店長の実家のバイト

 この前、万次郎さんから妙な仕事が回ってきた。

 船で無人島に行って、『シャシャク』っていう葉と『サカキ』っていう葉を摘んでくる仕事だ。ああ、芍薬シャクヤクじゃないぞ。サカキも普通のサカキとは違う。なんかの宗教で、その葉をそういう名前で呼んでいるらしい。

 そんな農作業、俺に回さなくてもいいだろって言ったんだけど、どうも暴力属性の仕事らしく、一般人には任せられないって話だった。いつもやってる人が他の仕事で事故って入院してるから、その間は俺に任せたいっていう話だった。

 ちなみにこれで日給1万円。出来高次第で更に上乗せだ。割は良かったんだよ、割は。


 仕事を引き受けた俺は、港に行った。結構遠かったな。そこで雇い主のおじいさんとおばあさんに会った。


「あんたが代理の人かい?」

「はい。大鋸おおが翡翠ひすいです。よろしくお願いします」

「よろしく頼むよ。島はここからこの船に乗っていくから」

「よろしく」


 おじいさんは丁寧に挨拶してくれた。おばあさんはそっけない感じだった。

 それから船に乗って無人島に行った。無人だけどそこそこ大きい島だったな。波止場はあったけど人は全然住んでないみたいだった。

 おじいさんは船に残って、俺とおばあさんがふたりで島に入って、その植物の葉を摘むことになった。


「アンタ、武器は持ってるかい?」


 島に降りる時、おばあさんはまずそう聞いてきた。


「はい。これです」


 俺はチェーンソーを持ってきてたんだ。万次郎さんに、必要になるって言われてたからな。


「ああ、そう。そんならいいや」


 それだけ言うと、おばさんは腰に山刀を提げて歩き出した。俺も後についていった。少し歩くと、港は林と藪に遮られて、すぐに見えなくなった。


 島の外から見ても思ったけど、本当に無人島だったな。昔、人が住んでたとか、そんな感じはなかった。辛うじて獣道があるだけだった。

 なんなんだろうなあこの島、って思いながら原っぱを歩いていると、目の前に何かが、ぼとり、と落ちてきた。

 動物の死骸だった。なんだろう、イタチとかアナグマとか……見たことない生き物で、細長くて毛皮が生えてた。

 思わず上を見た。なんでかって? 上に何もなかったからだよ。鳥も飛んでない。どこから落ちてきたんだ、って不思議に思った。


「どきな」


 後ろを歩いていたおばさんが、俺を押しのけて死骸の前に立った。そして、死骸の顔を確かめると、山刀を振り下ろして死骸の首を切断した。


「さ、行くよ」


 そしておばさんは、何事もなかったかのように歩き始めた。


「ちょ、ちょ、ちょっと!?」


 俺は慌てておばさんに追いついた。


「なんだったんですか、今の?」

「知らん」

「はあ?」

「知らん、って言ったんよ。ただ、ほっとくと襲ってくるから、次からああいうのが出たら首を刈りな。

 ああ、でも、狐だったら手を出すんじゃないよ。ほっときな」

「は、はあ……」


 有無を言わせない口調だった。そういうルールなんだろうな、あの島は。

 気を取り直して、俺たちは先へ進んだ。林の中に入ると、藪は低くなったけど、代わりに木の根が多くて歩きづらくなった。

 転ばないように気をつけて歩いてたんだけど、急に足が動かなくなった。


「あれ?」


 木の根に引っかかったかと思ったけど、すぐに違うとわかった。足が何かに掴まれている。見ると、土から生えた手が俺の足首を掴んでいた。

 おいおい、超ヤバいじゃんって思いながら、チェーンソーのエンジンを掛けた。刃を突き刺す前に、おばさんに聞いた。


「すいません、足をなんかに掴まれてるんですけど、殺っていいですか!?」

「あん? 狐かい?」

「違います!」

「ならいいよ。やっちまいな」


 お許しが出たので、遠慮なく地面にチェーンソーを突き刺した。手はビクッとした後、俺の足首を放して地面に引っ込んでいった。


「今のでオッケーですか?」

「オッケー」


 おばさんは親指を立てた。良かったらしい。


「次からは、狐じゃなかったらアタシが言う前に斬っていいよ。襲ってくるモンは全部殺せ」

「あっ、はい」


 もうカチコミじゃん、これ。


 林を抜けると上り坂になった。山に入るらしかった。急な山道じゃないけど、舗装とか全然ないから普通の人には登りづらいはずだ。だけどおばさんは慣れた様子でずんずん登っていた。俺も山仕事で慣れてるから、そんなに苦労はしなかった。

