発狂頭巾
発狂頭巾って知ってるか? 知らない? そうか……。
発狂頭巾って何だって? 時代劇だよ。多分。
この前、真夜中に目が覚めてさ。中々寝付けなかったからテレビつけたらやってたんだ。何チャンネルかは……わからないな。適当に切り替えてたし。
内容? えーとな……だいぶヤバい。映画じゃなくて1時間のドラマで、多分江戸時代だと思うんだけど……ヤバい。何がヤバいのかって? 全部だよ全部。
まず主人公の名前が吉貝って言うんだ。……な、ヤバいだろ?
吉貝は貧乏長屋に住んでるんだけど、そこに岡っ引きのハチがやってくる。ハチは長屋を見渡してこう言うんだ。
「旦那ァ、今日は随分静かですけど、皆さんどちらに行かれてるんで?」
すると吉貝が洗濯板で大根をすりおろしながら返事をする。
「間津倉屋が福袋を作る故、中身の仏像を探しに行っておる」
「間津倉屋……ああ、なるほど。仕事を探しに行ってるんですね」
間津倉屋っていうのは江戸の大商人で、あちこちの藩に金を貸し付けている。そして町人や無宿人のために仕事を斡旋して、飯まで食わせてやっているらしい。貧乏長屋の住人はそれを目当てにでかけているんだ。
吉貝の言ってることがメチャクチャだって? そりゃそうだろ、発狂頭巾なんだから。ドラマの中じゃずっとこの調子だ。ハチがすぐに解説してくれるから、何言ってるかはわかるんだけどな。
それからハチは気を取り直して、吉貝を尋ねた理由を語るんだ。何でも異人の殺人鬼が江戸に潜んでいるらしい。
事の始めは一ヶ月前。九十九里浜に異国船が流れ着いた。乗っていた異人はほとんどが死んでいたが、1人だけ大男が生きていたそうだ。そいつは役人から逃げて姿をくらました。
それから少しして、江戸で連続殺人事件が起きた。被害者はいずれも体をズタズタに切り裂かれていた。街の人たちは鬼が出たと噂してる。
江戸町奉行が血眼になって犯人を探していると、九十九里浜で逃げ出した異人の話が入ってきた。奉行所はそいつが犯人だと決めつけて、役人や岡っ引きを総動員して江戸中を探しているそうだ。
で、ハチは頼れる吉貝にも殺人鬼を探すのを手伝ってほしいって頼みに来たんだけど、吉貝は壁に向かってブツブツ話すばかりで、ハチの方を見向きもしない。
「こりゃあ、今日の旦那は調子が悪いんだな」
諦めて帰ろうとすると、不意に吉貝が立ち上がる。
「うむ、宗谷よ。大根の煮物は弱火で煮込む故」
そう言って吉貝は別の長屋へ歩いていく。そこには頭に革の頭巾を被った大男がいるんだ。大男はかまどで米を炊いていたんだけど、上手くいかなくて吉貝がやり方を教えるんだ。
そいつは宗谷っていう名前で、ちょっと前にこの長屋に流れ着いたらしい。宗谷は喋れないけど、力持ちで手先が器用だから、ボロ長屋の修理をやらせて代わりに皆で面倒を見ているそうだ。
ハチは、まさかこいつが殺人鬼の外国人じゃないだろうね、と思うんだけど、宗谷は顔に頭巾を被っているからわからなかった。
で、場面が変わって、夜の江戸になる。
酔っ払った町人が路地を歩いていると、そこに鬼のような大男が現れる。町人は慌てて逃げるけど、大男は手に持ったチェーンソーで町人を斬り殺すんだ。
は? 時代劇にチェーンソーが出てくるのはおかしい? しょうがないだろ出てきたんだから……。
それからまた場面が変わって、ハチが新たな事件が起きたと吉貝に伝えに来る。そしてハチは宗谷が殺人鬼なんじゃないかと疑う。
そしたら吉貝が物凄い勢いで怒った。
「宗谷がそのようなことをするわけがない! あれは真面目に働く人間ぞ、鬼などではない! 鬼が江戸の街を徘徊すると言うのなら、拙者が成敗してくれる!」
そうして、吉貝の捜査が始まった。
吉貝はその、頭が……まあ、言ってることはメチャクチャなんだけど、捜査パートは意外と真っ当にやってるんだよな。事件現場を調べて、被害者の家族に聞き込みをして、証拠を集めていく。刑事ドラマみたいだったな。
