ミミズバーガー

「大鋸くん。私ね、バイトしようと思うんだー」


 アケミがそんな事を言い放ったのは、数週間前のことだった。


「……え」


 間抜けな返事を返した覚えがある。その一言にツッコミどころが多すぎて、ぽかーんとしてたからだ。

 まず、なんでそんな事を思ったのかわからない。金には困ってないはずだ。チェーンソーのプロの収入は、そこらのサラリーマンじゃ手も足も出ない。

 それにアケミは怪異だ。人間じゃないから戸籍がない。雇用保険とかどうするんだ。いやそもそも給料はどこに振り込むんだ。

 あと、いつ面接に行った。そんな話は聞いてない。


「今度、八王子の方に新しいハンバーガーレストランができるんだけど、そこのスタッフになったの。これ、クーポン券だから絶対来てねー」

「ま、待て待て。なんでまた急に、バイト?」


 話が勝手に進みそうだったので、慌てて押し戻す。


「欲しいものでもあるのか? だったら言ってくれれば……」

「お金じゃないの。やってみたかったの、バイト」

「なんで」

「……生きてた時はできなかったから」


 そうか。ウチの高校はバイト禁止だったな。


「それにね、大鋸くんにお金のことを頼りっぱなしなのも良くないかなー、って思って」

「いいじゃない。お金に困ってないなら、わざわざ働かなくても」


 そう言ったのはメリーさんだ。羊のぬいぐるみを抱えて寝そべりながら、クッキーをかじっている。絶対に働かないという意志を全身で表現している。でも行儀が悪いからちゃんと座って食べなさい。


「よくないよー。大鋸くんに何かあったらどうするの? 働けなくなったら、自分で稼いで大鋸くんを養ってあげないと!」


 あー、なるほど。

 アケミはなんだかしらないが、何かにつけて俺を守りたがっている。今回のバイトもそれに繋がってるんだろう。


「まあいいけど……あんまりお店に迷惑かけるなよ?」

「うん!」



――



 そしてオープン当日。俺は八王子のハンバーガー屋『フューチャーコンシャス』に来ていた。駅からちょっと歩いたところにある、雑居ビルの一階の店だった。


「アケミ、ちゃんと働けてるのかしら?」

「さあ……」


 メリーさんと一緒に店の中に入った。


「いらっしゃいませー!」


 元気のいい店員たちの声が響いた。店内は明るく、きれいだ。客はあまりいない。初日はこんなものなんだろうか。


「大鋸くん!」


 俺に気付いたアケミが近寄ってきた。白と黒のストライプのシャツの上に、赤いエプロンをつけている。長い黒髪は頭の後ろでまとめて、スッキリした感じだ。それに赤い帽子も被っている。


「来てくれたんだー!」

「ああ」

「えへへ、ありがと。……コホン、2名様ですね、こちらのお席へどうぞ!」


 気を取り直したアケミが、接客モードになって俺たちを席に案内する。……あれ?


