おきつねさま(2)

 おきつねさまが回し蹴りを放った。避けられない。チェーンソーで防ぐ。重い一撃。体勢が崩れる。子供の足なのに獣みたいなパワーだ。

 チェーンソーを振るうと、おきつねさまは素早く飛び退った。


「先輩!」


 雁金がショットガンを撃つ。おきつねさまはバク宙回避。どういう運動神経だ。

 間合いが離れた。睨み合いになる。


 強い。俺と雁金二人がかりで互角だ。いや、ハッキリ言って弄ばれてる。おきつねさまは始終薄笑いを浮かべていて、本気を欠片も見せていない。


「一体なんだってんだお前ら」

「キミたちこそなんなのさ。『ヒギョウさま』のお仲間?」

「ヒギョー? なんだそれは。そっちこそ、『おきつねさま』のお前はともかく、あの男はなんだ?」

「おきつねさま?」


 狐っ子が首を傾げた。


「ボクはヤコだけど、狐っていえば狐かなー?」


 狐耳と狐の尻尾を生やした狐っ子の癖して狐じゃなかったらなんなんだよ。


「なんでもいいが、吉川さんが迷惑してるんだ。これ以上好きにはさせないぞ」

「あっ、そうなんだあ……」


 にへら、とおきつねさまが笑みを浮かべた。背筋の凍る気色悪い笑みだった。

 雁金の銃撃。戦闘再開だ。散弾を掻い潜っておきつねさまが突っ込んでくる。前に出てチェーンソーを振り下ろす。それも避けられ、おきつねさまがボディブローを打ってきた。

 腹に衝撃。重い。金属バットで殴られたみたいだ。チェーンソーを取り落とす。おきつねさまがにぃ、と笑う。


 そして、両腕でおきつねさまの腕を抱え込んだ。


「あっ」

「そう、らっ!」


 力任せにおきつねさまを放り投げる。小さく軽いおきつねさまの体は空中に投げ出された。……普通は腕が折れるんだけどな。あの投げ方したら。やっぱ、見た目とは裏腹に頑丈だ。

 おきつねさまは空中でくるくると回転する。足から着地するつもりか。だけど。


 轟音。


 雁金のショットガンがおきつねさまを撃ち落とした。いくらすばしっこくても、空中にいたんじゃ避けられないだろ。

 落ちた所に更に2発。雁金は容赦なく散弾を浴びせる。こっちは片付いた。


「ナイスだ、雁金」

「はい……すみません、ちょっと目眩が」


 なんだか雁金の顔が悪い。どうした。攻撃は食らってないはずだけど。


「大丈夫か? ちょっと休んでろ」

「すみません……」


 雁金を休ませ、今度はメリーさんの方に目を向ける。


「メリーさん、そっちは……」


 メリーさんが倒れていた。それを、脇差を手にした男が興味深げに覗き込んでいる。


「……うーん、『メリーさん』の怪異なのは間違いないが、それだけではないようだな。

 チェーンソー……チェーンソー? わからない。アニメも怪異になる時代なのか? 実に興味深い」


 ――何を言ってるのかは、途中から理解できなかった。


「……っ、何してんだテメエはあああ!」


 その時点でブチ切れてた。

 チェーンソーを拾って突っ込む俺に、男は得意げに語り聞かせる。


「それに比べて君はわかりやすい。怪力乱神語るに及ばず。『チェーンソーの殺人鬼』、アメリカのホラー映画だろう?

 古典である故に正体は丸わかり。解体完了だ」


 男が脇差を横薙ぎに振るう。間合いの外だ。

 構わず踏み込んで、頭にチェーンソーを振り下ろす。


「何ッ!?」


 男は慌てて脇差を掲げた。構わない。全力で振り下ろしたチェーンソーを叩きつける。衝撃を受け止めきれず、男は吹っ飛ばされた。


「ちょっとおおお!?」


 悲鳴を上げて男が転がる。その後を追って走る。


「待て、待った不合理だ! 確かに本質を言い当てただろう!?」

「うるせえっ!」


 チェーンソーを力任せに振り回す。男は悲鳴を上げながら防ぐ。


「こんなにわかりやすいのに間違ってるはずがない!

 ……まさか君、チェーンソーを振り回すだけの人間か!?」

「ただのチェーンソーのプロだよっ!」

「チェーンソーのプロってなんだい!?」


 答える代わりに、チェーンソーを横薙ぎに振るった。立て続けの強打にとうとう脇差が弾き飛ばされた。男が無防備になる。

 トドメは顔面への刺突。そう思うと同時に、背後から殺気。

 振り向く。顔の高さに足。おきつねさまの回し蹴り。掲げたチェーンソーで咄嗟に防ぐ。 みし、と腕の骨が鳴った。体が浮く。吹き飛ばされる。石が転がる地面に叩きつけられる。


「それ以上は、だぁめ。だよ?」


 金色の瞳を爛々と輝かせ、おきつねさまが嗤った。

 ショットガンを受けたせいで、おきつねさまの着物はボロボロだ。しかし、布地の下に覗く白い肌に傷がついた様子はない。バケモノにも程があんだろ。

 これじゃチェーンソーが効くかもわからない。となると、今出せる最高火力が欲しい。


「雁金! デカいショットガンの弾を用意しろ!」


 単発弾スラッグショット。あれなら効くはずだ。だが、雁金から返事がない。


「ふふっ。カワイイ恋人さんはどうしちゃったんだろうね?」


 おきつねさまが嫌らしい笑みを浮かべている。

 後ろから咳が聞こえた。雁金か? 返事もできないほどきついのか?

