……」

「は? 凶悪犯みたいな顔してる上に金まで取るんですか?」

「……火熊のお嬢さん。友達付き合いは考えたほうが良いと思うぞ」

「いえ、その……普段はもっといい子なのですが……」

「ヒッヒッヒッ。まあ年下の女の子に金をせびる男は、確かに嫌われて当然だわね」


 その声に、俺たちは一斉に振り返った。

 さっきまで誰も居なかったはずのベンチに、3人のばあちゃんが座っていた。ひとりは眼鏡を掛けた都会系のばあちゃん、ひとりは頭に手ぬぐいを巻いた農家系のばあちゃん、そしてもうひとりはバスケットボールを持ったスポーツ系のばあちゃんだ。

 間違いない。沙也加が話していた3人のばあちゃんだ。


「……あんたらが噂のバスケばあちゃんか?」

「はぁ?」

「アンタじゃないよ。それはアタシよ、アタシ」


 手ぬぐいのばあちゃんが聞き返すのを、バスケットボールを持ったばあちゃんが制した。


「アタシは『バスケばあちゃん』。こっちは『ターボばあちゃん』と『ホッピングばあちゃん』だよ。覚えとき」

「ターボ……?」

「こういうコトよ」


 背後から声。振り返ると、都会系のばあちゃんが俺の真後ろに立っていた。いつの間に!?


「ヒャアッ!?」


 紫苑が驚きながら蹴りを放つ。だが、ターボばあちゃんは高速移動で蹴りを避け、ベンチに戻っていた。

 ターボってまさか、超加速のこと!?


「おっかないねえ」

「なんですの……!?」

「はぁ?」


 誰も質問してないのに、ホッピングばあちゃんが聞き返す。どうやら耳が遠いらしい。


「……なんだかよくわかりませんが、出てきたのなら好都合。大鋸さん、切り刻んでください」


 ばあちゃんたちを睨みつけながら、沙也加が言った。素人にしちゃ殺意が高い。

 俺はチェーンソーをバッグから取り出そうとしたが……無い。


「これを探してんのかい?」


 ターボばあちゃんが手元のバッグを叩いた。俺のバッグじゃねえか、いつの間に!?


「まずい……!」


 咄嗟に拳を構える。武器無しであそこまで速い相手と戦えるか?

 ところがターボばあちゃんは敵意を見せず、両手を高く掲げた。降参のポーズだ。


「まあまあ。アタシらは別に乱暴をしにきたんじゃあないのよ」

「デタラメを。そう言って、今まで何人に危害を加えてきた?」


 沙也加が敵意満々で問いかけると、ターボばあちゃんは笑って首を横に振った。


「いやいや、決めつけてもらっちゃ困るねえ。アタシらはバスケをしに来たんだよ」

「は?」

「バスケだよバスケ。3on3で、3点先取。アンタらが勝ったら大人しく出ていってあげるよ」

「そんな話を信じるとでも……」

「それとも、勝つ自信が無いのかい?」


 沙也加が黙り込んだ。唇を噛み締めて、ターボばあちゃんを睨みつけている。今日で一番怒っている。


「上等じゃない。二度とバスケを汚さないよう、心をへし折ってやる」


 あー、うん。バスケをやる気になったのか……いいけど、相手の思い通りに乗せられてないか?


「あたしゃ『ホッピングばあちゃん』だよ!」


 ホッピングばあちゃんが脈絡なく叫んだ。突然の大声に全員押し黙る。

 ……あっちもあっちで大丈夫? ボケてない?

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