おきつねさま(1)
コケコケ、コケッケ、コケコケコケ。
「おわわわわ……」
多い多い多い。ニワトリがたくさんいる。地面が真っ白だ。足の踏み場がない。
養鶏場の柵の中に入るなり、放牧されていたニワトリたちが凄い勢いで群がってきた。エサの時間と勘違いしてるのか?
「まーてー!」
ニワトリ包囲網の向こうでは、メリーさんがニワトリを追いかけ回している。楽しそうで何よりだ。俺もまあ、襲われてるわけじゃないから、すぐに慣れた。
一通りニワトリと遊んで満足したメリーさんと一緒に養鶏場を出る。気付けばもう3時だ。ニワトリと遊んでいたら1時間も経ってしまった。
メリーさんを連れて家に入る。田舎特有のデカい家だ。ただデカいだけでなく、バリアフリー、床暖房完備、太陽光発電も備えている、金のかかった家。俺の住んでるアパートとは大違いだ。
「あっ、先輩。おかえりなさい」
客間に入ると、古い巻物を読んでいた雁金が顔を上げた。
「どうだ、『おきつねさま』は?」
「うーん、まだ祟りかどうかもはっきりしませんねえ」
「マジかよ。幽霊の仕業なら一発でわかりそうなもんだが」
「被害が全部物理なんです」
「物理かあ」
ここは広島県の山村。俺たちは、『おきつねさま』という怪異を調べるためにやってきていた。なんでも雁金の会社に怪談を調べてほしいという依頼があったらしい。
依頼主は養鶏家の
吉川さんが言うには、ここ最近、この山村で『おきつねさま』なる幽霊が暴れ回っているらしい。
初めは、電柱に謎の切り傷がついていたり、フェンスが破壊されたくらいだった。それが次第にエスカレートし、豚や鶏が殺され、ついには村人が怪我を負う事件が起きた。
当然警察沙汰になったが、犯人は見つからない。そこで吉川さんは、この事件が先祖代々伝わる怨霊『おきつねさま』のせいだと考えた。しかし、どうすれば『おきつねさま』を鎮められるか、そもそも『おきつねさま』が何なのかもわからない。
困った吉川さんはあちこちの専門家に声をかけた。その中に、怪談・オカルトの雑誌を手掛ける雁金の会社があったというわけだ。
仕事を引き受けた雁金は、吉川さんの家にあった古文書を調べ始めた。しかし、今になっても手掛かりが見つからない。
「……やっぱり、人間の犯人じゃないか?」
俺はそう思う。幽霊の仕業にしては、事件が生々しすぎる。農作物の窃盗団とかがいるのかもしれない。
「でも資料はあるので、調べてみる価値はあると思います」
「ふーん。メリーさんはどう思う?」
「スヤァ……」
振り返ると、メリーさんはソファで寝ていた。さっきまであんなに元気だったのに。ほんと子供は急に寝る。
俺は立ち上がるとリビングに向かった。そこでは吉川さんがテレビで競馬を見ていた。
「すいませーん」
「おう?」
「毛布貸してくれませんか? 姪っ子が寝ちゃって」
「ほうか。客間の押し入れの布団、使ってええよ」
「どうも、すみません」
客間に戻り、押し入れからきれいな子供用毛布を取り出し、メリーさんにかける。これで風邪を引く心配はなくなった。妖怪が風邪を引くのかどうかは知らないけど。
客間が静かになる。雁金が古文書をめくる音と、メリーさんの寝息だけが聞こえる。俺はやることがない。暇だ。
タバコでも吸おうと思ってポケットを探ると、残り一本だった。これじゃ夜の分がない。確か、ちょっと離れたところに店があった。あそこなら売ってるかもしれない。
「ちょっとタバコ買ってくる」
「はーい」
雁金の上の空な返事を背に、俺は家の外に出た。車に乗ろうとして、鍵が家の中だと気付く。めんどくせえ、歩いて行こう。
ぼけーっとしながら道を歩く。いい天気だ。薄雲がかかってるけど、却って秋晴れっぽい。
平和だ。そして田舎だ。畑と家以外何もない。こんなところに本当に『おきつねさま』なんて出るのか?
15分くらい歩いて、店に辿り着いた。……なんの店だろう、これ。たばこって看板はあるし、棚に野菜とか軍手とか置いてあるし、奥にレジとカウンターがあるから、なんかの店だと思うんだけど、なんの店だかわからない。看板もないし。
とりあえず入ってレジへ。店主のおじいちゃんに声をかける。
「すいません、タバコあります?」
「ん」
後ろの棚を指さされる。……あー、いつものがない。まあ田舎だから品揃えはしょうがないか。
「8番で」
「460円」
500円払い、お釣りを貰う。すると、タバコを出した店主が訊いてきた。
「初めて見る顔だな。何しに来た?」
「吉川さんの家に、仕事で」
すると店主は深々と溜息をついた。いかにも迷惑そうな様子だ。
「そうかい。なら、仕事が終わったらさっさと帰りな。あの家におっても、ロクな事はないけ」
これは……ドラマとかゲームでよくある、よそ者を迷惑がる田舎の老人! すげえ、実在したんだ!