で、捜査の結果、被害者たちは全員、間津倉屋と関わりがあったことがわかった。間津倉屋から仕事を受けた人もいれば、炊き出しを受けただけの人、丁稚奉公している人、金を借りている人、などなど。いかにもって感じだよ。
じゃあ間津倉屋が黒幕かな、って思ったんだけど、ちょっと不穏なシーンがあってな。吉貝とハチを宗谷が隠れて後をつけていたんだ。2人をじっと見つめる宗谷は、頭巾のせいで表情がわからなくて不気味だった。
シーンが切り替わって、間津倉屋の座敷になった。そこでは間津倉屋の主人と武士が酒を飲みながら話していた。
「間津倉屋、お主も悪よのう」
「いやはや、お代官様ほどでは……異人が持っていた武器を量産して、幕府の乗っ取りを企てようとは」
「既に武家は借金まみれ。まともな戦はできぬ。鎧もやすやすと切り裂く異人の剣を量産した暁には、文字通り八つ裂きにしてくれるわ」
「その時はお代官様、ぜひ我々をご贔屓に……」
「当然よ。ワシが大老になったら、間津倉屋、お主は江戸の筆頭商人だ。楽しみに待っておれ」
「ははーっ!」
コッテコテの悪役の会話だったな。今どきあそこまでのヤツは無い。古い時代劇だなあって思ったよ。
代官は床の間に飾り付けていたチェーンソーを手に取ると、スターターを勢いよく引いた。エンジンが唸りを上げて、刃が回転し始めた。それを振るうと、飾られていた鎧が真っ二つになった。
「お見事!」
「うむ。素晴らしい切れ味よ。……今、何本くらいできあがった?」
「およそ20本です。平賀め、簡単にしろと言うたのに、複雑な設計図をよこしてきて……」
「出来が良いなら十分ではないか。どんどん作れ」
「ところでお代官様、逃げ出した異人は見つかりましたか?」
「まだだ。だが気にすることはないじゃろう。奴一人では何もできまい」
「それもそうですな。ハッハッハッ……」
次の日、吉貝とハチは江戸一の発明家、平賀エレキテル源内の屋敷に向かった。それで巷の連続殺人鬼の武器が、源内が作ったものだった事を突き止めるんだ。ただ、一から発明したわけじゃなくて、間津倉屋が持ってきた南蛮渡来のチェーンソーを参考にして作ったそうだ。
「間違いないです! やっぱり間津倉屋がこの事件の犯人だったんですよ、旦那! ……旦那?」
ハチは気付いた。平賀エレキテル源内の話を聞いている間に、吉貝がいなくなっていたんだ。
画面が夜の間津倉屋に切り替わる。庭に女の人が引きずり出されてきた。間津倉屋の旦那と悪代官が座敷からそれを見下ろしていた。
「お許しください、旦那様! 今日見たことは誰にも言いませぬ!」
「黙れ! あの
旦那がそう言うとチェーンソーを持った浪人が出てきた。すると横から別の男が出てきてチェーンソー浪人に飛びかかった。
「何奴!」
それは宗谷だった。宗谷は浪人からチェーンソーを奪おうとしたけど、振りほどかれた。その勢いで宗谷の頭巾が取れた。茶髪で蒼い眼。やっぱり、宗谷は外国人だったんだよ。顔はゴツゴツしてて、お世辞にも美形とはいえなかったな。
「ひっ……なんじゃ、あの不気味な顔は!」
「もしや、九十九里浜で取り逃した異人か!?」
宗谷はうーうー唸ってばかりだ。そりゃそうだ。日本語がわからないんだからな。
「ええい、ふたりまとめて斬ってしまえ!」
悪代官が命令した時だった。いきなり、物凄い叫び声が響いた。
「ギョワーッ!!」
……かっこいい叫び声じゃなかったなあ。誰かが斬り殺されたのかと思ったぞ、最初は。いや、斬り殺されたってのは合ってるんだけどさ。
何が起こったかって言うと、屋敷の庭に頭巾を被った男が乱入して、近くの男を刀で斬り殺したんだ。
いやあ、凄い迫力だったな。黒いボロボロの着物を着て、頭には茶色い頭巾を被ってるんだ。目の所に穴が空いてるんだけど、そこから見える瞳が、こう、ガンギマリでな。アップで大写しになると、爛々と光る瞳がクワッてこっちを睨んでて、怖い。
「な、何奴!? 名を名乗れぃ!」
「マツタケを毒キノコへと変身させて、江戸の民を虐殺しようとする鬼はお主らか!?」
「な……なんだとぅ!?」
本当にこう言ったんだよ! 何言ってるかわからないけど、本当にこういうセリフだったんだよ!