 ふと見ると、おきつねさまの後ろにいる男が立ち上がろうとしていた。ところが、体を起こせない。起き上がれない? 追い詰めたとはいえチェーンソーはすべて防がれていた。ダメージが入ってないのに、どうして?

 ……なんかおかしい。何かが起きてる。考える俺の鼻が、腐った卵のような臭いを嗅ぎ取った。最初により強くなってる。


「あっ」


 まさか。


「……オーケー、待った。休戦だ。ヤバいぞ、ここ」

「なーに? ビビっちゃった?」

「違う違う。多分、毒ガスが出てる」


 さっき雁金が言ってたヤツだ。ガスのせいで木が枯れてるって。今気付いたけど、俺もちょっと気持ち悪い。おきつねさまが平気なのは、まあ、人間じゃないからな……。


「お前の仲間も後ろで酷いことになってるぞ」

「そう言って振り返ったらざっくりいく気でしょ?」

「違う違う」


 マジでヤバいって。ゲロ吐いてる。後ろの雁金もどうなってるかわかったもんじゃない。


「よし、それじゃあ、せーので振り返るぞ、いいな?」

「そう言って目を逸らしたら襲いかかるつもりでしょ?」

「ないから! ほら行くぞ! せーの!」


 振り返る。案の定雁金はぶっ倒れていた。


「ほら見……」


 脇腹に衝撃。おきつねさまが飛び蹴りを放っていた。


「ぐえっ!?」

「騙されないよーだ」

「こ、このクソガキ……!」


 立ち上がり、チェーンソーを構える。腹に食らったせいで余計気持ち悪くなってきた。しかもこっから動けば動くほど毒ガスを吸い込むことになる。これは本当にヤバい。


「があっ!」


 チェーンソーを大きく振るう。おきつねさまは後ろに飛び退って避ける。間合いが開いた。詰めずに、ゆっくりと横に回り込む。


「さあさあ、そろそろできることがなくなって来たんじゃないかな?」


 おきつねさまはニヤニヤ笑いながら尻尾を振っている。


「ボクはまだまだいろいろできるよ? 殴ってよし、蹴ってよし。キミは足が好きみたいだから、これで絞め落としてあげよっか?」


 余裕かましてる。頼む。そのままでいてくれ。


「ああ、それとも。キミは美味しくなさそうだけど、食べちゃうのも……」


 煽ってたおきつねさまの表情が固まった。


「明!?」


 叫ぶと同時に、俺の横をすっ飛んで駆けていく。そして、俺の後ろにいた脇差男の側に駆け寄った。


「ねえ、何やってるの!? どうしたの!?」


 やっと気づいたかあのバカ。後ろに回り込んで正解だった。

 おきつねさまが襲ってこないのを確かめてから、俺はメリーさんに駆け寄った。


「大丈夫か?」

「ごめん……」


 メリーさんは俺の体を支えに、フラフラと立ち上がる。チェーンソーを持てないほど弱っている。

 続いて雁金に駆け寄る。


「大丈夫か?」

「うええ……」


 こっちは立ち上がれもしない。体を起こして、首の後ろを通すように担ぐ。ファイアーマンズキャリー。


「ここから離れるぞ、メリーさん。行けるか?」

「大丈夫……!」


 俺たちは殺生石の岩場から逃げ出した。おきつねさまを逃がすことになるけど仕方ない。毒ガスとは戦えない。


「ねえねえどうしよう!? 明が倒れちゃったんだけど!?」


 うわぁ追いかけてきた!?


「こっちくんな!」

「そんなこと言わないでよー! ぶっ殺すよ!?」


 小走りの俺らの周りを、おきつねさまは脇差男をお姫様だっこしながらぐるぐる回っている。


「どうしようどうしよう!?」


 さっきまでの迫力は何だったんだ。完全に慌ててる子供にしか見えない。

 しかしこう、周りでぐるぐるされると、邪魔だし鬱陶しい。


「ガスにやられてるんだから、風通しのいいところに逃げろ! で、休め! 以上!」


 アドバイスだけしてやる。どっか行ってくれ。


「わかった! ありがと!」


 おきつねさまは礼を言うと、ぴゅーっとどこかへ行ってしまった。

 よし、これで安心して逃げられるな、と思っていたら、おきつねさまはぴゅーっと戻ってきた。


「風通しのいいとこってどこ!?」

「自分で考えろ!」

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