「はい。ありがとうございます。さっさと帰ります」
タバコを受け取り店を出る。いやー、珍しいものが見れた。
帰り道、柿を満載したトラクターとすれ違った。あぜ道から降りて道を譲ると、運転席のおばあちゃんに怪訝な顔をされた。よそ者に向ける視線だ。凄い、本物だ!
嫌われてはいるんだけど、ドラマやゲームみたいな状況でむしろワクワクする。もっとイベント起こらないかな。
ぽん、ぽん、と音がした。なんだと思って見回すと、ボールが足元に転がってきた。拾い上げる。普通のゴムボールじゃない。固い。木に布を巻き付けたのか? あれか、鞠ってやつか。
「おにーさん、それ、ボクの」
声をかけられた。振り向く。イチョウ色の着物を着た女の子が、すぐ側で俺を見上げていた。
これは……田舎で鞠つきして遊んでる謎の子供! すげえ、ミステリードラマじゃん! 数え唄とか歌い始めたら完璧だな!
いや、ちょっと待て。おかしい。普通の子供じゃない。頭に耳が生えてる。人間じゃなくて獣の。そして尻尾も生えてる。ふっさふさの、黄金色のキツネの尻尾が3本も。
キツネ。エキノコックス。違う。
きつね。ねこ。こぶた。たぬき。いやこれも違う。
きつね。……『おきつねさま』じゃん!?
「返して?」
「おうわかったすまんすまん」
秒で返した。ヤバい。嘘だろ。こんな白昼堂々出遭うとは思わなかった。こっちは丸腰だ。キツい。襲われたら勝てる自信がない。せめてチェーンソーをくれ。
幸い、おきつねさまは俺に興味が無いようで、鞠をついて遊んでいる。時折蹴り上げたり、ドリブルしたり、リフティングしたり、自由だ。
しかし、おきつねさまがこんな子供だとは思わなかった。フェンスをぶっ壊したり、人を殴り飛ばしたりするから、もっとデカい、クマみたいな亡霊だと思ってたのに。全然イメージと違う。狐耳と尻尾を無視すれば普通の女の子だ。
……いや、よくよく見たらそんなに普通じゃないな。あの時代劇みたいな着物はなんだ。今は平成だぞ。近所のじいさんばあさんも洋服着てスマホ持ってる時代だ。『おきつねさま』は頭江戸時代なのか?
それに足。裸足だ。靴下も履いてない。外で遊ぶなら草履ぐらい履いとけよ。あと着物の丈が短くて、膝より上に来てるんだけど、大丈夫なのかこれ。
そんな風に思っていると、俺の視線に気付いたおきつねさまが声をかけてきた。
「なあに? ボクの足、気に入った? おにーさん、足フェチ?」
『おきつねさま』がからかい気味の笑顔を浮かべて、着物の裾を少しめくる。
「やめなさいそういうの」
「えー」
俺が捕まる。
これ以上絡まれる前に、さっさと逃げよう。踵を返して歩き出す。 ひょっとしたらついてくるんじゃないのか、と思ったけど、『おきつねさま』はその場で鞠をついてるだけで、追いかけては来なかった。助かった。
時々後ろを振り返って、『おきつねさま』が来てないことを確かめつつ、どうにか吉川さんの家に逃げ込んだ。
「おかえりなさい、先輩」
「いた」
「え?」
「『おきつねさま』、いた。さっき会った」
「えっ、大丈夫ですか!?」
「無事だ。でも急に来るとは思わなかったぞ、どうなってんだ?」
「そういう幽霊なんでしょうね。どんな幽霊だったんですか?」
メモを準備した雁金が聞いてくる。
「狐っ子」
「えっ」
「いや狐っ子だよ。耳と尻尾が生えてて、着物着てて、裸足だった」
「なんか違いません、それ?」
「いやでも……『おきつねさま』じゃん?」
「はあ」
「で、狐耳と尻尾が生えてる人間とかあり得ないだろ。妖怪だよ妖怪」
「それは……まあ、そうですけど」
「なんだ、『おきつねさま』、見つかったんか?」
家主の吉川さんが部屋の入り口から顔を出した。
「はい、さっき、狐の妖怪と会いまして……」
「狐、狐かあ……なるほど確かに……」
「何か知ってるんですか?」
確かに、ってことは心当たりがあるってことだよな?
そう思って聞いてみると案の定決定的な話が帰ってきた。
「あれだ。あっちの山に殺生石がある」
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