東日本最凶の心霊スポット(1)

「先輩、ご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」


 いつものように酒を飲んでいると、雁金が話を切り出してきた。


「おう、なんだ?」

「実は今度、取材旅行に行くので一緒に来てほしいんです」

「なるほど」


 『逆さの樵面』や『おきつねさま』の時のように、雁金は取材のボディーガードで俺とメリーさんを呼ぶことがある。なんかあった時のためで、実際なんかあった。今回もそういうことだ。

 ちゃんとお礼は貰えるし、何より身内の頼みだから断る理由がない。雁金の上司の水谷さんも承知している。


「で、今度はどこに行くんだ?」

「はい。『東日本最凶の心霊スポット』です」

「……大きく出たな」


 最凶。男としてはちょっと心惹かれる単語だ。ただ、それが心霊スポットについてるとなると、穏やかじゃない。


「最凶っていうと、なんだ。ヤバい奴がでるのか? チェーンソーの怪獣とか」

「怪獣はでませんけど、村全体が呪われているらしいですよ」


 ほう。いかにもって感じだ。


「川の氾濫で大勢の人が死んだとか、列車事故があったとか、山で行方不明者が多発しているとか、カルト教団の本拠地があるとか……とにかくいろいろなことがあって、村全体が呪われているって噂されているんです」

「うーん……」


 それはちょっと胡散臭い。たまたまそういう事故が重なっただけの場所かもしれない。そもそも全部本当の話なのか? なんでもない廃墟に噂話を重ねてるだけなんじゃないのか。


「そこに行った奴はいるのか?」

「はい。人は住んでいますし、電車も道路も通っているそうです」

「え、人、住んでんの? そんな所に取材に行ったら迷惑にならないか?」

「確かに無断で行ったら迷惑ですが……私はちゃんと役場に電話して、許可を頂きましたから大丈夫です」

「許可降りたの!?」


 自分の村が心霊スポットとして紹介されるのにOK出す役場ってなんだよ!?


「勝手に歩き回られるよりはいいそうで……あ、写真を撮ってSNSに載せている人もいますよ」


 そう言うと、雁金はスマホを操作してその写真つきツイートを表示した。


「これですね。川の氾濫で亡くなった方々の慰霊碑だそうです」


 古びた石の写真だ。パット見、ただの石にしか見えない。よーく見ると、表面に何か文字が彫られれているようだけど、何が書いてあるかはわからない。

 写真のツイートにはリプライがついている。『雰囲気がある』とか『強い無念を感じる』とか『子供の霊がすがりついているのが見える』とか、そんなのだ。

 もちろん、俺の目には何も見えない。こいつら適当言ってるんじゃないのか。


「それと、こちらがその場所から列車事故の現場を撮った写真です」


 河原と、遠くに線路が見える写真だ。特に何の変哲もない田舎の河原だ。何の変哲もなさすぎて、見覚えすら感じるくらいだ。背景素材にでもなってるのかな。


「で、事故現場に近寄って撮った写真がこれですね」


 雁金がスマホを操作する。土手の上を走る単線の線路がある。それだけだ。遠くに農作業をしているおばあちゃんが映っている。リプライではそれを幽霊だとか、撮影者を監視する謎の人物だとか言っている。んなアホな。


「なあ、これリプ欄で大喜利やってるだけなんじゃないのか……?」

「まあ確かにここまではよくある話なんですけど……この次なんです。山の写真です」


 次の写真が映る。村の北に立ち並ぶ山の写真だ。それを見た瞬間、背筋が泡立った。


「先輩、何か感じましたか?」

「お、おう」

「流石ですね。リプもここは本当にヤバいって言っていて、神だとか鬼だとかが住んでるって話題で持ちきりなんです。

 それに、会社の雑誌の読者さんからも、この山の写真が送られてきまして。その人はSNSやブログで話題になってることは知らないんですけど、そういう人でも気になる山ですから、これは本当ですよね!」


 いや、その、これは。


「それともうひとつ、激ヤバスポットがあるんです」


 俺が口を開く前に、雁金は別の写真を出した。画面に映ったのはごく普通の一軒家の写真だ。田舎らしく大きな家で、庭には小屋がある。


「おい、マジか……」

「わかりますか。ここがなんらかの惨劇の舞台になったそうです」


 リプライにも『見ただけで寒気がした』とか、『この場所に怨念が渦巻いているのが雰囲気から伝わってきます』とか、『この小屋で何か惨劇があったのは間違いないですね』とか書かれている。ありえねえ。