「注文はしなくていいのか?」

「え?」

「ハンバーガー屋なら、カウンターで注文して、ハンバーガーもらって、それから席だろ?」


 するとアケミは苦笑いを浮かべた。


「もー。それはハンバーガーショップでしょ? ウチはレストランだって。注文は席で聞くよ?」

「そういうものか……?」


 そういえばレストランだって言ってたような……。

 まあ、それならそれで注文すればいいだけか。メニューを手にとって開く。

 最初に目に入った料理は『ミミズバーガー』だった。


「おい、アケミ」

「なあに、決まった?」

「違う。なんだこれ」


 メニューを覗き込んだアケミは、笑顔のまま答えた。


「ミミズバーガー」

「どういうことだよ!?」

「ミミズ100%のハンバーガーだよ」

「食えるかよそんなの!?」

「大丈夫だよ」


 大丈夫じゃないよ……。

 他のにしようとメニューを見る。『蛾バーガー』。


「おい、アケミ」

「なあに、決まった?」

「違う。なんだこれ」


 メニューを覗き込んだアケミは、笑顔のまま答えた。


「蛾バーガー」

「だから!」

「乾燥させた蛾を主成分にした合成肉のハンバーガーだよ」

「駄目だろ!?」


 まさかと思ってメニューすべてに目を通す。


『ハチの子バーガー』

『カエルバーガー』

『バッタバーガー』

『ユスリカバーガー』

『フィレオブルーギル』

『遺伝子組み換えフライドポテト』


「ぷええ……」


 ヤバすぎるメニューの圧に、メリーさんはぷるぷる震えている。


「このメニューを作ったのは誰だぁっ!」


 思わず美食家みたいな悲鳴をあげた。


「私ですが」


 うわっ、オーナーでてきちゃった。メガネを掛けた、見た目普通の人だ。


「えっ、あっ、いや、すみません本当に出てくるなんて。

 ……あのー、この独特なメニューはなんなんですか?」

「独特というと」

「いや……普通、ハンバーガーって牛でしょう? なんでこんな、ミミズとか、蛾とか……」


 するとオーナーはパンフレットを取り出し、俺たちに渡してきた。


「そちらをご覧になりながら、お聞きください」

「はあ」

「当店、『フューチャーコンシャス』は、未来を見据えたお食事を皆様に提供しよう、というコンセプトのレストランです」

「こんなものを食べる未来は勘弁して欲しいんですけど」

「ですが、食べざるを得ないのです。現在の人口増加と環境変動を顧みると、牛や豚、鳥や羊といった従来の畜産業だけでは食糧事情を支えきれません。

 そこで簡単に育てられて、なおかつ高効率なタンパク質の供給源として、蛾やハチの幼虫などの養殖および加工を行っているのが、我ら『フューチャーコンシャス』なのです」


 うーん、むずかしいことを言ってるけど、マジでやってるのはわかる。でもなあ……。


「でも……虫ですよ……?」


 メリーさんをちらりと見やる。絶望しきった目でテーブルに視線をさまよわせている。もう絶対食べたくない、といった様子だ。


「やっぱその、食べるのはキツいと思うんですけど……」

「ではお聞きしますが、なぜ食べるのが難しいと思うのでしょうか?」

「やっぱ見た目がなあ。あと味も心配だし……そもそも食べて大丈夫なのかってのがあるし」


 すると、オーナーさんはうんうんと頷いた。


「ごもっともです。ですが、当店はそれらについても考えております。メニューをご覧ください」


 言われて、メニューに目を通す。『ミミズバーガー』『ハチの子バーガー』といった、威圧的な料理が並ぶ。


「料理の写真が載っていますが、いかが思われますか?」


 言われて、気付いた。メニューにはすべての料理の写真が載っている。だけど、どれも見た目は普通のハンバーガーだ。虫が載っている写真は一枚もない。


「……普通だ」

「ええ。食材はすべて加工した状態でお客様にお出しします。ハンバーガーレストランなのはこれが理由なのです。ひき肉に加工してしまえば、見た目の問題は解決します。

 また、すべての食材は当店と契約した研究所で厳密に管理されて育てられた、100%養殖物です。毒性や衛生面については、特に気をつけておりますので、安心して食べられます」


 ま、真面目だ……!


「……いかがでしょうか? よろしければ、ご注文を承りますが」


 オーナーがやや不安げな表情で訊いてくる。

 熱心に説明してたけど、やっぱりこの料理がウケるかどうか不安なんだな。そう考えると、ここで何も注文せずに帰るのは申し訳なく思えてきた。

 それに、アケミがバイトする店だ。わざわざ来たのに何も食べずに帰るのは、流石に失礼な気がする。

 ……ううん、しょうがない。まだ気になるところはあるけど……。


「わかりました。ミミズバーガーひとつ」

「翡翠ッ!?」


 メリーさんが悲鳴を上げた。


「いやだって……なんかしょうがないだろ……」

「いやいや無理無理無理、私は絶対頼まないからね!?」


 直後、メリーさんのお腹が無慈悲に音を立てた。


「……遺伝子組み換えフライドポテト、ひとつ!」


 あっ、妥協した。


「かしこまりましたー! オーダーはいりまーす!」


 注文を受けると、とオーナーはキッチンへ下がっていった。アケミは新しく来た客に対応するために、別のテーブルへ向かう。


「……へんなのが来たら、食べてね?」


 メリーさんが上目遣いで睨みつけてくる。食べられるかどうか自信がないので、返事はしないことにした。

 しばらく待っていると、アケミが料理を持ってきた。


「おまたせしましたー。ミミズバーガーと遺伝子組み換えフライドポテトです」


 テーブルにハンバーガーとポテトが置かれる。見た目は普通だ。ミミズがはみ出ていたりすることもない。

 ナイフとフォークでパンごと切り分けて、恐る恐る口の中に入れる。そして、一噛み。肉汁が口の中に広がる。それと、パンの味と、ケチャップの味も。


「……どう?」


 メリーさんが不安げな顔で訊いてくる。しばらく考えてから、俺は答えた。


「肉なんだけどなあ」

「どういうこと?」

「牛肉っぽいんだけど牛肉じゃない、っていうか? 豆腐ハンバーグ……ともちょっと違うか」

「ミミズ味、ってこと?」

「なのかなあ……」


 一言でいうと、判断に困る。

 まずい訳じゃない。少なくとも、大手チェーン店の量産型ハンバーガーよりはうまい。ただ、そのうまさは、パンがしっかりしてるとか、野菜が新鮮でおいしいとか、ケチャップが酸っぱすぎないとかそういうので、主役の肉はどうにもパッとしなかった。いや、食べられないわけじゃないんだけど……。


「ポテトは……普通のポテトね」


 警戒を緩めたメリーさんが、ポテトをサクサク食べ始める。俺も腹が減っているから、黙々とミミズバーガーを食べる。

 結局、モヤモヤした感じのまま食べ終わってしまった。普通においしかったけど、普通止まりだからなんとも言えない。いっその事ミミズがうねっているバーガーの方が、遠慮なしに文句を言えたんだけど。


「いかがでしたか?」


 なのにオーナーさんが出てきて感想を訊いてくるものだから、困った。というか客ひとりにそんなに構うな。暇なのか。


「いや、まあ……なんていうか、味は普通でした」


 俺はグルメレポーターじゃないから、気の利いたことは言えない。思いついた感想をそのまま口に出す。


「それはよかった。普通じゃない材料で普通の料理を作ることを目指してますから」


 オーナーさんがちょっとホッとした様子で言った。どうやら怒りはしないらしい。

 それなら、ひとつだけ言っておこう。


「ただ、ひとつ気になってることが」

「なんです?」

「値段」


 メニューを指差す。ミミズバーガーの横に『1500円』と書かれていた。


「高くない?」

「しょうがないですよ」

「いやでもさ……激ウマバーガーならまだしも、普通にうまいレベルのハンバーガーでこの値段はさ、いくらなんでも……」

「材料費がどうしても抑えられなくて……」

「ミミズでしょ? そんなに高くなります?」

「なるんですよ。おいしくて食べやすいミミズになるように品種改良したり、土抜きの手間を省くために食べられる土を開発したり、牛肉の食感に負けないように配合物を用意したりしたら、どんどん高くなりまして……。

 コストダウンで大手チェーン店と戦うのは無理だと判断して、高級店指向に切り替えた結果がその値段なのです」


 普段食べないものを食べられるようにするって……大変なんだな……。

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