「まさか……奴は発狂頭巾!?」
「発狂頭巾!? なんだそれは、間津倉屋!」
「巷を騒がす狂人です! ある時は代官屋敷に押し入り家人を皆殺しにし、またある時は江戸郊外に巣食う盗賊を皆殺し! かと思えば往来で砂金をばら撒いたり、江戸城に溢れんばかりの大根を寄進した、頭のおかしい男です!」
「なにぃ……!?」
マジでヤバいヤツだった。悪代官もドン引きだよ。
あ、ちなみに発狂頭巾は顔が見えないけど、服と声が同じだから、正体は吉貝だと思う。覆面ヒーローってやつだな。……ヒーロー? うーん……。
「阿片入りの粥! 悪事の下働き! 間津倉屋、江戸城地下の蠱毒より這い出たか!」
「は……? だ、黙れ! 何を言うておるかは知らんが、貴様のようなゴミを見ると吐き気がする!」
本当に何言ってるかわからないけど、それが間津倉屋の旦那の気に障ったらしい。
「その気の利かない女もそうだ! その醜い異人もそうだ! この世には劣った人間が多すぎる! その上、貴様、発狂頭巾め、世間を騒がせるだけで、世の中の役に立ったか!? 貴様も同じよ、騒ぐだけ騒いで借金を増やすことしかできぬ幕府の連中と!
真に優れた人間だけが生きておればよい! そうすれば自ずと世の中は良くなる! そういう世に我々が変えるのだ! それがわからぬどころか邪魔立てしようとするとは……この狂人め!」
「狂人、だと?」
発狂頭巾の目元がアップになった。
「狂うておるのは、お主らではないか!」
カァーーーーーーッ!!
……今の? 時代劇で決めゼリフの時に鳴るあの音だよ。そういやなんて名前なんだ、あれ? ……お、ググったら出た? なるほど、ビブラスラップ。
じゃあ、そのビブラスラップがカァーーーーーーッ!! って鳴って、いよいよ時代劇のお約束、大立ち回りの始まりだ。
まず発狂頭巾が近くにいた男をいきなり斬り殺す。それで、周りの男たちが戦闘態勢に入る。
「者共ーッ! 曲者じゃあーっ!」
「であえであえーっ!」
屋敷の奥からもチェーンソーを持った浪人たちが出てきた。発狂頭巾は怯みもせず、敵の群れへ突っ込んでいった。
「ギョワーッ!」
「ぎゃあーっ!?」
発狂頭巾が雄叫びを上げて、浪人を斬り殺した。
「ギョワーッ!」
「ぐえーっ!?」
発狂頭巾が雄叫びを上げて、武装した男を斬り殺した。
「ギョワーッ!」
「ひいーっ!?」
発狂頭巾が雄叫びを上げて、手下の侍を斬り殺した。
いやあ、凄いもんだったよ。20人ぐらいのチェーンソーを掻い潜って、発狂頭巾が次々と敵を斬り殺すんだ。時代劇の殺陣ってあんまり見たことなかったんだけど、あれは迫力があったよ。
それで何人か死んだら宗谷が落ちていたチェーンソーを拾って暴れ始めた。あいつもあいつで強い。チェーンソーを一振りするだけで、周りの敵の首が2,3個飛んだ。
「ギョワーッ!」
「ぐわーっ!?」
発狂頭巾が雄叫びを上げて、チェーンソーを持った大男を斬り殺した。
「ギョワーッ!」
「きゃあーっ!?」
発狂頭巾が雄叫びを上げて、下働きの女を斬り殺した。
「ギョワーッ!」
「ぐえーっ!?」