「役場の人は笑ってましたけど、これだけ多方面から言及されるなら間違いないです。ここが『東日本最強の心霊スポット』ですよ!」


 はしゃぐ雁金に対して、俺は聞いた。


「なあ。その役場の人って藤谷ふじたにさんだろ?」

「はい? え、ええ、そうでしたけど……!?」


 やっぱりそうか。あの人、こういう事に悪ノリするからなあ。


「それにこの村、過縄かなわ村だろ」

「えっ!? ひょっとして先輩、知ってるんですか!?」

「知ってるも何もなあ」


 スマホに映る何の変哲もない一軒家を見つめながら、俺は呟いた。


「ここ、俺の実家だよ……」



――



 過縄村。山に囲まれた人口100人ちょっとの小さな村だ。高速道路が近くに通っていて、単線ながら電車もあるので交通の便はいいが、外部の人間が好き好んで来る場所じゃない。

 なぜなら、見るものがない。見渡す限りの田んぼと畑。後は生活に必要な最低限の施設。公共施設だけは無駄にデカいド田舎。観光名所なんてあるわけない。


「えー、右手に見えますのは過縄川。江戸時代に洪水があり、何人かが流されたという言い伝えが残る川でございます」


 そんな村を観光案内している。車の窓から見える川の流れは、10年前と大して変わっていなかった。

 昔、洪水があったという話は聞いているが、それが本当かどうか確かめる術はない。少なくとも俺が生まれてからは、この川で人が溺れ死んだなんて話は聞いたことがない。


「はえー」

「普通の川じゃない」

「だよねえ」


 俺の観光案内を聞いているのは、助手席の雁金と、後部座席のメリーさん、それにアケミだ。

 雁金と一緒に取材も兼ねて実家に帰るという話をしたら、後部座席のふたりもついてくると騒ぎ出した。観光地じゃないと説明したけど、それでも行くと聞かなかったので、こうして4人で実家に帰ることになったわけだ。


「下流まで行くと、もうちょっと大きいんだけどねー」


 アケミは元々地元に近いから、他のふたりよりも地理を知っている。それでもこの村に入ったことはないから、珍しそうに辺りをキョロキョロしていた。

 しばらく車を走らせると駅に着いた。過縄駅だ。駅前には申し訳程度にコンビニと交番が置かれている。


「駅前なのに建物がありませんね」

「基本、車社会だからな」


 駅を使うのは学生と、村の外に勤めている一部の大人くらいだ。


「人が少なすぎて人身事故も1回しか起きてないし、それもホームで止まろうとした電車にぶつかって軽くケガした、くらいのもんだ」

「ということは、あのブログに書かれていた事故は……」

「全部デタラメだよ」


 都会の列車じゃないんだから。

 更に車を走らせる。駅や川がある村の南から、俺の実家がある村の西へ。すると、さっきまであれこれ騒いでいたメリーさんとアケミが静かになった。


「どうしました?」


 雁金はキョトンとしている。バックミラーを見ると、ふたりは窓の外に見える山を気にしていた。

 俺は山に一瞬視線を向けてから、言った。


「あの山はな、神様の山なんだよ」

「神様の……?」

「『八尺様』の山って言ったほうがわかりやすいか?」


 俺の言葉に雁金は目を丸くして、山を見つめた。


「あんまり見すぎるなよ。山に住んでる怪異に目をつけられたら面倒だからな」

「目をつけられたらどうなるんですか……?」

「ああなる」


 道の前から歩いてくる人影を指差す。目を凝らした雁金たちが、喉の奥から小さな悲鳴を上げた。

 作業ツナギを着たその男は、爆笑しながら自分の指を目に突っ込み、ぐちゃぐちゃに潰しながら歩いていた。

 ちょっと普通じゃない男と徐行運転で男とすれ違う。格好からして村人じゃなさそうだ。さては山に入っちまったのか?


「あれはちょっと運が悪い例だな」

「ちょっとであれ!? 大丈夫なんですかこの村!?」


 雁金が悲鳴を上げるけど、そこまでビビる必要はない。


「大丈夫、大丈夫だ。ほら見ろ」


 俺は田んぼの一角を指し示す。おじいさんがチェーンソーを持って立っていた。


「なっ、なんですかあの人。なんで田んぼでチェーンソーを?」

「足元を見ろ。『ヒサルキ』がいる」


 子どもくらいの大きさの黒いサルのような怪異が、おじいさんの近くで様子をうかがっている。ヒサルキだ。久しぶりに見たなあ。

 ヒサルキはおじいさんに飛びかかったが、おじいさんはチェーンソーで一刀両断にした。真っ二つになったヒサルキを田んぼから引っ張り出し、軽トラの荷台に乗せると、おじいさんはそのまま車に乗って走り去った。


「……なに、あれ」

「チェーンソーのプロだよ」

「え、なんで白昼堂々歩いてるんですか?」

「だってここ、チェーンソーのプロの村だぞ?」


 雁金は、ポカンと口を開けて固まってしまった。あれ?


「言ってなかったっけ? この村の人間はみんな親戚みたいなもんで、そのうちの半分以上がチェーンソーのプロだって」

「……ご存知でした、アケミさん?」

「知らない……」


 そりゃそうだろ、部外者には絶対知られないようにしてるんだから。

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