 少し進むと、前からシャンシャンと鈴を降る音が聞こえてきた。見ると、お坊さんが鈴を鳴らし、お経を唱えながら山道を降りてくる。しかも結構な早足だ。早歩き、いや、小走りくらいのスピードが出てる。それで不安定な山道を歩いている。ただものじゃない。


「あの、無人島じゃなかったんですか?」


 振り返ると、おばさんはタバコを咥えて火を点けていた。


「何してんですか」

「アンタ、タバコ持ってる?」

「……持ってますけど」

「吸え。一本吸え」


 質問を完全にシカトされたけど、有無を言わせない雰囲気があったので、俺はタバコを咥えて火を点けた。

 そういやさっきのお坊さんは、と思って振り返ると、高速歩行のお坊さんは消えていた。声も聞こえない。


「あれ?」

「今みたいに、アタシ以外の人間を見かけたり、道に迷ったらタバコを吸いな。消えるから」


 今のも化かされてたのか、って思ったよ。


 その後、やっと『シャシャク』と『サカキ』が生えてるところに辿り着いた。結構たくさん生えてたな。手あたり次第に摘むわけじゃなくて、おばさんが選んで、それを俺が背負ってる籠の中に入れていった。

 俺はボーッとしながらおばさんの作業を見てたんだけど、その途中で茂みがガサガサ揺れていることに気付いた。また何か出てくるのか、って思って、エンジンのスターターに指をかけた。


 茂みの中から出てきたのは、狐の顔だった。うん、あの動物の狐。普通の動物で安心したよ。狐は殺すなって言われてたし。

 それで、狐が茂みからもぞもぞ出てきたんだ。そしたらとんでもないことがわかったんだ。

 いやさ、茂みから出てくると、こう、胴体が見えるだろ?


 長いんだよ。


 胴体が物凄い長いんだよ、その狐。蛇みたいにでろーんって長かった。


 Very


 Long


 Fox.


 ほんと、こんな感じ。

 どうやって歩いてたかって? 等間隔に足がついてたんだよ。四足歩行じゃなくて、百足歩行みたいな感じだった。

 で、まあ、そんな長い狐が出てきたもんだから、俺はおばさんに声をかけた。


「あの、すいません」

「なんだい」

「なんか、変な狐がいるんですけど」

「狐ならほっときなよ」

「いやそれが、なんか、凄い、長い」


 そしたらおばさんはバッて振り返った。そして、ちょこちょこ歩く長い狐を見ると、手に持ってた葉っぱを放り出して地面に正座した。それから両手を擦り合わせて、よくわからない呪文を唱え始めた。

 なんだかよくわからないでいると、おばさんは俺に向かって怒鳴った。


「なにしてんだい! あんたも拝むんだよ!」

「お、拝む? なんで?」

「いいから早く!」


 言われるがままに正座した。でもばあさんの呪文がわからない。


「あの、拝むってやり方とかあるんですか?」

「なんでもいい! とにかくありがたがっとけ!」


 よくわかんないから、とりあえず両手を合わせた。心の中で、なんまんだぶなんまんだぶ、はーありがたいありがたい、って言っておいたよ。

 凄い長い狐は俺たちに目もくれずに、獣道を横切ってどこかへ行ってしまった。ガサガサいう音が聞こえなくなると、おばさんは立ち上がった。


「よし、帰るよ!」

「え、仕事は?」


 まだ籠は半分も埋まってなかったからな。そしたらおばさんはこう言った。


「そんなもんはどうでもいい! すぐに本土まで帰るよ!」


 よくわからないけど、雇い主が帰るって言った以上はしょうがない。俺はおばさんの後に続いて島を出ることにした。帰り道のおばさんは、なんか嬉しそうだった。

 それで船に乗って島を出た。そこから車に乗せられて、ある場所に連れていかれた。


 宝くじ売り場だった。


「え?」

「買え! 連番で!」

「え?」

「すいません、連番で30枚ください」

「えっ……?」


 後から聞いたんだけど、あの長いキツネはヤバいくらいありがたいもので、拝めば拝むほどラッキーになるらしい。だから、仕事そっちのけで宝くじを買いに行くんだって。

 それで……うん。これが買った宝くじなんだけどさ。一昨日が当選発表でな。


 当たってんだよ……4等、3万円……。


 そういうわけで、今日は俺のおごりだ。遠慮なく食っていいぞ。

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