発狂頭巾が雄叫びを上げて、通りかかった丁稚を斬り殺した。
……無関係な人を巻き込んでないかって? しょうーがないだろ発狂頭巾なんだから。
「ひぃぃっ! 来るな、来るなぁ!」
間津倉屋の旦那はすっかり腰を抜かして、屋敷の奥に逃げようとした。ところがその胸に大きなフックが突き刺さった。
「ギャッ!?」
フックにはロープが結び付けられていて、その端は宗谷が持っていた。宗谷はロープを手繰り寄せる。間津倉屋の旦那は床に倒れて、ズルズルと引きずられていく。
「ひぃぃぃぃっ!? 嫌だっ、嫌だぁぁぁっ!」
間津倉屋の旦那は床にしがみつこうとしたけど無理で、座敷から廊下へ、そして庭に引きずり出されて、そのまま庭の木の影に引きずり込まれた。そしてチェーンソーの唸り声と旦那の悲鳴が響いた。
「おのれぇぇぇ発狂頭巾ッ!」
代官がチェーンソーを振りかぶったけど、発狂頭巾は代官の両手首を切り落とした。
「あびゃあーっ!」
「ギョワーッ!」
更に一閃。発狂頭巾の刀が代官の頭を真っ二つにした。これで悪人連中は全滅だ。
だけど……まだ、宗谷が残っていた。木の陰から出てきた宗谷は返り血を頭から浴びていて、手の中ではチェーンソーが不気味に唸っていた。
宗谷は革の頭巾を被ると、発狂頭巾に向かってチェーンソーを構え、言った。
『吉貝さん。ありがとう。でもオデ、宗谷さん、殺さないと』
……宗谷は日本語が喋れたのかって? いや、英語だ。今のはあれだ、画面に字幕が流れたんだよ。こっから宗谷のセリフは全部字幕だってイメージしてくれ。
『(字幕)オデ、やっぱり人殺しが好きだ。人殺すと、父ちゃん、母ちゃん、褒めてくれる』
「……! ならぬ、ならぬぞ宗谷よ! 二礼二拍手一礼!」
『(字幕)すまねえ。でも、やっぱりもっと殺したい』
「塩漬けがぬか漬けに劣るようなことがあるか……!」
そうして二人は武器を構えた。発狂頭巾は刀を。宗谷はチェーンソーを。
空には嫌味みたいにきれいな満月が昇っていた。
――
場面が切り替わって、長屋の朝になった。ハチが吉貝の所にやってきて、間津倉屋の人間が全員死んだっていうニュースを聞かせるんだ。そこに南蛮鎖鋸がたくさんあって、間津倉屋と代官が江戸の連続殺人事件の犯人だって判明したんだ。
だけど吉貝はハチには見向きもしないで、米を炊いてるかまどを見つめている。そしてポツリと呟くんだ。
「赤子泣いても……蓋取るな」
それでおしまいだな。いやあ、凄い時代劇だった。役者の眼力が凄いっていうのかな。発狂頭巾が何言ってるのかはさっぱりわからなかったけど、なんか佇まいだけで納得させる力があったよ。
テレビドラマなんて全然見ないんだけど、ああいうのをやってくれるんだったら見るかもなあ。
……何、そんな番組無い? 無いわけないだろ、ちゃんとテレビで見たんだから。Wikipediaに載ってない? あれだろ、どうせ調査不足で項目が消されたとか、そういうのだろ。ネットでも感想がチラホラあったんだからな! 無いわけない!
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