鮭の切り身の幽霊

 おう。先にやってるぞ。何頼む?

 ……何? 本当に前と同じように怪談話ができるのかって? できるぞ。

 だから、気にしなくていいっての。

 いやそれより。今日は怪談っていうか、ちょっと相談なんだ。いや、怪談なのは間違いない。ただちょっと、暴力じゃどうにもならないタイプなんだよ。


 始まったのは一昨日だったな。その日はなかなか寝付けなくて、布団の中で何度も寝返りを打ったり、一度起きてスマホをいじってたりしてた。

 夜2時ごろになってやっと目を閉じたんだけど、ぐっすりって訳じゃなくて半分ぐらい寝てる、みたいな状態だった。


 そしたらさ、足元でざぽーん! って音がしたんだよ。こう、池からコイが跳ね上がるような、サメが海から飛び上がるような、ああいう感じの水の音だ。

 いきなりそんな音がしたから、えっ水漏れ? って思った。慌てて目を開けてみたら、ちょっと離れた床の上に、いたんだよ。


 鮭の切り身の幽霊が横たわってた。


 いや、まさか家の中に堂々と幽霊が出てくるとは思わなかったからさ、ちょっと訳がわからなくなって、布団を被ってそのまま寝た。起きたら幽霊はいなくなってた。


 ……どうした、そんな顔して。 なんじゃそりゃ、ってなんじゃそりゃ?

 鮭の切り身の幽霊はいくらなんでもあり得なさすぎる? しょうがねえだろ、出ちまったものは……。


 いや、本物の鮭の切り身じゃねえよ。幽霊だ幽霊。間違いなく。

 前の晩に落っことした鮭の切り身をそのままにしておいたって? それはねえよ、いくらなんでも。部屋が生臭くなるだろ。

 本当に幽霊だって。ビチビチ跳ねてたり、浮いてたりはしなかったけど、朝になったら影も形もなくなってたし、床に脂がついてたりもしなかったから間違いなく幽霊なんだよ。

 切り身ってのがあり得ない? いや、そうとは限らないだろ。ほら、そもそも幽霊って足がないものだろ? 足がない幽霊と同じで、切り身しかない幽霊だっていてもおかしくないだろ。それは日本の幽霊だけ? そうなんだろうけど、でもここ日本だし。

 ほら、なんかあっただろ。あの、腕しかない幽霊だか妖怪だか! 映画で見た! ……え、映画は駄目なのか? そうかあ……。


 いや、それでな。一昨日だけじゃなくて、昨日も出てきたんだよ。鮭の切り身の幽霊。

 今度はぐっすり眠ってたんだけど、また、ざぽーん! って音がして目が覚めた。

 今度は布団の上に乗っていた。重みは……わからなかった。だって鮭の切り身だぞ。軽すぎる。被ってる布団のほうがずっと重い。

 それでわかったんだけど、布団の上に何かが乗ってると、意外と動けなくなるもんなんだな。特に金縛りにかかってたとかそういう訳じゃないんだけど、腹の上に何かが乗ってるからなんとなく動きづらかった。

 でも、いつまでも布団の上に鮭の切り身が乗ってるとなんか嫌じゃん? だから思い切って布団を跳ね除けて、鮭の切り身を捕まえてやろうと思ったんだよ。

 ところが、跳ね除けた布団をひっくり返したら、鮭の切り身は跡形もなく消え去っていた。布団の匂いも嗅いでみたけど、海の香りも、焼き鮭の匂いもしなかった。一応ファブっといたけどさ。


 まー、そういう訳でな。今日も出るんじゃないかって思って相談しにきた訳だよ。

 ……なんだ、そんな妙ちきりんな顔して。

 もうちょっと殺伐とした話かと思ってた? 家の中の話だからなあ……。


 ……あー。言っとくけどな。確かにこの前はああ言ったけど、別に気に食わなかったらポンポン殺すような人間じゃないぞ、俺は。

 人が死んだら騒ぎになるし、警察だって出てくるし、ちゃんと事前に準備しておかないと捕まるっていうのは知ってるんだよ、俺は。だから四六時中むやみやたらに人殺しはしない。それくらいの常識はあるんだよ。

 ……なんだその顔?


 いやでも、いっそのこと鮭の切り身がチェーンソー持ち出してきたら話は早かったんだよな。それを返り討ちにすればいいんだから。でもさあ、チェーンソー関係ない普通の幽霊だろ? こういう普通の霊体験っていうのは初めてでさ、どうしたらいいかわからないんだよ。

 普通? え、普通じゃないのこれ? いないはずのものが出てきて、朝になったら消えてる。どう考えたって普通の鮭の切り身の幽霊だろ? 鮭の切り身ってのが普通じゃない? そうかなあ……。

 なあ、雁金。いい考えはないか?


 ……うん? 最近魚を食ったのかって? いや……食べてないな。そういえば。

 魚はさ、あんまり腹にたまらないんだよ。お惣菜コーナーでも魚を使ってる料理はちょっと量が少なくて。どうしてもメシは米、肉、野菜、果物って感じでなあ……。

 なら魚を食べたほうがいい。魚の主張かもしれない、と。

 うん……なるほど。それは一理あるな。それじゃあ早速注文しよう。


 すいません、刺し身の盛り合わせ、ひとつお願いします。



――



 雁金ェ!

 刺し身の盛り合わせの幽霊が出てきたぞ! どうすりゃいいんだこれ!? 雁金、雁金ェーッ!

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